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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 動かない時計塔へと、礼拝堂のような廃墟からヴィータが向かった後。
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は姿を見失いつつも、その後を追いかけていた。

(……どこ行きやがった、ヴィータのヤツ)

 やがて、唯斗は人通りの多い、大きな通りへと出た。
 プレッシオの雑踏に混じりながら、彼は進んでいく。
 唐突に、目的の人影が目に飛び込んできた。
 ヴィータも唯斗の存在に気づき、きゃはと笑みを零して、彼に近づいてくる。

「まだ追ってきてたんだ。
 でも、なーんで、あなたはそんなにわたしに付きまとうの?」

 プレッシオの雑踏の中で、唯斗は、ヴィータと向かい合っていた。
 周りの観光客や住民は、二人に興味を示さず通り過ぎていくだけだ。
 唯斗はヴィータを見据えながら、言った。

「あ? なんで付いてくるかって?」
「そうそう」
「そんなんお前が放っておけないからに決まってんだろーが」

 予想外のその返答に、ヴィータは目を丸くした。

「まさかの口説き文句。
 さすがのヴィータちゃんもドキッとしちゃったわよ」
「そんなんじゃねーよ」
「あらら、上げて落とすタイプなの?」

 ニヤニヤと笑うヴィータに、唯斗は真剣な表情を崩さず、言い放った。

「どーせまた、ろくでもない事するんだろう?
 だからよ、すぐ傍で止めてやろうと思ってな」
「止めるねぇ……」

 ヴィータが口元に手をあて、笑みを浮かべた。
 しかし、それは普通のモノではなく――闇色の、凄惨な嗤い。

「わたしは止まらないわよ? だって、」

 ヴィータが肩を竦め、言葉を継ぐ。

「わたしは、このクソつまらない世界を壊す存在だもの」
「んなことさせねーよ。どんな手を使ってでも止めてやる」

 唯斗は拳を握り締め、戦闘態勢をとる。
 ヴィータが陰惨な笑みを浮かべて、《暴食之剣》を鞘から抜き取った。
 両者は動かず、膠着状態。
 お互いに周りの人々を巻き込むような大事にはしたくないのだろう。殺気をぶつからせるに留まっていた。

「……っと、ここでこんなことをする時間もないのよね」

 突然、ヴィータは均衡を破るようにそう呟いた。
 彼女は《暴食之剣》を鞘に収め、踵を返し、人の間に紛れこんでいく。

「ヴィータ!!」

 唯斗が名前を呼ぶと、彼女は振り返った。深い緑色の瞳は一瞥し、そして何事もないように前を向き直った。
 歩いていく姿は無防備だった。
 ヴィータの背中は、多少の人間を巻き込んででも、あなたはわたしを止めることが出来るのと問うていた。
 勿論、唯斗にそんな事が出来るはずはない。
 お人好しで熱血漢である彼に、罪もない通行人を巻き込んでまで、戦うことが出来るはずはない。
 ヴィータは人ごみに紛れて、消えていく。
 消える寸前に、唯斗の耳まで「きゃは♪」という笑い声が聞こえた気がした。

 ――――――――――

 自由都市プレッシオ、最南端の区画。
 逃走した鴉達がルベルを下ろした人目につかない安全な場所。
 アルティナの<治療>により目を覚ました彼女は、鴉が話した衝撃の真実に耳を疑った。

「ゲヘナフレイムは全滅した。生き残りはお前だけだ」

 ルベルの目がルベルの中であらゆる情報が絡み合い、どうしてもその言葉を受け入れることが出来ない。

「嘘……よね?」

 それが、最初に思い浮かんだ台詞だった。 

「嘘……嘘よね……ねぇ、嘘だって言ってよ……」

 先ほどまでの鴉に対する怒りは消え去り、縋りつくように彼の服を握った。

「ゲヘナフレイムの皆は生きてるのよね?
 イグニートの背中でアタシの帰りを待っているのよね……?」

 鴉は目を伏せ、首を横に振る。

「全滅したよ。ルクス・ラルウァによって……な」

 鴉のその言葉は、ルベルを絶望の底まで叩き落すには十分すぎた。
 ルベルは彼の服から手を離し、力無く腰を地面に落とす。溢れる涙が、自分の頬を濡らした。

「……そんな……こんなのってあんまりじゃない」

 零れ落ちる涙と共に、ルベルの心の中で記憶の断片が湧き出した。
 彼女は幼いころに両親に売られ、奴隷商人に連れ回された。
 周りの奴隷仲間が次々と死んでいく中、恐怖に耐えながらどうにか生き残った。幼少期は、そのような劣悪な環境で育った。
 そんな不幸塗れの人生の中、ルベルにも幸運が訪れた。
 それは、ゲヘナフレイムによって助けられたことだ。自分もその一員となり、家族となった。
 はじめての家族は温かった。
 ゲヘナフレイムによって、自分はどれほど救われただろう。
 世間からは冷たい目を向けられる集団だが、自分はもし生まれ変わるとしても、この家族として生まれたい。そう思うほどだった。
 だから、自分は家族のために何度も死線を掻い潜った。そして、いつしかエースと呼ばれるほどになるまで成長した。
 それも、全ては――家族のためだ。ゲヘナフレイムのためだ。

 だからこそ、この結末は、あまりにもひどすぎるような気がした。

(ああ、神様――)

 《悲姫ロート》の炎は弱々しく、小さくなっていた。

(アンタはやっぱり最低最悪のクソ野郎だわ――)

 ルベルは《悲姫ロート》を初めて手放した。
 真紅の槍はカランカランと音を立て、力無く地面を転げる。

「だからだ、ルベル。もし良かったら、俺に――」

 鴉は励ますように優しい声で、ルベルに話しかけた。
 その内容は、自分に雇われないか、ということ。
 ルベルに生きてもらいたいがゆえに、自分が雇って近くに置いとくのが一番だろ、と鴉が考えた結果だ。
 ――しかし、あまりの悲しみにより、心を失いかけている彼女には優しすぎる言葉は届かなかった。
 だが、とある男が放った一言が、ルベルの耳までしっかりと届いた。

「全てに復讐する力をやろうか、ルベル・エクスハティオ」

 復讐する力。
 その単語に反応して、ルベルは顔を上げた。

(復讐する……力……)

 ルベルは虚ろな目で、声の主のほうを見る。
 そこには、ドクター・ハデスが笑みを称えて佇んでいた。
 ハデスは語る。
 今回のゲームの、もう一人の脚本家は語り出す。

「どうした、ルベルよ。
 ベリタスの仇である契約者たちに復讐するのではなかったのか?
 ゲヘナフレイムを皆殺しにした、ルクス・ラルウァにも復讐するのではないのか?」

 ハデスはルベルに手を差し伸べ、口にした。

「だが、あの契約者どもに敗れているようでは、ベリタスの復讐はおろか、ルクス・ラルウァにも勝てまい!
 もし、俺について来るなら、圧倒的な力を与えてやろうではないか! 『人喰い勇者』としての、圧倒的な力を、な!」

 ハデスの言葉が、ルベルの胸を強く打った。

「……人喰い勇者としての、圧倒的な力」

 ルベルは少しだけ、その伝説を耳にしたことがあった。
 悪王に立ち向かい、不思議な力で倒した勇者のお話。少しだけ残酷だが、御伽噺としてはよくある復讐譚。
 しかし、その勇者の現状は、今の自分にそっくりだと思った。大切な人を殺され、意気消沈した今の自分に。

「アタシに、力をくれるの?」

 ルベルは藁にも縋る思いでハデスを見上げた。

「ああ――」

 ハデスはニィッと笑みを浮かべ、言った。
 とある人間が、ハイ・シェンに言ったあの言葉を。

「その復讐心を、その憎悪を。俺は使う術を知っている」

 どくん、とルベルの心臓が大きく鼓動した。
 と、共に。消えかけていた闘志が、叩き起こされたように蘇った。