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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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【四州島記 完結編 三】妄執の果て

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第七章  藩政改革

「建白書、拝見させて頂きました」

 東野(とうや)藩の若き藩主広城 雄信(こうじょう・たけのぶ)は、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)
の前に、彼女が先日雄信に上表した意見書を、スッと差し出した。

 ルカは、やや緊張した面持ちで、彼の次の言葉を待っている。

 今彼女がいるのは、東野藩の首府広城にある、雄信の書斎である。
 雄信の傍らには、筆頭家老の大倉 重綱(おおくら・しげつな)、そして彼の息子でやはり藩の重臣である大倉 定綱(おおくら・さだつな)が控えている。

「四州復興のための四藩の統合。幕府始め諸外国への支援要請。南濘の米軍施設の接収と活用。島外の技術・資本の導入による、社会基盤の整備と、農業始め諸産業の近代化。東遊舞(とうゆうまい)及び魔神封印技術の継承……。いずれも、大変理に適ったご意見だと思います。ただ――」
「ただ?」

 ルカの身に、一瞬緊張が走る。
 何か、建白に問題があったのか――?

「ただ、いずれも、我が藩のみで決められる事ではありません。ですので、近々開かれるであろう四公会議(しこうかいぎ)にて、提案させて頂く事になります」
「そうですか……。私の建白、お取り上げ頂き、誠に有難うございます」

 内心ホッとしながら、深々と頭を下げるルカ。

(それにしても、わずかな内に、雄信様も随分と変わったものね――)

 頭を下げながら、ルカはそんな感慨を抱いた。
 落ち着いた物腰、悠揚とした言動。それに加えて更に、一国の主たる者の威厳まで、感じさせるようになっている。

(もしかして、首塚大神に憑依された事も、影響しているのかしらね……)

 雄信のあまりの変わり様に、ルカはそんな事まで考えた。

「ともかく、会議でどのような結論が出るにせよ――」

 物思いに耽るルカを、定綱の言葉が引き戻す。

水城 永隆(みずしろ えいりゅう)殿が亡くなられた今、開国はほぼ決定でしょう。元々、開国に反対しておられたのは、あの方のみですし。そして開国となれば、諸外国の支援を取り付け、進んだ技術を導入し、島の近代化を図らねばなりません」
「いずれも、元々豊雄様が目指しておられた事じゃしの」

 過日、葦原藩で開かれた宴の席上、何者かによって毒を盛られ、一時危篤に陥った前藩主の広城 豊雄(こうじょう・とよたけ)も、今では順調に回復に向かっていると聞いている。
 思えば、あれが全ての発端だったのだ。

「それに『四州開発調査団』の方々や御上殿から、以前より同様の話は幾度も出ているのです」

 定綱が補足した。

「じゃがいずれも、島が落ち着いてからの話じゃ。殿も西湘の薫流殿も未だ藩主の座について日も浅い事じゃし、何よりいずれの国の藩主とて、今は国元を離れられる状況ではない。四公会議については、改めて雄信様より、各藩の藩主に開催を打診致す故、ゆめゆめ、ご心配めさるな」
「これからも、我が藩の為、ひいては四州島の為、力をお貸し下さい」

雄信はそう言って、ルカに頭を下げた。

「勿体無きお言葉……!皆にも、雄信のご厚情、私から伝えておきます」
「よろしく頼みます」

 ルカは、もう一度平伏すると、雄信の前から退出した。

(既に、魔神は滅んだ。景継ももう、時間の問題。その時が来た時の為、今から準備を始めないと――)

 ルカは、島の復興に尽力する決意を、新たにするのだった。
 


「で、どうっスかね、雄信様?俺の建白書。読んで頂けました?」

 雄信の書斎に通された南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は開口一番、努めて軽い口調で、こう切り出した。
 それは彼自身、自分の建白した内容が、いかに重い物であるかを、重々承知しているからである。

「はい。取り敢えず、読ませては頂きましたが――」

 対する雄信の応(いら)えは、いかにも歯切れが悪い。
 今この部屋にいるのは、光一郎と、雄信の2人のみ。
 つまり、重綱や定綱には聞かせるのがはばかられるような、内容なのである。

長谷部 忠則(はせべ・ただのり)殿を長とする藩直属の常備軍の設置と、その財源としての旧九能家の領地の収公。藩財政の圧迫を避ける為に、功のあった家臣への加増を見合わせ、代わりに報奨金を支給する形とし、更に旧九能家牢人の士官を召し抱えるにあたっては、禄を従来の半分とする。ですか……」
「どうです?中々に大胆で、かつ野心的な改革案でしょ?」
「野心的過ぎて、正直これが上手くいくとは……。南臣殿には、成算がおありなのですか?」
「ん〜、どうですかね〜。最終的にはやったもん勝ちだと思いますが、まぁ一悶着二悶着くらいはあるんじゃないですかね?」
「一悶着というと……」
「ぶっちゃけ、牢人たちの武装蜂起とか?」
「やはり、そうなりますか……」

 光一郎の返答に、雄信は、頭を抱えてしまう。

「およそ改革なんていうものは、既得権益者の反対があって然るべきっスから。しかも、その相手が武士となれば、そりゃあ戦の一つや二つは起ころうってもんです」
「私は、戦は起こしたくないのです」

 雄信の訴えは切実だ。

「なら、穏当に事を進めたらどうです?」
「しかしそれでは、改革が骨抜きになってしまうのでは……」
「その辺りはさじ加減というか……交渉次第でしょうね」
「……南臣殿。私がまだ、藩主となって一月も経っていないと言う事を、忘れてはいませんか?しかもその前は、ただの農民だったのですよ」
「なら、優秀な交渉官を雇うとか?」
「それはつまり、『貴方を雇え』と、そういう事ですか?」
「え?俺!?イヤ〜、やれと言われればやらないでもないですが、なんといっても俺、余所者な上にこの性格ですからね〜。穏当に交渉を進めるのには、かなり向いていないんじゃないかと〜」
 明後日の方向を向いて、頬の辺りをポリポリと掻く光一郎。

「やはり南臣殿は、戦前提なのですね」
「いや前提というか……。実際、今から150年ほど前の日本でも、同じような事がありまして。その時にやっぱり、反乱が起こってるんスよ」

 南臣の言っているのは、西南戦争の事である。

「日本でも、同じ事が?」

 驚いて聞き返す雄信。

「ええ。当時の日本と今の四州島の状況は、瓜二つってくらいが似てます。ぶっちゃけた話、今回の建白書も、その辺りの経緯を踏まえた上でしたためた、という部分がかなりありまして」

「そういう事でしたら南臣殿。一つ、お願いしたいことがあります」
「な、なんスかイキナリ――」

 急に雄信に詰め寄られ、たじろぐ光一郎。

「私に、日本の歴史を教えて下さいませんか?」
「に、日本の歴史!?」
「もし南臣殿の言うように、四州島と日本の状況がそれほど似ているのなら、日本の歴史について知る事は、四州の改革を進める上で、とても重要だと思うのです!」
「そ、それは……、そっスねぇ……」
「ですよね、南臣殿!だから私に、日本の歴史を教えて下さい!」
「い、いや……それは、ちょっと……」
「ダメですか?」
「いや、ダメと言う訳じゃないんだけど……」
「なら、教えて下さい!こんな建白書が書けるくらいですから、南臣殿は、日本の歴史に詳しいんですよね?」
「ま、まぁ、詳しくない訳じゃないけど……」
「なら、ゼヒ!!」
「いやでも、そういう事なら御上の方がいいんじゃ無いですか?なんてったってあの人、元々社会科教師なんだし!専門家ですよ専門家!!」
「今の御上殿は、最早我が東野には無くてはならぬお方。それで無くともお忙しい方なのに、このような雑事でお手を煩わす訳には参りません!南臣殿!貴方の見識を見込んで、お願いしているのです!どうか、お引き受け頂けませんか?」
「あー、まー、そのー……」


「ハッハッハ!結局それで、逃げて帰って来た訳か!」

 光一郎から一部始終を聞くなり、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は、大声で笑った。

「わらいごっちゃねぇぞ、鯉!だいたい人にモノを教えるなんて、俺様ちゃんのガラじゃねぇっつーの。そういうのは御上の仕事だぜ」
「まぁ、雄信殿申される通り、あの御仁は忙しいからな。島が落ち着けば、少しは時間が出来るやもしれぬが」
「だろう?やっぱそれまで待って、御上に任せようぜ!」
「しかし、それで良いのか光一郎?」
「何が?」
「幾ら社会科教師とはいえ、所詮御上殿は軍事の専門家ではない。光一郎とは、おのずと着眼点も違ってこよう。さすれば、教授の内容もお主が教えた時とは変わるに違いない」
「ま、そういう事もあるかもな……」
「それに光一郎が雄信殿の師となれば、そなたの望むような大胆な改革も進めやすくなるのではないか?」
「た、確かに……」
「それにお主とて、ここで実績を積んでおけば、ゆくゆくは東野の軍事顧問に、そしてひいては陸軍大臣に――などという話にもなるかもしれんぞ」
「う、う〜ん……」
「おお、そうだ!」

 突然、オットーがパン!と自分の膝を叩く。
 腕組みをして唸っている光一郎を置き去りに、光一郎が雄信の師範となる前提で、オットーの考えはどんどん膨らんでいく。

「どうだ、光一郎。この際、雄信度の師範を引き受け、更にその席に長谷部殿も加えては?」
「は、長谷部を、雄信と一緒に!?」
「そうだ。元々長谷部殿は外の世界に強い興味を持っていたし、お主が教えるとなれば、きっと喜んで参加するだろう。しかも二人一緒に教えるとなれば、長谷部殿は雄信殿の『ご学友』の間柄となる。藩主の学友ともなれば、出世の道は開けたも同然だぞ?」
「そ、それもそうだな……。うーん……」
「まぁ、少しゆっくり考えてみるとよかろう。光一郎の人生に係るかもしれぬ話だしな」
「すっかり他人事だな、オマエ」
「他人事だからな」
「……ムカつく」
「ハッハッハ!」

 カラカラと笑いながら、部屋を出て行くオットー。

「おや鯉殿。何やら、随分と楽しそうですな」
「長谷部殿。何度も申しておる通り、それがし鯉ではござらぬ。ドラゴニュートにござる!さらに言うなら、それがしにはオットー・ハーマンという立派な名がござる」
「おお、そうであったそうであった。これは失礼、オットー殿」
「お待ちなされ長谷部殿。この際貴殿に、ドラゴニュートの何たるかを、とくと説いて進ぜよう」
「い、いやいや。拙者これより所用がござる故」
「逃げようとしてもそうはいかぬ」
「いえいえ、決して逃げようなどとは――」
「ならばそれがしに同道なされよ――」

 廊下で鉢合わせしたらしい、長谷部とオットーが、どうでもいい事で言い争いをしている。
 そのなんとも呑気な風情に、八つ当たりのように腹を立てながら、光一郎は思案を続けていた。