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真夏の夜のから騒ぎ

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真夏の夜のから騒ぎ

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  1・夕暮れの中の影

 ツァンダ近郊の森にあるキャンプ場。そこではサマーキャンプが行われていた。
 経営を行うモーリス氏は、四十代の筋骨隆々なヒゲ面の男性で、いかにも『山男!』という感じのする人だった。
 だが今現在その外見とは裏腹に、彼は心中複雑そうに溜め息をついていた。
「ダメだヨ! そんなことじゃ、幸せも妖精パックも逃げてっちゃうヨ!」
 そんな彼の肩をばんばんと叩くのは、レベッカ・ウォレス(れべっか・うぉれす)
「ああ……そうだな。しかし、すまない。キミ達に協力を仰ぐことになってしまって」
「気にしなくていいヨ! それにみんな仲良くが一番だヨ! モーリス氏も、悪いことしたと思ったら素直に謝るといいヨ!」
「パラ実生のアナタがそれを仰いますか」
 的確にツッコミをいれるのは、パートナーであるアリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)だった。
「そうしたいのは山々なのだが、言ったろう? ワシは、パックに嫌われておるから」
 だから説得は任せる、と続けようとしたモーリス氏だったが、
「そういうことなら心配無用ヨ!」
 レベッカはカツラとサングラスをどこからか取り出し、モーリス氏に変装を施し始める。
「え? い、いやだからワシは」
「こうすれば一緒にキャンプ楽しめるヨ! パックが来たら、まずお話してみるヨ!」
「メイクはわたくしにお任せですわ。さ、こちらへ」
 アリシアも手伝い、モーリス氏は強引にバンガローの中へと連行されようとしていた。
 そんな様子をぼんやりと眺めていた新川涼(しんかわ・りょう)は、
「そうなると、パックと話をする場所が必要ですね」
 そう呟いて、
「モーリスさん。キャンプ場の一角をお借りしますが、よろしいですか?」
「あ、ああ。それは構わんが」
「ありがとうございます。ではパック君と話をする際に、ぜひそちらをご利用ください」
「だ、だからワシは……」
 モーリス氏の言葉を尻目に、涼はさっそく愛用の小太刀で器用に日曜大工を行い、パック用の椅子を作り始める。事前の情報でパックの身長は100センチ前後だと聞いているので、それに合わせる事も忘れない。
「しかしこちらがお膳立てしたとしても、果たして出てきてくれるのでしょうか。何より出てきたとしても、それに気づくことができないと……」
「それなら任せて!」
 涼に答える形でそう叫んだのは、飛鳥桜(あすか・さくら)
「僕は今回のことに備えて『パックレーダー』を作ってきたんだよっ! これさえあれば、パックが近くに来たらいつでもわかるようになってるから! うん、これで安心!」
 彼女は自信満々に、腰についた奇妙な箱をぽむぽむと叩く。どうやらそれが『レーダー』らしい。明らかに手作り感が満載な代物だったが、それを揶揄する者はいなかった。
「とにかく今は、思いっきり楽しもうじゃないの! そうすればきっとパックも出てきてくれるから! じゃ、僕はバーベキューの食料確保してくるからねっ!」
 そして獲物を求めて走り去っていってしまった。
 涼は桜のあまりの元気ぶりに少々気圧されながらも、苦笑して自分の作業に戻った。

「元気な子がいますねぇ。さ、こっちも下ごしらえをしておきましょうか」
 イノシシに似た動物相手に格闘中の桜を眺めつつ、包丁片手に野菜を切り始めているのは、佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)。そしてその傍らにはパートナーの仁科響(にしな・ひびき)が半ば呆れた顔で立っていた。
「そんなことをしていていいんですか?」
「え? なにが」
 響の言葉に、弥十郎は本気でわかってない様子で顔を向ける。
「だから! ボクらは妖精パックを探しに来たんでしょうが! なのになんで、のん気に野菜なんて切ってるんですかっ!」
「ああ、いいのいいの。この森広いし、探すよりおびき寄せたほうがきっと効率いいからさ。だから今は、そのためにバーベキューの準備が優先なんだよ」
 弥十郎の醸し出すそんなのほほんとした空気に、響は深々と息をつきつつ、
「はぁ……もう……せっかく本で読んだ妖精パックに会えるチャンスなのに……」
「とにかく響も手伝って手伝って!」
「あーはいはい! ったく!」
 響も渋々野菜を切るため、包丁を手に取った。『両方の手』に。
「おい、なにやってるんだ、仁科」
 そんな彼女を見かねて声をかけるのは、同じく炊事場で下ごしらえをしていた早川呼雪(はやかわ・こゆき)だった。
「ん? なにがだ?」
「うわっ! 包丁を持ったままこっち向くな! 危ない!」
「あ、すまない」
「と、とにかく包丁は一本だけにしとけ。はぁ、なんでこんなとこで二刀流披露してるんだよ……。って、おい、佐々木も。タマネギみじん切りにしてどうするんだよ……バーベキューなんだぞ? それじゃ串に刺せないじゃないか」
「え? あ、そっか。ごめんごめん。まぁいいじゃん。これはハンバーグにしよう。そうだな、パック印の恋愛成就ハンバーグとかどうかなぁ?」
 あっはっはっは、と、笑う弥十郎と、今度は一本の包丁を両手で握り締め、食材めがけて振りかぶろうとしている響に、思わず頭を抱える呼雪。
「あー……ふたりともちょっとこっち来い。一回よっく話し合おう」
 そうして、呼雪はそのままふたりを連れて炊事場を離れた。
 必然的に炊事場には誰もいなくなる。
 そして。
 呼雪は少し離れた場所で、パートナーのファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)と共に様子を伺っていた。
「よし、作戦通り。こうして炊事場が空になった隙に、パックがイタズラに現れる筈だ。ファル、罠はちゃんと仕掛けたよな?」
「うん! バッチリだよ。落とし穴とかバナナの皮とか、色々配置しといたよ」
 そんな掛け合いをしながら虎視眈々とパックを待つふたり。彼らの作戦を聞いた弥十郎と響も、その後ろで一緒に待ち構えていた。

 ガサ……

 その時。炊事場に動く気配があった。
 それに気づき、息を殺す四人。
 気配の主は、置いてあったニンジンやタマネギをゴーヤやドリアンに取り替え始める。かと思えば、置いてあった飲み物に唐辛子を混入したりと明らかにイタズラと呼べる行為をしていく。
(妖精パック? どうしよう、捕まえようか?)
(シッ! 罠にかかるまで待つんだ!)
 ヒソヒソと話すファルと呼雪。
 そしてそのままその場を去ろうとしたその人物だったが、
「うわっ!」
 仕掛けられていた落とし穴に嵌まりそうになる。
「なんの!」
 身を翻してジャンプするも、その先に仕掛けられていたロープに足をとられてしまう。
「くっ、まだまだぁっ! て、うわっ!」
 転がりながらも受身をとったが、そこへ次なる罠である網が対象者を捕縛していた。
「今だっ!」
 呼雪の声で、物陰から飛び出す四人。
「やりましたねぇ」
「意外とあっさり捕まりましたね。……って、え?」
 弥十郎と響は姿を現したその対象を目にして、逆に驚いていた。
「その人の着てる服、なんで制服なの?」
 ファルの言うとおり、その人物は妖精パックではなく、蒼空学園生徒のゲー・オルコット(げー・おるこっと)だった。今まで隠れ身で姿を隠していたらしい。
 四人からジトッとした視線を受け、オルコットは愛想笑いを浮かべ、
「あ、いや違うんだよ。これはその、そう! 妖精パックに操られちゃってね。いやー、参ったぜ。まさかパックにあんな力があったなんんてなー」
 そんな明らかに嘘とわかるごまかしを並べつつ、網から這い出るオルコット。
「皆も気をつけてな。でないとイタズラしたくなる魔法かけられちゃうから、じゃ、そういうことで」
 そそくさと立ち去ろうとするが、すぐに四方を取り囲まれてしまった。
「あ。あはは」
 もはや愛想笑いを浮かべるしかないオルコットだった。
「ただいま〜、って、あれ。なにしてんの?」
 そこへ、薪を集めていた椎名真(しいな・まこと)と、パートナーの双葉京子(ふたば・きょうこ)が戻ってきた。
「なんだか、もめてるみたいね」
 その時。その場のほぼ全員が一瞬気を抜いた。
 そこを狙って、今の今まで皆の様子を眺めていた影が飛び出してきた。
 その影は、まさに風のような速さで落ちていた網をふわりと浮かせ、またオルコットへとかぶせなおし、そしてそのままの勢いで真の傍をスッとすり抜けた。
「うわっ! な、なんだぁ?」
「ん? え、あれっ? オレのケータイ!」
 次の瞬間、真が腰につけていた携帯電話が無くなっていた。
「あははっ。油断しちゃだめだよぉ、おにーさん」
 全員が視線を向けた先には、緑色の服を着た少年が立っていた。
 それが誰かなのかを聞くまでもなく、
「それじゃーねぇ」
 その少年、パックはクスクスと笑いながら、身を翻して去っていってしまった。
 皆が突然のことに動けなかった(オルコットは網のせいで動けないのだが)。
「逃げられちゃいましたね……」と、弥十郎。
「あちらの方が一枚上手だったということですか」と、響。
「でもどうしてパックはこんなことするんだろうな……」と、呼雪。
「その答えならわかりました」
「え? わかったって、なにがですか? ていうか今喋ったの誰?」と、ファル。
「私です」
 そう言って、いつの間にかその場に姿を現していたのは、フレッセル・キャティ(ふれっせる・きゃてぃ)だった。いきなりの登場に驚く一同。
「この百合園探偵クラブ、通称『百合探』のメンバーである私には、パックの行動の理由がわかりました」
 どこから現れたんだろう、いたんならパックを捕まえて欲しかったな、などという無粋なツッコミを入れる勇気のある人はその場にいなかった。
「実は私、事前に炊事場にこんなものを仕掛けていたんです」
 そう言って取り出すのは、ふたつの缶だった。一方の缶には『これを開けたものは死にます』などという物騒な文字が書かれていた。
「これをもしパックが見つけ、死なない方だけ空いていたらただのイタズラ。もし二本とも、もしくは死ぬ方だけ空いていたら何か他に目的があるのでしょう。いたずら目的なら命を賭けてまで開ける事はないはずですからね」
 淡々と語るキャティ。流される形で皆聞き入っている。
「そして先程、妖精パックがこの缶を見つけ……一方だけを開けたのを目撃しました」
 だから見てたんなら捕まえるなりしてよ、という言葉はかけられず終わった。
「開けられていたのは、死なないほうだけでした。これから導き出される結論としては、妖精パックはただのイタズラ、もしくはこちらの気をひくための行為、あるいは手伝う為にあのようなことをしていたのです!」
 どっぱーん、と背景に波しぶきでも映ってそうな勢いでキャティは語り終えたのだった。