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春を知らせる鐘の音

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春を知らせる鐘の音

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 空の色が柔らかくなったとき、首をすくめるようにして見た足元に小さな花が咲いていたとき、窓を開けて吹き込んできた風が温かく感じたとき。春の訪れを感じる方法は人それぞれで、明確な始まりなんてない。
 それでも、何かにかこつけてお祝いをするのは新しく始まる季節に立ち会えたことを神様に感謝するためか、単に陽気な人が多いのか。元々は厳かな行事であっても、国が変わり宗教が変われば楽しいところしか伝わらず、嘆かわしく思っている人も少なくないだろう。
 この復活祭もその1つ。大まかな共通点はあれど、宗派ごとに日付けも手法も違うこのお祭りの名前を借りて、春を祝うお祭りに仕立て上げたのは空京の結婚式場。遠くからも見える大聖堂はフランスをモチーフにした庭園と邸宅を付け、その他にも日本・中国・ベルギー・オランダ・ルクセンブルク・ギリシャ・ヴァイシャリー・ザンスカール・空京と、地球やパラミタの絶景を集めた10のエリアから成り立っている。
「まさか校長やルドルフまで知っているだなんて思わなかったよ」
 数多くのエリアから、校長の好みではないかと日本庭園で持て成す真城 直(ましろ・すなお)は、今回の祭りに参加するとは思わなかった2人に微笑みかける。自分が生まれ育った国では宗教や土地柄に関係無く盆もハロウィンもクリスマスも正月もと楽しむ姿があった。けれど、それは稀なことで信仰心が強いであろう他国では見られない光景だと思っていたから、顔を出すと聞いたときには驚いたものだ。
 いつもの派手な羽根飾りを外し、着物をオリジナリティ溢れる着方でエリアと調和してみせるジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)は、景色から目を逸らさず口元にだけ笑みを浮かべる。
「私の育った国で、東アジアは仏教徒が多いと思い込む者が多いのと同じことだ。実際には雑多なもので、なじみ深いイベントだな」
「祖国には数多くの宗教を信仰している者が多いせいか、イースターも噂程度には聞いていた。子供が好きそうな物が絡めば、得にね」
 カラフルな卵を手に持ち、僅かに微笑むルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)もまた、今日の催しを楽しみにしてくれているらしい。だが、同席したエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)は疑問があるのか、その眉間にはシワが刻まれたままだった。
「その卵についてだが……参加者に作ってもらっている分は交換してもらうためだと言っていたな。その割に、会場が用意した物は隠していたようだが」
「隠す? なんだ、宝探しでもおっ始めるのか」
 エリオの問いに問いで返すヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)は、このエリアでジェイダスらを持て成す準備に追われていたため、会場側が用意した卵の行方など知らなかった。到着して山積みにされていた卵たちは、てっきり来場記念として配られるものだと思っていたが、どうやら予想を大きく外れてしまったらしい。含み笑いを浮かべるだけで答えようとしない直の代わりに、隠す手伝いをしてきたフェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)は口を開く。
「それも宗派などで違いがあるようなのですが、お互いに卵を交換するところ、教会の鐘が運ぶところ……あとウサギが運んだり産んだりするという言い伝えがあるところなど様々なようです」
「へぇ。その運ばれてきた卵は、どこにあるのかわからねぇってことか……面白そうじゃねぇか」
 喉を鳴らすように笑うヴィスタと共に納得するエリオは、1度に2種類の方法で楽しめるのなら参加者も飽きないだろうと気軽に構えていた。ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)も「くだらない」なんて毒づきつつ、ジェイダスがまるで美術品のように化けた卵を愛でているから渋々と口を噤んでしまう。


 思うところは色々あれど、楽しい春のお祭りになる――はずだった。


「ウサギが隠すって……え?」
 閉じられたドアの前に呆然と座り込む直は、頭の違和感を確認する。
 耳の上から頭にかけて、かっちりとはまっているパーツ。ひんやりとしてツルツルの感触からプラスチックであることから、勉強や洗顔の際に使用されるカチューシャのような形状だということは連想出来る。ただ、それにしては余計だと感じる大きな突起物が2つ。
 リボンや花などの飾りと違い、ふわふわモコモコなそれ。ヴィスタが自分を追い出す前に放った言葉と嫌な笑みを考えれば答えは1つしかなかった。
「そこにいるのは直か? いくらイースターにウサギが絡むからといっても、イエニチェリらしくない装いは……」
「僕の意思じゃない、これはヴィスタ先生のご意志だ。ところでエリオ、君は手が空いているか?」
 嫌みったらしく“先生”と強調させてヴィスタを呼ぶ直から静かな怒りを感じ取ったエリオは、マントをはぎ取り剣も投げ捨てる様子をじっと見ているしかなかった。暇だと言えば何かを手伝わされ、忙しいと言えば理由を問い詰められるような、どっちに転んでも助からない気配がするからだ。
「……人手がいるなら、ランディも呼んでこようか?」
「せやな、呼んでもらおか。ぎょーさん卵抱えて走るんや、荷物持ちは多いほうがええやろ」
 苦肉の策で後輩を贄に差し出すも、仮面を投げ捨てた直に睨まれれば失敗したのが分かる。イエニチェリ命令だと言われたわけでもないのに、聞き慣れない荒い言葉で頼まれたエリオは足が竦んでしまいそうだった。
 こうして、シルクのテーブルクロスにお菓子がいっぱい詰まったイースターエッグを詰め込んで逃走を開始した直一向。それを追いかけるように放送を流すヴィスタの声は、どこか朗らかだったという。



 その放送を聞いて、中に大切な物を入れていた参加者たちの悲鳴がこだまする。けれど、その中で平然としていたのは緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)。もちろん、お菓子など当たり障りのない物をいれていたのなら落ち着いている理由もわかるのだが、紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)と太陽に照らされて煌めく大聖堂のステンドグラスを見上げながら呟いたのは、そんな理由ではなかった。
「無くなったとしたら管理責任の問題ですしね。事実であれば管理側を責めるだけです」
 幻想的な空間で呟くには、なんと現実的な言葉だろうか。思わず遥遠もクスクスと笑いだしてしまい、至極真面目な顔をしていた遙遠も頬を緩めた。
 ここは去年、大切な人が式を挙げた場所。あのときと同じ席に座れば、鮮明に思い出せる幸せに包まれた時間。違っているのは、隣に座る人と祭壇の前に立ちたいという思いが、憧れめいたものから変わってきているということ。
「遥遠達の場合、入籍すると姓名がさらに紛らわしくなっちゃいますね」
 別にそんなことを理由に断るつもりもないけれど、先のことを考えれば重要なことだと思う。それでも、結婚に夢を見ているのが自分だけかもしれないと思うと冗談めかしてでないと口に出来ない。
「やっぱり式を挙げるならこういった場所ですかね?」
「遥遠達らしくあれるなら、どこでも」
 仲間達に囲まれた盛大な式、2人きりの静かな式。厳かなものや家で手作り披露宴だけなんて気軽なものまで様々な祝い方があるけど、趣向が似た2人なら迷うことも揉めることもなく決めてしまうのかもしれない。
 卵を探す人で騒がしくなってきた大聖堂を、2人は手を取り合い後にするのだった。
 そして、大聖堂を眺めることが出来るカフェでも優雅に珈琲の香りを楽しむ2人の姿。クナイ・アヤシ(くない・あやし)は壊れ物を嫌う少年が折角の風景も楽しまず、苺のショートケーキに手を伸ばす姿を眺めていた。
「……そんなに食べたいなら、自分の分でも頼めば?」
 じっと見られたままでは落ち着かない。清泉 北都(いずみ・ほくと)は顔を上げ、やっとクナイの顔を見た。彼が髪と同じ空色の卵を用意してくれていたのは知っているけど、それはいつか壊れるものだし無くしたからといって彼まで失うわけじゃない。形あるもの、命あるものは限りがあって、どれもこの手からこぼれ落ちる。それはクナイだって自分だって同じことだ。
「賭けをしましょうか」
 不安げに揺れる瞳が逸らされる前に、クナイは提案する。無くなった2人の卵が無事に戻ってくると自信ありげに言う彼に呆れながら、北都がケーキを食べ続けている。彼は卵が帰ってくるなど信じていないからだ。戻って来たにしても、壊れ物が無事で済むわけなんてないのに。
「私が勝てば、貴方の全てを私に下さい」
「はっ……!?」
 大きく口を開けたのに、驚いて手元が狂ったせいかケーキは上手く入らなくて、口元にぺったりとクリームをつけてしまう。既に恋人関係にある彼が全てと口にするのなら、何を求めているのかわからないわけもない。
 伸びてきた細い指が優しく口元を拭う。その挑戦的な目に対抗するように、北都もまた平静を装って賭けに乗るのだった。