リアクション
【十三 オークスバレー・ジュニア】
二日後。
第八旅団はエルゼル市街の暫定復旧措置をエルゼル駐屯部隊と共に進めた後、バランガンへと帰着した。
バランガンではノーブルレディ強奪時の衝撃もさることながら、スティーブンス准将の国家反逆罪容疑、及びその後の遁走という経緯を受けて、まるでゴーストタウンかと思われる程に沈み込んでいた。
市民の間では、准将の手による大幅な経済復興に対して大きな期待が寄せられていた為、その落胆が大きかったのもひとつの要因ではあった。
しかし何よりも彼らを戦々恐々とさせていたのは、市民の大半がパニッシュ・コープスに加担していた事実が明るみに出たことで、街そのものが教導団によって粛清されるのではないかという恐怖であった。
だが、関羽将軍はそれらの経緯を一切不問に処した。
そもそもの発端は、教導団が推し進めてきた領都ヒラニプラへの経済一点集中が諸悪の根源であり、騒乱の原因は教導団内にこそあるという関羽将軍の談話が、多くのひとびとを驚かせると同時に、安堵もさせた。
結果的に金鋭峰は教導団の団長職返上を免れたものの、スティーブンス准将のような反逆者の登場を許した脇の甘さは大いに反省の余地があるとして、関羽将軍は南部ヒラニプラへの諸々の措置にもっと力を入れるよう進言するつもりだと、周辺の者達に語っていた。
「ですが、まだ騒乱は終わっておりません。スティーブンス准将は、冥泉龍騎士団と共にオークスバレー・ジュニアに本拠を構え、あくまで徹底抗戦の姿勢を打ち出してきております」
この程、第八旅団滞在中は関羽将軍の担当秘書として新たな役職を与えられたレジーヌは、執務デスク前で大きな溜息を漏らしている関羽将軍に、厳しい現実を告げた。
関羽将軍はうむ、と小さく頷き、レジーヌに視線を向けた。
「黒羊郷の騒乱の後に建築された地方要衝のひとつだったな……それをあっさり奪い取るということは、恐らく事前に手を廻しておったのだろうな」
関羽将軍はオークスバレー・ジュニア攻略の為に、第八旅団を新たに編成し直す旨の通達を出している。
スティーブンス准将指揮下で行動していた教導団員については、軍人としての本分を果たしただけに過ぎない為、一切不問に処した上で、新規編成に応じるかどうかの選択肢が与えられていた。
「ジェニファー・デュベール中尉を憲兵科に移籍させる案は、どうなった?」
「はい、申請は滞りなく処理されている模様です」
レジーヌの回答に、関羽将軍は僅かに頬を綻ばせて、小さく頷き返した。
「デュベール中尉には是非、教導団内に巣食っている最後の敵を炙り出して貰わねばな」
関羽将軍は鷹揚な仕草で向きを変え、窓の外に広がる澄み切った空に厳しい視線を向けた。
* * *
そのジェニファーは今、第八旅団に一時的に迎えられ、バランガン駐屯基地内に一室を与えられている。
この日、エルゼル攻防戦の最中で彼女を守り抜いた理沙、セレスティア、ジェライザ・ローズ、そしてカンナといった面々が、見舞いがてらに室を訪れていた。
「大きな敵は教導団を去ったけど、まだ最後のひと仕事が残ってる、って訳だね」
「どこに隠れているのかさえ分かれば、零式電磁波ですぐに見破れるのですけどね」
ジェライザ・ローズの言葉に、ジェニファーは苦笑で応じた。
歪曲分子の発見は、決して簡単ではないらしい。粘り強い内偵が必要になるだろう、と
「ヒラニプラで内偵かぁ……あそこって意外と、推理小説の舞台になりそうな雰囲気があるよね」
理沙の能天気なひと言に、室内はちょっとした笑いの華に包まれた。
* * *
バランガン駐屯基地内には、レオンもまた、一室を与えられていた。
同日、指名手配中に彼を助けたコントラクター達が寄り集まり、レオンが手配した食事によるもてなしを受けていた。
「本当に、世話になった。後はスタークス少佐の仇を討つだけだな」
レオンが一瞬だけ見せた厳しい表情に、傍らの北斗が神妙な面持ちで、テーブルの脇に据えられたスタークス少佐の階級章に視線を走らせた。
「スタークス少佐を殺害したプリテンダーは、御鏡中佐とは別の個体のようだ。どこに潜んでいるのか、まだ分かっていないが……デュベール中尉も憲兵科に移籍するらしいし、何とか見つけ出せれば良いな」
周囲で飲み食いしている中でも、理王だけはノートパソコンを開き、グレムダス贋視鏡によって暴かれた真実の画像を何度も見返している。
と、そこで祥子がふと、何かを思い出したように問いかけた。
「そういえばさぁ、レオン。グレムダス贋視鏡はいつ、バァルさんに返却するのかしら?」
「まだしばらくは無理かも知れないが……いずれはお礼も兼ねて、御挨拶に伺わなければならないな」
「じゃあさ。その時は私も行くよ。東カナンはまだまだ、色々ありそうだしね」
祥子が小耳に挟んだところによれば、南部ヒラニプラと東カナンの間で、正式な交易ルート開通の動きがあるらしい。
上手くいけば、自分も何か一儲け出来るかも知れない、などと夢想しつつ、祥子は五枚目になるピザに手を伸ばした。
* * *
バランガン市街に目を向けると、場末の酒場ではジャジラッドとサルガタナスが、滞在最後の夕食を終えようとしていた。
「クーデターはならず、か。しかし准将の決起には、敬意を表したい」
「それにしても、意外でしたわね。龍騎士がイレイザーと手を組んでいたなんて」
サルガタナスは感慨深けに天井を見上げるジャジラッドに、何ともいえない視線を向けた。
正直なところ、一体どのような接点と力学が働いて、このふたつを結びつけたのかが、全く理解出来なかったのである。
それはジャジラッドも、同じであった。
「次なる戦いの場は、オークスバレー・ジュニアか。まだまだ幕引きには時間がかかりそうだな」
スティーブンス准将は第八旅団という戦力を失いはしたが、リジッド兵、冥泉龍騎士団、多数のヘッドマッシャー、そして新たにイレイザーという援軍まで得ている。
これは下手をすれば、教導団の師団複数編成にも対抗出来るのではないかとも思える規模であった。
「第八旅団だけでは、荷が重いかも知れん。教導団がどう動くか、これはこれで見ものだな」
ジャジラッドはこれから起こるだろう激戦を思い描き、我知らず、その口角を嬉しそうに吊り上げていた。
* * *
そのオークスバレー・ジュニアでは、ついつい場の流れで御鏡中佐に同行してきた彩羽が、前衛要塞と化した西部城壁内の一室で、難しい表情を浮かべていた。
「教導団は今回の騒乱で、生まれ変わるのかしらね……」
「それは、すぐには無理だろうな」
いつの間にか御鏡中佐が、背後の書棚で何かの資料を探していた。
彩羽は慌てて振り向き、御鏡中佐の皮肉たっぷりの笑みを受けて眉間に皺を寄せた。
「でも、これだけ手痛い反乱を受けたんだから、せめて切っ掛けぐらいは出来たんじゃない?」
「その折角の切っ掛けさえも、己の自分勝手な正義や、出世欲にまみれた連中が跡形も無く潰してしまう……それが教導団の体質だよ」
だからあの連中は、すぐには変わらない、と御鏡中佐は断じた。
「君はこれからどうするつもりだ? いっておくが、ここはもう泥船だ。いつまでも乗り合わせておくのは、あまりお勧めしないぞ」
「それは、そうだけど……」
彩羽は迷っていた。
スティーブンス准将達の行く末を見届けたいという思いは、確かにある。
しかし今回の騒乱は、どうやらもっと大きなベクトルが働いているということも分かってきた。
冥泉龍騎士団とイレイザードリオーダー。
この両者が何を考え、何を企んでいるのかを見てみたいという気持ちも、少なからず抱いていた。
* * *
刹那は、エルゼル攻防戦の中で死亡したザレスマンが、誰に倒されたのかを調べていた。
どうやら、セレンフィリティとセレアナに倒されたことまでは分かってきたのだが、このふたりに対してどのような行動を起こすべきかについては、まだ何の考えも湧いてきていない。
スティーブンス准将に相談すれば、或いは何らかの方向性が出るかも知れないと考えた刹那は、後衛要塞地の一角に足を向けた。
准将の室に到着した刹那は、ノックしようとして、やめた。
室内から、聞き覚えのある声が准将と話している様子が、僅かに漏れ聞こえてきたからである。
「せやけどお前な、もう大概にせぇよ。あんな人数急に押しつけられる方の身ぃにもなれや」
「まぁ、そういうな。あれだけの人数を一瞬で退避させ、且つ別人格として制御出来るのは、お前以外にはおらんのだ」
尚もぶつぶつとぼやく声に、スティーブンス准将が苦笑する気配が伝わってくる。
刹那は思わず、息を呑んだ。
「そんで、どないやねん。今度こそエエ死に場所ありそうなんか?」
「……このオークスバレー・ジュニアこそが、まさにうってつけだ。負け戦程、面白いものはない。それはお前も認めるだろう」
「負けるついでに、さっさと死んでまえ」
その直後、ふたつの気配の内の一方が急に消失した。
刹那は気勢を削がれたように、准将の室の前で踵を返した。
オークスバレー・ジュニア。
南部ヒラニプラの第二の騒乱は、この要衝地で終焉を迎えそうであった。
『レベル・コンダクト(第2回)』 了
当シナリオ担当の革酎です。
第2回終了時点での情勢を、以下にまとめます。
・関羽が復権し、第八旅団は本来の姿に戻りました。
・レオン・ダンドリオンの国軍指名手配は解除。
・南部ヒラニプラの反・金鋭峰の機運は急速に減少傾向。
・南部ヒラニプラと東カナン商人連合の一部との間で交易ルート開通に向けた動きが発生。
・ヴラデル・アジェン、モハメド・ザレスマンが死亡。
・准将の勢力がオークスバレー・ジュニアなる要衝地に立て籠もり、徹底抗戦を宣言。
関羽将軍復権に伴い、対スティーブンス准将で行動していた方々の内、何名かが
昇進しておりますので、ご確認ください。
それでは皆様、ごきげんよう。