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まほろば大奥譚 第四回/全四回(最終回)

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まほろば大奥譚 第四回/全四回(最終回)

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第六章 新たな将軍2

「やっぱりやりやがったな、将軍様。俺もさ、そう思ってたさ! 下手な芝居をうってまで、アンタはこの国を……一命を賭して世界樹を滅ぼそうとしてやがるってな!」
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が走り込んでくる。
 彼の手には種モミ袋が在り、彼はそれを扶桑と貞継に向かってばらまいた。
「マホロバを再生するにはこれしかない。これは、マジでやってんだからな! 貞継、アンタは死んで五穀……いや護国の鬼となって、この国の糧となれ!」
 光一郎は貞継もろとも、天子の力を扶桑に取り込ませようとしている。
 その光一郎に向かって、樹月 刀真(きづき・とうま)が黒い剣を向けた。
「駄目だ。貞継将軍には、このまま噴花を止めて貰う。彼にはその役割がある」
「樹月、てめ、何すんだよ。そこをどけよ!」
「どかない。天子と将軍と鬼鎧、それを繋いでるのは鬼の血だ。マホロバを守るためには、それらを兼ね備えた『鬼と共に安寧をもたらした』守護者がその資格たり得た。二千五百年前で言うなら、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)公だ。しかも彼は天子にはならずに、将軍になった。この意味がわかるか?」
 刀真の赤い眼が天子をとらえる。
「選択権はこちらにあったということだ。そして、その未来を生きる権利は今を生きる者達にある。天子様、あなたが決めることではない!」
「ばっか! そうやって、国家神を失ったシャンバラがその後どうなったか、知らないはずはないだろ、西シャンバラのロイヤルガードさんよ!」
 光一郎が苛ただしげに煽る。
「世界樹無きマホロバを、列強の草刈り場にしていいのか? エリュシオンしかり、シャンバラしかり、地球しかりだ。目先の罹患者にとらわれず、国体を維持するほうが統治者の使命ってもんだろ!」
 光一郎は、多少の犠牲はやむを得ないと言った。
 彼としても現実を見据えての判断だったのだ。
 しかし、刀真と同じ西シャンバラのロイヤルガードであるジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)は、刀真と同じ意見であると言った。
「ボクも扶桑の噴花に反対だよ。初代将軍の鬼城貞康さんだって、守りたかったのは、そこに暮らす人々だったはず。マホロバの繁栄だって、天子様の力を借りているだけじゃダメなんだって思う。そこに生きる人達自身の力でやらなくてはいけないことなんだって」
 ジョシュアが呪文を唱え、種モミを霧の酸で湿らせていく。
「ボク達みたいな契約者が力を合わせれば、外敵からマホロバを守れることができるかも知れないんだから!」
「まったく、そろいも揃って……。そんなに人間様は万能なのかよ? 国家統一もできてねえくせに。だったら、女王もいらないよな?!」
「南臣さん……落ち着いてください。そして、お願いです。どうか貞継様を死なせないでください」
 一介の女官から御花実様となっていた度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が懇願していた。
 彼女は光一郎に言ってはいたが、実際は天子に向かって呼びかけていた。
「マホロバの皆が負わなければならない苦しみを、貞継様は……鬼城の一族は背負ってきたのです。誰かを犠牲にするよりも、禍根を残さずにマホロバを守ることはできないのでしょうか」
 鈴鹿の脳裏には、托卵とその秘儀を支えてきた大奥が浮かぶ。
 数千年もの間、泣いてきた女達の悲しみと男達の苦悩をだ。
「お願いです、この方は、これからのマホロバに……繋がりをもった方々に、必要なのです」
 彼女は大きな胸と腹を押さえている。
 托卵によって受けた『天鬼神の血』が、痛みとなって鈴鹿を襲っていた。
 パートナーの織部 イル(おりべ・いる)が、彼女を心配して付き添っている。
「もし、貞継殿ご自身が将軍継嗣を選べるのであれば、睦姫様のお子を推そう。原因はどうあれ、長きに渡って続いた憎しみは理屈では癒せぬだろうしな」
 イルは、一日も早く決着を祈っていた。
 瑞穂の血を入れれば、向こうも協力するだろうと考えた。
 しかし、貞継は、頭を横に振っている。
「鈴鹿……こんな所にまできてしまったのか。次の将軍は、もう決めてあるのだ……」
「え……」
「そして、お前もその腹の子も、決して死なせはしない。それが父親として、してやれる唯一だからな。末永く、幸せに……暮らして欲しい」
 そう言って、貞継は鈴鹿を力一杯抱きしめたあと、単身天子に向かって行った。
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が期待と不安の混じった様子で声をかける。
「今のマホロバと、その民の命を大切に思うならば、扶桑の『噴花』を止めればいい。自信を持って……今のマホロバの民を守ろうとする気持ちは絶対に間違ってないから!」
 将軍は、鬼の形相のまま高らかに笑っている。
「見たか天子、これが貴方が羨んで仕方のない人間の『生』だ。『生きる』ということだ。初代将軍貞康公がなぜ天子にはならず、人と鬼の道を選んだのか、今ならハッキリと分かる。あの方はただ象徴のみとはならず、マホロバで限りある生の者として共に生き、その社会の安寧のために命を燃やしたかったのだ! 命が連なるのを感じていたのだ!」
 天子が大きく揺れた。
 その美しい顔に、一瞬だけ苦悶の表情が現れた。
「鬼城は今も末も変わることなく、貴方に敬意を捧げ、奉る。だから、刃は抜かない。だから……」
 貞継は言いながら、がくりと膝をつく。

「我が子……白之丞を将軍継嗣とする」

 将軍の宣言と共に、桜の木が荒ぶった。
 咲きかけの花がぽろぽろと崩れ去り、花片が宙を舞う。
 花弁は嵐のように渦を巻き、周囲を巻き込んで人々を襲っていた。

「……だめ、将軍様を……連れて行かないでえ……!」
 御花実の御子神 鈴音(みこがみ・すずね)が貞継の身体にしかと巻き付いた。
 機晶姫サンク・アルジェント(さんく・あるじぇんと)も吹き飛ばされまいと必死にしがみついている。
「私も一緒に二人を守るよ。なんたって鈴のパートナーだからねっ!」
 貞継は二人を巻き込まぬように振り払おうとしていたが、鈴音は渾身の力を込めて離れようとしない。
「やだ。最後まで、将軍様と一緒に……居たい……」
 鈴音は泣きながら叫んでいた。
「俺もだ。こんな所で、くたばらせてたまるかよ。むろんタダとは言わねえから、俺の命を将軍に分けてやてくれ!」
 横から現れたアキラが鈴音ごと花片に巻かれ、徐々に見えなくなった貞継を引っ張ろうとしている。
 スウェルは傷だらけになりながらも、嵐のように舞う花弁の渦に手を突っ込んでいた。
「……私は、貴方の死を、否定するから! 認めないから!」
 桜の花弁の固まりは扶桑へと引き寄せられ、桜木に取り込まれようとしている。
 スウェル達の声がだんだんと聞こえなくなってくる。
「こんな……ことって」
 鈴鹿が、貞継に向かってよろよろと近づこうとするのを見て、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が彼女を抑えた。
「行っては駄目だ。これは、天子に試されてのかもしれません」
 小次郎は天子と桜樹の貞継を交互にじっと見つめている。
「結局のところ、『マホロバの安定のために己を犠牲にして滅私奉公できるか』ということです。ここで身体を張らなければ、それまでということ……しかし」
 小次郎は酷く冷静な目を向けていた。
「私はこれまで黙って見てきたが、正直、幕府も瑞穂もその資格があるようには思えない。資格がない者同士が集まったところで、資格のあるものになるとも、ね。だが、貞継が自分の意思で行動を起こしたことは評価する。ただの種馬ではなかったということです」
 彼はパートナー達を呼び、その保護に当たらせた。
「だから私も、全力で支援します。貞継が成そうとしていることに……!」
 小次郎が、速度を増して鋭い刃物のようになっている桜の花びらをなぎ払っていく。
 機晶姫アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)が小次郎を援護していた。
「大変だわ、あれを見て!」
 アンジェラが指さす方には、扶桑に向かって近づいている人々の姿がある。
 小次郎は、守護天使リース・バーロット(りーす・ばーろっと)に向かって叫んだ。
「リース! 彼女達が危ない。貞継を……早く!」
 守護天使は頷いて、桜の渦に飛び込んでいく。
「貞継様、貴方の狂気、私が止めて差し上げます!」
 その途端、彼女は桜の花びらに引きずり込まれるのを感じた。
「え……これは……?」
「リース!?」
 小次郎が気付いたときには、彼女の姿が貞継と共に扶桑に埋まっていた。