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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動――

リアクション

「かつて一軍を預かった経験のあるアメイア、あなたならどう考え、対処するのか聞きたい」
 そのような切り出しで、ミーシャ・エトランゼ(みーしゃ・えとらんぜ)エスタナーシャ・ボルクハウゼン(えすたなーしゃ・ぼるくはうぜん)アメイア・アマイアにこれからのことで話を持ちかける。
「……イルミンスールはエリュシオンとの交戦中、あなたが率いた第五龍騎士団を退け、あなたとニーズヘッグを仲間に加えた。そしてザナドゥとの戦いでは、他校の助力を借りはしたものの実質イルミンスール一校の力で退かせた。……この事実は、シャンバラの各校や地球に警戒心を抱かせてしまったように私は考える。イルミンスールは勝ち過ぎてしまったのではないか、とね」
「……別の側面から見ればまた違った事実があるだろうが、一つの視点から見れば確かに言う通りだな。
 此度、アーデルハイトがイルミンスールへの帰還を許されようとしている背景には、イルミンスールの多様で強大な戦力をシャンバラという国に繋ぎ止めておくための措置、と取れなくもないな」
 アメイアの意見に、ミーシャがそういう考え方もあるわね、と返す。
「私はアーデルハイトの件に関しては、前魔王の妃でありかつ、現魔王パイモンの実の母親でもある彼女がイルミンスールに再び出入りするようになれば、イルミンスールとザナドゥが同一視されひいてはイルミンスール脅威説が生まれる、そう考えていた。知恵を借りるだけならザナドゥにいながらでも可能なはずだから、アーデルハイトを戻すのは時期尚早と思っていたけれど……そうね、シャンバラが積極的にイルミンスールの保有する戦力に目をつけたなら……そういった行動に出てもおかしくないわね」
 意見の一つとして保持しておくことに決めたミーシャが、今度はアメイアのことについてを尋ねる。
「あなたとニーズヘッグは、イルミンスールの戦力として計算されている。そのあなたは、これからもイナテミスに住み続けていくのか、それともエリュシオンに帰国するのか。
 今、シャンバラとエリュシオンはニルヴァーナの件ではパラミタを救うという共通の目的の下、調査隊を組織するなどの同盟関係を結んでいる。あなたが帰ろうと思えば帰ることも可能なはずだわ」
「…………。
 私と第五龍騎士団は、戦いに敗れこの街に連れて来られた時より、エリュシオンにとっては亡き者扱いだろうよ。そして私も団員も、今更エリュシオンに帰国する理由はない。
 エリュシオンにいた頃はまた違った思いであろうが……今の私にとって、シャンバラが私とニーズヘッグをどう思うかは重要ではない。この街は私を生かしてくれ、気遣ってくれた。であるならば私と団員は、この街の危機を取り除くことに全力を尽くす。これは既に団員とも話をして、決定した私の意志だ」
 アメイアの言葉に、個人的にはイルミンスールに残ってくれた方が今後の対処に役立ってくれると思っていたミーシャは安堵するが、もう一つ別の問題が浮上する。それはイルミンスール脅威論やイルミンスールの反乱ではなく、イナテミスの脅威論や反乱についてである。
 アメイアははっきりと、自身の優先順位はイナテミス、イルミンスール、シャンバラの順であると口にした。昔はエリュシオンが最も優先だったはずだが、今は違うと。つまり、今後イルミンスールが(シャンバラはないだろうが)イナテミスをただの藩屏として扱い続けるようなら、反旗を翻される可能性がゼロではないのだ。無論、イルミンスールとイナテミスの関係は今の所良好であるし、アメイアが『街を守る騎士』として振る舞い続けている限りは何ら問題はない。しかし両者の関係が崩れれば、あるいはアメイアが身に余る野望を持ち始めれば、たちまち混乱が生じる。イルミンスールはミーシャの読み通り、多様性に富みかつ、肥大化した戦力を有しているのだから。


 ミーシャとの話を終えてすぐ、レン・オズワルド(れん・おずわるど)から呼び出しを受けたアメイアは、指定された場所へと赴く。そこは『冒険屋ギルド』がイナテミスに新しく構えた事務所だった。
「済まないな、こちらから呼び出す形になってしまって」
「構わない。……それで、話があるそうだが?」
 飲み物を前に、向き合い尋ねるアメイアに対し、レンが答える。
「ザナドゥとの戦いに決着がつき、戦後処理も概ね済んだ。有耶無耶になってしまっていた、アメイアと第五龍騎士団の処遇を考える丁度いい機会だと、俺は思う」
 その言葉に、アメイアはタイミングが重なったものだなと、先にミーシャと話をした内容をかいつまんで話す。そして、自分と団員はエリュシオンに帰国せず、これからもイナテミスを守る騎士として振る舞うことをレンに告げる。
「……なるほど、大体は理解した。
 アメイアと騎士たちの判断を、俺はどうこう言うつもりはない。アメイアが帰りたいと言えば、支援を政府に願うことくらいはしたがな。
 あぁ、もちろん、アメイアと騎士たちがこの街に住むことについて、冒険屋ギルドは応援を約束しよう。望みがあれば言ってほしい」
「ありがとう。是非、頼りにさせてもらう」
 しばし、二人の間に沈黙が降りる。
「『自分がこうと決めた道を、簡単に違えることは出来ない』。……そう、クロウリーは言った。その考えは正しいと俺も思う。
 ……だが、目指すべき道が閉ざされた時にその場で歩みを止めることが正しいかと問われれば、答えはNoだろう。
 生きているのならば、歩み続けるべき。何処に向かうかを悩むことはあっても、進む意思を棄ててはならない」
 何かの意思を含んだ言葉を、咀嚼したアメイアが口を開く。
「彼は目指すべき道を閉ざされ、閉ざした者によって『生きる』という道を示され、それに乗った。よって彼も、完全に足を止めているわけではない。生きるよりも先に彼が行くかどうかは、彼に関わる者たち次第とも言える。……その点私は幸福だったよ、この街に救われ、そして、あなたと戦い、触れ合うことが出来た。それが今の私を形成している」
 そんな言葉をかけられ、レンは照れ隠しにこう言ってやる。
「次は決して、あのような遅れは取らん」
「フッ……いつの日かまた拳を交えられること、楽しみにしておこう」
 穏やかな時間が流れる――。


●イルミンスール:氷雪の洞穴

「第一回! 『イナテミスのエネルギー問題を何とかしましょう』会議ー!」

 『氷雪の洞穴』の一角にて、集まった精霊たちを前にメイルーンが、壁に書かれた文字を棒読み気味に読み上げる。本人はこの話がどれほど重要で、どういったことを話すのかよく分かっていないのであった。それは集まった精霊たちも同じで、何か面白そうなことが始まりそうだからとりあえず集まってみました、なノリであった。
「ゲストにフブちゃんとノーバちゃんを呼んだよ! よろしくねー」
 メイルーンに急かされて前に出た鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)ノーバ・ブルー・カーバンクル(のーば・ぶるーかーばんくる)に、精霊たちが歓声を浴びせる。氷結の精霊たちは精霊長の気質を受け継いでいるのか、こういう時のノリが非常に良かった。
「えー、どうしてこうなったのか小一時間問い詰めたくもありますが、時間ももったいないので先に行きましょう。
 ではまず一つ目から」

 1.力のある罪人に供給させる
 メリット:
 ・懲罰を兼ねる事ができる。
 デメリット:
 ・誰もが刑期を終える時が来る。よって供給が不安定。
 自己評価:無理っぽさ☆

「力のある罪人って……やっぱり魔族?」
「魔族ってコワイイメージがあるんだけどー」
「あ、でも超美人いるよー。もうこうでこうでこう、な感じ」
「えーなにそれーちょっとズルくなーい!」

 精霊たちは早くも別の話に脱線していった。ちなみに勘違いしないように言っておくと、こういうノリは氷結の精霊だけである。
「……今気付きましたが、どうやって供給させるの、というのも問題ですな。
 まあ、いいでしょう。次二つ目、行きます」

 2.パラミタトウモロコシから生成したバイオエタノールを「どうにかこうにか」して魔力に変換する
 メリット:
 ・農家という働き口が増える。
 デメリット:
 ・新たに農地が必要になる。
 ・「どうにかこうにか」って何じゃー!
 ・変換の手間で効率が悪いかもしれない。
 自己評価:無理っぽさ☆☆

「あれこの前うっかり食べちゃって、すっごくマズくて死ぬかと思ったー」
「やっぱり甘い物が一番だよね! 今度カヤノ様に買ってきてもらおっと」
「いや、そのくらい自分で行きなさいってば」
「えー、外出て日焼けしたくないしー」

 やはりというか、脱線する精霊たち。一応精霊も、日焼けはするそうだ。
「あ、これねー。なんかイナテミスの方でもふーりょくがどうこうとか、まりょくにへんかんとか、言ってたよー」
「……それって、風力発電の設備から魔力を生成する方法があるってこと?」
「んー、よく分かんないけどそういうことかもー」
「何と……農地の取得さえ何とかすれば、実現可能かもしれないレベルとは。いやはや、話してみるものですね。
 では三つ目を」

 3.イルミンスールから魔力を買う
 メリット:
 ・受け取った代金を学校運営に充てれば、資金をEMUに頼り切らずに済む。
 デメリット:
 ・既に校舎の設備や生徒の生活に使用しているのに、その上都市を支えるだけのエネルギーがイルミンスールにあったっけ?
 自己評価:無理っぽさ???

「そういえば甘い物買いに行ったんだけど、お金が必要って言われたんだよね。お金ってなに?」
「あ、あたし知ってるわよ。そのお金ってのがないと、「じゃあ身体で払ってもらおうか、ぐへへ」って言われちゃうんだって!」
「え、か、身体で払うって、やっぱり……あれ?」
「「「きゃーーー!!」」」

 ……知識が偏りすぎである。共有知識を持っているはずなのだが。
「ユグドラシルは首都に住む二百万人の生活も賄っていると聞きます。メリットは学校にとってのメリットですが」
「フォローお疲れさま。……でも、じゃあ今はイルミンスールからの魔力供給がないってわけ? 世界樹はその土地に魔力を供給するって聞いたんだけど」
「……むむ。言われてみればそうですな。これはもしや何かイルミンスールに問題が……メモしておきましょう。
 では最後、四つ目です」

 4.世界樹を株分けする
 メリット:
 ・長期的に豊富な魔力の供給が見込める。
 デメリット:
 ・十分な供給が適う程育つには相当年月がかかる。
 ・遺伝的に世界樹と同じ樹が一つの国に複数本あっていいのか?(数百年数千年後にシャンバラから独立国家が生まれるきっかけにもなり得る)
 自己評価:無理っぽさ☆☆☆

『実はこの子……あなたの子供じゃなくて彼との子供なの。今まで黙っていてごめんなさい』
『そ、そんな……嘘だ! 僕は絶対に認めない!』
『あ〜? おめぇが認めなくても事実だっつうの。だから早く離婚しとけ? あ、養育費よろしくな』
『うわあああぁぁぁ!!』

 …………もう完全に話を聞いていない。しかも彼女らが演じている内容が何も言えなくなってしまう内容だ。
「万に一つ実行する際は、ザンスカール家の許可が必要でしょうな」
「これは流石に厳しいかもね。……世界樹の子供、かぁ……」
「あれれ、ノーバちゃん、向こうの話と混じっちゃってるよ」

 会議が一段落した所で、吹笛とノーバは精霊たちに特製かき氷を作り、振る舞う。……ちなみにこの時点で、ノーバが考えた第五の案はニビルが「教えなーい」と突っぱねたので呆気無く終了した。契約したポータラカ人に対しては、ニビルはツンツンらしい。
「あ、そうそう。メイルーンにはお礼を言いたかったんだ。あの時本心を見抜いてくれたおかげで、色々と吹っ切れたよ。ありがとね」
「ボクは思ったことを言っただけだよー。かき氷いただきまーす」
 ワイワイとした時間が流れる。……賑やかな時間は、洞穴の他の場所でも展開されていた。

「みてみてー! わたし一人でも、おっきな姿に変身できるよーになったんだよ!」
 友達を集めて、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)がコンパクトを取り出すと、そこから虹色の光が溢れる。やがて光が晴れると、ノーンの外見が十五、六歳程度の少女のものに“変身”していた。
「すごーーーい!! ねえノーン、どうやったら出来るようになるの? わたしたちも出来る?」
「う、うーん、どうかなー。できるって信じる心は大切だと思うよー」
「出来るって信じる心……分かった、やってみる! ラミュレ、ロッサ、今度ノーンに会う時までに特訓よ!」
「「分かった!!」」
「あはは、楽しみにしてるねー」
 仲良し三人組のラミュレとルナ、ロッサが『自分たちもノーンのようになる!』と決意するのを、ノーンが楽しげに見守る。彼女たちはノーンが返ってくるといつも真っ先にやって来て、ノーンが外で経験した話を楽しそうに聞いていた。精霊は共有知識を持ち、誰かが経験した事は自動的に記憶として格納されるのだが、やはり実際に経験した精霊の話を聞くのは楽しいようだ。
「そういえばここも随分暑くなったんだけど、何か知らないー?」
「うーん、わたしはあまり気にしてなかったなー。おにーちゃんなら何か知ってるかも!」
 ノーンが端末を取り出して、今はイルミンスールにいるであろう御神楽 陽太(みかぐら・ようた)に連絡を取る――。

「暑さの原因、ですか……。確かにイナテミスでそのような話がある、とは聞きましたが、原因となると見当がつきませんね。
 ……ああいえ、力になれなくてすみません。……ええ、楽しんできてください」
 ノーンからの連絡を切り、陽太が御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に向き直ると、環菜は遠くを見るような目をしていた。
「……エリザベートさんのことが、気になりますか?」
「ん……まあ、ね」
 曖昧に答え、環菜がこの前、校長室でエリザベートにかけられた言葉を思い返す。

「あなたが力を無くしても、私のライバルであることに変わりはありませぇん」

 まだ自分が蒼空学園の校長だった頃、エリザベートとはよく争いを演じていた。学校の背景にあるものが原因にあったかもしれないが、単純に環菜はエリザベートに負けたくないと思っていた。
 けれど自分が“死んで”、力の殆どを失って。代わりに得たものは沢山あったけど、今までのように振る舞えないと思っていて。
 それでも、既に力の差は歴然であるにもかかわらず、エリザベートは自分の事を未だにライバルと言ってくれる。
(子供の成長は早いというけれど……まさにその通りね。
 私の負けよ、エリザベート。あなたはもう立派なイルミンスールの校長だわ)
 心の中でそう宣言して、環菜は口元にフッ、と笑みを浮かべる。エリザベートはああ言うけれど、これからはライバルではなく一友人として、エリザベートの力になってあげよう。
 彼女はまだまだこれから、多くの困難に遭遇するかもしれないのだから――。