波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

グルメなゴブリンを撃退せよ!!

リアクション公開中!

グルメなゴブリンを撃退せよ!!

リアクション


第五章 後始末


 囮店舗【断頭台】から少し離れた獣道の脇で息を殺して潜んでいる男がいた。
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)である。彼は断頭台が完成する前から、この辺りの下調べをおこない、ゴブリン達が使いそうな道をいくつかピックアップしていた。
 そうして、熟考の上この場所を選んだ。予想通り、ゴブリン達はこの道を利用して断頭台へと進軍していった。その数は、彼の想像を遥かに上回るものだった。それを仲間に伝えるというのも、彼には選べる選択肢だったが敢えてそれはしなかった。
 囮店舗につめているのは、みな誰も頼れる仲間だ。それが、ただ数が多いだけのゴブリンどもに遅れを取るはずがない。それよりも、自分の役割、このゴブリンを統率している奴を叩くべきだと考えた。そうしなければ、この戦いで勝利してもまた同じ事件が起こってしまう。
 そして、その時がまさに今やってこようとしていた。


 ゴブリン達と【断頭台】の戦いは、増援の到着によって完全に傾いていた。
 【にゃんこカフェ】の面々や、何故かモヒカン姿のゴブリンが増援として表れ、ただでさえ劣勢だった混成部隊もさすがにこれ以上は無理と理解したのだろう。統率がとれないままバラバラに逃げ出し始めていた。
 白い装束を身に纏ったゴブリンシャーマンも、逃げ出したゴブリンのうちの一体だった。
 彼の頭の中では、いくつもの罵倒や恨みの言葉がぐるぐると回っていた。呪いの言葉と言ってもいい。このゴブリンシャーマンにとって、この結果は微塵にも予想をしていない結末だったのだ。
 数でも戦術でも、圧倒的に上回っているはずだった。本来なら、あのままあの数で押しつぶすように人間どもを全滅させているべきだ。戦場における数の優位とは、本来そうそう覆るものではない。
 だというのに、負けた。こちらの包囲の弱いところを的確に突かれ、多くの人間を取り逃がしてしまい、包囲の形を崩され、魔法を使おうにも頭の悪い奴らが剣をもって突っ込んでいくものだからまともに使うこともできなかった。
 そして最後の増援だ。いつの間にか、こちらが数で劣勢にたたされた。既に戦意を失いかけていた軍は早々に瓦解し、今ではリーダーだったこのゴブリンシャーマンに護衛の一人もついてはいなかった。
「………っ!!」
 突然、ゴブリンシャーマンの足が変な方向に弾かれた。
 そのままもんどりうって地面にうつ伏せに倒れる。立ち上がろうとするが足に力が入らない、じわじわと熱した鉄を押し付けたような痛みがゴブリンシャーマンの顔を歪めさせた。
 撃たれた、と理解した時には目の前に人間の姿があった。
「高い授業料だったな、人間を襲うような真似をするからこういう事になる」
 小次郎が【スナイパーライフル】の銃口をゴブリンの頭に向けた。
 ゴブリンは何かを言いたそうな顔をしていたが、小次郎は意に介さずに引き金に指をかけた。
「ろけっとだいぶ頭突き〜」
 いきなりやる気の無い声がして、顔をあげた小次郎の顔にタンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)が突っ込んできた。ゴッという生々しくて鈍い音がする。
「ぐおっ」
「いたいです」
「よくやったわタンタン!」
 タンタンに遅れてやってきた氷見 雅(ひみ・みやび)がガッツポーズを決めた。
「な、な、何をするんですか!」
 頭部をおさえながら立ち上がった小次郎が叫ぶ。
「何って、あー、動物保護的ななにかかしら?」
 雅は惚けた表情でそんなことを言ってのけた。
「動物……保護、ですか。ここにそんな貴重な動物はいないと思うんですが」
「いるじゃない、そこで足を撃たれて弱ってる動物が」
「わかってはいましたが、貴殿はこのゴブリンを助けるおつもりで?」
「そうよ、何か文句ある?」
 雅に言い方に、小次郎は少しむっとする。
「何を言っているんですか。このゴブリンは、今回の事件の主犯ですよ。このゴブリンがいる限り、また同じ事件が起こってしまうんです。貴殿もそれぐらいわかってるでしょう?」
「それぐらいわかってるわよ。でも、何も殺す必要はないんじゃないの? それに、今回の事件だって、ゴブリンが金銭トレードを理解してないから狩りと同じ感覚でやっちゃっただけで、きちんと理解させればいいじゃない」
「それは、確かにそうかもしれませんが。ですが、一体ゴブリンがどれだけ居ると思ってるんです。相当な数がいますよ。それに一つ一つ教えていくなんて不可能じゃないですか」
「できわよ。少なくとも、こいつはできるじゃない。あれだけの数を揃えて、しかもコボルドまで傘下に引き入れてたわよ。有能なゴブリンが先頭に立てば、ちゃんと情報を行き渡らせることができるわ。君もあの数、見たでしょ?」
「ぐっ……」
 確かに、あの数は驚くほどのものだった。
「いいねぇ、俺様もお嬢ちゃんの意見に賛成なのだよ」
 そこへやってきたのは万願・ミュラホーク(まんがん・みゅらほーく)だった。
 ゴブリンの本隊が囮店舗に集結していたため増援としてこちらに回ってきた一人である。
「金払わねぇで食おうっつー話なら俺様も黙ってはいないであろうが、金を払うっつーならお客様として扱うのだよ」
「いや、自分は反対ですな。もし金銭を理解しても、今度は銀行が襲われるだけだと自分は思いますな」
「あたしもそう思うな」
 姿を現したのはマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)の二人だった。
 二人はゴブリンを追走しねぐらを見つけるためにここまでやってきたのである。
「それじゃあ、物々交換のようなルールを覚えさせるというのはいかがであろうか?」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が提案する。
「あ、クレア君そっちはうまくいった?」
 雅が彼女の姿を見かけて問いかけると、クレアは大きく頷いた。
「ええ。逃げ出したゴブリンのほとんどは、私が仕掛けた罠で動けないでいるであろう」
 クレアはゴブリンが襲撃してきた時のために、この辺り一体に罠を仕掛けていた。
 普段は普通のお客さんの相手をしているため常に作動しっぱなしというわけにもいかず、いざという時に起動するタイプにしていたのが仇となって今回は後手の使用になってしまった。だが、人間の食料の味を覚えてしまったゴブリンを逃がさないという意味では上々の効果だ。
「物々交換は私も同じことを考えていました。決して問題が無いわけではありませんが、ここで殺してしまったとしても、いずれはまた同じ事件は起こると思います。なといっても、ゴブリンの数は驚くほどに多いですから、ですよね小次郎さん?」
 少し遅れてやってきた一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が意見を述べる。
「うぅむ。いや、我とてわかってはいます。要するに、我々と摩擦が起きないように彼らに知恵を与えてやればいいんです。しかし、マーゼン殿の言葉通りお金はどうしますか、物々交換にしたって、彼らの資材は山や草原などの食料でしょう。それは無限にお金を稼げるものではありませんよね。そうしたら、また新しい摩擦が起こるかもしれません、今度は今回みたいな外側からの脅威ではなく、内側からの脅威です。彼らと人間が近づけば近づくほど、この脅威が恐ろしいものになります。そこまでの危険を犯すのならば、ここで完膚なきまで叩き潰し、人間に対する恐怖心を植え付けた方がいいのではありませんか?」
 小次郎の言葉は、的確に今後の問題を捉えていた。
 ゴブリン達がお金を稼ぐ手段は、山などの珍しい食料を持ってくることぐらいだろう。確かにそれは珍しい食材なので価値はあるだろうが、それで全てのゴブリンの胃袋を満足させるだけの金額には至らない。それに、その食料が無限にあるわけではない。
 他にゴブリンは自らの武器を作ったりもするが、人間達の工業技術や遺跡からの発掘品と照らし合わせると明らかに拙い出来だ。売り物にはならないだろう。
 いずれは確実に破綻するシステムを抱え込むか、それともただ排除してしまうべきか。
 将来性を見るならば、まだ後者の方が現実的だ。心情的には悪いものに見えるが、その結果より大きな騒動を起こしてしまう危険を内包している以上、小次郎の考えは決して間違ってはいない。
「そこで、あたしから提案があります」
 その場で皆が考え込んだところで、雅が自信ありげに手をあげた。
「つまり、ちゃんとゴブリンがお金を稼げればいいのです。山の食料に全頼りするからそうなってしまうのです」
 タンタンがそれに続ける。
 うんうん、と雅は頷いてからこう切り出した。
「今回の作戦には教団から資金が出るんでしょ。だったら、そのお金を使ってゴブリン達に職業訓練をさせればいいのよ。そんでもって、ゴブリンの目的は人間の食料、つまり料理を食べられれば満足なわけ。その二つを完璧に取り揃えた、場所と方法があるじゃない!」