校長室
【カナン再生記】続・降砂の大地に挑む勇者たち
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8章 夕刻。 砂地にまとわりついた鉄の匂いが、風に乗って一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)の鼻先を流れる。 東の空にはすでに星が見え始め、マント越しの空気が冷たさを増している。 地面に目を落とした。 獣と龍、そして人間。 動かないそれらの間を注意深く歩きながら、まだ息のある者を探す。 降る砂は、ゆっくりともうそれらを覆い始めていた。 「それにしてもな――」 同じように側を歩いていた久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)が頭を掻きながらしゃがみ込む。 「ちょっと死にすぎじゃねぇのかい」 目を見開いて絶息している神官の瞼を、そっと閉じてやる。 指揮官を失った神官軍は総崩れとなり、北へと敗走していった。 しかし、その場に留まって抵抗を続ける者が、想像を超えて多かった。 溜息をつく。 グスタフは立ち上がり、膝についた砂を払い落とし、煙草に火を付ける。 「アリーセ殿!」 リリ マル(りり・まる)が、アリーセのマントの下から声を上げた。 「どうしました?」 「自分も、探索に加えて頂きたく思います!」 アリーセに背負われ、さらに別のマントでぐるぐる巻きにされているリリとしては、なんというか存在意義に関わる申し出である。 「――ダメです」 「なぜでありますかー!」 「リリに砂が入ると、あとのメンテが大変ですから」 「ううっ、せめてカメラ部分だけでも」 「余計ダメです。レンズに傷がついたら一大事ですよ」 「うううう」 不平をならす機械を文字通り尻目にして、アリーセは黙々と戦場を歩いた。 「おいアリーセ、来てみろ」 「! いましたか」 グスタフが手招きしたそこには、瀕死とはいえ、確かに呼吸をしている僧侶がいた。 砂地に染み出ている血の量からして、もう長くはないだろう。 アリーセは傍らに膝をついた。 「聞こえますか」 水筒の水で顔の血と砂を拭ってやりながら、話しかける。神官はうっすらと目を開いた。 「――シャンバラの、者、か」 「ええ」 「お前も、何か大事なものを盾に取られているのか?」 グスタフが問う。 神官は答えない。 「教えて下さい。もし、それらを取り戻すことができたなら、私たちの味方になってくれますか」 「――そのようなものなど、何一つ、ない」 グスタフの望まない方の答えだった。 「なら、なぜネルガルに従う」 「お前らには、わ、分からぬ、よ」 そう言うと、神官は舌を突きだし、最後の力を振り絞って、自害を試みた。 「!」 咄嗟に、アリーセがマントの端を噛ませ、それを防ぐ。 しかし、数秒の後。 神官の首から力が抜け、そのまま彼は息絶えた。 「――なんということ」 振り絞るようにアリーセが言う。 「――」 グスタフは煙草が燃え尽きてしまったのも気付かず、長い間、神官の亡骸を見つめていた。 その頃。 自分の小型飛空艇に食料を満載にした六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)は、勝利の余韻に浸る契約者達に、食料と治療を施していた。 「はーい並んで並んで。ちゃんと全員分ありますからねー。横並び二度並びは『その身を蝕む猛☆臭』の刑にしますよー」 自らの調合技術の粋を結集した、オリジナルの超絶下剤の混入を匂わせると、列は一気に静寂に包まれる。 「よーしみんないい子だね。じゃ特別サービス、パラミタサイドワインダー酒もつけちゃうよ」 どん、と置かれた巨大ビーカーの中では、酒の中でさっき捕まえた毒蛇がぐるんぐるん泳いでいる。 「ひぃーーー」 「ぎゃぁあああ」 突如出現した地獄の光景におののく契約者たち。 「一杯飲めば三徹も余裕、あ」 毒蛇はビーカーのふたをぶち破り、サイドワインダーのくせにそのまま真っ直ぐ逃げていった。 「あはははは、あのヘビ超酔っ払ってるよ、あっははははは。待てこらー!」 爆笑しながヘビを追いかける鼎。周囲は何がおかしいのかまるで理解できない。 「よし捕まえた。やっぱりビーカーじゃなくてカメにしとこう。古式ゆかしく。――ん」 かなりの距離を追い回した後、ヘビの頭をひっつかんで、顔を上げた遙か向こう。 鼎は夜の帳のうちに、古代戦艦の巨大な艦首が霞んでいるのを見た。 ――それから半日。 ジャタ経由で向かった契約者の面々は、先行したルミナスヴァルキリーのふもとで、見事マルドゥーク達との合流を果たした。 ルミナスヴァルキリーの墜落という突発事故もあって、予定の位置とは大分ずれた場所になったが、マルドゥークの放った伝令は無事にメルカルトの元へ届けられ、事なきを得た。 合流に一安心する者、再会を喜ぶ者、とにかく風呂に入りたいという者。 三者三様であったが、みな笑顔である。 「メルカルト、よくやってくれたな。途中でネルガル軍と遭遇したと聞いたが」 「マルドゥーク様、シャンバラの皆様の強さは驚くばかりのものです。また、気心も素晴しい」 「わははは、知っているとも。彼らと行軍したのはお前だけではない」 つられてメルカルトも笑った。 マルドゥークの眼差しが温かくなる。 「シャンバラの方々には本当に感謝しているのだ。なにしろ、お前に夢を見せるくらいなのだから――どれ、早速挨拶させてもらうとしよう!」 マルドゥークはそう言うと、新たに到着した契約者たちの間に飛び込んでいく。 豪快な笑い声と共に、ひとりひとりと握手をし、ひとりひとりと長い時間をかけて話をし、尽きることのない礼と、感謝の念とを述べる。 その語り出しは、全てこの一言から始まった。 ――ようこそ、カナンへ!
▼担当マスター
牧村 羊
▼マスターコメント
牧村羊でございます。今年もよろしくお願い致します。 お届けいたしましたのは【カナン再生記】エピソード・ゼロ、「降砂の大地に挑む勇者たち」の別舞台でした。 つまりはエピソード・ゼロツー(ややこしい?)ということになります。 ともかくも厳しく悲しいカナンの大地に、皆様のアクションが勇躍しておりました。 皆様の力で、ここに最初の花が咲く日を心待ちにしています。 この度はご参加、誠にありがとうございました!