波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

星影さやかな夜に 第二回

リアクション公開中!

星影さやかな夜に 第二回
星影さやかな夜に 第二回 星影さやかな夜に 第二回 星影さやかな夜に 第二回

リアクション

(力が足りないと分かっていても、大切な人のために立ち向かう……か)

 翠達と戦い続ける切は、横目で明人のことを見ていて思った。

(ああ、もう、あんな輝きを見せられたら……昨日の縁なんて霞んじまうねぇ)

 切は突然、《自在刀》の柄から手を離す。
 戦闘中の突然のその行動に、翠達は大きく目を開いた。

「……どうしたの?」

 翠は警戒を解かず、問いかける。
 切はボリボリと頭を掻き、戦闘を継続する意思がないことを示すと、「はぁ」とため息をついた。

「あんな風に男の矜持を魅せられちゃったらさ、ワイみたいのが邪魔するわけにはいかんでしょうよ」

 切は明人を指差し、肩を竦めると、踵を返した。
 ティナは去り行くその背中に、ぶすっとした表情で、言葉を投げかける。

「……なによ、あんた。随分身勝手ね」
「はは、そりゃあそうだ。ワイは自己中心的だからねぇ。ま、一足先に舞台から降りさせてもらうとするよ」

 切は片手をひらひらとさせて、歩いていく。
 翠達は切から視線を外し、明人とエリシアの加勢に回るために急いだ。
 切はもう一度ため息をつくと、小さく一人ごちる。

「悪いね、ヴィータ。一抜けただ。ワイは観客に戻るとするよ」

 ――――――――――

「つぅ……く……クソッ」

 コルニクスは追い込まれていた。
 明人が素早い動きで接近戦を繰り出し、エリシアが後方から魔法攻撃を繰り出す。そのコンビネーションに隙はない。

「喰らいやがれですわっ、<ワルプルギスの夜>!」

 コルニクスに、エリシアが闇黒の炎を放った。
 黒服の男は、それをどうにか回避。しかし、無茶な回避行動のせいで、身体がよろめく。

「行くぞ、クソ野郎!」

 その姿を確認した明人が前進。
 獣人特有の素早い動きで、コルニクスとの距離を詰めた。

「く、クソッ、死ねぇぇッ!」

 黒服の男が大型のナイフを振り上げ、明人に切りかかる。
 が、今の明人にその攻撃は遅すぎる。研ぎ澄まされた感覚の前では、止まって見える。

「意外と遅いな、あんた」

 明人は軽やかな動作で避け、空気を切り裂くような下段蹴り。コルニクスの膝を粉砕。
 あっけなく傾く巨体に向けて、明人は腰を捻り、右腕を大きく振りかぶった。

「喰らえ――ッ!!」

 全力の右拳は、顔の下半分をぐしゃりと潰した。
 「ぐっ」という短い呻きを洩らし、巨体は床へと叩きつけられる。数回バウンド。
 コルニクスは鼻血をぼとぼとと落としながら、ダメージで震える足で立ち上がった。

「ひっ、ひ。く、クソッ……こうなれば、」

 コルニクスはリュカを人質にとろうと、反転した。
 が、エリシアが《空飛ぶ箒パロット》で回り込み、不敵な笑顔で言い放つ。

「リュカには指一本触れさせませんわ。……覚悟はよろしくて?」
「く、く、く、クソがぁぁああああ!!」

 コルニクスは自身の最高のスキルである<急所狙い>で、大型ナイフを思いっきり振るった。
 エリシアは<行動予測>でタイミングを読みきり、《トリケラシールド》でその攻撃を受けきり、

「……ひっ、ひ」

 コルニクスから恐怖の声が洩れる。
 それは目前で、エリシアの《空飛ぶ箒パロット》によるオウム返しが起ころうとしていたからだ。
 自分の先ほど放った威力そのままの衝撃波が、掲げられた箒の前で渦巻いている。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。降参する、降参するから」
「……降参?」
「ああっ、俺の負けだ、だから、それだけは――」
「舐めているんですの、貴方?」

 エリシアは絶対零度の声で言葉を続ける。

「貴方は相手が降参しても、手を止めることはなかったでのしょう?」
「そ、それは……」
「交渉の余地はないですわ。さぁて、」

 エリシアは引きつった顔のコルニクスをキッと睨み、《空飛ぶ箒パロット》を使用した。

「そっくりそのまま、お返ししますわ!」

 言葉と共に、衝撃波が放たれる。
 それを鳩尾に受けた巨体は吹っ飛んだ。背中から汚れた壁を突き破り、外へと飛んでいくコルニクス。
 路地裏の中央に落ち、数秒の痙攣に続いて、白目を剥く。エリシアはそれを見て、一言。

「……貴方がいくら外道であろうと、殺すつもりはありませんわ。感謝なさい」

 エリシアは赤く長い髪を揺らし、振り返った。彼女の視線の先には明人とリュカ。

 彼女の頬には一筋の涙が伝っていた。彼は<超感覚>を解いて、その涙を指で拭い、抱きしめる。

「リュカが生きてくれて、本当に良かった……」

 明人の声がかすかに震えているのに、リュカは気づいた。
 涙が、彼女の頬を流れ落ちる。

「……私……わたし……」

 あとは、言葉にならなかった。
 涙が次々とこぼれ落ち、やがて彼女は激しく泣きじゃくった。
 明人の手が、亜麻色の髪をそっと撫でる。
 その腕の中で、リュカはわんわんと泣き続けた。

 ――――――――――

「……あ、あの」

 リュカは涙が止まると、腫れぼったい目で応接間の契約者達を見た。

「ご、ごめんなさい、皆さん。ご迷惑をおかけして」

 謝る彼女に、何を今さら、と言った風な笑顔を契約者達は浮かべた。
 その中で、ミリアがリュカに近づき、声をかける。

「リュカさん。この応接間の外では未だ戦いが続いている。逃げるのなら速く動かなくちゃいけないわ」
「は、はい」
「だから、今から<封印呪縛>でリュカさんを《封印の魔石》に閉じ込めるけど……いいかな?」

 リュカはしっかりと頷く。
 ミリアはそれを見て、「うん、分かった」と返事をした。

「変な感覚もしれないけど、出来るだけ力を抜いていてね。すぐに終わるから」

 ミリアは<封印呪縛>をリュカに行使する。
 リュカは淡い光に包まれ、やがて、ミリアの手に持った《封印の魔石》に吸い込まれた。

「完了なの! これでハッピーエンドなの!」
「昨日はぁ〜、酷い目に会いましたがぁ〜。今日もぉ〜、酷い目に合いましたねぇ〜」

 そう感想を洩らす翠とスノゥに、ティナがため息を吐いて、言った。

「まだよ。詰所に逃げ切るまで気を抜いちゃいけないわ」
「……うぅ、分かってるの」
「分かっていますよぉ〜」

 本当に分かっているのかどうか分からないその反応に、ティナは頭を抱えた。
 そして、他の敵にばれないよう、応接間の契約者達が静かに移動手段を用意し始めたとき。

 ――大広間から、悲鳴が聞こえた。