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リアクション
そうこうしているうちに、ウァールとリイムが戻ってきた。
「セツ、お待たせ! ――って、何かあったの?」
ざわついているデッキに気づいてそちらへ目を向けたウァールは、寝転がって目を回しているアキラとその連れらしい怒った女性、そしてそれをなんとかなだめようとしている船員の姿を見て頭をひねる。
「雲海の、魔物が出たの……」
「えっ!? どこ!?」
「もう通り過ぎちゃった」
「えー。そうなんだ。残念!
あっ、もしかしてそれ、雲海の龍だったってことは?」
表情豊かに残念がるウァールにくすっと笑って、セツは首を振った。
「カ――ヘビ。龍じゃなかった」
「ヘビかぁ」
そこに、リイムに気づいて宵一が寄ってきた。
「それで? おまえたちは何をつくっていたんだ?」
「ん? あ、そうだった」ウァールは体の向きを変えてセツにリイムが見えるように場所を譲る。「リイムのやつ、すごいんだぜ。どんなのにするか決まったとたん、調律機晶石ってやつで一気につくり上げちまった」
ウァールに絶賛されてリイムはうれしそうに得意満面顔でこほっと空咳をすると、セツに小型の片手銃を差し出した。
「銃?」
「閃光銃でふ。弾速が遅いでふから遠距離には向かないでふけどね。近距離でなら、影も散らせるでふよ。もちろん人相手にも効果あるでふ」
「頭でも狙わない限り殺傷力はないよ。押しやって気絶させるくらいかな。
なんとなく、セツはひとを傷つけるの嫌なんじゃないかって、リイムと話して攻撃力は弱めにしたんだ」
「ほう。よく考えられているじゃないか。すごいぞ、リイム」
「これっくらい、なんてことないでふよ」
宵一に褒められて、ますますリイムの笑顔が強まる。
「2人ともありがとう。大事にするね」
リイムから閃光銃を受け取ったときだった。
何か、大きな鳥のような影が彼らの頭上を通り、甲板を流れて行く。
「えっ!?」
振り仰いだ彼らの目に、さらに数羽の鳥らしき物が見えた。逆光となっていて影しか見えないが、相当大きそうだ。
先の1羽を追うように甲板を流れ、空をすべるように走って見えなくなる。気付いた者たちが空を見上げ、周囲に知らせ、ざわめきが広がった。
「あれも魔物!?」
「いや」
船員は笑って、旋回して戻ってくる鳥たちに手を振る。そのとき、鳥の上で手を振り返す人影らしきものが見えた。
「あれはキンシ(金鵄)だ。参ノ島の女傭兵たちだよ。ここまで船を迎えに来てくれたんだ」
周囲の雲から現れた鳥たちは矢じり型に編隊を組み、再び船の上を今度は船首から船尾に向かって通り過ぎる。前のときよりかなり低空飛行で、そのときにはそれが生きた鳥でなく、もっと厚みのない、グライダーのようなものだと分かった。1羽に1人ずつ、女性が立ち乗りをしている。そして船尾を通り過ぎたあと左右に展開し、船を守るように左右についた。
「案外、きみたちがめずらしくて見に来たのかもな」
「あれ! あれに乗ったら魔物に近づけるか!?」
復活したアキラが食い気味に船員へと身を乗り出していく。その期待あふれるキラキラ目に押されながら、船員はウァールのバックパックに入っている物に気づき、指さした。
「ああほら、あれ。彼が持ってる。トトリ(飛鳥)だ」
「え? これ?」
バックパックを下ろして、ウァールはゲンじぃにもらった赤い折りたたみ傘のような物を引っ張りだす。船員はそれを受け取り、くくり紐をほどいた。瞬間、パッと翼が広がって、鳥の形を模した美しいグライダーへと変わる。
「こんなの持ってたのか? ウァール」
「いや、おれももらっただけで、今初めて見たんだ」
ウァールの言葉に、船員が乗り方を伝授してくれることになった。
「底についている金具に指をひっかけて、前に向かって走るんだ。風でトトリが浮かんで、足が離れそうになったら――逆上がりの要領で上に上がる!」
ちょうどウァールがそうなったのを見計らって、船員がぱしっと足をはたく。
「うわっ!」
「あとはすばやく手綱を掴んで、思い切り引き上げるんだ。風を下に入れれば浮かび上がる」
しかしやはりそううまくはいかないもので、ウァールがもたついている間にトトリはすぐ甲板に落ちてしまう。
「何度か練習して、体で覚えるしかないよ。大丈夫、コツさえつかめばすぐ乗れるようになる。島の子どもたちはみんなそうやって覚えてるからね」
「あれ、俺にも乗れる!?」
船員はアキラをじーっと見て「ギリギリかな?」とつぶやいた。
「もともとあれは女子どもの乗り物なんだ。体重制限があってね、60キロ以下でないと乗れない。
普通にそのへんの店で売ってるから、ほしければ土産に買って帰るといいよ。グライダーだから地上で乗れるかは分からないけどね」
それから何度か、船員の補助とアドバイスを受けながらウァールは挑戦した。コントラクターたちのうち、興味を持って志願した者たちもチャレンジし、乗り方を覚える。聞きつけた何人かの船員がトトリを持っていて、それを練習用にと貸し出してもくれた。
やがて、船は壱ノ島上空へと到着する。
なぜか船の速度が落ちて、両翼についていたキンシたちが船を追い越して前方へまっすぐ飛んでいく。
その先には3艘(そう)のそれぞれ独特な大型船が浮かんでいた。船の周囲には護衛機のように2人乗りガンシップが約20機ほど浮かんでいて、側面に「タケミカヅチ」との文字が読める。キンシたちは大型船のうち、艦砲が突き出した見るからに堅牢そうな金色の軍艦へと舞い降りた。
艦首にはきらびやかなマントと、露出度の高いドレス、申し訳程度の甲冑をまとった肉感的な美女が立ち、吹き流される金色の巻き毛を指ではじいている。トトリから下りたキンシたちはすぐさま彼女の後ろに整列した。
「あれが参ノ島太守ミツ・ハさまだ。きれいなお方だろう?」
すっかり心を奪われて、うっとりした表情と声で船員が言う。
「美しいだけでなく、とてもお強い。なにしろキンシたちの頂点に立たれておられる方だからね」
ミツ・ハは長いまつげにおおわれた神秘的な金色の瞳でデッキに出てきたコントラクターや船員たちを見下ろし、フフンと笑う。
「見たとこ、カワイイ子たちばっかりねん。少しは骨のあるヤツはいるのかしらん」
風に乗って彼女を称賛する船員たちの口笛や名前を呼ぶ声が聞こえてきて、ミツ・ハは満足そうに笑みを広げる。そしてウインクと投げキッスを飛ばして応えた。
「まあでも、アタシのオトコにかなうヤツなんて、いないでしょうけどねん」
ミツ・ハの視線がすぐ横に浮かんでいる別の大型船へと流れた。
こちらは白く、スマートな船だ。側面に五芒星に酷似した紋章が描かれ、神秘的な威光がそこはかとなく漂っている。
艦橋の白いシャッターが開き、防風ガラスの向こうに神官服を思わせる和装束をまとった男性が姿を現した。
歳のころは40中ごろか。肩で切りそろえられた髪の奥、ともすれば陰鬱ととれそうな、静かで厳しい目をして、口を引き結んでいる。頑固そうに張ったあごといい、体の線は服に隠れて見えないが堂々たる偉丈夫ぶりだ。
一見気難しそうに見える男だったが、彼が姿を見せた瞬間、船員たちはさらなる熱狂に包まれて、千切れんばかりに手を振り始めた。
「クク・ノ・チさまだ! なんてめずらしい、クク・ノ・チさままでいらっしゃるとは!」
「クク・ノ・チ?」
「肆ノ島太守クク・ノ・チさまだよ! 島のお屋敷にこもられていて、なかなか人前にはお姿を現してくださらないんだ! きみたちはついてるよ! この船がこうやって安全でいられるのも、クク・ノ・チさまが太守家秘蔵の魔物除けの粉を提供してくださったからなんだ! 魔物除けの呪符や紋を描いてくださったりね! すばらしいお方だよ!」
沸き返る彼らに向かい、クク・ノ・チは軽く手を挙げる。しかしそれは声援に応えるためではなく、静まれというように鷹揚に横へ流れた。
手の動きに合わせて声援がやんだところで、クク・ノ・チはその手をもう1つの船へと向けた。
その船も豪華だったが、先の2つと比較すればごく普通の船で、とりたてて目立つものはない。ミツ・ハのような美女も、クク・ノ・チのようなカリスマ的なオーラを放つ男もいない。腹の出た、樽体型のふくよかな壮年の男と、車椅子に乗った痩せた壮年の男がいるだけで、クク・ノ・チに応えるように会釈をしている。
しかし、線のように細い目をしてニコニコと笑っている車椅子の男の姿を見た船員たちは、一様に尊敬の眼差しを彼に向けた。あきらかにクク・ノ・チに送ったものとは違う、心からの称賛が面に浮かんでいる。
それには乗客たちもすぐに気づいた。
「あれは?」
「伍ノ島太守コト・サカ・ノ・オさまでいらっしゃる。アキツシマ最後の領主スサ・ノ・オさま直系のご子孫で、この浮遊島すべての頂点に立たれるお方です。
最近、お体を壊されて体調がすぐれないとお聞きしています。なのにここまでいらっしゃるとは……。地上の方たちとの国交が回復したことをお喜びになっておられる証でしょう」
そしてそのとなりのふくよかな壮年の男が壱ノ島太守モノ・ヌシだと、船員は教えてくれた。
「……弐ノ島の太守は?」
カディルが訊く。
船員はもう1回空を見渡して答えた。
「うーん。いらっしゃってないみたいですね。弐ノ島の船は見当たりません。まあでも、当然かな。太守のエン・ヤさまはもう何十年も長患いの寝たきりで、そろそろ危ないって聞きますし。ご息女のサク・ヤさまが1人で頑張っておられるようですが……でなくても、あの島はねぇ」
「1人? 夫がいるだろう。どうせ役に立たないと、虐げているんだろうな」
「カディルさん?」
声が悪意にとがっているのを感じて、セルマは太守たちの船からカディルへと目を移す。
船員がさらに何か言おうとしたとき、キィィンとハウリングのような音が船からして、船員の意識はそちらにそれてしまった。
モノ・ヌシはマイクのような物を脇の男から受け取って、こほんと空咳をすると、おもむろに話し始める。
「ようこそおいでくださいました、地上の皆さん。わたしは壱ノ島太守モノ・ヌシといいます。本来ならば伍ノ島太守コト・サカさまよりお言葉がいただけるはずだったのですが、まだお声が回復していらっしゃらないということで、僭越ながらわたしめがごあいさつをさせていただきます。
われら浮遊島と地上とは、7000年の長きに渡り国交が断絶していました。それはわたしや地上の方々が望むことではありませんでしたが、とある理由よりそれを余儀なくされていたと聞いております。しかし時が過ぎ、こうして再び地上の方々を島へお迎えできるようになりました。とても喜ばしいことです。
断絶するまでは、われわれはとても仲良く手をとりあい、ともに生きてきたと聞きます。古代の彼らにならい、わたしたちもともに手を携え、歩んでいこうではありませんか。
われわれはあなた方の来訪を、心より歓迎します」
モノ・ヌシの言葉が終わると同時に、ヒュウッと音がして、花火が打ち上げられた。
目が痛くなるほど美しい、蒼空に青や緑の大輪の花が咲く。
そのなかを、船はゆっくりと壱ノ島の埠頭へと降りて行ったのだった。
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