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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

リアクション

「……ここは……?」
 ずくずくする頭の痛みで目を覚ましたマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)は、横になっていた体をゆっくりと起こして周囲を見渡した。
 うす暗く、かび臭い部屋だ。狭くはないが、広くもない。天井からは点滅して今にも切れそうな裸電球がぶら下がっており、そのぼんやりとしたあかりで反対側の壁がようやく見える程度だ。あちこちに雑多に物や木箱が積まれているところを見ると、倉庫かもしれない。
 ふと、人の声らしきものが聞こえた気がして、顔を上に向けた。
 何を言っているかまでは分からないが、上を歩き回る複数の者たちの気配と足音が振動となって伝わってきた。天井にあまり厚みがないのか、少したわんでいて、そのうち天井が抜けて人が降ってきそうだ。
 ぐるぐる巻きに拘束された体、見覚えのない、いかにもといったうさんくさげな場所。
(――ああ、そうでした)
 そこでようやく、マルティナは気を失う前のことを思い出した。人が誘拐されている現場に遭遇して、わざと捕まったのだ。
 武器を投げ渡し、抵抗しないと手を上げて見せたが、彼らは信用せずマルティナを殴って気絶させた。
「私、どのくらい気絶していたのでしょうか……」
 ぽつり、つぶやいたとき。
「ここへ運びこまれて30分くらいかな」
 後ろから男性の応える声がしてきて、マルティナはあわてて振り返った。
 乳白金のベリーショートヘアーの青年が、壁に背中を預けて座っている。
 マルティナが自分を十分観察するだけの時間をあけて、青年は
「や」
 と、気のない素振りでいかにも形ばかりといったあいさつの手を上げて見せた。
「僕はヴァンビーノ・スミス(ばんびーの・すみす)。きみと同じで、さらわれた者の1人だ」
「マルティナ・エイスハンマー、といいます……」
「よろしく。
 ところで、動いてもいいかな?」
 どうやら彼はマルティナを驚かせまいと気を遣っていたらしい。
「あ、はい」
 というマルティナの返事を聞いて壁から身を起こすと、ヴァンビーノはおもむろにマルティナの後ろへ回り、彼女を縛るロープを解いた。
「ありがとうございます」
 自由になった手で、腕についたロープのあとを上からさすりながら、マルティナは礼を言う。彼が「さらわれた者の1人」と口にしたことで、あらためて闇に慣れた目で周囲を見回してみると、物影から人の手足の一部が突き出していたり、物と思ったのは実は倒れた人の背中であったりして、ここにいるのが自分たちだけではないことが分かった。
 もしやといやな予感がして、一番手近にあった箱を開けてみると、そこにはプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が折り重なるようにして入っていた。最初は死体かと思ったが、2人の胸は呼吸で動いている。
 この箱全部が人だとしたら……。
「一体、これをした人は何が目的なんでしょう?」
「さあ。分からないな。僕は、きみが運びこまれてくる少し前に目を覚ましたんだ。
 僕は浮遊島への船が出るっていうレシェフの町へ向かっている途中だったんだ。旅行……ま、旅行というか取材かな。
あ、言っておくけどマスコミなんかじゃあない。僕は漫画家さ」
「漫画家、ですか」
「そう。ネタ集めのために、パートナーの九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)から休みをもらって来たというわけ。それで、まだ船が出るまで時間があったから、ひまつぶしにと町を歩いていたんだ」
 ひとに話すことで何かヒントになりそうなものが記憶に転がっていないか、確認するように当時のことを思い起こしてみる。
 町をぶらついていたヴァンビーノは、さっそくネタの種になりそうなものを発見した。何かに追われて走る2人の子どもたちだ。
「ただの町の子ども同士の追いかけっこと見るには2人の表情はシリアスで、後ろを追っているものも見るからに人間じゃあなかった。全身ベタ塗りみたいな、厚みのないモンスターさ」
 やはり僕くらいになるとネタの方から転がってくるらしい。首を突っ込まない手はない、とヴァンビーノは思った。
「普段はそんなことをしないんだ。 強化手術を受けたとはいえ、僕は一般人だ。戦う術なんか持ち合わせてない。だけどどういうわけか、あのときはつい、画材が入っている鞄から飛び出す筆とスケッチブックを引っ張り出して、フラワシを呼び出したんだ」
 というか、呼び出そうとしたのだろう。
 スケッチブックに筆を走らせようとしたところで後ろからガツンとやられて、そこでヴァンビーノの意識は途切れた。
「――やっぱり、何もそれらしいことは覚えてないな。だれに殴られたのかもさっぱりだ。頭の痛みで目が覚めたら、スケッチブックも筆も、全部取り上げられていたんだ。
 これはやっぱり、俗にいう……拉致というやつなのかな。まあ、ネタになるからいいけど」
「……いいんですか?」
「うん。僕はツイてる。帰ったらこれを元に、すごく良い漫画が描ける気がする」
 拉致監禁されているこの状況で、無事帰れるかどうかもあやしいのではないかとマルディナなどは思うのだが、ヴァンビーノはそこにはあまり重点を置いてないようである。
 ヴァンビーノは口元にあてた手の下で、ふーっと息を吐き出して頭を振った。
「せめて、スケッチブックだけでも返してもらえないかな……」
 彼のロープを解いたのはフラワシだろうか? ほかにも能力を持っているようだし、彼だったらあんな旧式のドアなど破って逃げられそうなものだが、そうする気は全くなさそうだ。間違いなく彼は本気で、この状況をネタとしてここに留まるつもりだ。
 どうもこの男性の感性は、少々常識人からはずれているようだとマルティナは結論した。しかし、いささか常識の欠けた男性には、幸か不幸か慣れている。
「とにかくですね。もうじき私の仲間が皆さんを救出に現れますので、そのときは私の指示に従って、すみやかにここを脱出してください」
 マルティナの言葉に「つまらないな」とヴァンビーノがつぶやいたときだった。
 ガチャガチャと鍵を回す音がドアの向こうからして、開くと同時に、いかにも後ろから突き飛ばされたという様子でぐるぐる巻きにされた5人が勢いよくドカドカ転がり込んできた。
「いってえーーっ!!」
 階段を転がり落ちた先で、下敷きになった柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が叫ぶ。
「おい、おまえら、さっさとどけ! 重いだろーが!!」
「やってるけどぉ……」
 一番上で仰向けにひっくり返ったコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が必死に身を起こそうとするが、縛られているためうまくできない。もたつくコルセアの横を、すまきにされた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がしゃくとり虫の要領でへこっへこっと体を動かし、その場を離れていた。
「おらよ! てめぇもさっさと入りやがれ!」
 ダミ声がして、彼らの上に影が落ちる。
 そちらを見上げたコルセアは、人の背中が降ってくるのを見て、あわてて人山の頂上から転がり落ち、危うくつぶされるのを免れた。
「ぐえっ!」
 代わりにモロに受けた柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)が、ガチンと頭をぶつけたショックできゅうっと目を回す。
「桂輔っ」
「うおおおお……っ」
 桂輔と違って気絶できずに頭を抱えて痛みに耐えるメルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)。直後、またガチャガチャと鍵のかけられる音がして、ドアは閉まった。
「隊長!? なんであなたまで捕まっているんですか……」
 メルキアデスの姿に、愕然となりながらマルティナは近づく。
「あ、マルティナちゃん。えーと……これは……」
「隊長が外から、私が内からという計画だったでしょう? 隊長まで捕まってどうするんです!?」
「いや、俺様もそのつもりで頑張ったんだよ、嘘じゃないって!」
 案外、こっちの方がオイシイと思ったんじゃないか、と疑いの眼差しで見つめるマルティナに、メルキアデスはあわてて弁明をする。
 マルティナの言うとおり、これは救出計画のはずだった。
 誘拐現場を目撃したメルキアデスたちは、その数の多さからこれは組織立った犯行と推定。教導団として見過ごしておけず、マルティナがわざと捕まり、運ばれていく彼女を追ったメルキアデスが本拠地を突き止め、誘拐された人たちを救出すると同時に犯人を一網打尽、となるはずだった。
「誘拐された人たちからは猛烈に感謝される上、人身売買犯罪組織(推定)を壊滅したことを報告すれば、南カナンの偉い人だけでなく団長にも褒められる! 俺様昇進一直線!! 二階級特進だぜえ!!」
 順調に犯罪者どもの本拠地らしき船を突き止めたとき、メルキアデスは本気でそう口走っていた。パートナーのフレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)
「それじゃああんた死んでるわよ、殉職したいの?」
 とツッコミを入れるほどの浮かれようだった。
 まあ、これまたいつものことで、その浮かれっぷりに周囲の警戒がおろそかになって、みごとにこうして足元をすくわれたわけだが。
「見つかって、捕まっちゃったんですね……」
 脱力したマルティナは、がくーっとその場に両手をついてうなだれてしまう。
「だからわざとじゃないって、マルティナちゃんっ! みんなを助けようと、俺様本気で気合い入れて頑張って――」
「戻ったら部室の掃除半年です」
「えーっ!? そりゃないぜ、マルティナちゃん!」
 ブーブー、ブーブー。
 ブーイングを飛ばすメルキアデスはきっぱり無視して、マルティナはほかの者たちのロープをほどきにかかる。
(こうなったらフレイヤさんに期待しましょう。あの人なら何だかんだ言いながらもやってくれるでしょうし)
 しかしそのフレイアだが。
 マルティナの期待むなしく、甲板の一角で、彼女のナイスバディに鼻の下を伸ばした男たちに取り囲まれて、女王気分を満喫していた。
「うふふん。あの馬鹿1人放っておくわけにいかないからついて来てあげたけど、これは予想外の出来事ねぇ。
 まさか船乗りたちがこんなにたくましい、イイ男ばっかりだったなんて」
 久しぶりに男くさい男たちに囲まれ、ちやほやされて、フレイアはすっかり有頂天だ。目の前の男の固くて厚い胸板に指をすべらせ、そういえば最近すっかりハーレムづくりをおろそかにしてたわねぇ、なんて思っているフレイアの頭のなかからはメルキアデスやマルティナのことなどきれいさっぱり吹き飛んで、かけらも残っていなかった。



「おいてめーら。こいつらも船倉へ放り込んどけ――あぁ?」
 気絶したままのアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)たちを連れて戻ってきたナオシは、甲板の様子をひと目見るなり不機嫌そうに顔を顰める。
 男たちに埋もれて、フレイアの姿が見えなかったのは幸いか。ナオシは隅に男たちが集まってワイワイ賭け事でもしているように見えたようである。
「あ、ナオシのアニキ、あれはですね――」
 出迎えた船員の1人があわてて説明をしようとする。その顔をぐいっと押し戻して言葉をふさぐと、ナオシは号令をかけた。
「帆を揚げろ! とっとと出発するぞ! モタモタしてんじゃねえ、バカヤロウ!!」
「へ、へいっ!!」
 ナオシの雷のような怒声にしゃきーんと背筋を伸ばし、回れ右すると船員たちはあせるあまり足をもつらせながら全員持ち場へ走り込んでいくのを見て、フン、と鼻を鳴らしながらナオシも操舵室へ向かう。
 帆柱に旗が揚がった。
 十数年ぶりに風をはらみ、吹き流されるそれを、ナオシは上機嫌で見上げる。
「目標浮遊島群!! 我【夕立】にて浮遊島群へ突入す!!」
 いきいきとしたナオシの声が響き渡る。
「もうあと戻りなんかできやしねぇ! だがこれ以上の好機もねぇ! あの島にぶっこむ! てめぇら、腹くくれぇぇぇッ!」
 高々と号令がくだる。
『応ッッッッ!!』
 その号令に呼応するように男達から声が上がって、直後港から船が離れる。
 船はそのまままっすぐ雲海へと突入し――――

「ぎゃああああああああああ!! 穴空いたぁぁぁぁぁぁぁ!」
「これアカン! これアカンやつやてぇぇぇぇぇぇ!」
「落ちる! 落ちる! これ落ちるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「バカヤロウ落ちるんじゃねぇ! 爆発するんだよコノヤロウ!」
「それよけいアカンわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「はい死んだ! 俺達死んだ! 今死んだよ!」

――そして1分ともたず、炎上、爆発四散したのだった。







『【蒼空に架ける橋】第1話「空から落ちてきた少女」 了』

担当マスターより

▼担当マスター

寺岡 志乃

▼マスターコメント

 こんにちは、またははじめまして、寺岡です。

 リアクション公開が大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
 久しぶりの50名シナリオに勝手がつかめず、締め切り重視で文字数をセーブして書こうと気をつけていたのですが、終わってみれば結局いつもの文量でした。

 今回は情報収集回ということで、かなりの量の情報が出ました。
 次回より本格的に、浮遊島群全島を巻き込んで、話が回り始めます。
 ぜひ引き続きご参加いただけましたら幸いです。


 また、高久高久GMのシナリオへ参加される方々には称号をお出ししてあります。
 ご確認をお願いします。


 それでは、ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
 次回ガイドはできるだけ早く出したいと思っております。そちらでもまたお会いできましたらとてもうれしいです。
 もちろん、まだ一度もお会いできていない方ともお会いできたらいいなぁ、と思います。

 それでは。また。


※03/24 一部修正・加筆させていただきました。修正依頼をありがとうございます。間違えてしまい、申し訳ありませんでした……。