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静香サーキュレーション(第1回/全3回)

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静香サーキュレーション(第1回/全3回)
静香サーキュレーション(第1回/全3回) 静香サーキュレーション(第1回/全3回)

リアクション



【×3―1・錯綜】

 気がつくと、静香は自分のベッドに寝ていることに気がついた。
「あれは、夢……いや、違う……」
 枕が寝汗でじっとりと濡れているのも、明らかに覚えがある。
 しかし。だからといって何をどうすればいいかを考え付くわけでもなく、ゆるゆるとパジャマを着替え、静香は自分の部屋を後にした。
 そこからは予想通りで、登校中かわされる会話も行き交う人々もほとんど同じ。
 学院に入ってからは試しに全然違う廊下を歩いてみたりもしたが、
 途中なぜかリボンをくわえたネズミと、それをエアガン片手にローラーブレードで追う女の子、そしてそれを更に追う女の子が曲がり角を通り過ぎていった。
 かと思うと、突然なにかが割れるような音がして、
「痛いよぉ、お姉ちゃぁん……」
「しっかりして、のんちゃん! どうして、いつも正夢になるの……!」
 奥からそんな悲痛な声が届いてきたことで恐ろしくなり。
 なにがあったのか確かめることもせぬまま、元のルートに引き返していった。
 それからはずっと無心のまま同じことを繰り返した。真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)真黒 由二黒(まくろ・ゆにくろ)が挨拶に来て、見学者の印に朱色の百合の髪飾りをつけたのも同じにした。
 前回に比べて微妙に差異があるところにも気がついたが、静香は気にしなかった。それはなにかを考えることが怖かったからである。
 そうして過ごして辿り着いた十二時十分。自分が食堂へ入ると、
 食券の列の中にラズィーヤの姿が…………なかった。
「え?」
 静香は思わず目をこすってもう一度確認してみたが、やはり列の中にも、食堂のどこを見渡しても、ラズィーヤの姿が無い。
(どうして。ここでラズィーヤさんと会う筈なのに)
 静香は昼を食べることなど思考の外に吹き飛ばして、食堂を駆け出そうとした。
 このままもう二度とラズィーヤに会えないのではないかという不安だけが進行する中、
「だから、逢魔が時になると校長室に幽霊が出るっていうのは本当らしいのよ……きゃっ!?」
 いきなり亜美とぶつかり。その後ろにいた雪白と由二黒にもぶつかりかけた。
「あ、ご、ごめんなさい」
「あ、ううん大丈夫。静香ってば、そんなに慌ててどうしたの?」
 亜美とは食事の後で出会う筈なのに、と静香は微妙に違う展開に焦り、
「ピーマンが食べ放題や〜☆」
「それじゃ、私達はここで」
 という雪白たちの声がやけに遠くに聞こえた。
「知り合い?」
「あ、うん。ちょっと校内を案内してて……って、それよりどうしたのよ。なんだか普通じゃなさそうだけど」
 静香は不安から亜美に話をするのが怖くなっていたが、やはりひとりで抱えるのも耐え切れず結局今日という日が繰り返されていることを早口で打ち明け、更にラズィーヤの姿が無いことも告げた。
「それ、たぶんこれが原因だと思うよ」
 すると亜美は、一枚の紙切れをとりだして見せる。
 そこには、
『親愛なる淑女の皆様方。今宵は高嶺の花を摘みに参上いたします』
 という文章が書かれていた。
「なんなの? これ」
「かなり要約されてるけど、ラズィーヤを誘拐するっていうことみたいね。ワタシも又聞きだから詳しくは知らないけど……当のラズィーヤはこれ見てどこかに行っちゃったらしいわ」
「えぇえ? ど、どういうこと!? 今度は一体なにが起こってるんだ??」
 困惑するしかない静香に亜美は淡々と、
「うーん、もしかしたらこれも静香の願望かもしれないわね。静香はいつも、ラズィーヤのオモチャにされているじゃない。だから次々酷い目に遭っていくようになったのかも」
 その言葉を聞いて、これもまた自分が引き起こした事態なのかもと一層の不安に押しつぶされそうになる。
「そんなはず、ない……よ」
 できたのは自信なさげに呟くことだけ。
「パートナーだからって限度ってものがあるよ。静香様の気持ちはよくわかるよ。ボクに任せて!」
 と、傍で話をきいていたらしいある人物が、そう声をかけてきていたが。
 その人物にも適当に頷くだけして静香は走りだしていった。どこへ行けばいいのかわからぬまま、あてもなく。
 その様子を食事をしながら眺めていた篠宮 真奈(しのみや・まな)と、パートナーのモリガン・バイヴ・カハ(もりがん・まいぶかは)著者不明 エリン来寇の書(ちょしゃふめい・えりんらいこうのしょ)サージュ・ソルセルリー(さーじゅ・そるせるりー)達は。
「真奈、よく御覧なさいな。静香さんの様子……ことラズィーヤさんの話題になると異常に反応し、避けている節がありましてよ?」
「……なるほどねぇ……とはいえ校長の囲いは相当だし。そうだ、ラズィーヤさんの側で張り込んでみよう!」
「これはお二人の関係に何かあったと見るべきでしょう。尤も、お二人の間柄に無闇に踏み込むのも……あら、真奈……」
 モリガンの言葉をよそに既に真奈はトレイを下げに行っていた。
「なにしてるのよ。さ、行くわよ」
「仕方ありませんわね。真奈、どうせなら手土産でも持って行きなさいな」
 エリンとサージュを指差して平然と告げるモリガンに、
「……いやモリガン、私を物扱いしないでよ……というか、ちょっとあの人苦手なのよ……目が合ったら妙に絡んできそうで……」
「エリン姉様何でそんな暗いんです? あたしは大好きですよぉー」
 エリンは不安げに、サージュは明るく呟いていた。
「いや手土産って……普通に連れて行くわよ」
 姦しくしながら真奈たちはラズィーヤを探しに飛び出していき。
 そんな彼女たちから少し遅れる形で、亜美もまたせっかく入った食堂をなにも食べぬまま後にしていた。
「さて。どうしようかな……と」
「やぁ西川くん、元気かな?」
 そこを桐生 円(きりゅう・まどか)に声をかけられ、振り向きながら意識を和らげた。
 円の背後にはパートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)もいる。
「こんにちは。ワタシはいつも元気よ?」
 亜美は社交辞令じみた挨拶で、にこりと笑顔を見せる。
 円はその亜美の態度をじっと見据えつつ、根幹に切り込んでいく。
「キミ解ってるんでしょ? 今の状況がループしてる事を」
「え? ああ、静香がそれらしいことを言っていたからね」
「んー。そういうことじゃなくてね。ボクは、キミのおかげで気付いたんだよ。今日という日がループしている事にね」
 円が言うところによると。周りを観察していて、亜美が頻繁に行動を変えているようだと前回のループで気付き、今こうして声をかけてきたのだという。
 現に今もまた、行動を変えていた当の亜美本人はというと、
「そうだったかな? まぁ静香に言われる前から、奇妙な感じはしてたのよね。でもそこまで意識してたわけじゃないわ」
 言葉自体は誤魔化しとも、ただ事実を述べているだけともとれた。
 そのあたりについては円は特に言及せず、続ける。
「恐らく、ボクも気付いたということは、みんなループしているのを、気付き始めたと思うんだけど。西川くんキミ結構目立ってるからさ、疑ってかかってくる子もいると思うよ?」
「そうかもね。ご忠告ありがとうございます」
「西川くんの眼を見た限り、いい子だと思うボクはね。だから西川くんに協力したいと思ってるんだけど、何か必要としてないかい?」
「その前にひとついい? どうしてワタシに協力しようなんて言うの? 良い悪い以前に、疑いをかけられているような相手なのに」
「キミは何回も試行錯誤している様子だからね、協力したほうが無駄は少ないと思っているからだよ」
 そう言って円がにっこりと笑顔を見せると、亜美もまた笑顔で返す。
 傍で見ていたオリヴィアとミネルバは、どこか空気が和らいだように感じた。
「ありがとう。でもワタシは、ひとりのほうが気が楽だから」
「そう? まあボクとしても、無理に協力するとまでは言わないけど。本当にいいの?」
「お気持ちだけ、受け取っておくわ」
 亜美はそのまま背を向けようとしたが、
「あ、待ってぇ〜」
 オリヴィアが引き止めてきたので、足は動かさずに寸前で止めた。
「西川さんは、このループの意図、誰が起こしたなどに心当たりとかありませんかー?」
「……そうね。やっぱり静香自身の深層意識が、こうした混乱を引き起こしてるんじゃないかと思うけど」
「今回のループ中で、何に注目しながら動いているんです?」
「うーん。そう言われても、ワタシもよく事態をわかってないからね。とりあえずラズィーヤを探してみることにするわ」
 そのあとは、亜美の足は止まらなかった。
 立ち去られた後、ミネルバはぽつりと、
「うーん。せっかく警戒して殺気看破をしてたけどー、誰もひっかかってくるかんじじゃなかったよ。あの人は狙われたりしてないのかなぁ」

 三人と別れた亜美は廊下の角を曲がろうとしたところで、
「こんにちは」
 今度は姫宮 みこと(ひめみや・みこと)に声をかけられていた。
「こんにちは。なんだか今日は、よく挨拶をする日だわ」
「西川さん、静香校長から不思議な夢の相談を受けたそうですね」
「うん。よく知ってるわね」
「ここは女の園ですからね。些細な噂でもすぐに広まるものですよ」
「そっか、それもそうね」
「そのとき秘めた願望が夢になると答えられたということは、願望とか夢とかいう方面に詳しいのですか?」
「んー。ワタシはソルジャーだから、そこまで専門じゃないよ? 使えるスキルも単純な攻撃系ばっかだしね。フロイト先生の本くらいは、読んだことあるけど」
 どことなく、互いに腹の探りあいをしているような雰囲気が流れるが。
 それをわざと崩すように亜美が照れくさそうな笑みを浮かべたと思うと、
「あはは。なんだかやっぱりワタシってば、皆に疑われてるっぽいなー。ワタシみたいないち学生が、事件の黒幕! みたいなのって物語ではありがちだけど。そう思わない?」
「? まあ、そうですね」
「でもワタシ、黒幕って表現好きじゃないのよね。どうせなら白幕、ううん赤幕、青幕、黄幕? どれもイマイチね。いっそオレンジ、それともピンク……は、なんだかヤラしい感じするからダメとして」
 みことは亜美が話を別方向に持っていこうとしていることに気づいた。
 自分のことを深く探られたくないのか、とするとやはりループに関わりがあるのかと勘繰るが。
(もっとも、ただ単にプライバシーの問題という可能性もありますけれど……なんなんでしょう。どうも真意が読みにくい人ですね)
 これではもし何か不思議な力があったとしても、ボロを出すようなタイプではなさそうだということが、みことは会話から察することができた。

 その頃。
 静香もラズィーヤも不在の食堂内で、崩城亜璃珠は電話をかけていた。
『はい、鈴木でございます。どうかされましたか、お嬢様』
 自分の屋敷に繋がったことで、外界と隔離されているような状況でないと亜璃珠はまず安心した。安心したが……。
「すこし聞きたいんですけど、私が今日電話するのは何度目かしら」
『? これが一度目でございますが』
「……そう。なら、今から30分おきに時報のメールを送って――」
 と、言葉の途中で妙な既視感をおぼえた。
「…………ちょっと待ってくださいませ。本当に私が電話をするのは一度目ですか?」
『…………そう言われると私も、前にお嬢様とこのような会話をした記憶があるような。これは一体どういうことでございましょうか?』
 ここで亜璃珠は自分の中の記憶を必死に呼び起こし、あることを悟った。
「そういうこと、ですの。やはり私は同じ行動を繰り返していたんですのね。けれどこの現象は限られた範囲でのことでもなかったんですわ」
『お嬢様?』
「鈴木。どうやら今日という日がループしているのは確かなようですわ。しかも、ループは私やここの生徒達だけでなく、学外の人間にも影響を及ぼしているみたいですわね」
『!? そんなまさか。だとしたら、世界中がパニックになっているのでは?』
「おそらく、ループに気がついているのは百合園の中にいた人間や、それと関わった人達だけなんでしょうね。勘の鋭い人間であればわかりませんけれど……」
『とても信じられませんが、お嬢様が仰るのでしたら事実なのでございましょうね』
「とにかく、一度切りますわよ。私は白百合団の団長に相談を持ちかけてみますわ」
 そして電話を切り、クロワッサンサンドも放置して亜璃珠は食堂を駆け出した。

 今の話に出てきた白百合団の団長、桜谷鈴子(さくらたに・すずこ)はというと。
 雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)たちと職員室でなにやら話し合っていた。
 十分ほど前。
 食堂でリナリエッタは雑誌をめくりながら、
「あーん、このイケメン俳優結婚しちゃったのぉ、残念だわぁ……ってこの記事、昨日も一昨日も見た気が……これってループ? うふふ」
 現状をなんとなく理解しながら、同時にさきほど入ってきたかと思うとすぐに出て行った静香のことを思い出す。
(そういえば最近ずっと顔色悪い校長を見ていたかもしれないわね……)
 白百合団の一人として、ここは桜谷鈴子に会って話をしてみたほうがいいかと思い立ち。
 リナリエッタは席を立って鈴子を探し始めた。
 その途中、廊下を歩きながらある疑惑が頭をよぎった。
(このループって誰かの仕業なのかなぁ? だとしたら趣味悪いわねぇ。それとも偶然の産物とか? もしかしたら現実の世界を繰り返しているんじゃなくて、誰かの夢の中にでも放り込まれたとかぁ?)
 博識を使ってこのループに関して推理を巡らせていって、ある可能性に辿り着く。
(誰かが用意した作り物なら……鈴子さんは偽者かもしれない? そんなのはイヤよぉ。でも万一のことも考えないとだしぃ。本物かどうか確認する必要あるよねぇ。ループのことも確認させたいしぃ)
 リナリエッタの表情を見る者がいれば、徐々に曇っていく顔に心配になりそうな勢いだったが。ふとなにかを思いついたのか、唐突に笑みがこぼれていた。
 そうして自覚なく百面相をしているリナリエッタは、やがて職員室で鈴子を発見した。
 教師と校内の美化について話していたようだったが、ちょうどそれが終わったようなので心置きなく声をかけることにする。
「鈴子さんー最近、校長の顔色がちょっと悪いなぁって思うんですよ」
 いきなりのことに鈴子はぱちくりと目をしばたたかせ、
「なんですの、藪から棒に? 事情はよくわかりませんが、気になるお話ですわね」
「もしかしたらぁ、不眠じゃないかなぁって……そこで考えましたぁ」
「なにをでしょうか?」
「皆でパジャマパーティーなんて開いて、安眠できるようにお手伝いできたらなぁと」
「成る程。良い考えだと思いますわ。校長先生は、ひとりで思い悩んでしまう方ですし」
 頷く鈴子に、リナリエッタは密かに殺気看破を使って探りを入れていたが。
 特に不穏な気配などは感じられなかった。
 そこへ、レキとミアが駆け込んできた。
「班長、ちょっと大事な話があるんだよ。校長先生のことで」
「あら。あなたもですか?」
「さっきすれ違ったとき、なんだか悩んでるみたいだから、話をしてみて欲しいんです」
「これ、レキ。あまり矢継ぎ早に告げていくものでないぞ。そなたのような生徒がいるから校長も苦労が絶えんのじゃろう」
 レキとミアの掛け合いを見つめながら、鈴子はこくりと首を上下させる。
「ともあれ、校長先生に一度事情を聞いてみる必要がありそうですわね」

 その頃、静香はというと。
「こんにちは」
 みたび毒島大佐に声をかけられていた。
 奔走している内に、いつの間にか食堂の近くに戻っていたらしい。
「どうかしたんですか?」
 大佐は足を止めて、覗きこむようにたずねくる。
「調子が悪そうに見えるのだよ。我でよければ診察をするが」
「ごめん、ちょっと急いでるから」
 しかし今回静香は応じることはしなかった。
「ならこの精神が高揚する作用のある薬を渡すから、気が向いたらのんでくれればいい」
 それを聞いて大佐は勇士の薬を手渡し、息切れしながら走り去る静香を見送った。
「どうしてあんなになるまで走って……ん?」
 そこで大佐はようやく違和感を憶えた。
 それもそのはず、なぜか自分には静香を診察したという記憶が蘇ってきたのだから。
(これは一体……もしかして、世界がループしているとか……)