波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

リアクション公開中!

聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost― 聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost― 聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost― 聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

リアクション


第三楽章「幽鬼」


 海京西地区。
「風間……いや、黒川が欲しいのは完全適合体の情報と、その能力活性薬のはずだよ」
 強化人間管理棟で天貴 彩羽から話を聞いた榊 朝斗達は、黒川探しに奔走していた。
 その途中で天貴 彩華も合流する。
 それから彼女達と、自分達で手分けして探すこととなった。
「つまり、その二つを手に入れれば人為的に人間を『進化』させることが完全に可能となる。まさか、あの声の主による再生とは……」
 林田 樹が推測する。
 もし、風間があの声の主――今まさにこの世界を滅ぼさんとしている者の仲間だったとすれば、その力を使って完全な統治体制を作り上げようとするだろう。
「そんなこと、させてたまるか!」
 何としてでも黒川を止めなければならない。たとえあの声の主が倒されたとしても、黒川ならば息を潜めながら着々と「支配」するための準備を進めることだろう。
 風間がそうしてきたように。
「白滝さんの安否を確認しないと」
 ルシェン・グライシスから送られてきた強化人間第零号の情報。黒川が生きていれば彼女と接触を図ろうとするはずだ。最初期の強化人間の最後の一人であり、おそらく彼女を完全適合体にするのも計画のうちだったのだろう。
 彼女よりも、パートナーである天司 御空に連絡した方が分かるだろうと判断し、携帯電話に掛けた。
「……駄目か」
 そのとき、通話が繋がった。だが、聞こえてくるのは戦闘音だ。
 その中に、「早く風間を追わないと!」や「奏音、止めろ!」という言葉が混ざっていたことから、足止めを食らっていることが分かる。
「どうした、少年?」
「黒川の向かう先は……海京分所だ!」
 電話越しに感じた様子だと、既に奏音は黒川の手に落ちたのだろう。しかも、医療センターにいるはずの設楽 カノンまでその場にいるようだったから、状況は最悪だろう。
(あとは、これに賭ける)
 強化人間第零号と設楽 カノンにまつわる真実を、御空の携帯に送る。状況的に、それを見れるかは分からない。しかも、見れたとしてそれを御空がどうするかは予想出来ない。
 しかし、何もしないよりはマシだ。少しでも可能性は広げておきたい。
 極東新大陸研究所海京分所の前に辿り着き、風間を迎え撃つために身を潜めて様子を窺う。
「来た……!」
 風間の姿をした人物が歩いてきた。
 それを確認するとすぐに、刻印魔弓ブラッディフィアーによるサイドワインダーを放った。さらに、アイビス・エメラルドが奈落の鉄鎖で一時的に動きを封じることで完全に退路を断つ。
「やっぱり幻覚か!」
 行動予測でそれを察知したものの、本体の行方が掴めない。
「そこです!」
 ディテクトエビルで気配を察知したジーナ・フロイラインがいち早く動いた。六連ミサイルポッドを放ち、さらにアイビスの弾幕援護と合わせて足止めを行った。
 そこにテイクカバーで朝斗達よりやや離れて身を隠していた樹が、エイミングで風間に狙いを合わせて狙撃を行う。
 だが、それもまたミラージュによる虚像だ。
(一体どこに?)
 気配を察知し背後を振り向いた瞬間、朝斗の視界が回転した。強烈な回し蹴りを食らったのである。
 そこにあった姿は――、
「鈴鈴!?」
 死んだはずの黄 鈴鈴だ。
 頭では分かっている。これは風間の幻影だと。
「何のつもりだ!?」
「あいやー、前に言ったはずヨ。戦いには不向きだって」
 鈴鈴の口調で、彼女のような身のこなしで朝斗を翻弄する。
「だったら、戦える人に任せればいいのヨ。こんな風に、ネ!」
 黒壇の砂時計によって、周囲の動きは緩やかになっている。さらにシュタイフェブリーゼで突撃するが、鈴鈴の姿をした黒川が、その場をほとんど動かずに刻印魔弓をかわす。サイドワインダーで左右から挟み込むものの、上体反らしだけで避けられた。
 さらに朝斗は至近距離からの真空波を放とうとするが、鈴鈴が反らした姿勢からそのまま足を上げ、蹴りによる真空波を先に繰り出してきた。
 咄嗟に飛び退き、直撃を避ける。
「黒川……ッ!」
「何であのとき長々とリンの生い立ちを話したか分かる? キミは、あれを聞いてリンのこと、すごく強いって思ったんじゃない? 実際にサイオドロップとの戦いで感じた以上だと……ネ」
 掌打が朝斗の腹部に迫る。
 そのタイミングでアイビスが魔弾の射手によって、四発のアヴェンジャーによるレーザー弾を同時に放った。
 が、全部当たることなくそれていく。
「無駄だヨ。キミはもう、抜け出せない」
 幻だ。ずっとそう言い聞かせて戦うが、攻撃の感触は全て本物としか思えない。
「少年! お前には何が見えている!? 目を覚ませ!」
 樹の叫びが聞こえてきた。
「あの人はリンと会ったことないから、あまり効かないんだよネ。だから、『別の姿』を見せてるけど」
 樹も樹で、苦悶に満ちた表情を浮かべているのが分かった。
「確かに、黄 鈴鈴は死んだ。でも、キミに見えているリンは『確かに存在している』のヨ。キミの主観では、どう否定したって変わらない。リンに傷付けられれれば、ちゃんとその傷も現実のものとして刻まれる。あまりに強い思い込みや暗示に掛かると、イメージしたものが具現化するっていう事例はあるよネ」
 鈴鈴との間合いを詰める。
 突き出された彼女の掌が頬をかすめた。
「人がこの世界を同じように認識出来るのは、『人間』という生物の分類で、同じような脳の構造をしているから、らしいヨ。だけど、たまに『ズレた』人がいる。じゃあ、その人に見えてるものって、自分に見えないからって本当に存在しないのかな? その人の主観では、ちゃんとそこにある。そう考えることは出来ない?」
 回し蹴りが炸裂し、朝斗はそれを右腕で受け止めた。
 嫌な音が耳に響いてくる。
「クオリアって知ってる? 例えば、空の蒼を『蒼い』と感じる、痛みを『痛い』と感じる、簡単に言ってしまえば、その感覚それ自体のことネ。超能力の本質は、そのクオリアに接触し、主観におけるただの想像を現実のものとして具現化させることにある、って科長は言ってたヨ。つまりネ、キミのクオリアをちょっといじって現実をズラしたってこと」
 それが、幻術の究極系だという。
「でも、人が皆同じような感覚を持っているっていうなら、それはきっと集合的無意識があって、そこにあるクオリアを皆で共有してるってことかもネ。そう考えたら、それに干渉すると人類が感じているこの世界が、まったく別のものになるのかもネ」
 樹の銃口が火を吹いた。
「戯言をぬかすな!」
「そう、科学的な根拠なんてないヨ。だけど、キミ達は『実感』してるはずネ」
 もはや幻術ではない。
 自分の思い込みだとしても、一度焼きついたそれは簡単には消えない。鈴鈴に対するイメージを、具体的に浮かべ過ぎたのも大きい。
 黒川による幻術、人の心の隙に付け込む狡猾さは風間、そして鈴鈴の亡霊。このままではどうしようもない。
「だけど、お前の思い通りにはさせない。確かにこの世界は酷く歪んでどうしようもないものかもしれない。それでも僕達はこの世界で生きていかなきゃいけないんだよ! 犠牲になった人達のためにも、本物の鈴鈴の様な……昔の『僕達』の様な悲しみを繰り返さないためにもッ!!」
 闇の人格が現れる。今度は前のときのような暴走ではない。
 二つの意識が同調することによって、それまで朝斗の得ていた感覚に、別のものが混じってくる。それによって、自分の見える世界に亀裂が生じていく。
(チャンスは一度……!)
 鈴鈴の虚像が砕け、理知的な風貌の少年が姿を現す。それも、今まで見ていた場所ではなく、この場にいる全員が見渡せる場所に。
 おそらく、有効範囲があるのだろう。そうでなければとっくに研究所の中に入っているはずだ。
 サイドワインダーのよって放たれた二本の紅の矢が、黒川の両腕を貫いた。
「バカな……なぜ……!?」
 咄嗟のことに、取り乱す黒川。
 そんな彼に向かって、樹がクロスファイアで両脚を撃ち抜いた。
「それが貴様の正体か」
 彼を捕縛しようと、樹が近付いていく。
 朝斗はそれに合わせて、元の状態に戻った。
「黒川、お前の企みはなんだ?」
「さっきの言葉でもう察しがついたんじゃないかな? 要は、人類の上書きだよ。『総帥』が世界を滅ぼそうが、それが失敗しようが計画に支障はなかった。ただ、利用するものが変わるだけで」
 念のため、Pキャンセラーで黒川の能力が発動しないようにしておく。
「くく、さっさと殺せばいいのに。僕の力はさっきの通りだよ。拘束したところで、大した意味なんて――」
 そのとき、一発の弾丸が黒川に撃ち込まれた。
「ご無事ですか、皆さん!」
 矢野 佑一だ。銃弾を撃ち込んだのは、シュヴァルツ・ヴァルトである。
「やろうと思えば、心臓を狙えただろうに」
 だが、次の瞬間黒川の様子が一変した。
「ぐ、一体、何だ、頭が……何をした……!?」
「能力活性薬に対する、中和薬です」
 完成した薬を、麻酔銃と同じように黒川に撃ったようだ。
「だが、能力が減退するだけでこんなに苦しむものなのか?」
 樹が問う。
「黒川は、幻術だけじゃなく、記憶の読み取りと書き換えも行えた。その力が、能力活性薬によるものだとしたら、もしかして……」
 記憶の保存と管理もその力に含まれているのではないのかと、朝斗は考えた。
 学院での記憶消去・人格矯正を行っていたのが彼だ。その脳内には膨大な人数の記憶が詰まっているはずだ。
 自分以外にもう一つの人格があるだけで、暴走してしまうことだってある。契約者でさえ制御出来ないことだってあるのだ。ならば、ただの強化人間に千人規模の意識が混ざり混んだら、おそらく自我を保てなくなる。
「ぐ……最後に……これだけは……言って……おくよ……進化を……発展……望む者……限り……また……」
 いやらしく微笑み、最後の力を振り絞ってはっきりと告げた。

「僕が消えても、代わりはいずれ現れる」

 黒川の意識は、千の意識の海に飲まれて消えていった。