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秋の夜長にすることは?

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秋の夜長にすることは?

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山を越えた先に希望はあるのか・2

 着々と何かの準備が行われる中、図書室でも勉強が進んでいるのかと言えば、そうでもないようだ。
 瀬島 壮太(せじま・そうた)は図書室に来たというのに、貸し出しカウンターに座ってひたすら消しゴムを切っている。
「あーあ、せっかく司書のセンセに教えてもらおうと思ったんだけどなぁ」
 現国の教科書を手元に置いている様子を見れば、やはり図書室には勉強をするつもりで来たことが窺えるが、どちらかと言えば勉強はついで、司書のお姉さんに会うことが第一目的だったようだ。
「イイコチャンばっかでつまんねぇな……うりゃっ!」
 ――ピシッ
 カウンターに身を潜めて、近くで真面目に勉強をしている生徒に消しゴムを投げつける。小さく切ってあるので痛いわけではないが、この攻撃は地味に集中力をそぎ落としていくので侮れない。標的にされた楠見 陽太郎(くすみ・ようたろう)はたまったものではなかった。
(さっきから、一体なんなんだ?)
 顔を上げ、辺りを見回すと確実に止まるその攻撃。少し周辺を見てこようかと席を立ちかけたとき、パートナーのイブ・チェンバース(いぶ・ちぇんばーす)が資料を持ってやってきた。
「陽太郎〜進んでる?」
「……その格好は何ですか」
 資料を取りに行ったとばかり思っていたイブは、男子生徒の注目を集めながら戻ってきた。いや、確かに丁度欲しかった資料も持ってきてくれたのだが、何故バニーガールの格好をしているのか皆目検討がつかないので溜息しか出てこない。
「ん? バニーちゃん。陽太郎が教えてくれたんじゃない、もうすぐバニーちゃんの日だって」
「それは――」
 ふと窓に視線を移しても、そこには真っ黒なカーテン。カンナの指示とあれば勝手に開けることも出来ないので、外の様子はわからないが、故郷を思い返すと隠したがるその理由は1つ心当たりがある。
「確かにそんな話もしましたが、みっともないから着替えてきてください」
 そもそも、兎がいるという話はしたがバニーガールだなんて言ってない。
「そんな事言われても他の服はクリーニング中だし〜♪」
(さっきまで着ていた服はどこへやったんだ……)
 まだ座ってくれれば良い物を、イブは世話を焼くように陽太郎の周りをぐるぐると動き回る。その度にチラチラと注目を集めてしまって、気が気ではない。自分自身もどこを見れば良いものかと困ってしまった陽太郎は、仕方ないので制服のジャケットを貸してやることにした。
「なんだよ、隠して独り占めかよ!?」
 その一部始終を観察していた壮太は、貸し出しカウンターから飛び出して2人に詰め寄った。いつ邪魔してやろうかと機会を窺っていたのだろう、カウンターを飛び越える際にケシゴム弾がこぼれ落ちて、陽太郎はひっそりと溜息をついた。
「お姉さん、オレにも勉強教えて欲しいなー。で、頑張ったご褒美にデートしてくんねぇ?」
「あらあら〜どうしようかしら?」
 口先だけでは困った素振りを見せるイブだが、陽太郎一筋の彼女が他の男に言い寄られて迷うはずもない。
(ふふふ、こうやってまわりの気を散らせて、相対的に陽太郎の成績を上げる完っ璧な作戦……敏腕策士も真っ青ね☆)
 そんな作戦など知らない陽太郎は、もうこれ以上目立たないでくれと願いながら1人そのまま勉強を続けることにした。
(気が散ってしょうがない、これなら1人でやった方がよかった……)
 黙々と陽太郎が頑張る姿を見て、シルバ・フォード(しるば・ふぉーど)はハッと我に返る。騒いでいたのとつい目を惹く格好の人物がいたせいで問題を解く手が止まってしまっていたのだ。
「…………」
 自分の隣では、真面目に課題に取り組んでいる雨宮 夏希(あまみや・なつき)。元々無口な彼女だが、自分に後ろめたいことがあると怒っているように感じるのは何故だろうか。
「な、夏希! この単語なんだけど……」
 スッと目の前に置かれる辞書。どうやら自分で調べろということらしい。
(……マズイな)
 今でこそ図書室で真面目に勉強をやっているが、お料理部隊まで結成されているとあれば単なる居残り学習じゃないことは事実。
 そのあとのお祭りだかなんだかを一緒に過ごしたかったのに、機嫌を損ねたままでは楽しみになどしてられない。
 困っている所に助け船を出してくれたのは、向かいの席に座っていた高月 芳樹(たかつき・よしき)だった。
「もしかして、語学の勉強してるの? 良かったら一緒にやらない?」
 ちらりとお互い目を合わせ、シルバは苦笑いをした。
「ああ、2人とも苦手でさ。頼んでもいいか?」
「芳樹は運動以外はそこそこ出来るの、安心してね」
 くすくすと笑いながら、パートナーであるアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が言うものだから、芳樹は少し恥ずかしくなってしまう。
「誰だって苦手なことはあるだろ……しっかし、さっきはびっくりしたよなぁ」
シルバを見て、ニッと笑うと机に肩肘をついて上着を羽織ったイブの方を見る。
「自分のパートナーがあんな格好で出てきたらって考えたら、心配で勉強なんてしてらんないって」
「ああ、絶対させたくないよな」
 どうやら、フォローをしてくれるらしい芳樹に話を合わせて力強く頷くと、夏希は不思議そうな顔をした。
「……本当に?」
「嘘ついてどうするんだよ。夏希は俺がみてないと危なっかしいだろ」
「……そっか、ありがとう」
 なんとか誤解を解いた2人には、ふんわりと柔らかな空気が漂っていて、向かいで見てる方も気恥ずかしい。
「さて、語学の勉強が終わったら、芳樹が覚悟する番だからね!」
 その空気を断ち切るようにアメリアが課題のページを切り替える。隣で項垂れる芳樹は、シルバと夏希を見てニッコリと微笑んだ。
「僕らはここで勉強してるから、またわからないことがあったら聞いてくれて構わないぜ」
 頼りになる先生を見付けた2人は、4人仲良く勉強するのだった。



 そして、何やら図書室の外が騒がしいようだ。一体何事かと思えば、天津 輝月(あまつ・きづき)ムマ・ヴォナート(むま・う゛ぉなーと)にお説教を食らっている様子。もし近くを通ればとばっちりを食らいそうなくらいにムマはお怒りのようだ。
「ムマさんうるさいですよ。廊下に響いて他の人に迷惑じゃないですかぁ」
 それに対して全く悪びれた様子のない輝月に、ムマは若干脱力気味だ。事の発端は、輝月が勉強教えてくれと頼んだことから始まる。やっと身に迫る危機に気がついてくれたのだとばかり思っていたが、実際はそうでもなかった。
「あっちにふらふら、こっちにふらふらと……! おぬし、少しでも勉強する気はあるのかぁぁあ!?」
「ムマさん、ボリューム。ボリューム下げて」
 はぁ、と呆れた様子の輝月を見て、呆れたいのも溜息を吐きたいのもこっちだとムマは思う。
 勉強など口実で、面白いことを探したいがために残ったのだということに、どうして気づけなかったのか。
「大体おぬしはいつもいつも首を突っ込んではだな……」
 こんこんと続くお説教を黙って聞いている輝月ではない。今度はどんな手を使って抜け出してやろうかと画策しているのだ。
「……だろう。どうなんだ輝月……聞いているのか輝月! ……輝月?」
 話を聞いていない輝月を叱ろうとしての呼びかけだったのに、何かに気がついたのはムマは名前を反復する。
(己が力で輝けるように、輝月……そうか、ならば話が繋がった)
「どうかしたのムマさん。変な顔して」
「変な顔は余計だ! ……いやな、面白い物探しとやらを手伝ってもよいぞ」
 今まで怒られっぱなしだった輝月は、ムマの意外な一言に目を瞬かせる。耳にたこが出来るんじゃないかと思うくらい、勉強勉強と煩かったのに、一体どうして。
「そんなことしなくても、言ってくれたらカレー弁当くらいあげますよ」
「いらん! ……試験勉強より、風流な心を持つのも大事な勉強になるだろうと思ってな」
「なんだ、ムマさんも遊びたいんじゃないですか。素直じゃないなぁ」
(こやつは……)
 やはり、試験勉強は試験勉強でみっちりさせることにしよう。そう心の中で近いながらも、特別な今日は目を瞑っていてやろうと思うのだった。
 廊下での大騒ぎは図書室の中にも聞こえているのだが、中は中で大騒ぎなので大した注目は浴びていなかった。
 騒ぎが起ると、そっちが気になってしまうものだが、葉月 ショウ(はづき・しょう)。パートナーのガッシュ・エルフィード(がっしゅ・えるふぃーど)に兄として勉強を見てやっているのだが、語学はなんとか教えることが出来た物の理数系は自分自身も苦手としており、教える傍ら参考書を見て混乱してしまっているようだ。
「ガッシュ、もうちょっと待ってな。この公式がこれだから、こっちの問題は……えっと」
(……だめだ、わかんねー)
 自分の勉強はそこそこに、ガッシュに質問されるまでは読書を楽しんでいたショウ。復習すら出来ていないのでガッシュの問いに答えることは難しかった。心配そうな目でこちらを見ているガッシュを放っておくことは出来ないが、正直考えるのも飽きてきたようだ。
「よ、よーし! ちょっと息抜きするか」
「さっきしたばっかりだよ?」
 しまった、という顔をしてショウはもう一度参考書に目を落とす。本を読み終わってしまったから新しい本を取りに行く口実に使ってしまったのを忘れていたらしい。
 そんなやりとりを聞いていたのか、隣からルーク・クレイン(るーく・くれいん)があめ玉を差し出していた。
「甘いもの平気かな? これでも食べて、お兄さんの答えを待っとこうよ」
 色とりどりのフルーツ飴を差し出されるも、見ず知らずの人に声をかけられて驚いたガッシュは、ショウの腕を掴み顔を隠すように後ずさってしまった。
「ごめんな、ガッシュは引っ込み思案なところがあるから……ほら、どうぞって言われたらどうするんだ?」
「あの、えっと……ごめんなさい。それと、ありがとうござい、ます」
 おずおずと差し出された飴を受け取り、ショウに「もらったー」と笑顔で話す所を見ると本当に仲の良い兄弟に見えて、1人でいるルークは少し羨ましくも見えた。
「にしても、どうしてこうも難しいんだろうね」
「ああ、得意なヤツが近くにいればいいんだけどな」
「……だったら、交換してよぉ!」
 ふと向かいを見れば、泣きながら課題をやらされているセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)と、その隣には呆れた様子の御凪 真人(みなぎ・まこと)がいた。
「これくらいのことで何を泣き言言っているんですか」
「これくらい? 真人にとってはこれくらいでもね、私にとっては一生分の勉強よ!」
「……それは大げさすぎでしょう。いいですか、その公式は――」
 スラスラと目の前で問題を解いていく真人に、ショウとルークはマジックでも見ているかのような驚きっぷりだ。
「すげぇ! そんな風に解くんだ!」
「あんなに長い式が、一瞬で解かれてく……」
 感嘆の声を漏らす2人を見て、真人は眼鏡に手をやり考える。
(この反応、2人とも数学は苦手なのか。弟さんがいるなら、補習なんてことになれば寂しい思いもさせるだろうし……)
 目があったガッシュは、またビクリとしてショウの後ろに隠れようとするが、それを見て余計に寂しがり屋な子なんだと思う真人。
「よし、俺が3人……いや、4人ともまとめて面倒を見ます。皆さん、頑張りましょう」
 先生が現われたとばかりに喜ぶ2人と、少し心配そうに真人とセルファを見るガッシュ。落ち着いて席に座り直したとき、真人の眼鏡が光った。
「俺が家庭教師をして、補習や落第……赤点などありえませんよ」
 確かにそれらは全力回避をしたいものだが、その指導方法はスパルタ。セルファが泣きついてきた理由がわかる頃には、3人は燃え尽きようとしていた。
 唯一学年が違ったことで平和だったガッシュは、飴を舐めながらショウに教えてもらうのを待っているのだった。



「終わったぁ……」
 ふぅ、と一息をついて月里フィリップに微笑む。丁寧に教えてくれたおかげで、苦手としていた問題を埋めることが出来たのだ。
「お疲れさま。それじゃあ、頑張ったで賞」
 差し出されたのは、とても可愛らしいラッピング。大きさはノートぐらいの大きさだろうか。
「なぁに? いきなり」
 まさか、参考書だったり……ということもなさそうだ。中身は薄く、そして軽い。
 誕生日でもないのに贈り物を貰うのは気が引けるけれど、せっかく用意してくれたのなら受け取らないのも失礼だ。月里はその包みを受け取って、そして中身に驚いた。
「それ、欲しかったんだよね?」
(覚えててくれたんだ……)
 いつだったか、空京へ出かけたときに見付けたシャープペンシルとノートのセット。あのときは衝動買いをしないようにと我慢したけれど、本当はとても欲しかった。
「ありがとう、フィル」
 自分の大好きな月里の笑顔。頑張ったご褒美にしようと思っていたのに、なんだか自分がご褒美をもらった気分だ。
 そして、そんな甘酸っぱい空気を読めないのかかき消したいのか、図書室で声を張り上げる男がいた。
 大草 義純(おおくさ・よしずみ)は、膨大な課題をやったところで自身に試験をクリアすることは無理だと悟り、潔い行動に出ることにしたらしい。
「中間考査予想戦略会議を始めようじゃないか!」
 中間考査で出る内容を大々的に予想して立ち向かうというこの作戦、そう簡単にはいかないだろう。しかし、興味がありそうな視線を感じる度に「完成したあかつきには予想問題をひそかに販売して利益を分配する」などと言い出す始末。
 具体的な作戦もあるらしく、彼の元には藁をも縋る気持ちの生徒たちが集まって来た。
「こういうものは事前の努力が大切なんですよ」
 得意げに笑う義純は、集まった仲間たちを見てこの作戦は成功だと確信した。しかし――
「お待ちなさいっ!」
 軍人である比島 真紀(ひしま・まき)はコソコソとした行いが気に障ったらしく、サイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)を連れて講義する。
「試験とは、己の力を最大限にぶつけて結果を出すもの。そのような行いは認められないであります!」
「予想するのは努力の範疇でも、販売はまずいよね」
 真面目な2人に詰め寄られ、簡単に改心するようなら企画すらたてないだろう。義純は高らかに笑って迎え撃つ。
「己の力を最大限に使って問題を予測し、その対価を払って貰う。買い手もそのお金を努力して稼いでいる……何の問題もない」
「そんな言い訳など聞く耳はないであります。サイモン!」
「はいっ!」
 2人がかりで集った生徒たちを止めに入り、作戦の内容が書かれたプリントを取り上げた。
「ふむ、過去問を調べるものと先生の傾向をつかむというのは正攻法ですな。この2点に絞り、作戦を決行します!」
「……僕を止めに来たんじゃないのか?」
「止めるのは悪巧みだけであります。苦手科目を補い勉強する方が、効率的ですからな」
 真紀の勢いに圧倒されてしまった一同は、当初の予定と少しズレてしまったがテスト対策を行い、仲良く試験勉強をするのだった。
 学校が違えど、試験期間は同じようなもの。勉強の進み具合も違うことから、お互いのフォローは上手くしあえたようだ。