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虹色の侵略者

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虹色の侵略者
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第五章 おや、カラーひよこ達の様子が……

 この大量に増えるひよこ。原因には全く興味が無いが、もしその増える元を手に入れたらものすごく儲かるのではないだろうか。
 獣 ニサト(けもの・にさと)は偶然この騒動を目撃し、上記の考えから最初にひよこが溢れ出したという理科室に向かった。
 果たして、なんとかその現場へとたどり着く。
 そこまでの道のりは決して平坦ではなかったが、その先にあるであろう設け話を考えれば苦労も些細なものだ。
 比内地鳥一羽セット三人前の価格は、七千三百五十円也。このひよこはそこまでブランドがあるとは思えないが、それでも一羽まるごとなら四千から五千ぐらいの価格になるだろう。ひよこの数は数え切れないほどだ、例え値段が張らなくてもかなりの稼ぎにできるだろう。
 余計なことを言えば、育成にかかる期間とそれにかかる餌代などの諸費用、さらに流通経路の確保などしなければならないことは山ほどある。鶏を売るために準備しなければならないものを揃えるのは大変だが、そこまで考えろというのは酷な話かもしれない。もっとも、無限に増えるひよこ、として売るのなら相当な希少価値があるので結構な収入になるかもしれない。
 兎にも角にも、その原因を見つけて、あわよくば持ち帰る。
 それがニサトの目的だった。
 理科室の目の前まで来ると、中で何か話し声のようなものが聞こえた。ひよこの鳴き声のせいで、上手く聞き取れない。
 だが、自分と同じようにここにやってきた人が居るという事実はニサトを慌てさせるには十分だった。
「ちょっと待った、増える元は俺が貰っ……」
 啖呵を切りながら壊れた扉から飛び込もうとすると、赤い壁にはじき返された。
「は?」
 赤い毛のようなものが、開いた扉をびっしりと埋め尽くしていたのだ。
「なんだ、これ?」
 ツンと指でつつく。
 指でつつかれたのがくすぐたかったのか、扉を埋め尽くしている赤い奴はビクっと反応するとのっしのっしと遠ざかり、ニサトの目にその全身を映した。
 それは、大きな大きな赤いひよこだった。
「こいつが、増える元……か」
 ニサトは呆然とその姿を見つめた。
 こいつを捕まえれば、自分の目的が達成される。全長約三メートル、体重は不明の巨大なひよこはさすがに持って帰れないかもしれない。
 理科室に入るのは諦め、できる限りひよこを捕まえて撤退するべきか。
 そう考え、ニサトは視線をひよこから外した。
「おい、教室の外の奴、逃げろっ!」
 誰かの声が聞こえた気がした。しかし、その声を掻き消すように轟音が響いて、ニサトの視界は赤い色に包まれた。


 ニサトが理科室にたどり着く少し前。
 理科室には既に数人がたどり着いていた。
 窓を蹴破って外から進入した塚本 瑠架(つかもと・るか)
 何故か彼女の足のまわりだけひよこが避けていく神乃鬼 狸蝶(かみのき・りちょう)
 この二人がほぼ同時に理科室へと辿りついていた。
 原因とされている理科室だったが、思っていたよりひよこが残っていなかった。最初に飛び出した時に大半のひよこが外に出ていってしまったのだろう。
 見回す限り、特別っぽいひよこが居ない。もっとも、少ないといってもかなりのひよこがまだここには残っており、たった一匹少し違っていても見つけるのは難しいだろう。
「どうしましょう?」
 狸蝶の問いかけに、瑠架は腕を組みながらもう何度目かわからないぐらい周囲を見渡していた。
「ここからひよこが出てきたんだから、ここに原因があるのは間違いないでしょ」
「そうですね、そう思います」
「うーん……あっ!」
 瑠架の視線が、理科室の一番奥の教師用の机の上に置いてあるミネラルウォーターのペットボトルで止まった。
「よっと一番乗り……ではないみたいですね」
 飛びながら教室に入ってきたのは、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)だった。
 とりあえず簡単に自己紹介をしてから、遙遠は辺りを見渡してみる。
「なにかわかったりしてますか?」
 遙遠は周囲を分析しつつそう尋ねた。彼の見る限り、ここまで来る途中に見てきた教室とそう理科室の中に違いは無いようだ。
 瑠架と狸蝶は首を振って答えた。
「そうですか。ここが最初にひよこが出てきた場所らしいので、何かあると思ったんですけどね」
「あそこのペットボトル取ってもらいたいんだけど、いい?」
 言われて、遙遠が教卓の上に置いているペットボトルに気づいた。
「別にいいですけど、瑠架さんのなんですか?」
「違うよ。あたしが思うに、あれは解毒剤なんだよ」
「解毒剤?」
 狸蝶が首をかしげる。
「そ、解毒剤。だから、あれを振りまけば増えちゃったひよこが減るんじゃないかと思ってさ」
「その根拠は?」
 遙遠が尋ねると、瑠架は自信に満ちた表情で答えた。
「だって、休みの日の理科室の教卓の上に置かれてるなんて、そうでもなかったら他に理由が無いじゃん!」
 言われてみれば、休日の理科室に一本だけペットボトルが置かれているのは不思議だ。
 もしかしたら彼女の言葉通りに、解毒薬なのかもしれない。一体どんな実験をすればこんな事態になるのかはわからないが、こんな事もあろうかと、と用意された解毒薬であっても不思議ではない。
「ささ、早くこのひよこを消しちゃおうよ!」
 瑠架の中では、アレはもう解毒薬であるらしい。狸蝶はいまいち納得できていない様子だ。
 遙遠も少し考えてみたが、解毒薬の可能性はゼロではない。もちろん、そうでない可能性も十分にある。ただ、ここでこんな風に考え込むぐらいなら、試しにやってみるのも悪くないのではないか、そう思い至った。
 言う通りにしてみて、ひよこが消えればそれで十全なのだ。そうならなかったとしても、何か変化があれば、原因の探求に繋がるかもしれない。それに、この溢れんばかりのひよこ達が鬱陶しくなってきた頃合でもある。
「あまり信じられないけど、試しにやってみますか」
 そう言って、遙遠はペットボトルを手に取った。


「どこが解毒剤ですかっ!」
 理科室には、二羽の巨大ひよこが縦横無人に暴れまわっていた。
 教室に入ろうとした誰か、遙遠にはわからなかったがニサトのことである、はひよこに弾き飛ばされて廊下で気絶しているようだ。
 水をかけたひよこが、甲高い鳴き声をあげるとそこにひよこが集まり、巨大ひよこになったのだ。頭に王冠はつけてないが、どこかのキングのソレのようである。
 巨大ひよこの大きさは、高さが三メートル横幅は二メートルほどあり、その巨体での体当たりが必殺技のようだ。
 最初三羽いたうち、一羽が外に飛び出していったので残りは二体。
「二人とも、下がってください」
 遙遠は残りの巨大ひよこの二体に向かって、ブリザードを放った。
 全体攻撃冷気魔法だ。
 一体はモロに直撃し、もう一体はその影に隠れたことで効果のほとんど与えられなかった。それでも、一体はほぼ完全な氷の彫刻になりはてている。魔法に対する耐性などは全く無いようだ。
 この調子なら、もう一発放てばもう一体も氷漬けにできるだろう。そう考えていた時、残ったひよこが思いがけない行動をしてきたのだ。
「氷漬けのひよこに、体当たりしてる……」
 瑠架の言葉通り、氷漬けになったひよこにもう一体が体当たりをしていた。そんな事をしたら、中のひよこごとバラバラに砕け散ってしまう。
 とにかく、もう一体も氷漬けにしてしまえ、と遙遠は二発目のブリザードを放った。しかし、すんでの差で氷は砕けてしまう。氷を割ろうとしていた方は氷漬けにできたが、砕けた氷の中からばらばらとひよこが飛び出してきた。
「そうか、中の方のひよこは無事だったんだ」
「だからってっ!」
 三発目。しかし、わぁーっとちらばっていくひよこ達全てを捕らえることはできなかった。
 そして、一匹が遙遠の足元で号令の鳴き声を張り上げた。
「え? あ……ちょっと……」
 理科室の外にいたひよこも次々と集まってきて、遙遠を飲み込みながら新たな巨大ひよこを作り上げた。
「こらーっ、だせっー!」
 ひよこの中から叫び声が聞こえる。
 どうやら無事のようではある。
 遙遠を飲み込んだひよこは、どこか満足そうな顔してから、すっと二人に視線を向けた。
「ですよねー」
 ドーン!



「一体何があったんだろう?」
 割れた窓から理科室に進入してきた神和 綺人(かんなぎ・あやと)クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)はその壮絶な状況に首をかしげた。
 ほぼ全ての机がなぎ倒され、割れたガラスが散乱し、机に備え付けられた水道からは水が噴出している。その凄惨な有様のせいか、ひよこの姿は見当たらなかった。
「誰かがここで何かと叩かんですかね?」
 戦闘のあと、と言われるとそう見えなくも無い。ここだけ局所的な台風が暴れまわったようにも見える。
「はぁ〜、やっとついた。やっぱ飛んだ方が早いね」
 窓を乗り越えて、トリニティ アルバレオ(とりにてぃ・あるばれお)が理科室に入ってきた。彼は壁をよじ登ってここまでやってきたのである。綺人とクリスと挨拶済みである。
「って、これはどういうことなのかな?」
「さぁ。僕達も今ついたところだし」
 三人で首をかしげる。
 そこへ、外れた扉から一人の青年が入ってきた。
 細川 丈助(ほそかわ・じょうすけ)である。彼は、三人に気づくと声をかけてきた。
「おお、増援か。ありがいたね」
「増援って、何があったんです?」
 クリスが尋ねると、どこから話たものか、と丈助は腕を組んだ。
「私が説明しましょう」
 そう言って次に現れたのは、孫 陽(そん・よう)だった。
「ここに来ているという事は、先日珍しい卵がここに搬入されたという話をあなた達も聞いていると思います。このひよこ達は、その卵から産まれたものなのですよ」
 ふんふん、と三人は頷いた。
 陽が続ける。
「ただ、正確に言うと産まれたという表現には語弊がありまして、このひよこの本体は卵に封印されていたようなのです。それを、事故か故意かはわかりませんが、誰かが割ってしまってこの騒ぎになってしまったようなのです」
「封印?」
「そうです。これがその卵です。少し調べれば、誰にでも普通の卵でないとわかると思いますよ」
 そう言って、マーブルカラーの卵を陽は取り出した。見た目だけで、十分普通の卵ではない。綺麗に二つにわかれており、割ったというよりは開けてしまったといった具合だ。閉めることもできるようである。
「今は、この卵から最初に出てきた原版ひよこを探しています。できれば、あなた達にも……」
 陽が喋っている途中に、伯楽先生ー、と声がかかる。
 やってきたのは、佐々良 縁(ささら・よすが)である。
「さっきあっちでかがっちゃん達に会って、お手伝いしてもらえるって。二人とももっとひよこと遊びたいみたいだったけどね」
「はは、そうですか、それは助かりますね」
 にこりと陽は笑うと、二人に視線を戻した。
「あなた方はどうでしょう、手伝ってくれますか?」
「いいよ〜」
「そうですね、お手伝いします」
「ここまで来たなら、最後までやらないとだね」
 と三人は快諾した。
「ありがとうございます。あくまで推測ですが、原版ひよこの色は虹色ではないかと考えてます。それっぽいひよこを見つけたら、とりあえず捕まえてみてください。それと、このひよこ達はどうやら水が大嫌いなようで、水をかけると集まって巨大化し暴れまわります。どれぐらい危険かは、理科室の状態を見ていただければ理解できると思います」
 理科室はしばらく利用できないぐらい滅茶苦茶になっている。
「なので水は絶対にかけないように。ただ、どうやら自分達から水にかかりにいったりはしないようなので、水溜りなどを使って囲い込めれば、ひよこを逃げられないようにできるかもしれません。まぁ、水に濡れると大変なので、よっぽどが無い限りは使わないのが懸命だとは思いますが。それと、しばらくすればひよこはまたバラバラになるので、戦わずに逃げた方が懸命です」
 話を聞いた三人は、原版ひよこなるものを探しに理科室をあとにしていった。



 ふぅ、と影野 陽太(かげの・ようた)は息をついた。
「とりあえず、もう大丈夫だと思います」
「手伝っていただいて、ありがとうございました陽太さん」
 理科室の隣の教室では、四人の男女が机で作った即席のベッドで寝かされていた。
 ニサトと遙遠と狸蝶と瑠架の四人である。
 もっとも早く理科室にやってきて巨大ひよこの暴走に巻き込まれた彼らのおかげで、ひよこの特性について情報を得られ、いくつかの推測が建てられたのである。
 ヒールが使える陽太と陽の二人がここで治療を行い、丈助と緑には原版ひよこの捜索とそのための協力者集めを行っていた。深澤 竜冴(ふかさわ・りゅうが)秋風 鏡(しゅうふう・かがみ)クマ 吉(くま・きち)などにも手伝ってもらっている。
「それにしても、遙遠さんまでやられているとは」
「たぶん、不意打ちだったんですよ。いきなりひよこが巨大化したら、誰だって驚いて固まっちゃいますから」
 無害そうな生き物がいきなり襲ってくる。窮鼠猫を噛む、という奴だ。
 特に、遙遠は巨大ひよこに包み込まれるという一見羨ましそうな方法で攻撃されたらしい。だが、その実態はひよこ達で相手を包み込み温度をどんどん上昇させて相手の体温を限界異常に引き上げるという恐ろしい攻撃方法だ。
 丁度、ニホンスズメバチがオオスズメバチを熱殺するような方法である。
「そうなのかもしれませんね。とにかく、大事ではなくなりよりです」
 今は寝息を立てているが、陽達が理科室に到着した時にはまだ意識を保っていた彼らから多くの情報を得られたのは大きかった。それから、理科室をくまなく調べて例の卵を見つけ推論を立て、現状の対策に至っている。
「それじゃあ、俺も原版ひよこ探しにいってきますね」
「はい。私は報告をまとめるためにここに残りますので、何かありましたら連絡をしてください」
「わかりました。それでは、いってきます」
 陽太は空が飛べるアイテム、パラソルチョコを使い原盤ひよこを探すために教室をあとにした。



「ショウー、どこに行っちゃったんですかー、返事してくださいですぅ」
 空飛ぶ箒にまたがりながら、リタはひよこに巻き込まれたショウを探していた。
 理科室のからあふれ出た頃に比べれば、随分とひよこも散らばっているので、そろそろ見つかるんじゃないかと思ったのだが、これが中々見つからない。
「もしかして、わらわを一人で帰っちゃんですかぁ……」
 さすがにひよこに倒されるわけがない、と思うので、なんとか抜け出しているはずだ。
 せっかくこの珍しい七色のひよこを見せてあげようと思ったのに、と最初に見捨てた本人がふてくされていると、
「ねぇ、そこのあなた」
「はい、ですぅ」
 声をかけてきたのは、マリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)だった。
 彼女の傍らには、ノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)の姿もある。
「何をしているの?」
「ショウがいなくなっちゃったので、探してるんですぅ」
「ショウ? あなたの友人? そう、だったらしょうがないわね」
 と、マリアは考え込むような仕草をした。
「えと」
 マリアはリタが何か言いたそうな顔をしたので、すぐに察して
「私はマリア・クラウディエ。こっちが、ノイン・クロスフォードよ」
「わらわはリタ・アルジェントですぅ。よろしくですぅ」
「うん、よろしく」
「マリアは、何をしてるんですかぁ?」
「私は、虹色のひよこを探しているのよ。それがこの増えちゃったひよこ達の原因らしくて、それでもう一度封印しないといけないらしいのよ」
「虹色のひよこ? この子ですかぁ?」
 と、リタは手に入れた虹色のひよこを二人に見せた。
 ぴよぴよ、とリタの手の中でちまちま動いている。見た目は確かに虹色のひよこだ。
「これ、なのかな?」
 とマリアがノインの顔を見ながら尋ねる。
「わからないですね」
「……とりあえず持っていって、陽くん達に見せてみるべきよね。というわけで、そのひよここちらで預からせてもらっても、いい?」
「えええ! これはわらわが一生懸命捕まえた虹色ひよこですぅ。絶対に渡さないですぅ」
 リタはさっとひよこを隠して距離を取った。
「ほう、私達の邪魔をしますか」
 ずずいっと前へ出るノイン。
「邪魔をするのであれば、私は誰が相手でも容赦しませんよ」
「わらわだって、本気でいくから負けないんですぅ」
 身構えるノインに、受けてたつ姿勢のリタ。
 ノインのすぐ後ろでは、マリアが頭を抑えていた。頭痛だろうか。
「いくですぅ!」
「いきますよ!」
 今にも、互いに攻めの一手を打ち込もうとしたその時、リタの持ってた虹色ひよこからまるで水道管が壊れたかのように大量のひよこがあふれ出したのだ。
「ええ?」
「なんですかっ、これヴぁ」
 あっという間に廊下がひよこで埋まっていき、リタとノインがそれに飲み込まれていく。
 咄嗟に窓枠に足をかけて退避したマリアが、一瞬でできあがったひよこの湖を見下ろしていた。
「危険を感じると増えるのね、なるほど」
 原因と場所がわかって、ここまでお膳立てしたら十分だろう。マリアは自分の株をあげるために、事件解決の手伝いをしていたわけだが、手柄を独り占めしたいなどとは思っていない。なので、携帯電話を彼女は取り出した。あとは誰かに来てもらって、ひよこの発掘作業を行おう。
 なにせ、これから一人でリタとノインを発掘し、さらに一匹だけの虹色のひよこを見つけるなんて、考えるだけで頭が痛い。
 というか、誰かが来てひよこをなんとかしてくれないと、この窓枠から降りれそうにないのだった。



 それから、マリアに呼び出されて集まった人たちは二十余人ほどの人数になり、みんなで手分けをして原因の虹色のひよこを捕獲。無事、卵の中に封印することができた。


 大量のひよこを残したまま。