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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第3回/全3回)

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chapter.9 「ベル」救出戦(1)・urge 


 御神楽講堂でタガザの歌が流れている頃。
 大学から離れた小さな町にある一軒の店では、きらびやかな洋服に囲まれ店員たちが客の対応をしていた。洋服屋「ベル」。空京と蒼空学園の間ほどに位置している町の中心部からやや外れたところにある店だ。
 そして、その店には秘密があった。

 華やかな照明が照らすフロアとは対照的に、まったくと言っていいほど光の当たらない場所。そう、この店には、地下室が存在していた。そこに現在幽閉されているのが、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)、そしてアズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)らであった。
「はぁ……助けは来るのでしょうか……」
 溜め息と共に、つかさが言う。その体は、四肢を石に変えられ動きが取れないようにされている。彼女は魔鎧のパートナーを離脱させ、救援に行かせたのだが未だ戻ってこないことに不安を覚えているようだった。
「私に影響がないことを考えると、死んではいないようですが、捕まって他の場所に囚われたのかもしれません……行かせたのは失敗ですかねぇ……」
 口からこぼれる息は、やや荒い。どうもつかさは、疲弊とは別に体に疼きを感じているようだった。
「身体が……身体が疼いて……」
 途切れ途切れにそう言って、つかさは近くにいる夜魅とアズミラに話しかけた。
「夜魅様、アズミラ様、どうか私にご奉仕を……!」
「そのくらい言えるなら、まだ大丈夫よ」
 それに冷静な返事を返したのは、アズミラだった。もちろんつかさも、少しでも周りの空気を沈ませないようにとふざけて言った発言であろうし、アズミラもまたそれを理解した上で言ったのだろうが。何より、ただ漫然と捕まっていることを拒んでいたのは彼女も同じだった。
「それにしても、このまま完全に石化でもしようもんなら、ミロのヴィーナスと同じくらい美しい石像が出来ちゃうわね。ポーズがちょっと微妙だから、やり直しを要求したいけれど」
「アズミラ様は、お強いのですね」
 励ます必要すら感じられないほどマイペースに振る舞う彼女を見て、つかさが言う。アズミラはそんなつかさにこう答えた。
「だって、なんだか癪じゃない? なんとなくぐったりしてるだけなんて」
 そしてアズミラは、「なんならこの場で、歌だって歌えちゃうわ」と明るくメロディーを口ずさんでみせた。
「勝手にさらっておいて放置プレイなんて ちょっとナメてんのアンタ?
 ぎゅっとコブシを握りしめ 本気でキレる5秒前
 真っすぐイって ぶっ飛ばす 右ストレートでぶっ飛ばす」
 ロックバンドのヴォーカルのように歌うアズミラだったが、その声はむなしく地下室に響くだけだった。
 音が止み、静けさに襲われた部屋で、つかさは考えを巡らせていた。
「ここに集められた方たちは、何かの生け贄にでもなるのでしょうか……はぁ、無駄に時間ばかりあると、ろくなことを考えませんね」
 小さくぼやくつかさの隣では、夜魅もまた、浮かんだ謎を解くため頭を働かせていた。
「捕まえられたのって、これだけなのかな? もっとたくさん捕まった人がいてもおかしくないはずなのに……」
 夜魅は目を凝らし、辺りを見回す。四肢が封じられている以上、360度全景は確認出来ないが、パッと見たところ自分たち以外に捕まっている者は、10名にも満たないように思われた。噂では、大勢の生徒が失踪しているはずなのに、これはおかしいのでは? そしてもうひとつの疑問。
「口は動かせるのに、どうして魔法が使えないのかな……?」
 魔法を使おうとしても、手が石化していて使えなかったこのあいだのことを思い出して、夜魅は言う。手に魔力を集められなくても、魔力を外に出す方法はあるはず。しかし、その魔力が体外に放出できないことを、彼女は不思議に思っていた。
 しかし、当然ながらつかさや夜魅が浮かべたそれらの謎に答える者がいるはずもなく、彼女たちはただじっと冷たい手足に縛られた体に、疲労と不安を溜め込むしかなかった。



 その頃、急ぎ足でベルへと向かう数名の生徒たちがいた。彼らの目的は言うまでもなく、拉致された生徒たちの救出にあった。先頭を走るのは、唯一店の場所を知るつかさのパートナー、蝕装帯 バイアセート(しょくそうたい・ばいあせーと)だ。
「ちくしょう、結局俺だけおめおめと逃げ出しちまった……だが、今度は逃げねえ」
 バイアセートは後ろを見た。そこには、仲間を助けたいという強い意志を携えた生徒たちがいる。そして隣には、つかさのもうひとりのパートナー、ヴァレリー・ウェイン(う゛ぁれりー・うぇいん)がいた。
「バイアセート……お前と共闘することになるとは思っていなかったぞ」
 ヴァレリーが皮肉めいて言うと、バイアセートもそれに返した。
「俺だって同じだ。覚悟はちゃんと出来てんのか?」
「ふんっ、何を今さら。足を引っ張るなよ、バイアセート」
「あ? 誰が足を引っ張るって? そっちこそちゃんと警戒してろ」
 ふたりとも会話に棘は感じられるものの、その心情はしっかりと契約者であるつかさのことを心配していた。バイアセートの案内に従いつつ、ヴァレリーは思う。
「ベルという洋服店か……」
 はたして、その店のオーナーは一体誰なのか。何者かのアジトのようになっている以上、そのオーナーが一番怪しいのではないか、と。そして彼女は、バイアセートから聞いた情報を思い起こした。
「まさか、アクリトがオーナー……ということはあるまいな。どうも聞いた話から察するに、アンデッドやタガザのクローンでも製造している施設に思える。そういった研究を行うほど聡明な者といえば、あの者が浮かんでくる」
「いや、蒼空学園のヤツらから聞いた話と俺が見た情報をまとめた限りじゃ、アクリトってよりはもっとダイレクトに、タガザ自身が巣くってる可能性の方が高い。あの地下で時間をかけて、さらったヤツらをアンデッド化したり石化したりしてんだろ」
 ヴァレリーの予想を否定したバイアセートは「あくまで予想の範疇だけどな」と付け加え、続けた。
「何にせよ、つかさを助けることに変わりはないんだ。急ぐぞ」
「ああ、そうだな。今回こそは……!」
 ヴァレリーは、かつて幽霊船でもつかさが捕えられた時のことを思い出す。あの時は自分の力が一歩及ばなかったせいで、つかさに傷を与えてしまった。しかし、今度はもう、そんなことはさせない。ヴァレリーは、呑んだ言葉の続きを心の中で声にした。
 そんなふたりのすぐ後ろでは、バイアセートとヴァレリーの会話を聞きながら足を前に進めていたコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が汗を浮かべながら、それでもなおスピードを緩めずにいた。パートナーであり、夫でもあるルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は、そんなコトノハを気遣う。
「大丈夫か?」
「ルオシンさん、ありがとうございます。でも、きっと夜魅はもっと辛い思いをしているから……」
 ルオシンとしては、夜魅も当然気になるが目の前にいる身重のコトノハを気にかけずにはいられなかったのだろう。しかしコトノハもまた、夜魅を気にかけずにはいられなかった。大切なパートナーであると同時に、大切な我が子だと強く思っていたからである。
「それにしても、今聞こえてきた話……やっぱり、ベルはただの洋服屋ではなかったんですね。オーナー……その店を仕切っているのが誰であれ、罠が仕掛けてあったり、敵が待ち伏せしていたりということは考えておかないと」
「ああ、そうだな。我はやはり、タガザが気にかかるが。我が先日彼女に会った時、彼女は電話にこう答えていた。『やっとその仕事が出来るのね』と。所属事務所がないはずの彼女に電話をかけてきたのは、誰なのか……」
 これから向かう場所に関わっている、未知の影について話を進めるコトノハとルオシン。夜魅を救うことは大前提だ。が、それには敵の正体を絞り込んでおかなければならない。でなければ、大前提を達成することすら困難となってしまうからだ。
「その仕事、とは……もしや、講演会で何かをやらかすつもりなのかもしれないな。歌に魔力のようなものが込められていて、生徒たちの命を吸収でもしようものならあらゆる危険が生じる可能性がある」
「なら、講演会の中止を呼びかけないと!」
 ルオシンが言った最悪の事態を頭に描いたコトノハが、上擦った声で言う。しかしルオシンは、首を横に振った。
「もう既に、メールは送ってある。しかしどうやら、中止にすることは出来なかったようだ。時間的に、丁度今開催されているはずだ。我らには我らですべきことがある以上、あとは祈る他ない。あちらが、無事であることを」
「……そう、ですね」
 一瞬うつむくコトノハだったが、すぐに前を向き直った。ベルのある方向を。その場所で夜魅を助け、可能な限り内部を確かめることが、今自分たちが出来るベストなのだと言うように。
「彼女は……一体何を……」
 ルオシンが疑っていたタガザのことを、コトノハも思い浮かべる。彼女の頭にあったのは、ルオシンが聞いたという「まだ花嫁さんになったことはない」というタガザの言葉だった。
「アレは、何かを暗示している?」
 ここに来る前に色々と彼女は調べものをしていた。そこでコトノハが注目したのが、とある地方の神々の話であった。その地方では、ラクシュミという神がヴィシュヌという神に求婚された時、「姉がまだ嫁いでいない」と言い一度断ったという。それを思い起こしたコトノハは、ひとつの予想を声にした。
「彼女がもし、誰かと姉妹関係にあるとしたら……」
 そこで浮かんだのは、先日自らがセンピースタウンで話題に出したパルメーラだった。ふたりの肌の色が近いことも、彼女を想起させた一因であろう。
 はたして、タガザは何者なのか。いや、それ以前に、これから自分たちが赴く場所は、彼女とどういった関係にあるのか。結局その謎は推測の域を出ないまま、彼らは店へと到着した。

 ガラス張りのディスプレイが様々な衣服を飾っているその店は、一見どこにでもある、なんてことのないファッションショップに見えた。客と思われる人たちも、日常的に店へと出入りしている。
 ベル。そう掲げられた看板の前に、彼らは立っていた。
「ここが例の店だ」
 バイアセートが後ろをついてきた者たちに告げると、その中にいたひとり、鈴木 周(すずき・しゅう)が店の看板を見上げて言う。
「よっしゃ、よく案内してくれたなエロ鎧! ここがベルなんだな? さっそく突撃するぜ!」
 拳を握り、すぐさま突入しようとする彼を止めたのはパートナーのレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)だった。
「相変わらず無茶苦茶すぎるってば、周くん! あたしがこの人に回復魔法かけた時のこと、もう忘れたの? もしかしたら、ここ、すっごく危ないところかもしれないんだよ?」
 言って、レミはバイアセートを指した。そう、この店から逃げ出し、疲労と焦燥で意識を失ったバイアセートの治療をしたのは、他でもないレミだったのだ。
「いーんだよ、逆に堂々としてろっつの。いーか? 契約者が事件解決に駆り出される例なんざ死ぬほどあるんだ。クイーンヴァンガードだのロイヤルガードだのってのもいるし。何より俺は契約者なんだから、嘘ついてるわけじゃねーだろ? こういうのは勢いで押し切れば問題ねぇんだぜ!」
「……ふーん、珍しく色々考えてるんだ」
 正攻法を説く周に、レミが感心した様子で言う。その後「女の子が絡むと凄いんだね」と小声で呟いたのは、周には届いていないようだったが。
「さあ、とっとと女の子を助け出すぜ!」
 改めて拳に力を込め、店にズカズカと入っていこうとする周。しかし、彼の突入は再び阻まれた。周の前に立ちはだかり、道を塞いだのは瀬島 壮太(せじま・そうた)だ。
「おい、ちょっと落ち着けよ」
 壮太は周の肩に手を置いて言った。
「中には失踪者がどんな状態で囚われてるか分かんねえだろ。お前が言ったことも一理あるけどよ、なるべく店側に気付かれないよう捜索するに越したことはねえ。な? 協力してくれねえか」
 無論、今すぐ攻め込みたいのは壮太も同じである。しかし、彼にはそう出来ない理由があった。地下室に捕えられているコトノハのパートナー、夜魅。彼女は、壮太にとっても妹のように大切な存在だったからだ。万が一すらないように、壮太は万全を期して救出に当たるべきだと考えていた。
「幸い、今の時間帯はそんなに客が多くねえみたいだ。囮役として店内にミミを入れるから、店員の気がそれで散ってる間に裏口から侵入するんだ」
 そう言うと、壮太の横にすっとパートナーのミミ・マリー(みみ・まりー)が進み出た。
「僕がファンを装って店員さんとお話するから、その隙に壮太たちは夜魅ちゃんたちを探してよ。無事に見つかったら、携帯に連絡をくれれば僕がどうにかして脱出する時間を稼ぐから」
「なるほど、つまり勢い良くドアを開けて叫んだりしたらまずいってことだよな?」
 自分の友人だということも手伝ったのか、周は大人しく壮太の提案を聞き入れた……かのように思われた。周は、そう言うや否や、壮太のバリケードを乗り越え、店内のドアを開けてしまった。それも、ミミの手を引っ張りながら。
「馬鹿っ、だから正面から入ったら……!」
 小声で叱責する壮太に、周も同じくらいのボリュームで返事をした。
「要は叫ばなきゃいいんだろ? 誰がなんて言おうと、俺は突撃するぜ。囮として、だけどな」
 周の明朗で直情的な性格が行動を曲げることを許さなかったのか、友人のパートナーであるミミの身を案じたのかは分からない。が、その真意を確かめるよりも、すべきことが彼らにはあった。もう、作戦は開始されたのだ。店内に入っていく周とミミを横目に、残った生徒たちは裏口側へ動き出していた。