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リアクション
■第10章
「待って! かえして! それは大切なキーなの……っ!」
セツ――ツク・ヨ・ミは一心不乱に白いぬいぐるみを追いかける。けれど、ぴょんぴょん跳ねるぬいぐるみの方がすばしこくて。壁に空いた穴をくぐり抜けて向こう側へ逃げられてしまった。
ばん! と壁に手をつく。
「どうしよう……キーが……おじいちゃん……」
「ツク・ヨ・ミ」
後ろから名を呼ばれて、ツク・ヨ・ミはびくっと肩を震わせた。
またあの怖い人たちだろうか……。
おそるおそる振り返ったツク・ヨ・ミは、青い上着を着た黒髪の青年と顔を合わせる。その手には銃が握られていて、銃口は彼女へと向けられていた。
ああ、やっぱり追手だと、ツク・ヨ・ミはぎゅっと目を閉じようとして、ふっと脳裏に閃いた可能性に再び青年へと視線を向けた。
「もしかして、ナ・ムチ……? あなた、ナ・ムチね?」
彼を呼ぶツク・ヨ・ミの声には安堵の響きがあった。
「よかった、ナ・ムチ。わたし、あなたに会いに――」
「そこで止まりなさい」
笑顔で駆け寄って来ようとしたツク・ヨ・ミに、ナ・ムチは銃を持つ手を伸ばす。
自分を見つめる冷たい青い瞳には、ツク・ヨ・ミへの敵意しかなく。彼がどうしてそんな態度をとるか分からないと、ツク・ヨ・ミはとまどいながらも彼の言うとおり足を止めた。
「どうして? わたし、きっとあなたなら力になってくれると思って……」
「両手を出しなさい。今からあなたを拘束し、伍ノ島太守の元へ連行します」
「だめ! そんなことしたら、おじいちゃんの願いがかなえられなくなっちゃう! ナ・ムチ、あなたも知ってるでしょう!? だってあなたたちはおじいちゃんと――」
「黙りなさい!!」
険しい一喝がツク・ヨ・ミの言葉をさえぎった。
そこにあったのは、激しい怒りと憎しみ。
ナ・ムチは自分を憎んでいる――?
そんなこと、考えたこともなかった。ナ・ムチから向けられた感情にツク・ヨ・ミはおびえて涙ぐむ。
彼女の涙にナ・ムチは抑えきれなかった感情の発露を恥じるように目を伏せ、そして――ツク・ヨ・ミの姿を見た瞬間、胸によみがえりかけた淡い思いを押し戻し、すりつぶした。
「……聞いて、ナ・ムチ。お願いよ。助けてほしいの。おじいちゃんの力になってくれたように、わたしの力になってほしいの」
「力? おれは、ヒノ・コの力になった覚えなどありませんよ。一度たりともね」
どこか自嘲めいた響きの言葉だった。
「そんなことない! おじいちゃんは、すごく感謝して――」
「セツ……?」
広げたままのトトリを手に、このときウァールが現れた。
ある程度、2人の会話を耳にしていたらしい。わけが分からないといった表情でツク・ヨ・ミを見つめている。
「セツ。きみはツク・ヨ・ミなの? 記憶喪失なんじゃなかったの?」
「ウァール、あの、わたし……」
「おれを、だましてたの?」
ウァールはキンシたちからツク・ヨ・ミの名前を聞いていた。「重犯罪者」「指名手配犯」彼らは「ツク・ヨ・ミ」との名前と一緒に、そう口にしていた……。
すっかり混乱した頭で、ウァールはツク・ヨ・ミを凝視する。
今まで一度も向けられたことのない、その視線のよそよそしさが胸に痛くて、ツク・ヨ・ミは言葉を失った。
「…………ウァール……わたし、ね……」
いやだ。ウァールに嫌われたくない。説明して、分かってもらわなくちゃ。
そう思い、必死にふさがったのどから言葉を押し出す。ウァールが耳を傾けようとしたとき。
「あなたも同じだ」
ナ・ムチがさらに冷え切った声でつぶやく。
「あなたもおれの祖母を利用したヒノ・コと同じ。自分のエゴで他人を利用する人間なんです」
「違うわ!! ちが――」
――本当に?
わたしは、ウァールを利用したんじゃないの……?
ウァールをだまして。ここへ戻ってきた。
「ウァール……」
許してほしいと、すがるように手を伸ばした。しかしウァールが触れられるのを拒むように身を固くしたのを見て、ツク・ヨ・ミの心は裂けた。
目が熱くなって、涙があふれる。
「……ごめ……なさい……」
2人の横をすり抜け、ツク・ヨ・ミは走った。ただひたすらに、この場から……2人の前から消えてなくなってしまいたくて。
「……ちくしょうッ!!」
怒りを吐き出し、トトリに飛び乗ってウァールもまた逃げるようにこの場を去る。
ナ・ムチは銃を腰のホルダーへしまうと、側路に視線を投げた。
「それをかえしてください」
玄秀は上に放ってはキャッチして手すさびにしていたそれをつまみ、ナ・ムチに見えるように持ち上げる。
「かえすとは? これは、あの少女の持ち物でしょう」
「おれの祖母の物です」
(――まあ、間違ってはいないな)
すでにサイコメトリをほどこし、彼の祖母とヒノ・コという人物のやりとりを見ていた玄秀は、少し考えたのちナ・ムチにそれを渡す。
「ところで。あの少女を捕えなくていいんですか? 大事な賞金首なんでしょう?」
揶揄を含んだ言葉。
ナ・ムチは答えず、向けられた探るような視線も無視してまっすぐ玄秀の横を抜けて去った。