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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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chapter.4 蒼空学園防衛戦(2)・形骸と警戒 


 圧倒的な物量差ゆえか、校門前で奮闘していた生徒たちのバリケードは破られつつあった。
 どうにか大群の侵入は食い止めていたものの、彼らが守っていたラインから溢れ出したアンデッドが、校庭へと歩を進める。もう校内まで入り込まれるのも、時間の問題であった。
 そこに、校内から出てきたカガチ、葵、陣が現れ、群れと対峙した。思いの外間近まで迫ってきていたその軍勢は、腐敗臭をまき散らしながら向かってくる。刹貴――実際には陣が呟いた。
「やれやれ、ナラカから出てきて最初の仕事なのに、前いたところと似たり寄ったりの敵か……」
 そう言いながら、先に一歩進みでた彼はそのままとん、と軽やかにジャンプし、アンデッドの群れの前へと降り立った。そのまま戦闘態勢に入るかと思われたが、刹貴は深々と頭を下げ、一礼する。ゆっくりと上体を起こしながら彼が次に口にしたセリフは、仰々しい前口上であった。
「初めまして、紳士淑女の亡者の皆々様方。私はつい先日までナラカに隠遁し、皆様のご同輩と自身の名を塵と化す程に戯れ続けた滑稽なる名無しの殺人鬼に御座います」
 刹貴の振る舞いを見て、一瞬立ち止まり顔を見合わせるアンデッドたち。彼らが人語を解しているかどうかは不明だが、刹貴はそんなことはどうでも良い、といった様子で言葉を並べ続ける。
「皆様と相まみえた数奇な縁に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。さて、それでは堅苦しい挨拶はここまでにして」
 ばっ、と刹貴が両腕を広げる。その手に持っていた短く黒い直方体から、刃が生えた。短刀となったそれを握る刹貴の顔は、心なしか笑っているようにも見えた。
「さっさとくだばれよ、お前ら」
 言葉と同時に、飛び出す。次の瞬間には、もうその刃先がアンデッドの一匹の首を狩っていた。それを合図に、カガチと葵、周囲にいたアンデッドたちの交戦が始まった。
「どうせ俺ぁ頑丈だから、団体さんでも笑顔でお出迎えってんだ」
 カガチは腰に差していた二本の打刀をすらりと抜いた。右手に収めたのは初霜と呼ばれる刀、左手に収めたのは花散里と呼ばれる刀だ。カガチはその二刀を器用に操り、前後左右の敵を瞬く間に斬りつけていく。
「いいか、学園には一体たりとも一歩たりとも、血の一滴腐肉の一欠片たりとも入れさせねえ。蒼空学園どうにかするんなら、やってみろってんだ」
 刀に付いた、腐った液体を払い落としながらカガチはなおも目の前の肉を裂いていく。何体目かのそれを斬り捨てたところで、その刀がバチバチと雷を帯び始めた。より効率良く数を葬るため、轟雷閃をまとわせたのだ。斬ると焦がす。ふたつの動作を同時にこなすことで、彼の勢いはさらに増していった。
 そのすぐ近くでは、葵が立ち木や柱を足場にして、軽身功でアンデッドたちが伸ばした腕をしなやかに避けていた。
「……なるほど、ね」
 何度かその攻撃をかわした葵は、その動きの中でアンデッドの傾向を探っていた。無論、すべてのアンデッドの攻撃を見たわけではないため断言は出来なかったが、葵なりに攻撃を間近で観察し、出した答えをカガチや陣らに告げた。
「どうやら彼らは、基本的に単調な攻撃しかしてこないようだね。退治方法も、斬っても焼いても問題ないようだ」
 その声がふたりに届いたかどうかは分からない。カガチは敵の群れの中で派手に動き回り、陣に至っては刹貴が憑依している。葵はふう、とひとつ息を吐いた。その意味は、落胆ではなく、どちらかといえば感心だった。
 夢中で学園を守る彼らを完全には理解出来ない葵だったが、それを面白いと感じていることも事実だったからだ。
「僕は正直、蒼空学園もツァンダも……シャンバラだってどうでもいい。けれど、こういうのも悪くない」
 背後から襲いかかるアンデッドの突進をひらりとかわし、反転させた態勢のまま回し蹴りを当てる。がくり、と敵がその場に顔から倒れた。
 そんなカガチや葵に負けじと、刹貴はナラカで編み出された闘技をフルに使い、バーストダッシュで縦横無尽にアンデッドの間を縫っていた。彼が走り抜けた後には、短刀で引き裂かれたアンデッドの四肢が方々に舞っている。魔法による力場を活かした高速移動。簡潔に言ってしまえばそれだけのスキルではあったが、刹貴は自らの闘技にぴったりと合う、相性の優れたものであることを確信しつつあった。
「あぁ、あぁ……っ」
 自身が操る肉体がかつてないほどの俊敏さで敵を葬り続ける。そのことに愉悦を見出したのか、刹貴は沸き上がる快感を抑えきれず、声を漏らした。
「あぁっ……やっぱり、やっぱり……っ! やるならナマが一番だ……!」
 周りの生徒たちをも巻き込みかねない勢いの彼だったが、おそらく宿主である陣が脳内からストップをかけたのだろう。刹貴は器用に乱れる生徒たちとアンデッドたちとの間を走り回りつつ、敵だけを斬りつけていった。
 現時点での戦闘可能アンデッド、残り340体。



 応援に来たのは、何もカガチや陣たちだけではなかった。
 彼らが地上で応戦している間、天城 一輝(あまぎ・いっき)は、小型飛空艇に乗って彼らの頭上を旋回していた。その目的は、上空から監視カメラの如く戦況を分析することにあったようだ。
 彼が飛空艇を駆り出したのを合図に、一輝の3人のパートナー、ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)コレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)、そしてユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)らも校庭へと姿を現す。一輝はそれを確認すると、すぐさま地上にいる3人へ銃型HCを介し指示を与えた。
「アンデッドたちが侵入しやすい経路は俺のセキュリティ能力で割り出した。ローザは今から言う場所へ行きそこを守ってくれ。コレットは医療班として、他の生徒の手当を頼む。ユリウスは俺と攻撃に……」
「攻撃よりもまず、陣営を整えることが先決であろう」
 やや勇み足気味であった一輝を、ユリウスが止めた。
「敵が人海戦術を使ってくる以上、取り囲まれたことで混乱し、同士討ちになるのが一番恐い。まずは陣営を整え、敵の波に飲み込まれないようにするのだ」
 言うと、ユリウスはローザのいる侵入経路――学園入口別門側へと移動し、そこで敵を迎え撃とうとしていた彼女に話しかける。
「ここが最も攻め込まれやすい箇所ならば、ここにバリケードを気付けば良い。そして一対一に近いシチュエーションでなるべく戦えるように持っていくことが賢明だろう」
「貴様の言うことが簡単に出来るようなら、とっくにやっていますわ」
 当然ながら、アンデッドたちはその地点からのみ侵入してくるわけではない。確かに正門側は氷が撒かれ侵入し辛く、周りの塀はある程度の高さがあるためよじ上るには多少の時間がかかる。そう考えれば、この別門側が穴であることは事実であった。しかしそれでもバリケードを築くことが困難であったのは、防衛側にその案が充分に伝わりきっていなかったことが大きな原因だろう。彼らだけで防波堤を築けるほど、敵の数は少なくなかった。
「とりあえず、取り囲まれないようにだけはしないといけませんわ」
 ローザは近くに停めていた小型飛空艇をちらりと見て言った。いざとなれば、それを使い逃げることも視野に入っているのだろう。
「そら、来たぞ」
 ユリウスがそんなローザに、前を向かせる。もう、アンデッドの群れの一部が門を超えつつあった。それをどうにか食い止めるため、ふたりは身構え、迎撃に移った。

 パートナーたちがそれぞれの役割を担おうとしている中、一輝は飛空艇の上でビデオカメラを回していた。彼が最も恐れていたのは、真下にいるアンデッドたちを操っている死霊術師であった。仮に術者が学生に紛れていたりした場合、見分けるのは限りなく困難となる。
「張本人を侵入さえさせなければ……」
 数は多くとも、雑兵の群れならばどうにかなると踏んだのだろう。しかしその「張本人」を探し出すのが難しかった。そもそも、この中にいるかどうかも定かではないのだ。
 事実、この大群の中に死霊術師は存在しなかった。彼らがそれを知るのはまだ少し先だが、アンデッドたちはあらかじめ指示された命令をただこなしているだけだったのだ。
 だがしかし、一輝の予想は皮肉にも当たらずも遠からずという結果を迎えることとなった。それは、ローザやユリウスを援護するため一輝が飛空艇に搭載した機関銃で弾幕援護を行っていたその僅かな隙間に起きていた。
「なんだ? あの学生、動きがおかしい……」
 一輝が援護から監視に戻ってすぐ、彼の目はひとりの生徒を捉えた。確かに蒼空学園の制服を着たその生徒は、ゆっくりと校庭から校内へと戻っていく。その様子に、一輝は違和感を抱いた。
 避難したり逃げたりする生徒なら、もっと急いで走るはずではないか? と。
 しかし、彼が飛空艇を寄せようとした時にはもう、生徒の姿は校内へ消えていき追うことは間に合わなかった。
「もしかしたら、アンデッドの中にも生徒を装っているヤツがいるのかもしれないな」
 一輝は、念のためと銃型HCで校内に連絡を回した。自分たち以外にも、外以外にも学園を守ってくれる生徒がいるのだと信じていたからだ。
 現時点での戦闘可能アンデッド、残り310体。



 学内、Xルートサーバー管理室へと繋がる階段。
 逃げ延びた生徒たちのうち何人かは、この付近に隠れていた。しかし、その匂いを嗅ぎ付け接近する者がいた。それは、一輝が予想した通り、生徒に扮し紛れ込んだアンデッドであった。既に何匹かのアンデッドは、校内に入ってしまっていたようだ。
「ここにいれば、見つからないかな……」
「なんでいきなり学園が……」
 ひそひそと話す数名の生徒。その背後で、突然ガラスが割れた。破片を肉に食い込ませながら、にゅるりと伸びた手が生徒たちの前に現れる。
「きゃああっ!?」
 あまりにおぞましい光景と生々しい危機に、思わず生徒は大声を上げた。アンデッドはそのままガラス窓に強引に体をねじこみ、中へ入ろうとする。生徒たちは急いでその場から去ろうとするが、恐怖のあまり腰が抜けたのか、立ち上がることが出来ないでいた。そうしている間にも、敵の進行は止まらない。
 そんな様子を、二羽のカラスがじいっと見ていた。アンデッドがついに中へと入った時、カラスはその場を飛び立ち、サーバー室へと入っていった。そこにいたのは、風祭 隼人(かざまつり・はやと)と彼のパートナー、ホウ統 士元(ほうとう しげん)であった。
 カラスは士元の腕に止まると、何やら目で会話を始める。どうやらカラスは彼の使い魔だったようである。
「まずいことになりました」
 カラスから情報を得た士元は、今の部屋の外の状況を隣にいる隼人に伝える。敵が、もうすぐそこまで迫っているということ。そして、こうしている今も生徒が危機に晒されているということ。
「前に、生徒に化けたアンデッドが出たって話を聞いてたからまさかとは思ったけど、やっぱり今回も同じタイプのヤツが潜り込んでたか……!」
 隼人は、このシチュエーションをある程度想定していた。無論、出来ることなら起こってほしくはなかったことだが。加えて彼は、同時期にコンピューターウイルスに学園が襲われたことも考慮し、それらの通信機器に精通した敵が裏で動いているのではないかとも予測していた。サーバー室に彼らが控えていたのも、その場所がもしかしたら狙われるのではと危惧していたからだ。
「ここは、俺の大切な人が守ってきた場所だ。だから、俺が今は守り抜く!」
 隼人は胸の中に思い人を浮かべると、勢い良く部屋を出た。すぐ近くまで敵が迫ってきているなら、この部屋だって狙われるに違いない、そう彼は判断していた。もっとも、アンデッドの目的がそこであろうとなかろうと、彼は生徒の危機を見捨ててはおけなかっただろうが。
 熱い言葉と行動とは裏腹に、隼人は光学迷彩で姿を隠しつつ、冷静にアンデッドを対処しようとする。そんな彼の前に、敵が姿を現す。正確に言えば、彼の目が捉えたものは今にもアンデッドに体を食いちぎられそうな女子生徒数名だ。
「危ない!」
 思わず声が出る隼人。しかし、姿を隠していようがもはや影響はなかった。次の瞬間、彼は素早い動きでアンデッドに一撃を見舞い、窓から叩き落としていたからだ。どしゃっ、と下の方で音がしたが彼はそれよりも目の前の生徒に意識を向けた。
「……大丈夫だったか?」
「は、はい……あ、ありがとうございますっ」
 どうにか被害を抑えられたことに、隼人は一息吐いた。しかし、まだ予断を許さない状況であることも確かである。こんなところにまで敵が出没した以上、もう学内のどこにアンデッドが現れてもおかしくはないのだ。
「一応、校長室の方に報告しとくか」
 そう言うと、隼人は額に手を当てた。そこから、何かを送ろうとしているようだ。
 しかしこの時、既に校長室にも魔手が忍び寄っていた。