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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 自由都市プレッシオ、最南端の区画。
 ルベルが居る広場では、変わらず激しい戦闘が続いていた。
 飴細工のように金属の手すりはひしゃげ、古びた遊具の数々の塗装はめくれ上がり、街灯は高熱で滴り落ちている。
 そんな炎と灼熱の地獄の中、傷だらけのルベルと契約者達の戦いは続いていた。

「私に力を――<我は射す光の閃刃>!」

 シエル・セアーズ(しえる・せあーず)は疲労で荒い息を吐きつつ、戦女神の威光を光の刃に変えて放った。
 空気を切り裂き、無数の光の刃がルベルに肉迫。
 が、ルベルは《悲姫ロート》を横薙ぎに一振り。光の刃をまとめて打ち砕く。

「頂きですよー」

 武器を振るいきったその隙は、神崎 瑠奈(かんざき・るな)には十分すぎる時間だった。
 瑠奈は獲物を狙う猫のように目を鋭くさせ、ルベルの死角から<ブラインドナイブス>を放った。
 《鉤爪【建御雷】》の爪が、彼女の腕を深く切り裂く。

「……くぅ……!」
「一気に行くにゃー!」

 全身を駆け巡る痛みにルベルの動きが止まり、好機と見た瑠奈は一気に攻める。
 《忍法・呪い影》で影を二体立ち上がらせ、自分の動きに着いてこれる《下忍》に命令。
 そして、瑠奈は印を結び<火遁の術>を発動した。
 巨大な炎の柱が立ち、ルベルの目を眩ませ、四人は疾走。各々の武器で、ルベルに襲い掛かる。

「……やらせは……しません」

 しかし、四人の攻撃を全て、アルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)が《聖剣ティルヴィング・レプリカ》の大きさを生かし、受け止めた。

「邪魔にゃー!!」

 ふーっと猫が威嚇しているような表情の瑠奈に対し、アルティナはずっと無表情だ。
 圧倒的な手数の瑠奈達の攻撃を、アルティナは<歴戦の防御術>で立ち回り、的確に防御する。
 その遥か後方で、渚が瑠奈達に《【シュヴァルツ】【ヴァイス】》の照準を合わせた。

「仕事の邪魔だ。失せろ」

 <シャープシューター>による精密な射撃が、瑠奈達に飛来。
 二体の《忍法・呪い影》は頭を撃ち抜かれ、霧散するように消え去った。
 瑠奈と《下忍》は後方に跳躍。
 《【シュヴァルツ】【ヴァイス】》から空薬莢が排出し、渚は銃口を着地した瑠奈と《下忍》に合わせた。
 その対化物用拳銃は火を噴き、大口径の銃弾を吐き出す。
 二人の頭に吸い込まれるように飛んで行き――。

「はぁぁああ……!」

 神崎 輝(かんざき・ひかる)が<ディフェンスシフト>で無理やり身を割り込み、前方に手をかざした。
 瞬間、ピキピキと音を立てて《アイスフィールド》が形成。氷の盾で二発の銃弾を弾く。
 入れ替わるように、一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)が《魔導剣【ビッグ・クランチ】》を抱えて、突撃。

「どきなさい。さもなければ、死にますよ!」

 <クライ・ハヴォック>の叫びを上げ、《六連ミサイルポッド》を使用。
 全弾が発射され、地を這うように飛び、渚に向けて飛翔する。

「攻撃は……私が受け切ります」

 が、アルティナがミサイルに向けて聖剣を横薙ぎに振るった。
 ミサイルのうちの一発が爆発。連鎖して他のミサイルも一気に大爆発。
 その間に、瑞樹がアルティナに肉迫。
 跳び上がり、<スタンクラッシュ>の強烈無比な一撃をアルティナに叩き込んだ。

「く……っ」

 その一撃を聖剣で受け止めたアルティナから、苦痛の呻きが洩れた。
 瑞樹は彼女を押し込み、よろめかせ、着地。
 <ウォーマシン>で力を増幅させ、<一刀両断>による全てを切り裂く一閃を放った。
 瞬間、

「どいてろ」

 鴉が<疾風迅雷>で近づき、アルティナを片手で抱え込む。
 そして、《双錐の衣》をつぃっと揺らした。
 魔力を込めることによって、ゆったりとした袖が錐のように尖り、魔導剣と激突。
 激突は魔導剣が勝つが、その頃に二人は既に安全圏へと脱していた。

 ――――――――――

 鴉達が時間稼ぎをしてくれている間、ルベルは少し離れた場所で休憩に務めていた。
 全身の至るところに生傷が出来、服は自分の血だらけで汚れている。
 いつ意識を失ってもおかしくはない状態で、ルベルは復讐心に支えられてやっと立っているようなものだ。
 ルベルは荒い息をどうにか整え、キッと契約者達を睨み、地面を蹴った。

「ア゛ァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 けたたましい<龍の咆哮>をあげ、ルベルは契約者達へと突撃した。
 彼女の鋭い視線の先で、ルカルカが《ロンギヌスの槍R》を構える。

「槍には槍、ロンギヌスでお相手するわ」

 ルカルカは<ドラゴンアーツ>の怪力で、軽々とロンギヌスを振るう。
 合わせて、ルベルも《悲姫ロート》で高速の突きを放つ。
 矛先同士が衝突し、火花と火の粉が散った。
 ルベルは素早く真紅の槍を引こうとし――。

(……なに……身体が重い……上手く、動かない……!?)

 自身の、身体の変調に気がついた。
 四肢に力が上手く入らない。疲労や出血によるモノとは、全く違う動きの鈍り。
 それで、ルベルは真紅の槍を引くのが遅れる。
 その隙を逃がすほど、ルカルカは甘くはない。

「終わらせてもらうよ、ルベル」

 ロンギヌスを絡めるように回し、真紅の槍を跳ね上げた。
 ルカルカは<ポイントシフト>で急迫。
 ルベルの心臓目掛けて、必殺の掌底をねじ込んだ。

「ッ、がは……げぇ……」

 ピンポイントなその打撃に、心臓が止まり、数秒後また再開し始めた。
 ルベルは足に力が抜けるのに耐え、どうにかバックステップ。
 が、休む暇を与えず、ダリルが<グラビティコントロール>を発動した。

「少しだけ、眠っていろ」

 急に増した重力のせいで、ルベルは動けなくなる。
 ダリルは続いて、《雷光のフラワシ》を<降霊>。彼女に飛び掛らせ、内側に雷光を放った。
 ズドン、と雷が落ちたような轟音。
 直撃したルベルは地面へ叩きつけられ、手足を乱暴に地面に投げ出し、そのまま地面をゴロゴロと転がった。
 ルベルは壊れた人形のように動かない。
 心臓が短い間だが確実に止まり、満身創痍。このまま目を閉じれば、しばらくの間、意識を取り戻さなくなるだろう。
 それでも、

「……、」

 ルベルは《悲姫ロート》を再び握り、立ち上がる。
 真紅の刃は変わらず、彼女の気概を表し、巨大な炎を纏っていた。
 もはや、ルベルに思考する力などほとんど残っていない。
 ただ、目の前の仇に復讐するという意思だけが、心を支配していた。

「灰は灰に――」

 ルベルは《悲姫ロート》を大きく振りかぶる。
 真紅の刃に、灼熱の炎が渦巻く。
 それはルベルにとって最高の技であり、ゲヘナフレイムのエースとして真紅の槍を受け継いだときに教えられた秘技だ。

「塵は塵に――」

 ルベルが一言、一言、口にする度に、真紅の槍が纏う炎は大きくなっていった。
 やがて、巨大化しすぎた炎は龍の形を為していく。
 周囲の気温が一気に上昇し、広場の全体に陽炎が生まれた。
 今までとは比べ物にならない、炎の塊。復讐の炎。

「焼き尽くせ、《悲姫ロート》」

 ルベルの言葉の終わりと共に、炎の龍が契約者達に放たれた。
 周りの酸素を取りこみ、轟々と凶悪な音を立てる。それは、まるで、龍の鳴き声のように。
 炎の強大さの前に、ほとんどの契約者が竦む中。
 神崎輝だけが迷わず、仲間を守るために前へ進んだ。

「ボクが、皆を護るんだ……!」

 輝が決意を込めて、そう呟いた。
 進む足を止めず、<ファイアプロテクト>と<龍鱗化>を発動。
 万全の準備の下、《アイスフィールド》で巨大な氷の盾を精製。
 眼前に迫る炎の龍を見つめ、両足で地面を踏みしめた。

「もぅ、無茶して……!」

 シエルは炎の龍に立ち向かう輝を見て、<護りの翼>を行使。
 長く伸びた光の翼が、優しく輝を包み込んだ。
 ――刹那、炎の龍が輝に激突した。
 それは触れた瞬間にカタチを失い、まるで火山の奔流のように爆破した。
 熱風と閃光と爆音と黒煙が吹き荒れる。
 輝が前に立ち、他の契約者達は比較的軽傷で済んだ。
 が、当の輝は黒煙と火炎のスクリーンに阻まれ、健在かどうか分かりはしない。

「輝、お願い……!」

 シエルが両手を組み、神に祈るように、輝が生きていることを願った。
 そして、心配そうな表情を浮かべる。やがて、黒煙は晴れていき――。

「はぁ……ハァ……ッ!」

 荒い呼吸を吐きながらも、ボロボロになりながらも。
 あの炎の龍を受けてなお、生き残った輝を見て、シエルは表情を輝かせた。

 ――――――――――

 時間は少し遡る。

(あぁ……もう……ダ、メ……)

 ルベルは炎の龍を放つやいな、まるで糸が切れた操り人形のようにその場に倒れた。
 身体が動かない。
 それは疲労ではなく、人為的なモノによって成った状態。
 ルベルはこの状態を引き起こすために必要なモノを知っている。

「なんで……アタシに……<しびれ粉>が」

 ルベルはそう呟く。
 と、鴉達が戦闘を切り上げ、倒れるルベルに近づいた。

「……やっと、利いたか」

 鴉の言葉を聞き、ルベルが聞き返す。

「やっと、利いた……?」
「ああ。俺が淹れたコーヒーに、溶け込ませた遅延性の<しびれ粉>さ」
「! ……まさか、アンタ」
「悪いな。怒り終えたら、さっさと寝てろ」

 鴉は<ヒプノシス>を発動。弱ったルベルを眠らせる。
 彼はすやすやと寝息をたてて眠る彼女を抱え上げ、渚とアルティナに撤退を命令した。
 四人は、炎の龍が作り上げた炎の障壁が消えないうちに、逃げていく。
 その背後、炎が燃え盛る広場で。

『ククク、アルテミス。そやつらが完全に撤退するために時間を稼げ』
「了解しました、ハデス様! 敵の足止めは、私にお任せ下さい!」

 今まで隠れていたアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)は元気よく返事して、《魔剣ディルヴィング》を抜き取った。
 シエルの<命のうねり>で傷を塞いだ契約者達が、撤退した鴉達を追おうと、炎の障壁を越える。
 アルテミスは魔剣の切っ先を彼らに向け、言い放った。

「ここはオリュンポスの騎士アルテミスがお相手します!」

 アルテミスは<プロボーグ>を行使し、注意を引きつけ、<お下がりくださいませ旦那様>で足止めを行う。
 相手は大多数。
 お互いが同じ状態なら負けていただろが、相手は負傷中。自分は無傷。それに、アルテミスの目的は勝つことではない。
 足止めをすることだ。
 アルテミスはあらゆる防御系のスキルを駆使し、ひたすらに時間稼ぎをした。

「……ッ!」

 アルテミスの前に、鴉達の後を追う者達の足が止まる。
 彼女は鴉達が去っていた方向を僅かに見て、小さく、祈るように呟いた。

「ルベルさん……。
 どうか、心の闇にとらわれないでくださいね。ご武運を……」