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リアクション
第三章:「人」を探せ
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は『蝋人形美術館』にいた。
リリアが囮となって蝋人形のモデルに。その間エースがロベルトの調査をすることにしたのだ。
しかし、ロベルトがリリアに指定した面接時間は閉館時刻後だったので、事前調査を兼ねて客として入場していたのだ。
「そもそも蝋人形を見た事無いんですもの。魔法的に造られた石造ならよくある話なんだけど」
リリアは興味津々で蝋人形を見つめている。
「数が多いな。この中から雅羅さんとアルセーネさんを探し出せるかどうか……そもそもここにいるのかも疑問だ」
エースは続けてリリアに言う。
「俺のサイコメトリを使ってみるか。蝋人形が本当にただの蝋人形なら『物品』。そこから情報が読み取れる。
読みとれないならそれは生物か魔法構築物か『ただの物品』じゃないと判る」
エースが初老の執事服をまとった男性の蝋人形に触れようとした途端、
その蝋人形が話し出した。いや、蝋人形の表情は動いていない。人形から人の声が出ているだけだ。
アナウンスを始めると同時に執事の蝋人形が移動しだした。
「本日は当『蝋人形美術館』にお越しいただき、誠にありがとうございます。しばしの間、皆様をこの世ならざる世界へとご案内いたしましょう!」
執事の蝋人形がふかぶかとお辞儀をする。
明るかった室内が急に暗くなり、照明が足元から蝋人形たちを照らし出した。不気味な音楽や笑い声と共に蝋人形たちが動き出す。
「きゃぁあああ、三月ちゃん!!」
「大丈夫だよ、柚。殺気は感じない」
動き出した蝋人形に驚いてしまった杜守 柚(ともり・ゆず)は杜守 三月(ともり・みつき)にしがみついていた。
「こ、この中に雅羅ちゃんとアルセーネさんがいるかもですぅ」
柚の服の裾をぎゅっと握りしめていたのはヴィサニシア・アルバイン(びさにしあ・あるばいん)だ。
「雅羅ちゃんを早く助けて以前のお礼を言わないとですぅ〜〜〜」
「そう、殺気は全く感じないわ、エース」
「単なるからくりか」
音楽は次第に明るいものに変わってゆき、蝋人形たちは元の場所に戻った。
「ひきつづきごゆっくりご鑑賞ください」
執事の蝋人形がアナウンスした。エースは再度、その蝋人形を触ろうとしたが、蝋人形が動き、その手をかわした。
「これもからくりか、ならば」
エースは美術館の床に手を触れたが、すぐにその手を放した。
「どうかしたの、エース」
「リリア、この床はただの物質じゃない。生物、もしくは魔法構造物だ」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は隠し持った小型カメラで失踪者とみられる蝋人形の写真を撮っていた。
ルカルカは事前にシャンバラ教導団のデータベースから蝋人形博物館失踪者リストを閲覧し、『記憶術』で顔と名前を覚えてきていたのだ。
「ロベルトに写真や証拠を突きつけるわ。彼しか元に戻せないなら、脅してでも戻させないとだよ!」
しかし『雅羅達でもやられるって事は不意に仕掛けられたら抵抗し辛い術なのかも』とも思っていた。
ルカルカは美術館に乗り込む前に美術館最寄りのシャンバラ教導団詰所に立ち寄っていた。
ロベルトの出方によっては教導団の出動を願い出ておいた方がよいと判断したからだ。
マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)と林 則徐(りん・そくじょ)の”囮捜査コンビ”に出会ったのはここである。
ルカルカはマイトらと連携することにした。
美術館の人形の中から失踪者をルカルカは次々と見つけ出していた。
「きっと、家族や友達が悲しんでいるわ。許すまじ、ロベルト! よね」
ルカルカは抱き合う二人組の蝋人形に小型カメラを向けた。この二人組も失踪者だ。
「トリア・クーシアとユーリ・ユリンね」
「今年の同人ネタはこれで決定ね! これで勝つるわ!」
デジカメを構えてその二人組を撮りまくっているのはメアリア・ユリンだ。
「いい思い出になるわ〜♪」
「あ、あの……お二人のことをご存じで?」
「ご存じもなにも。うふふふ」
「ご家族様だったりします?」
「はい! ぼーいずめいど☆ユーリちゃんのかーさまです、よろしくですぅ♪」
「えっと、その、ユーリさんには……失踪届が出されているのはご存じですよね?」
「失踪届はメアリアが出したですぅ。恋人ちゃんの分もですぅ」
「では、二人ともまだ帰宅していないんですよね?」
「ここにいることはわかっていたのですぅ。生身に戻っちゃう前に写真を撮りまくっておくのですぅ」
「では、あのですね……トリア・クーシアさんとユーリ・ユリンさんがこの蝋人形になっているのは間違いないですね?」
「はい! 写真はいっぱい撮ったですぅ。充分な素材を頂けましたわ。それでは捜査員さん、よろしくお願いするのですぅ♪」
メアリアはルカルカに手をぶんぶん振りながら嬉しそうな足取りで帰っていった。
「……失踪届を出した人の証言も得たってわけよね。マイトに報告しよう」
第四章:悪魔の工房
「……意外そうな顔だな、確かに私は英霊化する前は男だし、あまり性別を意識する方ではないが……潜入の為に必要とあらば着飾るくらいはやる」
着替えを終えた林 則徐(りん・そくじょ)がマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)の前に現れた。
タイトロングスカートのドレスはデコルテラインを強調したものになっており、林のスタイルの良さがいかんなく発揮されていた。
眼鏡は外している。いつものスーツに眼鏡の姿もクールで美しいが、化粧を施し、紅をさしたこの姿も、より一層クールで美しい。
「確かにリンさんなら申し分ないとは思ってたが……少し意外で驚いた」
「まあ、着飾るのは性分でないのは否定しないがね」
「いや、とても素敵だよ! あの……なんていったかな、中国の有名な美女」
「楊貴妃か?」
「それじゃなくて……」
「虞美人か?」
「そっちでもなくて。敵国に送り込まれて、ミッションクリアして帰って来たのに湖に沈められた」
「西施か? それは褒め過ぎだろう。傾国。稀代の美女だぞ」
「囮とはいえ送り込む側の俺からしては……軍隊を差し向けるのに等しいぐらい強力なウェポンなんだ、リンさんが」
「なるほど、そういう喩えか。その比喩ならば悪くないな」
……マイト・レストレイドは今朝の林とのやり取りを思い出していた。林はロベルトに指定された時刻通りに工房に入っている。
そして、まだ帰ってきていないのだ。
「蝋人形は蝋だ、よって熱で溶ける……直接『焼却』しなくても室内温度がかなり上がれば、人間かどうかの判別は容易だろう。
そして『火』は私の得意領分だ。……火事にならないようにだけ気を付けないといけないがな……それに服装もいつもと勝手は違うし」
林はそう言っていた。
一戦起こしているならば『火災』の恐れもあるのだが、聞こえる悲鳴は美術館内のからくりが起こす『イベント』のものばかりで事件性はなかった。
オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)がロベルトの工房に招き入れられた。師王 アスカ(しおう・あすか)はオルベールと一緒に工房に入った。
「お二人ともモデルをご希望ですか? おひとりかと思っておりましたが」
ロベルトが二人にほほ笑みながら言う。
「いえ、モデルはベルだけで。私は見学させてほしいんだよねぇ。後学のために見ておきたいし〜」
「ほぅ、後学のためとは?」
「私は絵描き。ジャンルは違うけれど、ロべさんの作品には芸術家の精神が宿ってると思うのよねぇ〜」
「なるほど、画家でらっしゃるのですね。それででしたか」
「『それで』とは?」
「石膏の粉ですとか粘土べらですとかを手術の道具か魔術の道具でも見ておられるかのように顔色を変える方が。それがあなたにはなかった」
「ああ、なるほど〜」
「あなたの作品も是非、拝見したいものです」
「ロべさんの作品には負けますよ〜これだけ精巧な蝋人形を作れるなんて」
アスカが見ているのは林則徐の蝋人形だ。ドレスアップした姿だが、躍動感あふれる体勢をとっている。
まるで周囲の敵に備えて構えたかのようであるが、素人のポージングとは思えない自然さ――現実味があった。
二人のやり取りを聴きながら、オルベールはロベルトを観察するように警戒していた。
蝋人形美術館の『作品』を見て回りながらアスカはオルベールとこんな会話をしていたのだ。
「私としては信じたくないのよね〜こんな作品を作れる人が悪い人かもだなんて……」
「ベルとしては同族として信用できないわね。この美術館の趣味だとか……気配みたいなもの? 『悪魔がやってる』と思うのよ」
オルベールは『悪魔』なのだ。
「それに悪魔は自分の目的の為なら一枚も二枚も猫をかぶるわ……人の事言えないけどね♪」
オルベールの心配をよそに二人は意気投合しているようだ。
「こちらの蝋人形がですね」
ロベルトがアスカをオルベールの死角になる場所へ連れてゆこうとした。とっさにオルベールはアスカを追う。
「わたし自身の蝋人形なんですよ」
「自分を自分でお作りになったのですか〜どちらが本物かわからなくなりそうです〜」
「似てはいますけれど、瞬きはしないし、口も開かない。表情も動かない……」
「アスカ! 両方動いてっ……」
動かなくなったアスカとオルベールを前に二人のロベルトの声がユニゾンを奏でる。
「――こうしてあなた方は人形に。その魂も宿したままに」
ロベルトはアスカが常に持ち歩いているスケッチブックを手に取った。
もう一人のロベルトは「お客様が大勢、お待ちかねのようですからね」と工房から美術館に歩いて行った。