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虹色の侵略者

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虹色の侵略者
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第二章 初生雛鑑別師(しょせいびなかんべつし)という資格があるんだってさ



 突然現れた大量のカラーひよこのせいで、グラウンドや体育館で部活動をしていた生徒達もなんだなんだと部活をひとまず中止し、その不思議な光景を観察しはじめた。
 カラフルなひよこが次々と学校からあふれ出している。
 校舎の中のように、津波となって人を飲み込む程ではないものの、普通ではありえない光景にみんな興味津々で眺めていた。
 そんな中に、朝霧 垂(あさぎり・しづり)赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)の姿があった。
 霜月の傍らに、静かに犬が座っている。血統証がつくような血筋ではないが、足の短い可愛らしい容姿をしている。槲というのが、その犬の名前だ。
「なぁなぁ、これは一体なんなんだ?」
 垂が霜月に問いかける。
「なんだと言われましても、自分もメイにいきなり呼び出されたので……」
「だってほら、自分の学校だろ? なんか噂とかあったんじゃないか。そうだなぁ、例えば蛇の餌にするためにひよこの無限増殖技術を開発してる、とかさ」
「そんな話聞いた事もありませんよ。それより、見たところシャンバラ教導団の人のようですが、そちらこそ何かご存知なのではないですか?」
「いやいや、俺はちょっと人に会いに来ただけだよ。しかしすごい状況だよなぁ、これだけ居ると、一匹や二匹持って帰ってもバレなさそうだ」
「確かにそうかもしれませんが、あのひよこが安全なものかどうかなんてわかりませんよ?」
「でも、やっぱ持ち帰るなら特別な奴だよな。稲妻のように赤い奴とか、巨星のように青い奴とか、できれば角が生えてんのがいいな。うっし、探してみっか。案外いるかもだしな」
「……全然人の話を聞いてませんね」
 はりきって珍しいひよこを探しに行く後姿を眺めながら、彼女と待ち合わせしている人の事を少し思う。きっと、相当待たされるに違いない。かわいそうに。
「さて、それではいきましょうか、槲。メイ達が待っていますから。ひよこを潰さないように歩くんですよ。それと、もちろんひよこを食べたりなんかしちゃダメですからね」
 槲は、わんと大きく返事をした。



 一方、事件の解決のために動き出している生徒の姿もあった。
 ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)もそんな一人である。
 彼女はせっせと、手に持ったパンをちぎっては投げてひよこを誘導していた。
「ほーら、ひよこさーん、こっちですよ」
 ひよこの誘導先は、さきほど山本 康太(やまもと・こうた)空・桜井(そら・さくらい)が急ごしらえで作ってくれた柵の中である。
 簡単にでも、こうして柵で囲っておけば誰かがひよこを踏む心配はぐっとさがるだろう。
 本当なら、かっこよく(?)自分のスキルでひよこを誘導できればよかったのだが、ひよこが能天気なのか、言う事を聞いてくれないのだ。
 もっとも、善意の協力者からパンを頂いているので、こうして餌で釣る誘導はしばらく行えそうである。
「お待たせしました。沢山集めて来ましたよ」
「うん、ありがと!」
 元気よく返事をしたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。
「どうです? 何かわかりました?」
 ジーナは、ひよこをじっくりと観察しているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に声をかけた。彼はルカルカのパートナーである。
 ダリルはひよこをのお尻のあたりをじっと観察し、ひよこを横に置いてある箱にいれると次のひよこに手を伸ばす。
 箱の方に目をや向ける。中のひよこに色の統一性はなく、何を基準にしているのかジーナにはわからなかった。
「これはどういう基準でわけてるんですか?」
「えっとね、ひよこのオスとメスを見分けてるんだって」
 質問に応えたのは、ルカルカである。どうやら、ダリルは集中して周りの音が聞こえていないようだ。
「わかるんですか?」
「なんかね、お尻の穴をみるとわかるんだって。あ、大丈夫だよ! ひよこさんを苛めないでって、ちゃんと言ってあるから」
「そうですか、それなら安心ですね」
 ダリルは黙々とひよこの雌雄を見分けては箱に分別していく。まるで職人のような目つきと手さばきだ。一体どこでこんな技術を身につけてきたのだろうか。
「それじゃあ、私はまたひよこさんを集めてきますね」
「うん。ジーナ頑張ってね」
「はい。行ってきます」
 ジーナがひよこを集めるために柵から離れていくと、入れ違いでエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が空飛ぶ箒にのってやってきた。
「言われた通り、教室のひよこを取ってきたぜ」
 エースが持っているのは、虫取り用の網だ。もちろん、網の中にはひよこがたっぷり入っている。クマラも同じように虫取り網でひよこを捕獲していた。
「教室の方はどうだった?」
「すげぇよ。もう、床一面ひよこだらけでさ。ほんとはオイラ、ひよこに向かってダイブしたかったんだけど、エースがやめろって言うからさー」
 ルカルカの問いに、少し興奮気味にクマラは答える。
「やめとけって、あんだけひよこがいるんだぞ。きっと床一面糞だらけだ」
「でもさー、やってみたいじゃん。あんなにひよこが一杯いるのなんて、きっともう二度と無いって、絶対」
「ルカルカもね、ダイブしたいなって言ったんだよ。でも、そうしたらひよこがつぶれちゃってかわいそうだから、ダメって」
「あー、そっか、ひよこ潰しちゃうかもしれないのか。それはかわいそうだよなぁ」
 ぽりぽりとクマラは頭をかく。ひよこを潰してしまうかもしれない、なんて想像を全くしていなかった自分を少し恥じた。
 そんな話をしている三人のところに、ダンボールを持った男性がやってきた。
 夏侯 淵(かこう・えん)である。
「それは一体何を?」
 エースがダンボールを覗き込むと、中には一杯のひよこがぴよぴよと蠢いていた。ダンボールの中なので、少し窮屈そうである。
「これは、ダリルが仕分けしたひよこだ。この中には、メスが入ってるな」
「メスって事は大きくなったら、卵を産むのか!」
 クマラがメスのひよこに食いつく。卵料理も大好物なのだ。
「これが普通のひよこで、きちんとにわとりになるのなら産むだろうな。しかし、これは厄介な状況だ。いっそ、危険な魔物でも現れたのなら、それこそ倒してしまえばいいから話が簡単なのだが」
 と、淵は学園を見上げる。彼は、元軍人であるため、時折発想に攻撃的な部分が見え隠れすることがある。もっとも、年齢が想像できないぐらいに背が低く、そのせいで物騒な面というのが相殺されている部分があったりなかったり。
「やめとけ、やめとけ。仮に魔物だのモンスターだのだったりしても、うちには無益な殺生を好まない奴がいるだろう」
 今までずっとひよこの仕分けをしていたダリルが、手を休めてそんなことを言う。
「ほら、噂をすれば」
 彼の視線の先には、どドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の姿があった。
「なんだ、みんな勢ぞろいか。んで、どうよ、なんかわかったのか?」
 カルキノスは、その辺で適当に見繕ったのであろうビニール袋にひよこを入れて持ってきていた。
「いや、とりあえずオスとメスの比率では、メスの方が多いぐらいだな」
「そうかい。せめて、全部で何匹いるのかわかれば、統計学が使えるんだろうがな。ま、オスとメスの比率がどこまで重要かはわからんが。ああ、そういやカメは卵の温度でオスとメスに分かれるらしいぞ。にわとりがどうだったかはわからんがな」
「へぇ、カメって結構不思議ないきもんだなんだなぁ」
「不思議ではないさ。詳しくは知らないが、そうせざるおえない理由でもあったのだろう。生きる為の知恵という奴だな。それより、このひよこ結構うめぇな」
「……やはり、食したか」
「ええぇぇぇぇぇっ! ひよこさん食べちゃったの! ダメーっ! そんなかわいそうな事したらダメなのっ!」
 ルカルカがぽかぽかとカルキノスを叩く。
「な、別に人間だって普通に鶏肉食うだろうが。別に全然普通だろ、それにもしかしたら食ったら何かわかるかもしれねぇじゃねぇか」
「でもでも、ひよこさんだよ! ひよこさんなんだよ!」
「……わかったわかった。もう食わない。な、約束するから、機嫌なおしてくれよ」
「うー、約束だよ」
「はいはい」
「はい、は一回だよ」
「はい!」
 二人のやりとりを眺めていたダリルが、「で、どうだった」とカルキノスに尋ねる。
「ん、ああ。普通に美味かったな。でも、まぁ、違和感があったな」
「違和感?」
「別に変な味がしたとかじゃねぇぞ。なんていうか、こいつら、生き物として危機感が足りないんじゃないかってな」
「どういうことだ」
 と、淵が尋ねる。
「んー、なんていうかなぁ。普通、目の前で仲間が食われたら、襲ってくるはないにしても、逃げるなりなんなりしてもいいだろう? そもそも、単純に俺が近づくだけで普通の生き物は逃げるもんだろ」
「まぁ、普通に考えればドラゴンより強い生き物はいないからな」
 なんて言うのは、エースである。
「だろう。ま、こいつらが危険を理解できないかもしれないが。それよりは、こう、アレだな。トカゲの尻尾みたいな、死ぬ事を前提にしてるみたいな、そんな感じがするんだよ」
「死ぬ事が前提、か」
 ダリルが呟く。
 確かに、これほど爆発的に数が一度に増えることができるのなら、数で被害を抑えるという考え方はあるのかもしれない。少なくとも、地球の自然では珍しい話ではないだろう。
 ただ、それでもこの数の増え方は異常だ。もしくは、このひよこと対を成すような、ものすごい暴食漢な生き物でもいるのだろうか。
 そんな生き物がいたら、このパラミタはきっとあっという間に食い尽くされてしまうに違いない。



 自分に無いものや特技を持っている人を、羨ましいと思うのはごくごく普通の感情である。
 例えば、空が飛べるとか。
 パラミタでは、決して特別というほど珍しいことではないが、飛べない身からすると眩しいぐらい羨ましい。
「いいですねぇ、空が飛べるって」
 事件現場であるとされている理科室に向かって飛んでいった二人を見上げながら、神和 瀬織(かんなぎ・せお)は、はぁと息を漏らした。
 そして、その視線をすっと横に向ける。
「身長が高いのっていいですねぇ」
「それが褒め言葉だったとしても、ひよこは持ち帰らせないからな」
 ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)は、憮然とした態度でそうはっきりと言う。
「いいじゃないですか、ひよこかわいいですよ?」
「これが本当に安全なものかなんてわからないだろ。それに、生き物を飼うってのは大変なんだ。責任もある」
「そうですか、残念です」
 はぁと、瀬織はうなだれる。
「それにしても凄い数だな。計算してようか、だいたいひよこの大きさがこれぐらいだから……すると、大体一?にこれぐらいいて……学園の敷地が、ああ、学内は階層があるんだよな、だとすると……すごい数になるなこれ」
 一人自分の世界に没頭しはじめてしまったユーリ。
 瀬尾は仕方なく、服に忍び込んだひよこの名前を考えることにした。せっかくだから、かわいい名前をつけてあげたいが、やっぱりひよこは大きくなったらにわとりになるのだろうか。ひよこはこんなにかわいいのに、にわとりはあんな厳つい顔になってしまうのはちょっと勿体無いなぁ。ずっとひよこのままの方がかわいいのに。
 なんて、都合のいいことを考えてみたりする。
 そんな二人から少し離れた木の上。
 そこから、周囲を眺めていた支倉 遥(はせくら・はるか)が、
「ふわぁぁぁぁ」
 大きな欠伸を一つ。
 パラミタ猟友会 蒼空学園支部の彼女は、少し離れた木の上からひよこの観察を続けていたが、どうやら別段危険な生き物ではないようだと判断した。
 危機感が薄れると、眠気が襲ってくる。おかげで、先ほどの大あくびだ。
「やれやれ、みんな大騒ぎですね」
 見回してみると、甲 賀四郎(かぶと・かしろう)や、ジル・ド・レイ(じる・どれい)シャム クレア(しゃむ・くれあ)なんかの姿なんかも見える。
 みんなそれなりに、この異変を楽しんでいるようだ。
「どんなに数が居ても、いずれは自然に淘汰されていくものです。まぁ、我々人間はこうして外から見守るのが一番でしょう。さて、どうでもいいので、もう少し眠りますか。できれば、少しは静かにしてほしいもの……ですが……むにゃむにゃ」
 うとうとする遥の耳に、乾いた馬の蹄の音が聞こえる。
「んにゃ?」
 寝ぼけ眼をこすると、すぐ下をユニコーンが駆け抜けていった。
「すげぇぇ、見間違いじゃなかった。なんで、ここは天国かここは。ひよこがこんなにいっぱいいるなんて!」
 興奮した様子で声をあげているのは、音井 博季(おとい・ひろき)だった。
 さっそく彼はユニコーンから飛び降りると、ぴよぴよ歩き回るひよこを丁寧に捕まえてポシェットにいれはじめた。あまり沢山いれてはかわいそうなので、ポシェットにいれられる限界かなと思ったら、ポケットやフードの中にまでひよこをいれはじめる。
 一応断言しておくが、これはひよこを盗んでいるのではなく、救助しているのである。
「ねぇ、博季? そんなあちこちにひよこをいれて、食べるの?」
 そう博季に声をかけたのは西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)だった。
「食べるわけないだろっ!」
「あら、冗談なのに。そんなに大声張り上げなくてもいいじゃない」
「あ、いや、ごめん。そういう幽綺子だって、袖の中にひよこいれてるのはなんで?」
「こっちは食用よ。…………冗談よ、いいじゃない。この子は私がお世話するんだから。うふふ、どんな名前をつけてあげようかしらね」
 そんな様子を、木の上から観察していた遥は、やれやれといった様子でため息をつく。
「別に、どうでもいいんですけどね」