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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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第十ニ章  最後の戦い

「お、お喜び下さい、景継様!遂に、首塚大社の防衛線が突破出来ました!本殿まで、あと少しです!」
「東遊舞はどうなっておる!」
「間もなく、1回目の舞が終了致します」
「わかった。舞が終わったら、第二陣と別働隊を投入する。くれぐれも、見間違うなよ」
「心得てございます」

 三田村 掌玄(みたむら・しょうげん)は、深々と頭を下げると、来た時と同じ様に、転げるように丘を降りていった。
 
 ここは、首塚大社を見下ろす事の出来る、小高い丘の上だ。
 首塚大社の周辺には、かつて築かれた古墳がいくつも存在しており、それらが今ではちょっとした丘のようになっている。
 ここも、そうした場所の一つだった。
 由比 景継(ゆい・かげつぐ)は、この丘に陣取り、首塚大社の様子を伺いながら、逐次怨霊と鬼を投入していた。
 一度に全軍を投入しては、東遊舞が完成した時に、全ての戦力を失ってしまう。
 そこで景継は、戦力を小出しにしながら、敵の防衛線にほころびが出来るのを待っていたのだ。
 掌玄の話によると、東遊舞は間もなく完成するという。
 その直後に正面から第二陣を、背後から別働隊を送り込み、敵を大いに混乱させる。
 その上で景継自身が出馬して本殿に押し入って、首塚大神のいる本殿に乗り込み、直接大神を取り込む作戦というである。

(怨霊になったお陰で、儂は大神を自分の中に直接取り込む事が出来るようになった。そして今の儂は鏡さえあれば、何度でも復活する事が出来る。敵の不意を突きさえすれば、本殿に到達するのは容易だ。そして今の首塚大神には、自分に抗う力は無い……)

 景継の脳裏には既に、大神の力を手に入れ、怨霊ひしめく死の島となった四州島を統べる己の姿が、ありありと浮かんでいた。

(この島を手中に収めれば、ここを足がかりに、次は葦原島、そしてシャンバラ、マホロバ……。いずれパラミタ全てを、儂の統べる死者の国に変えてくれる……。何せ今の儂には時間なぞ幾らでもあるし、何度でも蘇る事が出来るのだからな――!)

 死して怨霊となった事をむしろ奇貨とする辺り、既に景継の精神は常軌を逸していると言っていい。

「クックック……」

 自然と、景継の口から笑みが溢れる。

「随分と楽しそうだな、景継」

 背後から聞こえる、声。
 その声は、もはや景継には決して忘れることの出来ない声であった。
 自分を殺した、憎むべき仇(かたき)。
 そして、自分に無限の力を与えてくれた、感謝すべき恩人。

「やはり来たか、三道 六黒(みどう・むくろ)よ」

 景継は、狂気に満ちた笑顔で、六黒を迎えた。

「全く、怨霊となった上に、気まで違っているとは。どこまでも始末に負えぬ奴よ」
「待っていたぞ六黒。貴様の悪あがきの為に、無残に絶命したあの日より常に。貴様を我が同胞(はらから)とするこの時をな」
「奇遇だな。儂も、貴様が死に損なって怨霊となった知ったあの瞬間から、貴様を完全に滅する時を、今か今かと待ちわびていた」
「その減らず口、今すぐ利けなくしてくれる」
「貴様が滅びる方が先だ、景継」

 六黒は、一声吠えると、拳で殴りかかる。
 《歴戦の魔術》で威力を増し、【破邪滅殺の札】を貼り付けた【ギガントガントレット】の一撃が、この世ならぬ景継の身に、深々とめり込む。
 立て続けに二度、三度と拳を振るう六黒。
 その度に、闇の霊質で出来た景継の身体が、無残にひしゃげ、ちぎれ飛ぶ。
 しかし次の瞬間には、散り散りになったはずの景継の身体は、元の通りの姿を取り戻している。

 ニィ――と、邪悪な笑みを浮かべる景継。
 その異常な事態にも眉一つ動かす事なく、何度も何度も景継を殴りつける六黒。
 それでも効果が無いとわかると、【黒檀の砂時計】を使い、常に倍する速さで、それこそ景継の身体が元の形状を留めなくなるまで、ひたすら拳を打ち付け続けた。
 だが――。
 砂時計の砂が全て落ちきった時には、景継は、まるで砂時計をひっくり返したかのように、なんら変わらぬ姿でそこにいるのだった。

「どうした。もう、終わりか?」

 肩で息を吐六黒に、余裕の笑みを浮かべる景継。
 景継の身体を構成する闇の霊質が、六黒を包み込み様に広がり、その身体に触れる。
 その途端、六黒の全身に、ドライアイスを直接押し付けられたのような、激しい痛みと寒気が走り抜ける。
 《護国の聖域》など、毛ほども役に立ってはいないようだ。
 だが六黒は、今にも悲鳴を上げたくなるのを、必死に《エンデュア》で耐えた。
 悲鳴を上げる代わりに、渾身の力を込めた拳を、振りかぶる。

「むおおおおっ!」

 六黒は、獣の様な咆哮を上げた。 


 
(――!このこえは、むくろ!?)

 九段 沙酉(くだん・さとり)は、聞き慣れた六黒の『声』に、顔を上げた。
 正確には声ではない。《精神感応》によって、六黒の思念を聞いたのだ。

「むくろ……。かげつぐと、たたかっている……?そのばしょを、みかみに……?わかった」

 沙酉は、先日御上から渡された無線機を手に取ると、御上に、六黒から伝えられた場所を、手短に教えた。
 
(むくろ、すぐにいく!だから、しぬな――!)

 沙酉は【ワイルドペガサス】に飛び乗ると、【焔のフラワシ】を灯り代わりに、夜の闇を駆けていった。




「ちょ、ちょっとみんな!アレ見てみい、アレ!!」
「あのボオッと光ってるの、全部、怨霊なの……」
「ものスゴい数だね……」

 沙酉から連絡のあった、景継のいるという丘へ急いでいた御上 真之介(みかみ・しんのすけ)達は、日下部 社(くさかべ・やしろ)の指差す方を見て、衝撃を受けた。
 首塚大社近くの森の中に、物凄い数の怨霊達が、隠れているのだ。
 景継が首塚大社攻略の為に用意した、敵の第二陣と、そして別働隊である。
 森の木々の中に巧みに隠れている為、地上からでは見えなかったのだろう。
 空を移動していたのが、幸いしたのだ。

「御上君、あの数が一度に押し寄せたら……」
「ええ。きっと支えきれません」

 御上は、キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)の言葉に頷いた。

「僕達は、あの怨霊達に対処しましょう」
「了解や!」

 御上達は、敵に気付かれないように、森から少し離れた所に着陸すると、極力物音を立てないように、敵に近づいていった。
 目標地点は、二つの敵集団の、丁度中間地点。
 ここで東遊舞を舞えば、両方の敵を浄化する事が出来る。

 五十鈴宮 円華(いすずのみや・まどか)から御上達の護衛を頼まれたなずな神狩 討魔(かがり・とうま)、が先行し、その少し後に、泉 椿(いずみ・つばき)を先頭に、御上達が続く。

「ダイジョブですよ。あの怨霊達、ちっともこっちには気付いてません」
「よし、みんな。準備を始めよう」

 御上の号令一下、全員が素早く配置に着く。
 人数が足りない為、今回の舞手は御上一人だ。
 その他の4人は、五月葉 終夏(さつきば・おりが)が二絃琴、社が笛、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が鼓、そしてキルティスが鈴と鐘という、いつも通りの配置である。

「舞が始まれば、きっと敵もこちらに気付く。舞が終わるまでの間、なんとしてもこの場を支えてくれ」
「神狩の名に掛けて、必ず」
「先生は、何があってもあたしが守るぜ!」
「ダメよ〜、椿ちゃん。御上先生だけじゃなくて、みんなも守らなきゃ♪」
「わ、わかってるよっ!」

 なずなのツッコミに、顔を紅くする椿。
 一同に笑いが起こり、場に、和やかな空気が流れる。
 
「それじゃ、始めようか」

 御上の一言で、皆の顔が一瞬で引き締まる。

「願わくば、怨霊を鎮める為の舞が、これで最後とならん事を――」

 ――シャリーン。

 鈴の音が、舞の開始を告げた。



「六黒の旦那!生きてるか!!」

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、《千里走りの術》で、誰よりも早く丘に辿り着いた時、三道 六黒(みどう・むくろ)は辛うじて、まだ持ち堪えていた。

「ふ……。誰に向かって、言っている?この儂が、景継如きに倒されるとでも、思っているのか……?」

 しかし、その言葉とは裏腹に、六黒の顔はまるで死人のように血の気が無い。
 体力の限界まで、景継に生気を吸われ尽くしたのだろう。正直、立っていられるのが不思議なくらいだった。

「あーあー、そんなにボロボロになっちまって。いいぜ、後は俺が引き受けた。旦那は下がってゆっくりしてな」
「散々遅れて来ておいて、何を偉そうに――」

 そこまで言うのが、精一杯だった。
 六黒はガックリと膝を着くと、そのままどぅと横倒しになる。

「旦那!?テメェ!!」

 怒りの形相で、景継を睨みつける唯斗。
 大抵の者なら、その眼光だけで縮み上がってしまうだろう。

「ほほう……。今度は貴様が、儂の贄になると言うのか?良かろう、貴様も六黒共々、我が同胞に加えてやろう」
「大した自信だな――。だが、俺は手負いの旦那程甘くは無いぜ!!」 

 唯斗は、《覚醒ラヴェイジャー》、《覚醒マスターニンジャ》としての全ての力を、一気に開放すると、景継と対峙する。 

「明日を望み、諦めない、人々の希望!あったけぇ想いを、貴様のその腐りきった魂に届けてやる!覚悟しやがれ馬鹿野郎!」

 四州の人達の希望、夢、願い――。そう言った『想い』の全てを込めて、唯斗は【金剛鬼神功】を振るう。
 全身全霊を込めた《我が一撃》が、景継の闇の身体に風穴を開ける。

 その余りの衝撃に、実体など無いはずの景継の身体が、数メートルも吹き飛ばれた。

「クックック……。確かに六黒よりは、骨がありそうだ。だが、この儂の無限の力の前に、その元気がいつまで続くかな?」
「無限の力ぁ?なんだオッサン、怨霊になって、頭までおかしくなっちまったのか?テメェの身体、良く見てみな!」
「フッ……、一体何を……。な――……!身体が、身体が再生せん!?」

 いつまで経っても塞がらない穴を、驚愕の眼差しで見つめる景継。

「な、何故だ!何故元に戻らぬ!一体、何が起こっているのだ!!」
「ダメだぜオッサン。大事なモノは、人に預けたりしないで、しっかり隠して置かないとな」
「ま、まさか――!解理の鏡を!!」

「あなたの大切なな鏡には、封印を施されてもらいました」
「もう、ご自慢の身体が再生する事は無いわよ!」

 空からの声に、頭上を振り仰ぐ景継。
 そこには、光羽の翼をはためかせたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と、梢の上に立つ小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の姿があった」
「遅かったじゃねぇか、二人とも。もう少し遅れてたら、俺が一人で倒しちまうトコロだったぜ」
「お、おのれ……!」

 憤怒の形相で、唯斗達を睨みつける景継。
 だが、再生能力を失った景継に、万に一つの勝ち目も無い。

「おのれ……。おのれ……、おのれおのれおのれぇ!!」

 景継の、気違いじみた絶叫が、辺りに木霊した。