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死したる龍との遭遇

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死したる龍との遭遇

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第6章 裏切りは突然に

 探索チームは、イーヴルの襲撃を警戒して幾分ゆっくりとなりがちだったが、地下をさらに降り続けていた。
 時々崖下の仲間達と声掛けを行い、無事を確認する。あれ以来襲ってこないイーヴルが不気味だった。
「エクス、傷は大丈夫かい?」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が隣を歩くエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)を気遣って声をかける。
「ふ……ふん。あの程度の傷など、とうに癒えたわ」
 エクスは先の戦いで負傷した二の腕を見せるように持ち上げたが、その声も手もまだ震えていて、戦闘の衝撃が完全に抜けたわけではないことを物語っていた。
「怖いなら、手、つないでいこうか?」
「なっ…!」
 顔を真っ赤にし、飛びずさる。
「わらわを何と心得る! 子供ではないのだぞ! そっ、そのようなことは睡蓮にでもしてやるがよいっ」
 つん、と顔を背けて紫月 睡蓮(しづき・すいれん)を追い抜き、エクスは早足で前を歩いていく。
「あーあ。唯斗兄さん、あんなこと言っては駄目ですよ」
「そう?」
 意外にも楽しげな声に、睡蓮が隣の唯斗を見上げる。
「――そういうことですか。分かりました」
「睡蓮は手、つなぐかい?」
 唯斗が差し出す手を見て、睡蓮はクスクスと笑った。
「はい。私は素直ですから、唯斗兄さん」
 睡蓮が、唯斗の手に自分の手を重ねようとした時だった。
 唯斗は視界の端で何かを見つけ、表情を硬化させると、前を行くエクスに走り寄った。
「エクス!」
 横の土壁から突如突き出したイーヴルの手が、エクスの腕を掴もうとしていたのだ。彼女との間に割って入る唯斗。名を呼ばれたエクスがそちらを向いた時にはもう、唯斗の姿は消え失せていた。
「唯斗……唯斗?」
 きょろきょろと周囲を見回す。
「どうしたっ?」
 先頭を歩いていた武尊が人を掻き分けて現れる。
「詩穂、おまえのすぐ前だったんだろ。何があった」
「そ、それが、詩穂にもよく…。唯斗くんがエクスちゃんと並んだと思ったら、ひゅんって消えたの」
 途方にくれた表情でいるエクスと睡蓮に、すぐさま状況を把握した武尊が土壁を銃座で殴りつけた。崩れた土壁の向こうに、丸い穴があいている。
 ぽっかりとあいた空洞。壁に偽装して、通りかかった瞬間を狙って引きずり込んだのだ。
「唯斗兄さんっ!」
 穴に飛び込もうとした睡蓮を、武尊が引き戻した。
「バカっ、おまえも引きずり込まれるぞ!」
「いやっ、放して! 放してください! 唯斗兄さんっ」
 暴れる彼女を抱き上げたまま向きを変え、ぽいっとエクスに放り渡す。
「いやぁっ! 兄さん!」
 しがみついてくる睡蓮を、エクスはうろたえながらもとにかく抱きしめた。
「いいか? 唯斗は死んでない。殺すつもりなら連れ去ったりはしない。
 分かったら、さっさと移動するぞ。ここにいてもあいつには一歩も近づけないからな」
 イーヴルの考えることなど分かるはずもない。けれど、例えそれが希望的観測にすぎないとしても、今2人にすがれる唯一の光だった。それ以外のことなんて、考えたくもない。
 エクスが頷くのを確認して、武尊は再び先頭に立って歩き始めた。


 紫月 唯斗がイーヴルにさらわれてから、誰もが無言だった。
 土壁を警戒して距離を取り、詩穂が持参していたロープを各自手に巻いて路の中心を進む。
 重い沈黙を破ったのは、武尊だった。
「どうやらここが終点みたいだな」
 天井は低く、身長が150センチ以上の者は猫背にならないと入れそうにない。身をかがめながら入り口の穴をくぐると、そこは部屋というよりも小さなホールだった。
「! ルーくん!」
 床に倒れているループに気づいた唯乃が駆け寄る。その奥に栗と狼が、そして陽太、アスカが折り重なるようにして倒れていた。
「みんな!?」
「オー、さわっては駄目デス! 頭を強く打ってるかもしれマセン」
 珍しく真剣な表情で、ジョセフが傍らに膝をつく。床に流れた血に、指で触れた。
「エクスサン、リカバリネ」
「う、うむ」
 倒れた者達にエクスの治療が施される間、武尊はホールを観察していた。
 入り口は、武尊達が入ってきた所の他に2つあった。このホール自体は自然に出来たもののようだが、一番奥にはどう見ても人工的に作られたとしか考えられない、台座のような岩がある。おそらくはあのイーヴル達の手によって据えられた物だろう。
「やつら、ここに何を置いていやがった」
 そっと台座の中央の窪みに触れながら呟く。
「小石ですわ」
 一番最初に意識を取り戻したアスカが、武尊の疑問に答えた。
「小石?」
「少なくとも、私にはそう見えましたわねぇ。と言ってもすぐに後ろから殴られて、長く目にしていたわけではありませんから、本当に見かけ通りの物かは判断がつきかねますけど」
「いたた…」
 頭を押さえながら、ひょこっと陽太が身を起こす。
「俺にも小石に見えました。こう……手に握り込んだら指と掌にちょこっと隙間が出来るような、それくらいの大きさのやつです」
「それをどうした」
「え? ないんですか?」
「ああ。多分おまえらを気絶させたやつが持って行ったんだろう」
「ああ……なんてこと…」
 栗が膝に抱いた狼をなでながら呟く。
「で、朔は?」


「ううう…」
 激しい頭痛にさいなまれながら、唯斗は目を覚ました。頭が痛い、腕が痛い、足が痛い。体中、木刀ででも殴られたかのように激しく痛んだ。
 それもそのはず、実際イーヴルに引っ張り込まれた後、彼は気を失うまでよってたかって引っかかれ、殴られ、噛みつかれたのだ。
 あれからどれくらい時間が経ったのか。目を開けているのか閉じているのか、それすらも分からない真っ暗闇では知りようがない。
 自分の下敷きになっている物がブヨブヨしていて、悪臭を放っていることも、多分気にしない方がいいのだろう。
 掌の下の感触が毛っぽかったり、汁っぽかったり、ベチャってたり――――。
「ふはははは…」
 ぞわぞわと立ち始める鳥肌に、もう笑うしかない。
 どう考えたって、ここはイーヴルの貯蔵庫だ。餌場だ。自分は餌として運ばれたのだ。
「とにかく、やつらがやってくる前に脱出しないとな」
 痛む体を鞭打って起き上がり、前へ踏み出す。どんな部屋でも壁はある。壁伝いに歩けば、出口が見つかる。
 一歩、二歩、三……
「いったーーーっ!」
 ぐに、と何か柔らかい物を踏んだと思った瞬間、その柔らかい物が悲鳴を上げた。
「ぅ、うわっ! なんだっ?」
「足、足どけてっ! 手踏んでる! 痛いよ!」
「あ、すまん」
 急いで足をどける。そーっと手を下ろし、ペタペタ触ってみた。髪、頬、顎、肩…。
「おまえ誰だ?」
「僕は神和 綺人。あなたは?」
「紫月 唯斗。なんだ、おまえ救出チームにいたよな? 右のチームだっけ?」
「うん。それで、リーレンさんを見つけたんだ。追いかけたんだけど、誰かに引っ張り込まれて、それで……それで…」
「ああ、大体分かった。イーヴルに捕まったんだな」
「イーヴル?」
「細かい話は後だ。それよりさっさとここを出ようぜ」
「あ、うん。なんか臭いしね」
 手探りで綺人の手を取ると、唯斗は再び壁を探して歩き出した。幸い今度は何につまずくこともなく、無事壁にたどり着き、出口も見つけることに成功する。部屋を出るまでには、お互いあらかたの説明は済ませていた。
「早く戻らないとな。エクスのことだから、自分のせいだって気にしてるに決まってる」
「クリスは……きっと怒ってるだろうなぁ。勝手に突っ走るからだって」
 向かっている方向がはたして正しいかどうかも分からないまま、お互いに肩を貸し合いながらよろよろと薄闇の通路を進む。暗さにも大分目が慣れて、ある程度判別がつきだした頃。何個目かの分かれ道を右に曲がった時、2人は通路の奥に人影を見た。
「あれは…」
「朔。鬼崎 朔じゃないかな」
 助かった。崖下のチームと合流できた。あっちにはヒールが使えるアスカがいる。
「おーい、朔」
 朦朧とした綺人を壁に寄りかからせて、唯斗が朔を追う。
 角を曲がった先で、朔は立ち止まっていた。振り返り、唯斗が近づくのを待っている。
「朔? おまえだけか?」
 どこか張りのない、ぼんやりとした表情を怪訝に思いながらも近づく。朔の肩に手をかけた瞬間。
 冷たい鋼鉄の刃が、唯斗の胸を切り裂いた。


「いやあっ! 唯斗!!」
 グリントフンガムンガが振り下ろされた瞬間を目撃して、エクスは悲鳴を上げた。駆け寄り、その場に崩れ落ちた唯斗にしがみつく。
「唯斗、しっかりするのじゃ!」
 真っ赤な血が噴出し、エクスの手も、服も、赤く染まる。唯斗を失うかもしれない恐怖に芯から凍えながら、エクスは懸命にヒールをかけた。
 そんなエクスに向かってグリントフンガムンガが振り上げられる。それを、唯乃の投げた忍刀が弾き飛ばした。
「一体何があったんです、朔さん」
 バタバタと集結する足音を聞いて、朔はグリントフンガムンガを拾うとそのまま通路の先へ姿を消した。
「うっ……げほっ…がっ」
 エクスの治療が功を奏して、唯斗の傷口はふさがっていった。口内に溜まった血を吐き出して、唯斗がむせる。
「唯斗…」
「お兄ちゃん…」
 エクスと睡蓮が泣きながらしがみつく。2人の頭をなでながら、唯斗は自分を気遣って集まっている仲間を見渡した。
「あっち……倒れてる……綺人。助け…」
 唯斗の言葉に、何人かがそちらへ向かう。軽い吐き気と目まいにふらつきながら上半身を起こした唯斗の前に、武尊がしゃがみこんだ。
「で、何があった?」
「さあ。いきなり切られたんだ。こっちが訊きたいよ」
「ふーん」
「ああ。そういえばあいつ、左手に何か握ってたな」
「――なるほど」


 鬼崎 朔は、出没するイーヴルを難なく切り伏せ、出口へと向かっていた。