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イルミンスール湯煙旅情

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イルミンスール湯煙旅情
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8:00 若女将、バイトを集めてミーティング

 温泉旅館・薫風、千鳥の間。
 普段は宴会場として使われるこの部屋に、バイト従業員達が集められた。
「皆さん、当旅館のアルバイト募集に集まっていただき、ありがとうございます」
 若女将、皆川縁が神妙な顔で頭を下げる……
「しかし、普段は猫の手も借りたい程忙しいこの旅館も、今は見ての通りの有様……」
 宴会用の部屋を使っているが、今日は別に旅館の休業日というわけではない……つまり、宿泊客が一人もいないのだ。

「今回、皆さんには単にこの旅館の労働力としてではなく、知恵も貸して頂きたいのです。何かこの旅館を持ち直す為のアイディアは無いでしょうか?」
 バイト募集にはアイディア求むと書き加えたものの、誰からもアイディアが出ないという可能性もありうる話。
 藁にもすがる思いで意見を募る縁だったが……

「俺に案があります、ちょっと聞いて貰えますか?」
 即座にクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が挙手する。
「! はい、どうぞ」
「これまでのお客は典型的な温泉客、あくまで温泉が目当てでした……ですが、温泉が涸れた為に皆離れていった……確かそうでしたね?」
「そらそうや、私もここの温泉につかるん楽しみにしてたんよ、それがのうなったら……がっかりやな」
 穂波 妙子(ほなみ・たえこ)は元々客として訪れていたのだが、旅館の惨状を見かねて従業員に加わったのだ。
 頼もしいことに、ここにはそういった客側からの助っ人も多い。
 そんな妙子の客側からの意見にクロセルは頷き、話を続ける。
「一度離れてしまった客を呼び戻すのはなかなか難しいことです、温泉が涸れている限り、至難と言えます。
ならば、新たな客層を引き込むような野心的なアプローチが必要ではないでしょうか? そこで、これを見ていただきたい」
 クロセルの合図に合わせて、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)が左右に周り、全員にプリントを配る。
「……ゆきだるま企画?」
 プリントには大きくそう書かれていた。
「はい、ゆきだるまです。誰しも一度は作ったことがあるのではないでしょうか? 氷術を使ってゆきだるまを作り、この旅館のシンボルにしてはいかがでしょうか?」
 プリントをめくると、ゆきだるまの作り方が図入りで解説されていた、顔用パーツや手のオプションなど、なかなか芸が細かい。
「なるほど……これならほとんどタダ同然で出来るし、氷術を使えば維持も簡単、ということね」
 低予算ということもあり、縁もこの案には乗り気のようだ。
「仰る通り……あ、もし氷術に不安があるようでしたら、俺が教えますよ?」
「だ、大丈夫よ、このくらいなら私でも出来ます! ……たぶん……」
 本当はちょっと不安だったりする縁だったが、自分は女将なのだ、これくらいの事、軽くこなせないようではいけない。
「……ふむ、なら問題ないですね」
 そんな縁の心情になんとなく気付いたクロセルだが、ここは女将の顔を立てることにした。
 氷術と言っても、ゆきだるまの維持だけならそんなに難しいことではない。

「ではこの旅館をゆきだるまのテーマパークとして改装を……」
「ちょっと待ってください」
 このままプランを進めようとするクロセルに待ったが掛かった。
「私はこの旅館の持つ和の雰囲気もいいなって思います、テーマパークとかいうのはちょっと……」
 と言う東雲 いちる(しののめ・いちる)の意見に対して宿泊経験がある者達を中心に賛同の声があがる、そんな中……
「この旅館は今のままでも充分絵になると思うわぁ、むしろ私が絵にしたいくらい、描かせてもらえないかしら〜」
 周りにつられて思わず自身の願望が出てしまう師王 アスカ(しおう・あすか)だったが……
「絵を描いてくれるの? 是非お願いしたいわ!」
 ふたつ返事で採用されてしまった……絵心のまったく無い縁にとって、絵描きはちょっとした尊敬の対象なのだ。
「実は前にアスカさんが泊まりに来てくれた時、描いていた絵をちょっと見たことがあるの」
「え、そうなの?」
「まだ途中っぽかったけれど……あ、勝手に見ちゃってごめんなさい! で、でも、アスカさんの描いた絵ならどこに出しても恥ずかしくないと思うわ」
「そ、そんな……」
 未完成状態の作品を見られたからなのか、絵を褒めちぎられたからなのか……恥ずかしさでアスカの顔が真っ赤に染まる。
 と、今になって周りの視線に気付く縁、慌てて姿勢を正しつつ。
「で、では女将として、正式に依頼します。描いてくれるわね?」
 ……もちろん断る理由はなかった。

「ふむ……ならばその絵も活かせる方向にプランを修正……『冬の風景』をウリにするというのはいかがでしょう?
四季それぞれに魅力はありますが、そこをあえて冬に特化することでこの旅館の個性にする作戦です」
 状況に応じて臨機応変にプランを展開するクロセル。
「なら冬をテーマにした料理があると良いですね……ひとつ閃きました、調理場を貸してください」
 懐からマイ包丁を取り出しながら本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が立ち上がる。
「むー、それならあたしだって、ちょうど良いレシピがあるんだからっ!」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)がそれに続いて立ち上がる、涼介よりも早く厨房に入ろうとしているのか、早足だ。
「どうやらライバル意識を燃やしているみたいですね」
 と他人事のように言う東雲 桜花(しののめ・おうか)だったが、彼女もまた前日から仕込みをしていたりする。
「あ、私もいいですか?冬というテーマには沿えないんですが……ちょっと面白い食材があるんですよ、きっと気に入ると思います」
 妙な含み笑いを浮かべるラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)だが、それを気に留める者はいなかった。
 その食材だろうか、もそもそと動く袋を抱えて厨房へ向かう。
「じゃあリリ達はお土産を考えるのだ、甘いものがいいと思うのだ、まず材料を吟味するのだ」
 とリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)、まず材料になりそうなものを探すようだが……
「リリ、つまみ食いはダメなのですよ」
 リリのパートナーユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が心配そうについていく。
「仕方ない、わらわも手伝うとしようかの……」
 もう一人のパートナーロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)が眠そうに目をこすりながら後に続く。

「これでだいたい決まりましたね、旅館にテーマを持たせ、テーマに合わせた料理とお土産を作る……これでなんとかなれば良いのだけれど」
「欲を言えば、もう少し華がほしいねぇ……」
 話がまとまろうとした所へレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が一言。
「華?」
「そう、女将のその着物、とっても似合っているけれど、いかんせん色気が足りないねぇ」
「い、色気?!」
 色気と聞いて雑誌で見た水着美女が縁の脳裏に浮かぶ。
「むむむり無理絶対ムリ、わ私に色気とか求められても困るしっ、私の体型じゃこの着物が……そう、この着物こそ一番だと思うわ!」
 そもそも露出度の高い水着で接客なんて自分には耐えられない、必死に拒否の言葉を考え、いつ着物を脱がされるんじゃないかと襟をぎゅっと押さえる縁だった。
「そ、そこまで嫌がらなくても……これはヤブヘビだったかねぇ」
 縁の予想以上の拒絶に困惑してしまうレティシア、助けを求めるように周りを見回す……
「しゃーないな、ここは私が一肌脱ぎますか……別にお色気担当は女将じゃなくてもええんやろ?」
 妙子が立ち上がる、確かに彼女のプロポーションはお色気担当として申し分なかった。
「では私も及ばずながら力になりますわ」
 城 観月季(じょう・みつき)、及ばずながらとは言っているもののスタイルという点では負けていない。
「じゃ、じゃあ私もっ」
 神羽 美笑(かんなわ・みえみ)も立ち上がる。
 今立ち上がっていない者もスタイルに自信がないだけで、協力を惜しむつもりはないようだ。
 これなら打つ手はある、レティシアは胸を撫で下ろす。
「では、旅館の顔である女将には着物でいてもらって、私たち女中はそれぞれ衣装を着て接客、ということでいいかしら?」
 レティシアのパートナー、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が訂正案をまとめ、確認する。
「うん、それで良いと思うわ、言いだしっぺのあちきが逃げるわけにもいかないしねぇ、女将もそれでいい?」
「え、あ、はい」
 どうやら自分は着物で良いらしい、しかし全力で拒否した手前、ちょっとバツが悪くなる縁だった。
「でも皆は本当にいいの?別に無理しなくても……」
「気にせんでええんよ、皆ゆかりんの力になれるんが嬉しいんや」
「ありがとう妙子さ……? ゆかりん?」
「あ、失言や、女将やった、堪忍」
 慌てて頭を下げる妙子。だが縁は何事か考え込んでいる様子。
「うーん、ゆかりん……ね……いいわ、そう呼んで」
「え? ゆかりんでええの?」
「うん、旅館だから女将っていうのも良いけど、これからの薫風にはたぶん、こうゆうのが合ってる気がする。皆もゆかりんって呼んでもらって構わないわ」
 旅館が変わるのだから自分も変わるべきなのだ、これでいい……さすがにお色気は無理だが。
「もちろん今まで通り女将でもいいわ、私はここの女将だもの」
 あくまで女将という立場を尊重する者もいれば、まだ恥ずかしくて呼べない者もいる。
 だがそれはそれで良い、旅館に変わらない部分があるのと一緒だ。
「みんな、この旅館を、新しい薫風をお願いね」
「はい! ――――」……ゆかりんと呼ぶ者、女将と呼ぶ者、どっちで呼ぶべきか迷ってしまう者。
 返事はバラバラになってしまったが、皆の心は一つだ。