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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

リアクション

 鱗を剥ぎ取り、その下の頭がい骨を割るという行為はマガツヒを消滅させるだけではなかった。
 あまりにあたりまえすぎてだれも気がつけていなかったが、鱗を剥いだその下はオオワタツミの生身そのもの。
 鱗は鎧。それをひと皮剥けば、例外なく下にあるのはやわらかな実(身)だ。
 そのことに最初に気づいたのは霜月だった。
 あるとき力の加減を誤った彼の孤狐丸が頭がい骨のみならずその下まで貫通した次の瞬間、オオワタツミが身をよじったのだ。オオワタツミにとってこんなもの、針がチクッと刺さった程度の痛みだろうが、それがオオワタツミを驚かせたのは間違いなかった。
「……そういうことかよ」
 竜造はしてやったりとの笑みを浮かべる。
「どんどん鱗を引っ剥がせ! こいつを丸裸にしてやるんだ!」
 勝機が見えた。
 その思いが終わりが見えずにいたこの行為と疲労に曇りかけた彼らの目に、再び輝きと活力を取り戻させる。もうやり方のコツは全員掴んでいた。先まで以上の速度で、手早く、しかし確実に鱗と頭がい骨を砕いていく。
 やがて、全員の頭のなかにオオワタツミの≪声≫が響いた。

『きさまらぁあ!! 余の体の上で、何をしておるかあぁああッ!!』

 耳では龍の咆哮する声を聞いていて、脳が同時にその意味を理解するという不思議な感覚は、慣れない頭では脳震盪を起こしたようなめまいを伴う。
「ケッ、ようやく俺らに気づきやがったって感じだな」
 直後、オオワタツミはまるで体についた虫を払おうとしているかのように、体をくねらせ始めた。だがもう遅い。どうすれば倒せるか、知ってしまった。
「絶対手を休めんじゃねーぞ!」
 彼らは振り落とされまいとするときですら武器を鱗に突き刺していた。ひたすらに鱗を剥ぎ、頭がい骨を砕き
その下の皮膚を露出させていく。

『おのれえぇぇぇえ……』

「ほーんと笑っちゃうよねぇ」
 鱗を破壊する途中、くすっと、託は本当に鼻で笑う。
「こぉんなにでかくて、ここで一番強いんだぞーってボスを気取ってるわりに、ちょっと鱗剥がされたぐらいであせってわめいて。
 よくこの程度で浮遊島を滅ぼすとか大それたことが言えるねぇ、笑いすぎて涙が出そうだなぁ」
 そもそも僕ら程度にこんなに簡単にやられるんじゃ、その力すらないんじゃないかなぁ。
「力ぐらいしか取り柄のない、頭の出来の悪いバカ。痛がり屋」
 剥いだばかりの鱗の下、頭がい骨ごと深々と花嫁の想いを突き刺し、光輝の力を内部へそそぐ。
 殺意のこもった視線を背筋に感じてそちらを振り向くと、いつしか黒雲の向こうで赤く燃える瞳がこちらを見つめていた。

『死にたいようだな、たかが人間ごときの分際で、よくも余をそこまで愚弄してくれたものだ』

「僕は正直者なんだ」
 鎌首を持ち上げたオオワタツミのうろんな姿を見ても、託の悪口は止まらない。
「だからはっきり言ってあげる。きみのためにもね。
 きみは人に討たれるべき悪だ」
 古来より、人に倒されてきた悪龍のように。

「そうだ!」

 突如上から声が降ってきて、それに続くようにその本体――アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が着地する。そしてオオワタツミにびしりと指をつきつけた。
「おまえは邪な意思で自然を捻じ曲げ、人々をマガツヒに変えてその魂を貶め、ヒノじーちゃんを操り、そしておまえの目に映る世界すべてを、おまえだけのものに変えようとしている!
 この島も! 人々も! 世界も! おまえのために在るわけじゃないんだぞ!! おまえのものはただおまえの身1つであり、おまえを包むこの空気すらもおまえだけのものじゃないんだ!! それを識り、そのことに感謝もできず、ともに歩む道も選べぬのならば、今生きている、そしてこれからの命あるものたちのために、俺たちは今ここで! おまえを討つ!!」
 宣告とともにアキラはサンダーバードを召喚した。そして自身もオオワタツミの頭部目がけて駆け上がっていく。
「俺があいつの注意をひいているうちに、さっさと全部剥いちまえ!!」
 肩越しに振り返り、仲間たちに言う。
 その一瞬の隙をつかれた。
「アキラ避けるのじゃ!!」
 影に潜むものに乗って、イレイザーキャノンで攻撃していたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)がいつになく深刻な声で叫んだと思ったその刹那。正面へ戻したアキラの目には、まるで特急のように自分に向かって飛来する黒雷が映った。横に跳んで躱せるとか、そんな規模ではない。
 あれ? これもして俺死ぬんじゃね?
 ふとそんな思いがよぎった次の瞬間、間に割り入った何かがアキラへの攻撃の盾となった。
「え?」
 黄金色の装甲をまとった女性が何かを前に突き出して、黒雷を割っている。
「なかなかカッコイイ決めゼリフだったじゃない。思わずハートがしびれちゃったわ。見直したわよ、アキラ・セイルーン」
 振り返ったのはミツ・ハだった。
「ミツ・ハさん!?」
「ふふっ。そういえばだれか、見たいって言ってたわね……。
 これが国家神イザナミ様より拝受し、以来ずっとわが太守家に伝わる八雷の一、フシイカズチ(伏雷)よ」
 装甲と思われたのは半身を覆うほどの巨大な槍、ガンランスで、それは彼女の右腕を覆い尽くし、さらにはそこから伸びた鋼鉄が右半身も覆っている。
「そしてこれが、ナルイカズチ(鳴雷)
 オオワタツミの黒雷を完全に耐え切って、ミツ・ハは突き出した槍、その先端部分から弾を発射する。耳をつんざく爆音を発しながら驚異的な速度で飛んだ弾は、オオワタツミの額をえぐった。

『ギャアアアアアアアアアアアッッッ!!』

「ふふっ……いい、声……」
 会心の笑みを浮かべて、ミツ・ハは力ない言葉を発する。ふらりとその背中が揺れたと思うや、その場にがくりと両ひざをつく。そのまま仰向けに倒れかかった背中を、アキラが支えた。
「あ、の、ばかっ!」
 悪態をつき、飛び出した徹雄が脇につく。
「艦にいるって言ってたじゃないか!!」
「艦の運用は……戻ってきたメ・イとリ・クスに任せてきたわ……」
「そういうことを言ってんじゃない!」
「ああもう、怒鳴らないでよ……ちょっとあばら骨の1〜2本砕けただけじゃない……。
 オオワタツミ撃破は、わが太守家の、数千年に渡る悲願……イザナミ様の最期のお言葉だったのよ……」
『これらを持ちてオオワタツミを鎮めよ』
 力及ばないばかりにむざと国家神を死なせてしまった。次にオオワタツミが現れたときは必ずやイザナミ様の無念を晴らすのだと、太守から太守へ代々伝わってきた教えだ。
「まあでも……あれが精一杯。ナルイカズチもあれが壊れてない最後の1発だったし……。
 あとは、アナタたちに任せるわ……」
 そう言って、ミツ・ハはふーっと息を吐いた。

『グオオオオォオオオオオォォォォォオオオッッ!!
 なぜだ! なぜ邪魔をする!! 邪魔するものはもはや容赦はせぬぞ! 余は今度こそ、このにっくき浮遊島群を破壊して自由になるのだ!!』

 その咆哮を聞いて。
 ウァールはトトリに乗って飛び出した。
「オオワタツミ!!
 自由自由って、おまえずっと言ってるけどなあ! なんで分からないんだよ! おまえはとっくに自由じゃないか! 何がおまえを縛ってるっていうんだ!? 今おまえはそんなにも自由で、空にいるのに!
 おまえはただ、自分で自分を縛ってるだけなんだ! おまえがおまえを自由にしてやればいいだけなんだよ! たったひと言口にするだけでいいんだ! 浮遊島群なんかどうでもいいって――うっ」

『うるさいッ!! 小僧が生意気なことをぬかすな!!』

 オオワタツミの咆哮を真正面に受けて、その衝撃波でウァールの乗るトトリはあっけなく壊れて吹き飛ばされた。
「ウァール!!」
 リイムが六熾翼で飛び立ち、必死にあとを追う。だがあまりに距離がありすぎた。リイムの前、ウァールはまっさかさまに黒雲を突き抜けて、そのまま地表へ向かって落ちて行く――。