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『迫り来る能面』


 ラスボスを倒し、ゲームをクリアしたかに見えたが。
「おかしい……。ログアウトできないわ!」
 現実世界にいるリカインが、狼狽した声で叫んだ。


「一体、どうなっているんだ!?」
 小暮が慌てるのも無理はない。
 彼らの周りにいる警備員の顔が、一斉に能面へと変わったのだ。
 ハッカーが用意した最後の仕掛け。
 それは――。
『ゲーム内にいるすべてのNPCが能面に変わる』ことだった。

 フロア一面を囲む能面の群れ。
 すでにボス戦を経て疲労したメンバーでは、手に負えない。
 そこへ、メンバーの背後からセクシーな声が聞こえた。
「どうやらあたしの出番みたいね」
 声の主は、銀髪碧眼の巨乳美女。
 ゲーム開始直後からたびたび現れた謎のナビゲーターである。
「ベータテスターとして参加していたけど。ついに、正体を表すときが来たようね。謎の美女の正体は――正真正銘の美女よ!」
 そう言って、かりそめのアバターを解除する。
 現れたのはニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だった。
 フロアには一瞬、否定とも肯定とも付かない微妙な空気が流れた。
 たしかにニキータは綺麗なのだが、軍服の下から見え隠れする屈強な肉体は、多くの男性が期待する『美女』のイメージから離れている。
 だが、助っ人としてはこの上なく頼もしい。
 ニキータは能面の群れへと勇ましく立ち向かった。

「俺だって、名誉挽回するぜ!」
 声を荒げたのは、匿名某だ。彼は能面をかぶったまま【真空波】を放つ。
 すぐに接近し、零距離からの【ライトニングブラスト】。敵一体を雷で葬る。
「殲滅して俺の無罪を証明する!」
 意気込む彼だったが。多勢に無勢。
 相手の数が圧倒的に多すぎた。
 一斉にカウンターを受け、匿名の体が吹っ飛ぶ。
 彼は窓ガラスを割り、そのまま地上へと落下した。


「匿名ぁぁぁぁ!」
 ダリルの叫びが、フロアを揺らす。
 しかし、仲間の離脱を悲しんでいる猶予はない。
 能面のNPCは次々と集まってくる。
 絶体絶命だ。

 そこへ、なななからの通信が入った。
「やったぁ! 四天王の居場所をつきとめたよ!」
 嬉しそうにはしゃぎながら彼女はつづける。
「ほら、大人しくしなさいっ。じきに警察だってくるんだからね。もう逃げられないよ!」
 現実世界で繰り広げられる逮捕劇。
 どうやら無事に、なななは匿名四天王を捕まえることができたようだ。
 これでようやく現実に帰れる。
 誰もがそう考えていたのだが――。



「えー! 君たちも解除の仕方を知らないの!?」
 なななの驚愕する声。
 匿名四天王たちは、現実世界に戻す方法など、はじめから用意していなかったのだ。


「舞台も大詰めね。そろそろ本気だそうかな」
 リアル・ワールドの、展示場内では。
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)が、ウィザード級のハッキングを実行していた。最後の仕上げが、もうすぐ終わる。
「チート能力も、宮殿のセキュリティも、みんな私が解除してたのよ。ま、なななは自分がハッキングしたと思ってるみたいだけど」
 コンピュータを改竄しながら、彩羽はニヤリと笑った。

「こちらスベシアでござる。彩羽殿の言うとおり、ハッキングに成功したでござるよ」
 現実世界で待機していたスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が、完全なハッキングをやり遂げた。
 テクノクラート能力で、リアル・ワールドを通常の状態へ戻していく。
「す、すごいわね……」
 スベシアの手際を見て、リカインが感嘆していた。



 リアル・ワールドは修復された。
 ゲームに閉じ込められていたメンバーは、ようやく、脱出することができたのだった。