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第1章 イルミンスール武術部「Might & Gun & Magic」



 やがて講堂内の灯りが落ちて、スピーカーより声がした。
「お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。
 これより、PV鑑賞会を開きます(場内に拍手)。
 僕は、本日のPV鑑賞会の司会を務めさせていただきます、蒼空学園映画研究会見習いの、塚井 走(つかい かける)と申します。
 ネットやTVで流されているPV動画は、尺の都合もありましてブツ切り順不同で流されているものも少なくありません。けど、そういった映像も、本日はシリーズひとつながり、きちんと順番を追って上映いたします。皆さん、どうぞ楽しんで行ってください。
 それでは、プログラムNo.1、イルミンスール武術部PVから」

 暗いスクリーンに、「ファイト!」の掛け声とともに情景が映った。
 歓声を上げるギャラリーに囲まれた丸い闘技場。
 その上で、向かい合う男が二人。マイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)ルイ・フリード(るい・ふりーど)
 先に飛び込んだのはマイトの方だ。ウェイトもリーチもぜんぜん違うルイ相手に、果敢に攻め込むマイト。牽制で繰り出されるパンチやキックを受け流しつつ、それらを取って極めや投げに入ろうとするが、振りほどかれた挙句に投げ飛ばされたり、さらなる打撃の的にされたりする。激しく動き回るのはマイトの方で、ルイの位置は一歩も動いてはいない。
 が、苦戦しているマイトの顔は笑っている。
 何度目かの飛び込み。繰り出されたジャブを跳ね上げ、突き出される右正拳を外に弾く。
「はッ!」
 踏み込んだ右足が「ずん」という音を立てる。同時にマイトの右肘がルイの胸に叩き込まれた。
 が、ルイも怯まない。マイトの体を両腕で抱え込み、
「うおぉおぉぉッ!」
とそのまま横へ投げ飛ばした。受け身を取って立ち上がるマイトに、ルイは笑いながら再び構えを取った。
 その時、銃声。闘技場に弾着、煙が立ち込める。
「きゃああああっ!」
「うわぁあぁぁぁっ! ……?」
 突然の異変に悲鳴の上がる観客席――が、どこからか聞こえてくるギターの音色に、騒ぎは静まった。
 ギターは煙の中から聞こえていた。煙の中から現れたのは、ギターを抱えた九条 イチル(くじょう・いちる)エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)だった。 


 映像を見ていたタニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)は「くすっ」と含み笑いをした。
「どうしたんですか?」
 小声で訊ねてくる赤羽 美央(あかばね・みお)に、タニアスクリーンを指さして見せた。指の先には、ギターを鳴らすイチルの指があった。
「ギターの曲と指とが合っていないわ」
「……それは仕方ないのではないか、と」
「この曲は、咲夜 由宇(さくや・ゆう)さんの曲ね。武術部つながりで発注したんでしょうね」
「演奏も、ですか?」
「多分」

 イチルは演奏を止めてギターを背負い、不敵な笑いを浮かべて一言、
「戦ろうよ」
 エメリヤンもまた、まだ煙の出ている銃を無言でしまい、拳を構える。
 闘技場の上で、第2ラウンドが始まった。
 構えを作ったルイはエメリヤンに向き、無言のまま左手の拳を開くと立てた指を「くいっ、くいっ」と動かした。
 それは、誰でも分かる「かかって来い」のサインである。
 エメリヤンは、さっきまでのマイトと同じようにルイに向かって踏み込んだ。
 が、彼の徒手空拳の攻撃は、全てルイの左手で払われ、受け流され、逆にカウンター気味のジャブを立て続けに受けて間合いを広げられる。格の違いは明白だった。
 ──手加減できる相手じゃない!
 エメリヤンはそれを悟ると、銃を抜き、続けざまに引き金を引いた。
「ハアアアァッ!」
 気合とともにルイの拳が縦横に振られる。立て続けに「ガガンッ!」という金属を打ち鳴らす音が響いた。
 ──!
 エメリヤンの表情が、ある一点を見て強張った。
 闘技場の地面にゴム弾の弾頭が転がっていた。それは、たった今エメリヤンがルイに向かって撃ったものだった。
 エメリヤンは銃を収めると、気をつけの姿勢を取り、ルイに向かって一礼した。
 ルイもまた構えを解き、エメリヤンに向かって頭を下げた。
 一方、マイトとイチルの戦いも激化していた。
 不敵に笑うマイトは、闘技場に転がるゴム弾の弾頭を拾うと、イチルに向けて弾き飛ばした。
 指弾の技。狙ったのはイチルの口元、魔法の詠唱を封じる為だ。
 咄嗟に防御するイチルの隙を突き、マイトは「バーストダッシュ」で一気に間合いを詰めに入る。繰り出される雷術、炎術を避けたり払ったりしながらとにかく間合いを詰める。
 イチルは跳んで下がりつつ、氷術にて氷の壁を作る。が、マイトの勢いは止まらなかった。
 振りぬかれた拳が壁を打ち砕き、マイトとイチルはついに指呼の間合いに入る。
 映像止まり、マイトの声でナレーションが入った。
「来たれ、イルミンスール武術部!」
 同時に文字が画面にかぶさった。
 毛筆手書きで、
 「来たれ、イルミンスール武術部! イルミンスール武術部 >検索」



「さすが武術部。見事な殺陣でしたねぇ」
「おぅ、見せる動きってのは慣れてないから、ちょっと苦労したけどな」
 最前列に座っていたマイトは、差し出されたマイクに答えた。
「実は、台本やアクションの大まかな流れを作ったのは武術部の人間じゃない。出演していたエメリヤンの相棒の高峰 結和(たかみね・ゆうわ)だ。あと、現場での細かい段取りを手伝ってくれたのは如月 正悟(きさらぎ・しょうご)。魔法ガンガン使ってくれた九条イチルは、武術部でもないのにウチに助けに来てくれた! こいつらがいなきゃ、あの映像は作れなかった。
 礼を言うぜ、ありがとよ!」
 観客席のあちこちから拍手が沸いた。
 マイトは立ち上がり、観客席に向けて振り返った。
「最後に言っておく。みんな、ウチの武術部は楽しいぞ、強くなるのを実感できるからな!」
 と、突然客席のあちこちから笑いが漏れて来た。
「……ぷっ」
「……くくっ……うぷぷぷっ」
「ふっ……ふははっ」
「どわはははははははははっ!」
 含み笑いは瞬く間に爆笑へと変わる。
 マイトがスクリーンに向き直ると、怪訝そうな表情は驚愕のそれへと変わった。
 スクリーンには、片隅の「特典映像」の文字と共に、武術部PV作成時のNG場面が流れていた。
 ──組み手の手順を間違えて、ルイのパンチがマイトの顔面を直撃、うずくまるマイト。
 ──煙の中から現れた九条、「やりょうよ」と台詞を噛んでしまい、苦笑い。
 ――煙の中から現れた九条、ギターを鳴らそうとして弦が切れる。不敵な笑いが一気に崩壊。
 ──銃をしまおうとしたエメリ、銃を取り落としてしまって周囲に頭を下げる。
 ──氷の壁に吶喊するマイト、顔面から氷壁に激突して鼻血出して転倒。イチルが駆け寄る。
「待てこら! 映研、てめえっ! くそ、映像止めろ! 止めろってんだ畜生!」
 マイトは喚いた。

「なるほど、確かに武術部って楽しそうだな」
「すげぇ面白そう。特に部長が」
 客席のあちこちから、そんな声が聞こえている。意図から離れてはいるものの、見ている人の心はしっかり掴んでる。見事なものだった。
(マイト・オーバーウェルム……名前だけは知っていたけどさ)
 観客席の中で、延々と続く特典映像と周囲の反応を見比べながら湯島 茜(ゆしま・あかね)は思った。
(ここまで面白い人とは思わなかったな)

 客席後ろの方に座っていた高峰結和は、ため息をついた。
 出演者、台本とかは自分達で揃えたものの、カメラはなかなか都合出来ず、撮影そのものは結局映研の人達に来てもらって、当日はカメラを動かしてもらったのだが……。
「……そう言えば撮影していた時、映研の人が本番じゃない時もカメラ回していたっけなぁ」
 あの時点で、正直嫌な予感はしてはいた。いや、むしろ予想がついてはいた。
(結局止めなかったけど、ね)