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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)
【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回) 【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

リアクション

『――……なんだ、また失敗か。なかなか上手くいかないもんだね……』

 

 たったそんな一言で、否定された全て。
 この身に価値が無いのなら、掴み取るしかない。
 この命に意味が無いのなら、奪い取るしかない。
 世界の奥深くまで根を蔓延らせ、否定する全てを噛み砕いて。











【それぞれの三日間――Side:1】





 パラミタ最大の軍事国家、エリュシオン帝国。
 ほんの少し前までは、繁栄の極みにあったはずの帝国にも、大陸崩壊の影が忍び寄り始めていた。
 そんな中での、アスコルド大帝の崩御。
 空の玉座が、その不安を象徴しているかのようだったが、それもあと数日までのことだ。
 ようやく新しい皇帝が誕生するのだという期待が、暗雲のエリュシオンを俄かに照らしている。


 選帝の儀が、三日後に控えていたのだ。


 



「うー……何か、うまく行かないんだよなー……」

 エリュシオン北部、極寒のジェルジンスク。
 その肝心なその次期皇帝候補であるセルウスは、ジェルジンスク地下坑道の一角で、地面を引っかいた程度の簡単さで敷かれた巨大な魔法陣の中心に座ったまま、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の用意した大量のドーナツを頬張りながら、はあ、と盛大に溜息を吐き出した。本人は真剣なのだろうが、緊迫感のない光景である。腹が減ってはなんとやら、の理屈に則って自身もカナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)の作るギャザリングヘクスを、その味に苦い顔をしながら相伴に預かってはいたが、セルウスの相変わらずの調子にドミトリエ・カンテミールは盛大に溜息を吐き出した。
「何か、って何だ。もっと具体的に理由は判らないのか?」
「判ってれば苦労しないよーっ」
 ぶんぶんと頭を振り回すセルウスが、態度は兎も角心底困っているのは判っていたので、ドミトリエは息をついただけで視線を再び手元へと落とした。そこにあるのは、大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)から、使って欲しいと預かっているアルケリウスの欠片だ。ドミトリエは、具現化と憑依の特性を持つその欠片を使って、セルウスの覚醒を促すための道具を製作中なのだ。
「秘宝の代わりになるかどうかは判らないが、原理に近付けさせることは出来るはずだ」
 はたから見ると何をしているのか良く判らない工程ではあるが、恐らくは坑道のメンテナンス用だったのだろうドワーフ御用達な工具を手に奮闘中のドミトリエからやや離れて、魔方陣の作成者であるディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)と共に体を動かしていた桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)に、どこから取り出したのか、暖かなお茶を差し入れたのは、ジェルジンスク監獄で働いていた職員たちと共に、周辺を警護中の聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)だ。
「調子は如何です?」
「大分調子が合ってきた。得物のリーチが違うから、ちょっと苦戦したけどな」
 煉が答え、ディミトリアスが頷き「そちらは」と問いかけると、聖はちょっと苦笑したようだった。
「おかげさまで、良さそうな温泉も見つかりましたし、温泉地化に向けて動けそうですよ」
 どうやら、聖はジェルジンスク温泉として、樹隷のハーフ達の新たな職場にならないかと、温泉地化の計画しているらしい。セルウスの覚醒のために地脈を探っている間で、良さそうな温泉の目処も立ったらしく、意外にもジェルジンスク選帝神ノヴゴルドも乗り気なようだ。夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)達が、この周辺の行動を細かく調査して回っていたおかげで、坑道内の地図作りも順調だ。
「ただ、少し気になることもあるんですよ」
 阿部 勇(あべ・いさむ)がジェルジンスク内の調査結果のレポートをめくりながら口を開いた。どうやら先日の監獄襲撃よりもっと以前から、このジェルジンスクの地下で、何者かが動き回っていた形跡があるらしい。
「あのテロリスト達は、前々からチャンスを窺ってたってことですかね」
「可能性はあるな」
 勇の言葉に甚五郎も頷いたが、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は首を傾げた。
「でも……ノヴゴルド様が選帝神になられたのは、最近のことですよね?」
 そんなに以前から狙われると言うのは可笑しい気がする、という詩穂の疑問に、ノヴゴルドは苦笑した。
「あ奴のことじゃ、選帝神である以前に、わし自身が目障りなのじゃろうて」
「そんなにご険悪だったのですか?」
 詩穂が続けて訊ねると「表向きはそうでもないがの」と前置いて続けた。
 今でこそ華やかな地方となっているが、エリュシオンの中でも珍しい、荒地の多いオケアノス地方は、土壌は痩せて作物の育ちにくい、開墾の難しい貧しい土地柄で、ラヴェルデ就任後も暫く、領民たちは苦労を強いられていたという。そんな彼らが、寒さが厳しくとも良い土壌を持った、広く豊かな農地を持つ隣の領土を羨むのは仕方の無い話だ。やがて、貿易によって大きく発展した今日までの間、あの手この手でジェルジンスクへ伸ばされていた手を、水際で振り落としてきたのが、当時ジェルジンスキーの部下の一人であったノヴゴルドであったらしい。ラヴェルデにとってはまさに、目の上のたんこぶといってよい人物であろう。
「恐らく、チャンスをずっと待ておったのじゃろうの。もっと早くに物証さえ掴めておったら、叩き潰してやったものを」
 思わぬ激しさを覗かせたノヴゴルドだが、裏を返せば、それだけ上手くラヴェルデが立ち回っていたのだろう。
「しかし、そうすると妙でありますな?」
 首を傾げたのはマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)だ。
「聞く限り、慎重で執念深いタイプのようでありますが、それにしては、二重依頼のことと言い、随分杜撰と言いますか……」
「……そうじゃの」
 マリーの言葉に、ノヴゴルドも難しい顔で頷いた。
「どちらかと言えば、足元に油をまいて、相手が滑るのを待つタイプじゃからの。何ぞ、急ぐ理由があったのか……」
「或いは……別に動いてはる何者かが、いてはるのかもしれまへん」
 そう口を開いたのは、第三龍騎士団員のキリアナだ。
「どうも、ナッシングとテロリスト達の動きは、噛みあってへん感じがしますのや」
 最初に相対した時から、遺跡、そしてジェルジンスクと、ナッシングの行動にはどうも一貫性が無い。
「同じ側の敵ではあるが、実際のところは、足並みを揃えてはいないかもしれないというわけか……フ」
「あれっ、どーしたのどーまん! 急にシリアスになっちゃって」
 蘆屋 道満(あしや・どうまん)がそういって纏めるのを、ここぞとばかりにカナリーが茶化す。
「オレは最初からシリアスだッ」
「そんなことよりさ〜」
 スルーするな! という道満のことはいっそ清清しいほどに無視して、カナリーはキリアナの衣装を指差した。
 そう、キリアナは普段の騎士の装いではなく、和風の装い――所謂くのいちのような格好をしているのである。
「身許を隠すなら、徹底的にやるべきだろ?」
 とは同じ忍びの装いをした紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の弁だが、本式(?)のくのいちのような、露出の多いものや、体のラインが出すぎるものは頑なに拒否されたようだ。
「似合うと思うんだがな」
 唯斗は残念そうだが、聖がさりげなくそんな彼らにお茶を振舞いながら「野暮なことは言わぬが華でございますよ」と、キリアナの旧知の青年と、意味深に顔を見合わせると、それはそうと、と話題を変えた。
「ノヴゴルド様にも確認させていただきましたが……アスコルド大帝のご遺体についてですが、代々の皇帝と同じく、霊峰オリュンポス山に収められていらっしゃるそうです」
 そうやって、聖がお茶と共に話題を差し入れた相手は、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だ。
「ふむ……となると、直接の接続は難しそうなのだ」
 考え込んだリリに、タマーラが「……なら」とぼそりと呟くような声で言った。
「別の……繋げ方を、考えるべき。直接は、無理でも……繋ぐ……ことは、できるはず……」
 言いながら、その小さな手がぎゅ、とリリの手を握った。その手の感覚に、何を思ったかリリが「成る程」と一人頷いて、なにやらごそごそ動いていると、その袖口から緑色発光するスライム状のアスコンドリアがボトリと落ち、それに埋め込まれた大帝の目がギョロリと見回した。どう見てもモンスターといったそれに、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)は露骨に顔を顰めた。
「悪趣味な女だな、君は」
 その感想はその場にいた凡その代弁だったと思われるが、反対にユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)の方は目をきらきらさせたかと思うと座り込み「かわいいです〜」とつついている。そんな二人の様子と、アスコンドリアとリリとを見比べて、タマーラがこれは、と首を傾げるのにリリは続ける。
「もう一度セルウスに確認してみたのだが、アスコルド大帝の遺体に近付いたのは”何かに呼ばれた”から、触れてしまったのは”何かに押された”からで、その力の質は違う。リリが思うに、最初にセルウスを”呼んだ”のはアスコルド大帝なのだよ」
 そしてそのままの流れで、リリは「そして!」と地面でうぞうぞしているアスコンドリアをびしいっと指差した。
「コレがまだ生きているのだ。魂が失われたとはいえ、大帝の体には何かが残されているはずなのだよ」
 その何かを受け継がせることで、荒野の王と並び立つ以上の力を、セルウスが手に入れることが出来るはずだ、と言うのである。成る程、と納得はしつつも、ララは不安げにその目線をセルウスへと投げた。
「とは言え……それはセルウスが覚醒を成功させることが前提だろう?」



 そう、その肝心のセルウスはと言えば、相変わらず魔方陣の上で座禅を組んでみたり、念じてみたりと色々試してはいるものの、どうにも思うようにはならないらしく、微妙な顔で溜息を吐き出した。そんなセルウスの気分を変えさせようと、ドーナツを差し出しながら、ぽんぽん、と美羽がその肩を叩いた。
「イルダーナは粗野だし、アルテミスは恋する腹ペコ乙女だけど、2人ともいい人だから……きっとノヴゴルドさんの話も聞いてくれるし、セルウスのこともちゃんと見てくれるよ」
 だから緊張しなくて大丈夫、と励まされ、セルウスは「うん」と少し笑った。
 此処に辿り着くまでの経験で、自身の中にある力に気付きつつあるセルウスではあるが、それを目覚めさせる、となると、口笛を知らない子供に口笛を吹いてみろ、と言うようなもので、ジェルジンスク地下の地脈の力を魔方陣に満たして繋げてみようとしても、それをどうしたらいいのか、ということをひらめくための”きっかけ”が乏しいのだ。
 その様子を見守りながら、鬼院 尋人(きいん・ひろと)は小さく息をついた。
「できるだけ早く、セルウスに覚醒してもらわないと……」
 そうは思うが、それを誰より願っているのはセルウス自身だろう、とも思う。熱意はある。秘宝が手元に無くとも、覚醒に足るだけのお膳立てはされている筈だ。それなのに此処に至っていまだ覚醒できていないのには、何か原因があるのではないか、と尋人は考えていた。
 そんなことを思いながら、尋人はセルウスと合流する前の、カンテミールでの出来事を思い出していた。



「賭け……ですかぁ?」
 皇帝が不在のためもあって、暫定、とはされているものの、カンテミールの選帝神の座についたティアラ・ティアラは、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の提案に首を傾げた。
「そうです。セルウスが儀式までに選帝の間に着けるか着けないか……賭けをしませんか」
 ちなみに私は着ける方に賭けますが、と続けた小次郎の意図を探るようにじっと見やり、ティアラはふうん、と面白がるように、同時にやや挑戦的に目を細めて首を傾げた。
「それってぇ……ティアラには、何かメリットがあるんですかぁ?」
 ひやりとした声に、小次郎は「さあ、どうでしょうか」としれっと続ける。
「どちらが勝ったとしても、そこにメリットを見出せるかどうかは、ティアラ殿次第では?」
「……いいですよぉ、乗ってあげても。て、いうかぁ、辿り着けたところでぇ、選ばれるかどうかは別問題ですよねぇ?」
 含まれた意図を悟りながら、敢えて意地の悪い問いに、小次郎は意味深に、僅かに口元を上げた。
「その時どう行動するかも、ティアラ殿次第ですよ」
 返答に片眉を上げ、「食えないひとですねぇ」とティアラは息を吐き出して肩を竦めた。
「ティアラ的にはぁ、状況によりけりとお答えしておきますけどぉ……随分、セルウスくんに肩入れしているんですねぇ」
 今のままじゃ、荒野の王が負けるとは思えないんですけどね、と呆れたように言ったティアラに、次に声をかけたのは尋人だ。
「君にとって、荒野の王はそれだけ皇帝に相応しいと思える存在なのか?」
「どういう意味ですかぁ?」
 問い返すティアラに、尋人は続ける。
「選帝神として、君が荒野の王を選ぶ理由だ。利害とか、単純に力が強いから、という以外の……魅力、と呼ぶべきかな。君なら判るかなと思ったんだ」
 真剣な問いに、いくらか考えるようにした後、「そうですねぇ……」とティアラは口を開いた。
「ぶっちゃけるとですねぇ、ただの好みですよぉ」
 そのとんでもない回答に絶句する面々に構わず、ティアラは続ける。
「言っときますけどぉ、ティアラが年下好きだからって、それだけで言ってるんじゃあないんですよぉ?」
 それもあるにはあるんかい、という心中の突っ込みはとりあえずさておき、ティアラの説明は続く。曰く、何を持って相応しいと思うか、と言う基準は、どういう言い方をしたところで結局は好みなのだ、と言う。貫禄が必要だと思えば強い人物を思うだろうし、智謀が必要だと思えば頭の切れる人物を求めるだろう。
「つまんないこと全部、壊してくれそうじゃないですかぁ。そういう力こそ……ティアラは必要なんじゃないかって思うわけなんですよぉ」
 ティアラの思う、荒野の王の最大の魅力は、何もかもを踏み倒してでも目的のために前進しようとする”傲慢さ”とも言うべき力強さだ、と言う。例え全てを壊してしまうことになろうとも、という荒野の王と、自身との対極さに惹かれているところもあるのかもしれない。
「荒野の王様は、力がどういうものかも、その使い方も良く知ってると思いますがぁ……セルウスくんは、どうなんでしょうねぇ?」
「どう……とは」
 尋人が思わず訊ねると、ティアラはくすくす、と悪戯っぽく笑った。
「自分が、どういう力を持っていて、どう使いたいのか……判ってるかどうか、ってことですよぉ」




「……どういう力を持っていて、どう使いたいのか……か」
 セルウスは元々、剣士としてかなりの腕前だ。本来であれば成長と共に自然に目覚めるものだったのだろう。だが、同じ候補者であり、年も近そうな荒野の王が、あの幼さでそれを目覚めさせることが出来て、セルウスがそう出来ないのは何故なのか。セルウスに手を貸し過ぎたからだろうか。守りすぎたために、脱皮する機会を奪ってしまったのだろうか?
 そんなことを思いながら記憶を振り返る尋人の視線の先では、似合わない溜息を吐き出すセルウスに、神崎 優(かんざき・ゆう)達が寄り添っていた。
「焦る気持ちは解るが、落ち着くんだ。焦れば焦る程、覚醒から遠ざかってしまう」
 優の言葉に添えるように神崎 零(かんざき・れい)もそっとその肩に触れる。
「そうだよ。まだ時間はあるから」
 その言葉に、でも、と反論しかけたセルウスをやんわりと優が押しとめる。
「セルウス、何故選定の儀が早まったのか解るか? 相手は焦っている。君の覚醒を恐れているんだ」
 ラヴェルデはノヴゴルドを亡き者にし、セルウスの存在を表舞台から遠ざけようとし続けている。さらには荒野の王を出陣させてまで排除しようとし、その上で失敗しているのだ。運命を巻き込む能力を持つ自分の計画に齟齬が生じていることに、平静でいられていないからこそ早めたのだ。
「だから落ち着いて、自分の中に眠る力と正面から向き合うんだ」
 そう言って、優はセルウスの手の平の自身の手を重ねた。きつく握って冷たくなった手に、優の優しい温度が伝わる。
「セルウス、君の力は誰かを不幸にする為じゃなく、皆を幸福にし、導く為のモノだと俺は思っている」
「うん……」
 頷きはしたが、不安はあるのだろう。そんなセルウスに、神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)
も、優や零と同じように手の平を重ねた。
「大丈夫だ、君は一人じゃない。俺達が、君の事を想う人達がいる」
「そうだね」
 彼らの言葉に招かれるように、尋人も近付いて、セルウスの肩に触れた。
「例えセルウスが覚醒できなかったとしても、一人一人がその脅威に自分も立ち向かわなければいけない……」
 驚いたような顔をしたセルウスに、尋人は続ける。
「全部、背負わせるつもりは無いよ。オレたちも、一緒にそれに立ち向かう」
 だから、気負うなと励ます尋人に「そうだぜ」と聖夜もぱしぱしとセルウスの背中を叩いた。
「大丈夫だ。いざとなったら俺達が何とかしてやる!」
 力強い言葉に、刹那が頷いて、重ねた手をぎゅっと握り締めた。
「そなたは一人ではありません。私達がついています」
 その力強く暖かい手の平の温度を感じながら、セルウスは頷いた。



 そんな光景をちらりと見ては手元へ視線を戻すドミトリエに『随分熱心なのだぜ?』と声が掛かった。エカテリーナだ。工房の載ったイコンから降りてくる気配は全く無いので、相変わらずモニター越しの機械音声である。
『お兄ちゃんは、セルウスのことを皇帝にしたいでFA?』
「別に」
 エカテリーナの問いに、ドミトリエは淡白に答えた。
「誰が皇帝になるかどうかは、本当はあんまり興味ない」
 言いながら「ただ」とも付け加え、作りかけのそれを眺めながら息をついた。
「ここまで関わって放っておく訳にもいかないだろ。あいつがそうしたい、って言うんだ……最後まで面倒見てやるさ」
 その答えにエカテリーナから『ツンデレ乙』などと言われて眉を寄せると、ドミトリエは「そういうお前こそ」と反撃した。
「随分関わってくるじゃないか。引っ込んでなくていいのか?」
 家族以外の前へ出て来る事の無い、引き篭もりの義妹に軽い皮肉と共に言えば、エカテリーナは一瞬黙った。イコンから全く降りてこないとは言え、ここまで他人に関わってくるのは滅多に無いことだ。今も、鳴神 裁(なるかみ・さい)たちに頼まれて、改造やら道具の製作やら、他諸々と、突入用の道具を作る以外にもかなり手間を割いている。モニターの中のエカテリーナは肩を竦めた。
『手伝ってもらった恩は返すものだぜ』
 そうは言うが、半ば楽しんでいる風でもある。ネット上の交友関係は広いエカテリーナだが、こういった交流に縁が無かったためだろう。それも判っていたので、ドミトリエは作業に没頭するふりで、追及はしなかった。
 工房をフル稼働させながら、エカテリーナは暫く黙った後『ねえ、お兄ちゃん』とぽつりと話しかけた。
『お兄ちゃんは……カンテミールの選帝神になるつもり、本当にないのだぜ?』
 心なしか、窺う声が弱いのに首を傾げながら「今更どうした」とドミトリエが訊ねると、エカテリーナはそれには答えずに沈黙する。根負けする形になったドミトリエは、ふうと息を吐き出した。
「旗頭にするつもりなら断る。気に入らないなら、お前が自分で立て」
『…………』
 エカテリーナはその言葉にもやはり反応はせず、沈黙の後で画面を消して、作業に戻ったようだった。