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リアクション
トランキュリティ
「今日は体調がいいんだ、本当に」
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はなんとかベルテハイト・ブルートシュタイン(べるてはいと・ぶるーとしゅたいん)とゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)を説得し、空京の町の散策の許可を得たのであった。さまざまな理由からひどく大人びてはいるものの、年齢相応に外出したりしたい気持ちは抑えきれない。
「わかった。だが、私とゴルガイスも同行するぞ」
いかにも貴族的な容貌、気品に満ちた服装のベルテハイトが言った。ドラゴンニュートのゴルガイスは普段どおり武装している。
「グラキエス様、体調がいいと言ってもあまりご無理をなさいませんように。
万が一に備えて私も同行いたしますが、何もないに越したことはありませんからね」
執事であり悪魔でもあるエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が、物静かに言った。ベルテハイトが向き直る。
「貴様も同行だと?」
「何かあってはいけませんが、万一の際鎮める事ができるのは私だけなのですよ。
……お忘れなく」
「まあ、いい、皆で行けばよいではないか」
ゴルガイスがにらみ合う二人の間に割って入り、4人は空京の町へとやってきたのであった。
「……よ、よろしかったら、どうぞなのですぬ」
たま☆るがおずおずと差し出したチラシを、グラキエスは受け取った。
「カフェでパーティ、か。
ベルテハイトとエルデネストは時々カフェに行くらしいが、俺は行ったことがない。
この機会に行ってみたい」
「炎天下を歩き回るよりはその方が良かろう」
ゴルガイスも賛意を示し、あとの二人もうなずいた。
カフェ入り口のベルが軽やかな音を立てる。カウンターにグラキエスをはさむようにしてエルデネストとベルテハイトが着席する。ゴルガイスは、椅子を一瞥してから自分の体格を見下ろし、カウンターの側に立っていることにした。
「色々な飲み物があるな。
グラスも綺麗で、見ているだけでも楽しい」
黒い目隠しに魔鎧である漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)名のとおり漆黒の上品なドレスをまとった中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が、カウンター席に静かに近づいてきた。アイスココア色の胸元に飾るリボンと、髪飾り、同じ色のエプロン、それに名札が、カフェ店員であることを示している。
「いらっしゃいませ。ご注文はございますか?」
物静かで穏やかな声。目隠しをしているにもかかわらず、全て見えているかのように行動に揺らぎはない。
「何かお勧めのものはあるか?」
「試食メニューにミルクセーキがございます。
そちらがよろしいかと存じます」
グラキエスに応えて綾瀬が言った。
「ではそれを」
「かしこまりました」
すべるような動作で綾瀬は厨房の方へと消え、ミルクセーキを4人分持って戻ってきた。エルデネストはすぐさま2人分のグラスを受け取り、かいがいしくグラキエスの世話を焼き始めた。
「グラキエス様は楽しんでくだされば良いのです
貴方にお仕えする者としての当然の行為です」
エルデネストの言葉に、ベルテハイトは美しい顔をしかめた。
(グラキエスはあの悪魔に対して警戒心がなさすぎる。
……とはいえカフェであの悪魔と睨みあっていては他の客に迷惑か)
ため息をついたベルテハイトはリュートを取り出し、弦の調子を見る。
(……わかってはいたが……やはりあの二人は険悪だな。
まったく、折角グラキエスが初のカフェを楽しみに来ていると言うのに。
ベルテハイトも普段は気のいい男なのだが、困ったものだ)
ゴルガイスは嘆息した。
「このリュートとディーバードで何か演奏させてもらいたいのだが、かまわないだろうか?」
「もちろんです、どうぞ」
ベルテハイトの言葉に、カウンターの向こうからフィリップ君が微笑んだ。静かな旋律がカフェに流れる。ブラックバタフライが、その旋律に誘われたように、グラスに止まり、ゆっくりと羽を半開きにして静止した。
「ん? お前もグラスが気に入ったのか」
ミルクセーキの白に、黒い蝶のシルエットが映える。
カウンターの後ろの席にいたジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)が、それを見てほっとため息をつく。コンパニオンのコスチュームをショールとストールで工夫して、一見してそれとわからないようにして、やってきていたのだ。チーフ・コンパニオンに、疲れが表情にでている、少し休憩していらっしゃい、と言われたのである。
(コンパニオンの私が疲れた表情をしていたのではダメですよね。栄養的には問題ないけれど……
やっぱり、カロリー・フレンドとお水だけで頑張り続けるのは精神的に無理があったのかな……)
緩やかに流れるリュートの調べと、グラスに優雅に止まった蝶。ほろ苦く、薫り高いコーヒーーゼリーに、バニラアイスとシロップの甘さが溶け合う。ゆったりと流れる時間。しばらくぶりのデザートの甘さ。
周囲の様子など、そういえばしばらく見てもいなかったことに、ジーナは改めて気がついた。
「カフェに行く時間があるなら展示内容を把握しないとって思っていたけれど……。
……でも、心に余裕がないといけないのね」
つぶやくジーナに、綾瀬は静か言った。
「精一杯するのももちろん大事です。心の余裕というものもも必要ですわ」
「そうですね……」
グラスのふちに止まる蝶が、かすかに羽ばたく。誰に言うともなく綾瀬がつぶやいた。
何気ない日常こそが、皆の求める夢。……胡蝶の夢のようですわね」
「いらっしゃいませ」
フリルとリボン使いが愛らしいストロベリー・ラテの制服の、エプロンのすそをまっすぐ伸ばし、エリスフィア・ホワイトスノウ(えりすふぃあ・ほわいとすのう)は、フィリップ君に挨拶をした。古くからのバイトではあるのだが、内気でやや男性を怖がる部分があるため、仕事はきちんとしているが、おとなしい印象だ。
「あ、あの……エリス、頑張ってお仕事しますね。
皆様の足を引っ張らないようにしますので宜しくお願いします。
えっと、お客さんが見えたようですので……エリスはオーダーを取りに行ってきます」
丁寧に一礼すると、急いで新しいお客の着いたテーブルに、水とメニューを持っていった。白雪 魔姫(しらゆき・まき)はエリスフィアから水とメニューを受け取り、しげしげと眺めた。
「うん、やっぱりエリスはメイドやフリルの可愛い系の服が似合うわね。
頑張って働いてきなさい。
ワタシには何か……そうねえ、アイスコーヒーを」
「……魔姫様もお仕事に?」
「まさか。ワタシは客として居るだけよ、働く気なんてないわ。
別に一杯で何時間も粘ったりする訳じゃないんだから客として来てても文句ないでしょ?」
「も、もちろんです。ただいまお持ちいたします」
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がそこへやってきた。
「チラシをもらったので500日記念パーティーにさんかしてみんなとあそぶです♪
おねえちゃん、いっしょのおせきでもいい?」
「かまわないわよ」
「ありがとう。このおみせね、ボクはまえ〜に、にみんなと入ったことあるですよ〜」
「ほうほう」
「いろんなステキなししょくとかもあるですね〜。
どれからたべようかなぁ〜?」
「お子様ランチというのがあったようよ」
「わぁ、まずそれと、ジュースをたのむです」
トゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)は、数々の制服を前に、考え込んでいた。
「うーむ。アイスコーヒーかアイスココアか悩むところであるな」
女性用のワンピースタイプの制服を手にとって見る。
「……うむ。余は甘いほうが好きなのでアイスココアにするぞ!
今日は召使になった気分で、みんなと遊ぶぞ!」
犬養 進一(いぬかい・しんいち)は、トゥトゥがカフェのチラシを見て、困っている民をファラオとは放っておけぬ、バイトをする、と言い出したため、様子を見にやってきたのだった。
適当についた二人席。隣のテーブルで相席らしい少女が一生懸命話すのを、若い女性がうなずきながら聞いている。そこへ、少女の注文の品をささげるように持ち、お盆を凝視してギクシャクと現れたのは淡い茶色のリボンをあしらった、キュートな女性用制服姿のトゥトゥであった。
(あっ! ……むぅ。こぼしてしまったのだ。運ぶだけとはいえ、意外と難しいな)
「待たせたな。 すまぬ……少々傾けてしまった」
しょっぱなの失敗に、少ししょげつつトゥトゥがヴァーナーに声をかける。
「きにしなくていいんですよ〜。
おいしそうですね〜。 いただきまーす」
「うんうん、大丈夫よ」
トゥトゥは、そのままぼんやりと横に突っ立っている。
「おい、トゥトゥ! それは女の子用の衣装じゃないのか!?
そんな格好してたら保護者としての俺の趣味、もとい品性が疑われるではないか!」
進一は思わず隣席から声をかけるが、トゥトゥは煩そうにこちらを一瞥しただけだった。ヴァーナーがトゥトゥに声をかけた。
「いっしょにすわって、おはなしするです」
「うむ、よかろう」
楽しげにおしゃべりを始めた3人を見て、隣の席から進一はひとりやきもきしている。
「お客様、ご注文は?」
にこやかなエリスフィアの声に、われに返った。
トゥトゥが帰るまでは、目が離せそうにないな……進一は途切れ途切れにでもパーティが終わるまでの間、何か注文し続けないといけないな……と考えつつ、メニューをめくり始めた。
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