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第三章 巫女の嘆き
「祠に先行し、巫女さんの心を鎮めよう。彼女を慰めれば、嵐の威力が弱まるかもしれないしね」
 そう思ったエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は、エンジュ達に先行して島へと渡った。
「巫女さんの悲しみが嵐を呼び寄せているのかな?」
 叩きつけてくる雨と風、それは拒絶するようで、巫女の悲しみが起こしているのだと思うと、エースの心が痛んだ。
『……誰?』
 唸るような風の中、その女性は一人佇んでいた。
 淡く光る少し地面から浮いた身体は、彼女が既にこの世の人ではない事を示していた。
「ずっとここに一人なの?」
 リリアが抱きしめようと伸ばした手は、だから擦り抜けて。
 それでも代わりとばかりに、そっと心に触れるように、優しく話しかけた。
「一人は、寂しいわ……ずっと、寂しかったわよね」
 リリアの言葉に合わせるように、エースが差し出したのは、ガーベラのプチブーケ。
 潰れないように飛ばされないように、必死で守って来た、その。
「花言葉は希望だよ、素敵なお嬢さん」
『希望なんて私には……』
「他の人の恋のお手伝いをして来たのよね。今度は私達がお手伝いできると思うわ」
 頭を振る巫女を止めるように、リリアはにっこりと微笑んだ。
「向こうにも事情があったのかもしれないし。心変わりりしたとは限らないし。相手の話を聞いて見ないと判らないよ」
 貴女と話をしたいっていう人を、いま連れてきている所だから、とエースが微笑めば巫女の顔が傍目にも分かるほど、変わった。
 期待と不安、嬉しさとそれを打ち消そうとする気持ち、戸惑い……それらが混じった複雑な色は、だけど怒りや憎しみを含んでいないようでエースは胸を撫で下ろした。
 同じく安心したらしいリリアが、『想い』を思い出してもらおうと問いかけた。
「で、巫女さんの好きな人ってどんな感じの人なの?」
『優しい人……』
 ポツリともれた声。
 巫女の胸元でガーベラが揺れる。
 だが。
『……誰にでも、女の子には誰にでも優しかった……だから……あの約束は嘘だった……裏切ったのよ!』
 ごぅっ、と突然、風が吹き荒れた。
 悲痛な叫び、巫女の突然の変化に、エースとリリアは困惑を隠せない。
 高まる感情と比例するように、嵐が再びその威力を増す。
 それでも、僅かな間でも海が凪いだ事が、エンジュ達を助けたのだとエース達が知るのは全てが終わってから。
 今は、激しく揺れる巫女の感情に、翻弄されまいと耐えるのみで。
「いつも通りだと解っているがここまで予想通りだと溜息しか出ねぇな…巫女だかなんだか知らねぇがさっさと成仏しやがれっつの」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)のパートナーたるベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が、我慢の限界とばかりに思わず毒づいた。
「折角、折角海に来たってのに……ッ!」
 本来であれば今頃、海で楽しんで思い人たるフレンディスとの関係を進めていた筈なのである(多分にベルクの希望を含んでおります)。
「まずは巫女幽霊さんからお話を窺えればいいのですが、幽霊さんは心を静めて頂けないと無理そうですので……マスターご協力頂けませんか?」
 なのであるが、そんな風に可愛らしく上目づかいで見上げられて「お願い」されてしまえば、当然ベルクに否と言えるわけもなかった。
 喜怒哀楽に応じて動く超感覚の耳と尻尾をピコピコさせるフレンディスのお願いは本気で悶絶レベルだと。
 なのでベルクとしてはさっさと解決したいのだ。
「殿方には約束を反故にせねばならない何かがあったと思うのです! 既に双方亡くなっているのでしたら、召霊してお話出来ないものでしょうか?」
「ん〜。もしその男が今誰かに取り憑いてて、こっちに向かってるならそれは最後の手段だな」
 一生懸命なフレンディスはいつもながら何て可愛いいのだろう、思いつつ緩みそうになる頬を引き締めベルクは代わりに、錯乱する巫女を強く睨みつけた。
 とにかくアレを何とかしないと……少なくともこちらの話を聞く気になるくらい、落ち着かせないと話にならなかった。
「とりあえず、黙れ。これ以上騒ぐと『死龍魂杖』に魂を封じるぞ」
 半ば脅す気持ちで告げたベルクの眉根が僅かにひそめられた。
 握った死龍魂杖が何か、何かに反応したような気がして。
 それを追求するより先に。
『『っっっっ!?』』
 遂に、かつての恋人たちが、再会を果たしたのであった。
 邂逅する歓喜と……絶望。
『やっと……』
『……結局、貴方は他の女の子を選ぶのね』
 『奈夏』を見た巫女は、顔を歪めて両手で覆った。
 同時に、爆発したかのような雨と風が、襲いかかった。

「リア充爆発しろ!、死んでからも延々とイチャコラされておまけに人様にメーワク掛けまくるっちゅーのは気に食わん、いろいろと」
 庇い合うパートナーや恋人たち、その中で不満を爆発させたのは上條 優夏(かみじょう・ゆうか)だった。
「ただでさえHIKIKOMORIたいのにいつの間にかフィーに連れて来られてイライラしとるんで、とっととこんなトラブル片付けるで」
「うん、そうだよね。折角会えたのにすれ違ったままなんて、哀しいもの」
 乙女チックな所のあるフィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)は、やる気のある優夏にキラキラした眼差しを向けて尋ねた。
「で、どうするの?」
「だてに5年もニートしてへん、あいつらの恋なんぞギャルゲーでいくつも見てるわい!」
「もっとマシな事例ってないの? その類のゲームって年齢規制あるタイプが多い気がするんだけど」
「……まぁそこら辺は、深く突っ込んだらあかん」
 フィリーネの突っ込みを強引にスルーすると、優夏は「ふむ」と考えた。
「とにかくあの巫女を落ち着かせな話にならん。後……互いに隠しとる事、曝け出さんと解決せんな」
「……え?」
 雨に濡れそぼる優夏の表情は、何時になく厳しいものだった。
「……これはもう、誤解を解くしかないけど……」
 やり取りを冷静に見ていた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)もまた考え込んでいた。
 何しろ恋人に裏切られたと思い込んでるのだ、しかも長き時によりその思い込みは凝り固まっている。
 先ほどのエースとリリアのやり方は良かった、けれど。
「突然、豹変したのよね。何か地雷を踏んだかトラウマか……今は彼もいるし、とにかく頑なな心を解す所から始めないと」
 思いつつ、ふとゆかりの胸が疼いた。
 似たような思いをかつて、ゆかり自身も抱いた。
 高校2年の時に付き合っていた彼氏が二股かけていると誤解し、結果的に双方が激しく傷つくような形で別れてしまった経験。
 同じ痛みを持つからこそ、通じるのでは……自らの『傷』をポツポツと話し出したゆかりに、巫女の激昂が鎮まった。
 その瞳がじっと向けられている事に励まされ、ゆかりは諭すように続けた。
「今にして思えば……もう少し彼の言い分も聞くべきだったとは思う。でも、好きな人に裏切られたという想いが強いから聞く耳を持たないし、聞いてもらえない方は、その時点で拒絶されたと思うから」
 難しいよね、という呟きには実感が込められていて。
「ねえ、一度でいいから、彼の話を聞いてあげて」
「本当に彼のことが嫌いなら、嵐なんて起こすはずがないと思うの。もし嫌いになったら、その時点で嫌いな人のことなんかどうでもよくなって、存在自体忘れちゃうもの」
 ゆかりと同じ気持ちで、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)も説得を重ねた。
「でも、今こうして嵐を起こしてるってことは……本当は、その彼に来てほしいからなんじゃないの?」
 巫女の顔に走った動揺は、今度はより大きいものだった。
「なら、もう彼は来てるんだよ? 一度彼の言い分を聞いてからでも遅くないよ。だって、このままじゃ二人とも救われないよ!」
「彼は少なくとも、あなたを裏切ったわけじゃないわ。……だからこそ、却って苦しいのよ……」
「俺とオリバーも長い付き合いやったんやけどな?」
 見兼ねたらしい社が、ふっと口を挟んだ。
「やっとお互いの気持ちに気付いたっちゅうか、一歩踏み出す勇気が出たっちゅうか……」
 見上げてくる終夏の頬が赤く染まり、その凶悪な可愛さに口元を緩ませつつ社は大切な恋人を抱き寄せ。
「二人一緒にいるって幸せな事なんやで? な?、オリバー♪」
「うん!」
 幸せな恋人たちはどちらからともなく、ニッコリと笑み合った。
「こうやって二人でおる事でなんかこう元気になってくるしな♪ これからもよろしくな、オリバー♪」
 そうして、しっかりと寄り添い合う終夏と社、その姿に巫女は唇を震わせた。
 そして、その瞳がおずおずと『奈夏』……否、『彼』へと向けられる。
「沈黙は時に罪、語らぬ事でいらぬ誤解を生み、人を傷つける事もある」
 もう一人。
 【マジカルホームズ】霧島 春美(きりしま・はるみ)が、幽霊をじっと見つめた。
「なぜ彼は来なかったんだろう? 裏切り、心変わり、ただの遊びだったのか? それともなにか理由があったのか? それが知りたかったんですよね」
『……っ!?、止め』
「最初から不思議だったんですよ。貴方は自縛霊ですよね? という事は、貴方が亡くなったのは、奈夏さんに憑いた場所……島へと続く道ならともかくあそこで、あんな砂浜で足を滑らせて海に落ちて溺死、は無理でしょう?」
 風が凪いでいく中、春美の声が空気を震わせる。
 春美が調べた、彼が『来られなかった理由』。
 決定的な事はない、無かったけれど。
「貴方は元々、土地の者では無かった。観光で訪れ彼女と出会い恋に落ちた」
 たくさんの欠片を拾い集めて真実という絵を完成させる、それが探偵だから。
「祠は観光の目玉だった、祠を目当てにたくさんの恋人たちが海を訪れた、彼女はそこの唯一の巫女だった……失わせるわけにはいかない、と思う人がいてもおかしくはないですよね?」
「あぁ、そうか。それで……」
 北都は唐突に思い至る。
 あの時の彼の表情。
 言えなかったのだ、彼は。
 自分が殺されたなどと。
 自分が、彼女が理由で殺された、などと。
 そして春美は、これは推理というより推察だけれども、と思う。
 本当は殺された時、彼は彼女の元に行けたのではないか、と。
 それでも行けなかった、彼女を苦しませたくなかったから。
「でも、私は……私だったら本当の事を知りたい」
 だけど、と思ったのは朱里だった。
「いきなり愛する人がいなくなっちゃったら、それはすごく悲しいし辛いから」
 その瞳に、彼は朱里を見、巫女へと視線を移してから深く頭を下げた。
『……遅くなって、本当にすまなかった』