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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

リアクション

2.


「久しぶりに来ましたねえ、此処には、どこから手をつけましょうか」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が、瓦礫を前に呟く。
 ――かつて、「夏の館」と呼ばれた屋敷は、今は見る影もなく荒れ果てていた。
 ウゲンが「後始末」と称して、爆破をしたからだ。
 今考えると、ここに隠されているという『魔道書』の存在を消し去るためのようにも思えるが、あの少年の真意は、考えるだけ無駄のようでもある。
 ちょうどその場に居合わせた翡翠と山南 桂(やまなみ・けい)にとっては、未だ生々しい記憶のひとつだった。
「見事なまでに廃墟ね…古代遺跡の発掘とどっちがラクかしら」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、正直な感想を述べる。
「屋敷はほとんど吹き飛んでおるな」
 足元に散らばった消し炭を踵で踏みつぶし、ミア・マハ(みあ・まは)は肩をすくめた。
「相当な爆発だったと見える」
「ええ。ほぼ一晩中燃えさかりました」
 ミアの言葉に、翡翠が同意した。
「元は大きなお屋敷だったんだよね?」
「屋敷というより、城に近いものでしたね」
「へぇー、見てみたかったなぁ」
 桂の返答に、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が無邪気にそう感想を述べた。
 祥子とその契約者の湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)。そして、ミア、レキ、大きな黒猫のチムチム・リー(ちむちむ・りー)は、薔薇の学舎に協力を申し出て、夏の館の探索へと同行していた。
「取説っぽい魔道書をさがせばいいんだよね?」
「チムチム、役に立つアル」
 はりきるレキの横で、チムチムも温和な口調で言う。
「ありがとうございます」
 可愛らしい三人の姿に、翡翠は微笑んでそう答えた。
 石造りの館は、もとから崩れかけていたとはいえ、すでに土台部分しか残されていない。しかもそれらも、あちこち今にも崩れ落ちてきそうだ。
「翡翠、気をつけてくださいね」
 そういった事故には人一倍巻き込まれやすいパートナーの身を案じ、桂がそう言うと、翡翠は「そうします」と微苦笑を浮かべた。自分でもそのあたりの自覚はあるのだ。
 それから、桂は、彼らを率いてきたクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)に声をかけた。
「探す物は、燃えてないと良いのですが、探す人は、沢山のようですから、手分けでしょうか?」
「そうだね。まとまって動いても、利はなさそうだ」
「館の爆破ってウゲンに先手を打たれたってことでいいのかしら? 希望があるとすれば地下室の存在や金庫の類。まずはそれを探すことにしましょうか」
 祥子がてきぱきと口にするのに、クリスティーは頷き、やや離れた場所で話し合う早川 呼雪(はやかわ・こゆき)ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)を見やった。ナンダはウゲンの協力者ではあるが、ウゲンからの指示のない今回は、薔薇学に協力すると申し出ている。呼雪はそれを受け入れたのだ。
「けど、ある程度アタリはつけたほうがいいよね? んー……あのへん、とか?」
 かつて、女主人がその最後を遂げた礼拝堂らしき建物を指さし、レキが言う。
「なんでアル?」
 チムチムが不思議そうに尋ねると、レキは胸をはって。
「こんな時は、女の勘なんだよ!」
「なるほど、女の勘ならまかせるのじゃ! ……って、勘で探せるなら誰も苦労はせぬわ!」
 ミアがすかさずそう突っ込む。
「そうだけどぉ……じゃあ、どうするの?」
「魔道書を隠したであろう吸血鬼の身になって考えて探せばよいのかもしれんな」
「吸血鬼の身になって、か……」
 クリスティーはミアの言葉を繰り返した。
 確かにそれも一つの手だろう。
 吸血鬼たちは、地球人に絶対に装置を手渡すまいと抵抗した。おそらくは厳重に封印をしていることだろう。ウゲンから預かった物として。それならば……どこに隠す?
(山南さんの言うとおり、消し飛んでなければいいんだけどね)
 パラミタの魔道書は、その名の通り本……とは限らない。
 なんらかの情報が書き込まれたものであれば、なんでも魔道書とたり得る。それ故に、捜索は難航しそうだ。
 とはいえ、いきなり諦めるわけにはいかない。
「モノがあっても使い方が解らないじゃどうにもならないから、頑張りましょう」
 祥子の良く通る声が、全員を鼓舞する。そして、こうも続けた。
「何が起こるかわからないし、警戒も解かないようにしましょ」
 普段は優しげな顔立ちに、凜とした意思を秘めた横顔を、ランスロットはやや離れたところでじっと見つめていた。
 彼女は彼女で、なにか思うところがあるようだ。おそらくは、以前領主の館を張り込んでいたときに見かけた人物のことだろう。
 たしかに、彼らがここに手出しをしてこないとも思えない。そしてそれが、友好的であるかどうかは、果たしてその瞬間までわからないことだ。
 ウゲンは国賊とされても仕方がない状況にいるのも事実だが……。
「ランスロット、力を貸してね」
 近づいてきた祥子にそう言われ、ランスロットは心から「もちろんです、祥子」と親しみをこめて答えた。
「では、行くとするかの」
 レキが一歩を踏み出す。その時だった。
「……あめ、アル」
 チムチムが呟き、ぷるぷるっと毛皮を震わせ、水滴を払った。
「小雨のようですが……ついてないですね」
 雨避けになりそうなものといったら、ここでは崩れそうな廃墟のみだ。桂の言葉に頷き、クリスティーは空を見上げた。
 靄のむこうに、微かにレッサーワイバーンが見える。そこに、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が、警戒のために待機しているからだった。
 祥子には、ある種の胸騒ぎがしていた。
「大丈夫?」
 携帯が鳴り、話しかけてきたクリスティーに、クリストファーは「問題ないよ」と答える。
「多少視界が悪くなりそうだけどね」
 それでも、対応が必要な事態には、充分備えられるはずだ。
 クリストファーはそう思いながら、眼下を見下ろした。
 不自然に損害の少ない場所や、逆に爆心地と呼べる場所がないか、それを調べるためでもある。
 爆心地は、館の東側。逆に、損害が最も少ないのは、離れとも言える場所にあった、礼拝堂だ。
 もっとも、そこに辿り着くには、相当な瓦礫を越えていかなくてはいけないようだが。
 そのことをクリスティーに伝えてから、クリストファーは、ふと考える。
 エネルギー保存の法則。かつて、クリスティーからきいた考え方だ。
 世界のエネルギーは常に一定であり、何がが増えれば何かが減る。ナラカからエネルギーを得るとすれば、果たしてナラカの『何』が消耗されるのだろう?
 もし、再生するべき人の魂であったとすれば、……それには抵抗がある。
(まぁそれも、肝心の『説明書』とやらが見つかれば、いずれわかることかな)
 クリストファーはとりあえずはそう結論をつけ、上空の待機を続けることにした。