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【一 バランガンにて】
ミゲル・スティーブンス准将が指揮を執る第八旅団が、バランガンを鎮圧してから一週間が経過した。
かつて鏖殺寺院の一派だったパニッシュ・コープスはモハメド・ザレスマンを長とする私設傭兵団リジッドへと看板替えを行った上で、第八旅団(正確にはスティーブンス准将個人)に対して恭順する姿勢を示し、現在は外部協力兵団として、バランガン駐屯基地で勢力を築き上げるに至っていた。
新型機晶爆弾ノーブルレディの、メルアイルへの投下阻止失敗を理由に第八旅団総司令官の任を解かれていた関羽・雲長(かんう・うんちょう)は、依然として第八旅団の支配下に置かれており、バランガン駐屯基地内の一室を与えられ、処置が決定するまでの間はこの室にて、事実上の蟄居を申し渡された形となっていた。
一見すると第八旅団は、大きな乱れも無く、バランガンに於ける事後処理を粛々と進めているかのような姿でひとびとの目に映っていたが、しかし内幕は決して、そうではなかった。
* * *
事実上、第八旅団副官の任に就いている御鏡兵衛中佐は、フルングリート・レヒテル(ふるんぐりーと・れひてる)が奏上した計画案に、幾分、困惑したような表情を浮かべていた。
「エルゼル市民を、使うのかね?」
自室の執務デスク前に直立不動の姿勢を取るフルングリートに対し、御鏡中佐は慎重に、相手の意図を確認するかのような調子で問い返した。
「はい。准将閣下を英雄と信じるエルゼル市民を、反乱軍(ここでは、エルゼル駐屯部隊を指す)の拠点に向けてデモ行進させる……反乱軍は当然手が出せないでしょうし、仮に手を出した場合でも、無辜の市民を虐殺しようとした鬼畜反乱軍に、正義の鉄槌を下す第八旅団という構図を演出することが出来ます」
国軍が一定数以上の一般市民に対して働きかけを行い、それが何らかの行動を伴う場合は、それら一般市民に対する安全上の管理面から、必ず上官への報告と許可が必要となる。
これは別段、シャンバラ教導団に限った話ではなく、どの国の軍隊でも共通している。
フルングリートはその規則に従って、御鏡中佐にエルゼル市民扇動案を具申していた。
基本的な内容面だけを見れば、フルングリートの案そのものは、決して悪くはない。だが、問題は『誰を扇動するか』の部分であった。
御鏡中佐が引っかかっているのは、まさにその点である。
「バランガン市民ではなくエルゼル市民を使おうというのが、いささか無理があるな」
「と、おっしゃいますと?」
御鏡中佐はいう。
エルゼル市民の大半、否、恐らくほぼ全員が、現時点ではまだスティーブンス准将を、英雄視などしていないだろう、と。
寧ろその逆である、とさえいえる。
エルゼル駐屯部隊は金 鋭峰(じん・るいふぉん)肝煎りの部隊であり、その存在そのものが親・金団長派なのである。
その部隊を迎え入れている都市エルゼルが、これまで何年もエルゼル駐屯部隊と共存関係を維持し続けているということは、即ち市民もまた親・金団長派か、或いはそれに近しい立場を取っている可能性が高いだろうというのが、御鏡中佐の判断であった。
「貴様の意気込みや忠誠心は買おう。しかしエルゼル市民扇動案に関しては、この御鏡預かりとする。貴様がいうように、エルゼル駐屯部隊がエルゼル市民に向けて発砲すれば、連中を叩く良い口実にもなるのだが、逆に、そのような危険な行為に市民を駆り立てたという批判が、こちらに向く恐れもある。そして何よりも、エルゼル市民がこちらに味方する確率が、現時点では極めて低い」
フルングリートは一切表情を変えず、御鏡中佐の言葉にじっと耳を傾けている。
相手は遥か目上の上官であり、その上官がこのように判断を下す以上は、フルングリートとしても殊更、意見を付け加える術が無かった。
「無論、可能性が全く無い訳ではない。エルゼル市民がこちらの用意した証拠を信じ、エルゼル駐屯部隊に裏切られたとの思いを抱いて我が方に味方するようであれば、貴様のいう扇動案も現実味を帯びてくる。一番理想的なのは、こちらが煽るのではなく、自発的に市民が行動することなのだがな。いずれにせよ、まずは情勢を見極める必要がある。貴様は第一波攻撃隊に加わり、その可能性の有無を確認するところから始めよ」
フルングリートは自身の所属に関する説明を受けてから、御鏡中佐の執務室を辞した。
* * *
フルングリートと入れ替わる形で、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)と天貴 彩羽(あまむち・あやは)が、御鏡中佐の執務室に足を踏み入れてきた。
レジーヌはスティーブンス准将からの作戦案見積り指示書を届ける為に、そして彩羽は御鏡中佐への中間報告を届ける為にといった具合に、各々役割が異なっていた。
まずレジーヌが、大量の文書の山を重たそうに両手で抱えたまま、御鏡中佐の指示を請う。
「中佐殿、これらの指示書はどちらに?」
「未処理分のトレイで良い。どうせ、形式的な見積り指示書だからな」
曰く、実際の作戦立案はスティーブンス准将の頭の中でほぼ固まっており、部下からの作戦案見積りなどは手続き上の儀式に過ぎない。
私設の傭兵団ならともかく、第八旅団は一応、正式な部隊として登録されているのである。
作戦計画の一連のプロセスに於いても、教導団が定めた正規の手続きを踏まなければならないのは、軍隊もまた役所の一環であることの証明でもあった。
次いで彩羽が、エルゼルに対して行ったハッキング、並びに無線傍受記録の中間報告書を執務デスク上に提示した。
「概略としては、どんなところだ?」
「エルゼルに味方する教導団員と、他校のコントラクターは大体の把握が出来ているわ。ただ問題は、こちらの内部にもエルゼル側に呼応して秘かに動いている連中が少なからず潜り込んでいる、ってなところかしら」
彩羽の回答は予想の範囲内だったのか、御鏡中佐は然程に驚いた風も見せず、ふむ、と小さく頷いた。
ここで御鏡中佐は、ふと何かを思い出したような素振りを見せ、全く違う方向に話題を変えた。
「しかし貴様も、中々に変わり者だな。大抵のコントラクターは金鋭峰に味方するものだと思っていたが」
「あなた達のやっていることが、100%正しいとは思わない。でも金団長支配下で、子供じみた発想しか持っていないコントラクター達が自分の正義を振りかざして、何にでも武力介入してくる今の国軍の姿も、はっきりいって最悪よ」
だから自分は金団長とその支持者を敵に廻してでも、今の教導団を浄化させる方法があるのであれば、それに手を貸すのはやぶさかではない、という。
これには御鏡中佐も、苦笑して応じるしかなかった。
「軍とは本来、上からの命令が絶対だ。下の者は反論はおろか、命令に対して疑問を抱いたり、或いはその内容を吟味するなどはもってのほかだ」
しかし現在の国軍、即ちシャンバラ教導団はコントラクターがコントラクターであるという、ただその事実だけで無駄に大きな権限を持ってしまっており、それが軍隊の本来の在り方を大きく歪めてしまっている、と御鏡中佐は指摘した。
「今の国軍は、軍ではない。軍隊ごっこを楽しんでいる餓鬼共の、いわばミリタリー同好会だ。逆に指揮系統がしっかり確立され、全体がひとつの意志のもとで動く鏖殺寺院の方が、軍組織としては遥かに理想的だというのだから、皮肉なものだな」
御鏡中佐、そしてスティーブンス准将の理想としては、軍のトップに立つ者は軍人としてのプロであり、経験豊かな熟練者であり、そして政治家でなければならず、あらゆる意味で『大人』である必要があった。
しかるに金鋭峰はそれらの資質を全く満たしていない、と御鏡中佐は切り捨てた。
「所詮コントラクターなどは大半が、尻の青い餓鬼や小便臭い小娘ばかりだ。如何に優れた能力や知力を兼ね備えていようとも、やっていることが軒並み、お子様仕様だ。そんな連中には金鋭峰のような未熟者が、お似合いなのかも知れんな」
あからさまに金団長をこき下ろす御鏡中佐の毒舌に、レジーヌは思わず、息を呑んだ。
一度味方と認めれば、それなりに敬意と節度を持って接する人物のようだが、僅かでも敵対のベクトルに位置を置く者に対しては徹底的に切り捨てるというのが、この御鏡兵衛という人物であるらしい。
何となく、いたたまれない気分になって室を辞去しようとしたレジーヌを、御鏡中佐が軽い調子で呼び止めてきた。
レジーヌは自分も口撃対象にされるのではないかと内心で冷や冷やしたが、しかし実際には、その予測は完全な杞憂に終わった。
「一昨日発注したプリンタートナーが、まだ届かんのだ。いや、それだけではない。昨日辺りから、どうも輸送物資の受け入れが滞っているようなのだ。何か、聞いておらんかね?」
「申し訳ございません、そういった情報はまだ何も、耳にしておりません……」
レジーヌは何か説教を食らうかと覚悟したが、御鏡中佐はそれ以降はレジーヌに対して何もいわず、その視線を彩羽へと転じた。
「貴様のいうように、エルゼルの方はもうしばらく泳がせてみよう。しかし輸送物資は、そう呑気なこともいってられん。済まんがそちらの調査も、手を付けてくれぬか。勿論、空いた時間で良い……どうも嫌な予感がするのだよ」
「良いわよ。何か分かったら、すぐに報告するわね」
そう応じてから、彩羽は扉の向こうに消えた。
レジーヌも敬礼を送ってから、彩羽の後を追うようにして、慌てて室を飛び出してゆく。
そんなふたりの後ろ姿を視界の片隅に収めつつ、御鏡中佐は彩羽が作成した中間報告書を手に取った。
* * *
同じくバランガン駐屯基地内の、別の一室。
エリュシオン帝国の恐竜騎士団にかつて在籍していたマルセラン・ジェルキエール男爵を、富永 佐那(とみなが・さな)が訪問していた。
カンテミールでそこそこ名前が売れているということもあって、マルセランは大した吟味もせずに、佐那を自室に通したようである。
数名の従騎士が壁際にずらりと居並ぶ中、佐那は応接テーブル前のソファーを勧められ、帝国産の上等な紅茶によるもてなしを受けていた。
正直なところ、こんなにも簡単に面会が叶うとは、佐那自身にとっても意外であった。
しかし帝国内の組織という縛りから外れ、独立した自由な存在である冥泉龍騎士団にしてみれば、危険な相手でもない限り、好意的な面会者を断らなければならない理由というものは、全くの皆無であるらしい。
そして、待つこと数分。
室の奥の扉が開き、幾分汗ばんだマルセランが軽装に身を包んで姿を現した。
佐那は慌てて立ち上がり、一礼すると同時に面会に応じてくれたことへの謝辞を述べた。
「このような軽装で申し訳ない。汗を流す為に、沐浴をしておったところでな」
聞けば、愛龍である巨大なマジュンガトルスに日課である稽古をつけていたのだという。
マルセランは再びソファーを勧め、自身も応接テーブルを挟んで佐那と向かい合う位置に腰を下ろした。
「では、用件を伺おう」
「その前に……私の実力を認めて頂く必要はないでしょうか?」
佐那はすっと立ち上がり、面を引き締めて視線を鋭くした。
どうやら従騎士の誰かと模擬戦を行い、自身の実力をアピールしようという腹積もりらしい。
ところがマルセランは幾分慌てた様子で、掌を胸の前で左右に振った。
「いやいやいや、それには及ばぬ。間もなくエルゼルとの戦闘が始まるというのに、大事な従騎士に怪我でも負わせてしまっては、それこそ一大事だからな」
思わぬ対応に、佐那はすっかり拍子抜けしてしまった。
再びマルセランがソファーを勧めるのに応じて腰を下ろしたが彼女だが、その面からは緊張の色が完全に消え去ってしまっていた。
「あ……そう、ですか。それなら、単刀直入にお伺いしますが……どうしてこの微妙な時期に、冥泉龍騎士団が動かれたのでしょうか? 帝国は次期皇帝が内定したばかりとはいえ、ユグドラシルがあのような事態に陥っており、非常に不安定なタイミングだと思うのですが」
「その逆、だな。今だからこそ、我らは動いたのだよ」
一瞬、佐那はマルセランのいわんとしていることが理解出来ず、呆けた顔を見せてしまった。
対するマルセランは、幾分意地の悪そうな笑みを浮かべ、佐那を試すような視線でじろじろと容赦なく眺めてくる。
しかし、矢張りどんなに頑張って考えても、佐那の理解は及ばない。
「あの……すみません、その、やっぱり、分からないんですけど」
「今、帝国は内部問題で大騒ぎとなっている。当然、帝国に所属する龍騎士達もその対応で手一杯であり、外部に対してちょっかいをかける余裕など無い筈だ。しかし、我々は全くお構いなしに、教導団の内紛に手を出した……それはつまり、我々が帝国とは何の関係も無い存在だから出来ることだ」
ここまで説明されて佐那はようやく、あぁ成る程、と納得するに至った。
今回の冥泉龍騎士団の動きは、自分達が帝国とは全く無関係であることを内外にアピールする為の、いわばひとつのデモンストレーションにもなっている、ということらしい。
「これは、ラヴァンセン伯爵の意向でもあってな。我が冥泉龍騎士団は確かに、帝国に於ける昨今の平和政策に対して不満を抱いてはいる。しかし帝国そのものに弓を引きたいと思う者はおらず、逆に、帝国に塁が及ぶような真似はなるべく避けたいと願う者が、意外と多い。そこで敢えて今の時期に動くことで、我らは完全に独立した、帝国とは無縁の集団であることを広くアピールすることで、帝国には迷惑をかけないよう心掛けておるのだよ」
マルセランのこの説明が本心からのものであるかどうかは、今の時点ではまだ分からない。
しかし、道理は通っている。
佐那としても、納得せざるを得なかった。
最後にマルセランは、再びその口角を吊り上げて、次のように締めた。
「幸い、ある御仁が積極的に、我々の帝国との無関係たるを喧伝してくれておるらしくてな。大いに助かっておるところだ。いずれ、謝辞の一筆でも書かなければならんと考えておる次第でな」
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