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静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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静香サーキュレーション(第1回/全3回)
静香サーキュレーション(第1回/全3回) 静香サーキュレーション(第1回/全3回)

リアクション



【×2―4・逆行】

 校長室の中は、騒然となっていた。
 前回のループのように、鏡台の裏に隠れた茜に気づかぬままラズィーヤが校長室に入ってきたところまでは同じだったのだが。
「ラズィーヤさん、待ってください!」
 今回はそのあとに飛び込んできた藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が、場を大きく動かした。
 彼女はじつのところ、仇敵であり友人でもあるアルコリアに会うため、百合園に制服まで着て遊びに来たのだが。訪れた時間がちょうど三時ごろだったので、校舎をいくら回っても会うことが叶わず。
 うろうろしているうちに、ループに気がつき。それからは鍵を握っていそうなラズィーヤに目をつけ、ディテクトエビルと殺気看破で周囲を警戒しつつここまで後をつけてきたのだった。
「後ろにさがってください! はやく!」
「えっ? は、はい」
 室内に入ってすぐ強烈な邪念を感じた優梨子は、ラズィーヤが背後に回ったのと同時にアボミネーションでおぞましい気配を前方に放出させた。
 すぐに反応は返ってきた。
 茜は、畏怖の効果で動きを封じられないうちにとばかりに飛び出してきて。
 それを見越していた優梨子はアウタナの戦輪を投げ、
「みしるしをいただけますか? いえ、是非ともいただきますね」
 サイコキネシスで操っていく。しかもスナイプで的確に首を狙うのを怠らずに。
「そんなこと、させないよ!」
 だが茜も負けてはいなかった。すんでのところでナイフに戦輪をぶつけさせ、ガラス窓を突き破らせて外へとはじき飛ばしたのだから。
 サイコキネシスが届かなくなり、軽く舌打ちする優梨子だが、そこから動くのは速かった。茜がルシファーを召還するよりも前に組み付き、特技の柔道で固めに入っていく。
「首切りがお嫌いでしたら、こういう死に方はどうです?」
「きゃっ!? な、なにす……」
 優梨子は動きを封じたまま、首元に噛み付いて今度は吸精幻夜で幻惑攻撃を行使しはじめる。しかも吸血行為をまったく止めず、血を一滴残さず吸いつくすつもりのようだった。
 もがく茜と逃がすまいとする優梨子。
 ラズィーヤは手助けするかどうか迷っていたが、
「っ、誰!?」
 背後から気配を感じたのでギッと睨みつける勢いで振り返ると。
「え、あの。私はただ話を聞きに来ただけで」
 開けっ放しのドアの向こうにアリア・セレスティが立っていた。
 最初は一体何事かとぽかんとしていたアリアだったが、奥で取っ組み合っているふたりを目にして顔色が急変し、
「ラズィーヤさん! 逃げて! あなたに何かあったら、きっとまたループが繰り替えされてしまいます!」
 反射的にそう叫んだ。
 だが、その警告は決定的な誤りだった
 まず繰り返しに気づいていないラズィーヤにループの話は通じなかった点。
 更に決定的だったのは、この校長室の中に藤乃たちが潜んでいたという点であった。
「それはいいことを聞きました」
「ループのために、ちょっと酷い目にあってみてね」
 さっきのアボミネーションのせいでしばし畏怖状態になっていた藤乃たちだったが。
 その効果がなくなるなり、机から飛び出してきたのである。まずオルガナートを纏った藤乃が、シューティングスター☆彡を放ちアリアもろともラズィーヤに直撃させた。
「やれやれ……殺される覚悟はできているんでしょうね」
 優梨子としては、ラズィーヤを助けるためというよりは殺戮が好みゆえこの場に来ていたので、標的が増えたことを不敵に笑いながら茜を突き飛ばし、今度は藤乃に飛び掛ろうとした。
「我らもいるのだよ」「よくわかんないけど、とりあえず邪魔しちゃうよ!」
 しかしそれより先に典儀の氷術が足を縫いとめ、鵺のチェインスマイトが鈍い音をたてながら優梨子の脇腹に命中した。
 茜としても闖入者が敵なのか味方なのかはよく把握できなかったが、ともあれこれは好機だとして貧血気味な頭を揺らせながら、ナイフを握り締めなおし。
「ああもう、なんなんですの一体?」
 よろめいているラズィーヤの背中めがけ、走った。
「ラズィーヤさん! よかった、無事だったんだね!」
 そこへ静香が校長室へと入ってきた。
ドン 
 と、ぶつかる音がした。
 静香は、見た。
 アリアや優梨子や藤乃も、見た。
 静香についてきていたメイベル達も、見た。
 背中から赤いものを流しながら、ゆっくりと倒れ行くラズィーヤを。
 茜の金髪の一部が紅に染まっているのは、夕暮れのせいではないようだった。
「え、なんですこれぇ? 映画の撮影ですかぁ?」
「ええ? な、なんだ。そうなの?」
 無邪気なメイベルの声と、あっさり信じているセシリアの言葉が、静まり返った校長室にまず響いた。
「そんなわけないでしょう!」
「はやく処置をしませんと」
 シャーロットはラズィーヤに駆け寄りヒールをかけ、フィリッパも手当てを手伝おうとした。だが。もう既に死んでいる者に対し、できることなどなにもないと、すぐに彼女らも気づくことになった。
「そんな……ラズィーヤさんが、また……」
 静香は、誰がラズィーヤを殺したのかとか、校長室にいる皆は誰なのかとか、それらをなにひとつ頭にとどめることができなかった。
 そのとき、場違いな音楽が鳴り響いた。
 それは、静香のケータイの呼び出し音だった。条件反射で取り出そうとした静香だが、頭がしっかりしていないせいで手が滑り、コロコロと床を転がってしまった。
「ごめんなさい、すこし貸していただけますか」
 場の全員が事態についていけず硬直するなか、そのケータイを拾ったのはいつの間にかこの場にきていた冬山 小夜子だった。
 昼間から色々と考えた末、ループの記憶を認識して携帯電話にこそ謎があると判断した彼女はこの機を逃すまいと、決意のなか通話のボタンを押し、通話口を耳にあてた。
『                          』
 そして、聞こえてきたその声に、耳を疑った。

     *

 百合園女学院には、食事をする場所がいくつも存在する。
 さっきの食堂のほかにも、スイーツ専門のカフェや、マナーにうるさい高級店まで様々ある。これは女生徒たちの嗜好と、この学院がお嬢様としての礼儀作法を学ぶ場という事実を鑑みれば、そうおかしいことでもない。
 そうしたオープンカフェのひとつでお茶を飲む金髪の少女と、やたら背の高い黒髪ロングにメガネが特徴的なメイド服の女(?)がいた。
 ふたりの名は四条 輪廻(しじょう・りんね)アリス・ミゼル(ありす・みぜる)
 この世界には様々な種族や人種の生命が存在するので、ふたりが特に浮いていることはなかったが。それでも輪廻は落ち着かない様子で、朝方のやりとりを思い出す。

『四条さん四条さん、四条さんの女の子苦手を克服する良い方法を思いついたのです。 女の子のたくさんいるところいきましょう』
『はぁ!?』
『ということでこれ着てください、メイド服ですよメイド服、ちゃんと黒髪ロングのカツラもあるですよぅ』
『いや、女装関係なくね!?』
『いいえ、これから百合園にお茶にいきます。断ったら晩御飯抜きです』
『……なにがどういうことだ』
『ダメです、もう四条さんは女性なのです。男言葉はバレます。女の子になったつもりでしゃべってください』
『な、なにがどういうことかしら』
『あっはっはっは! 女言葉、全然似合ってないですね!』
『本気で怒っていいか?』

 輪廻は、あらためて深々と溜め息をつきつつ、
「……なぁアリス、なんで俺は女子高で、わざわざ女装して、お茶なんかしてるんだろうなぁ? しかも妙な事件にまで巻き込まれたわけだが」
「ダメです、リンネさん。男口調だとバレちゃいますっ!」
「それ前も聞きましたわよね!? っていうか、声と体型でバレるでしょう普通、今こうしてここに座ってられるのが奇跡ですわ」
「今はそんなことより、考えることがあるでしょう?」
「まぁ、もうそんなこと言ってもしかたのないことですし、とりあえずこの状況を抜け出すために、まずはこれがどういう状況なのか知っておかなければいかん……いけませんわね」
「ダメです、リンネさん。そんなぎこちないとバレますよ」
「貴女真面目にこの状況を抜け出す気あるのかしら?」
 どうにも輪廻には、アリスがこの状況を楽しんでいるようにしか思えなかった。
 しかしアリスとて、いつまでもふざけているつもりはなかった(つまり、さっきまではふざけた気持ちがわずかにあったのだが、それは置いておく)。
「ともかく、こちらが気づいているのだから、他にも気づいている方もいらっしゃるでしょうし、場合によっては情報の共有も可能でしょうね」
「と、なると。このループについてもう少し情報がいるよな」
 そこでふたりは、腕時計に目線を向けた。針はもうじき四時半を示そうとしている。
「四条さん。前回のループから考えると、そろそろですよ」
「悪くても、ここで動くための状況が分かれば次に繋がるくらいはあるでしょう。……ということでアリス、後でヒール、よろしくお願いするわね」
 輪廻は、誰の目にも止まらないようふところからハンドガンを取り出した。
 ふたりは、ループ現象の調査のため、これからあることをしようとしているのだが。
 アリスはわずかに不安そうな瞳になっていた。
 しかし、輪廻はためらうことなく、
 自分の肩を撃ち抜いた。
「ぐっ……」
 痛みが襲ってくる中、それでも冷静に状況を分析する。
(ループ内に変化は無い、か。でも何人かが銃声に気づいて騒ぎ始めたようだ……となると俺の行動は変化させることができて、さらに周りの人間も変化するってことになる)
 特にひとりの生徒が、ヒールをかけるから服を脱いでとまで言ってきていた。
「あ、え、えと……大丈夫なのですよ、ボクがヒールかけられるので。そ、そんなことより犯人が近くにいるかもです、ほら、校舎内に戻りましょう」
 そこはアリスにフォローしてもらうのも、ちゃんとうちあわせ済みである。
 しかし、本当にうちあわせもなにもなくはじまるのはここからだった。
 まず、駆け寄ってきた生徒が後ろ向きに元の位置に戻っていった。
 さらに傷が戻っていく。癒えるのではなく、戻る。
 ハンドガンから射出された筈の弾が、
 まるで肩を治すように戻ってきて、
 また銃口に吸い込まれていった。
 その様子を驚きながらも懸命に認識しようとした輪廻とアリスだったが、
 ギリギリ確認できたのはそこまでで。身体や意識までが、しだいに戻っていく。
 しかも戻っていくのは彼女達だけではなかった。この場で騒然としていた生徒達も。
 静香も、ラズィーヤも、茜も、アリアも、メイベルも、藤乃も、優梨子も、アルコリアも、ヴァーナーも、小夜子も、ライナも、ミルミも、亜美も、誰も彼もが、全て戻っていった。