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ハロウィン・ホリデー

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ハロウィン・ホリデー

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――と、とりあえず貞操は守れたわね……

 台風に襲われたような気分で、ののはとりあえず立ち上がった。それからメイドの一人に命じて、床の水を拭き取らせる。
 暫く遠い目をしてから、ゲームでもしよう、と気を取り直す。
「会場内のお客様がたにお知らせです」
 拡声器などは用意していないので、その場で声を張り上げ、リンゴ咥えゲーム(仮称)が始まることを告げる。
 すると、ぱらぱらと人が集まってきた。

 その中に、黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の姿もあった。
「ルールは簡単です、手を使わずに、桶の中から口だけでリンゴを掴んで、取りだして下さい」
 桶の前に立つののがルールを説明しているのを、天音はことのほか熱心に、真面目な顔で聞いている。仮装で猫耳猫尻尾、鈴付の首輪までして居る姿には非常に似合わない。
 それが面白いのか、ブルーズの口が思わず笑みの形に歪もうとする。が、笑ったりしたら天音は怒るだろうからと必死にそれを押しとどめる。
「実はそれ以外に特にルールとか決めていないので、お友達同士競争するもよし、制限時間内に成功したら恋人からご褒美を貰うもよし、後はご自由にお使い下さい。あ、床が濡れたらメイドにお申し付け下さいね。あと、リンゴは一人一つでお願いします」
 ののが説明を締めくくると、メイドの一人が詰まれていたリンゴを桶の中へと投入する。
「へぇ……リンゴを口で咥えて、ね。ブルーズの口だと噛み砕かないようにするのに力加減が必要だね。参加してみようか?」
 それを見て居た天音は、ふふ、と楽しそうに笑ってブルーズを誘う。
 ドラゴニュートであるブルーズの顎では確かに、簡単にリンゴを噛み砕いてしまうだろう。それを見越した上での天音の言葉に、ブルーズは些かむっとして挑戦を受けて立つ。
 先にゲームを始めていた組が終わるのを待ち、リンゴで満たされた桶の前にしゃがみ込む。
 ぷかぷかと水面に浮いているのは、普通のリンゴよりも一回り小ぶりな、咥えやすそうなリンゴだった。顎が外れる心配はなさそうだ。
 よーい、どん、と合図して、天音とブルーズは同時に桶に顔を突っ込んだ。天音の口のサイズでは、いくら小さいとはいえまるごとのリンゴはころころ逃げ回ってしまう。が、ブルーズは逆に「お一人様ひとつ」のルールを守るのに四苦八苦して居るようで、勝負は拮抗していた。
 しかし、一歩早かったのは天音だ。一つがうまいこと引っかかれば、後はしっかり噛みついて引き上げれば良いだけだ。ブルーズがやっと一つに狙いを定め、噛みつぶさないよう顎をぷるぷるさせながら慎重に顔を上げようとしている横で、ひょい、と顔を上げてしまう。
 飛び散った水で少し濡れた髪から、ぽたりと雫が落ちるのも気にせずに、天音は咥えたリンゴをぽとりと両手の中に落とした。みずみずしく濡れたリンゴから滴る水滴が、天音の指先を濡らす。
「ふふ、真っ赤だね……」
 くす、と笑いながら、天音は真っ赤に熟れた果実の、その艶やかな表面に、ふくらかな唇で吸い付いた。
 と、丁度その時ブルーズがやっと顔を上げたので、天音は横目でちらりとそちらを見遣る。すると丁度、流し目で見詰めるような格好になる。
 目が合った。
 天音はついでとばかり、ふふ、と微笑みかけてやる。するとブルーズは思わず口の中のリンゴを思い切り噛み砕いてしまった。
「……あーあ、だから言ったのに」
「くっ……!」
 からかうような天音の言葉に漸く、先ほど笑った事への仕返しをされたのだと気付いたブルーズだった。

●○●○●

「こんばんは、お嬢さん。そのドレス、凄く似合っていますね」
 ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)は、背後から掛けられた声に振り向いた。そこに立って居たのは、吸血鬼の仮装をしたルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)――ナナの夫だ。
「よろしければ、俺にあなたのお時間を頂けませんか?」
 まるで初対面の相手を口説くような言い回しに、ナナはふふ、と笑ってから、恥ずかしそうに差し出された手の上に手を重ねた。
「なんだか、恥ずかしいです」
「けれど、新鮮でしょう?」
 優しく微笑むルースに、ナナは小さく頷いて返した。
「おや、何か始まるらしい」
 と、にわかにホールの一角が騒がしくなった。リンゴゲームが始まったのだ。
 ルースとナナは手を取り合ってそちらの方へ向かう。
「これはなかなか面白そうですね」
「やってみますか?」
「頑張ったらご褒美なんて、貰えませんかねぇ?」
 甘えるようなルースの言葉に、ナナは解りました、と微笑む。その笑顔でやる気に火を付けたルースは、前のグループがゲームを終えるのを待って桶の前にしゃがみ込む。
 ナナがスタートの合図をすると同時に、ルースは桶に顔を突っ込む。吸血鬼の仮装のため、口には立派な牙を取り付けている。その鋭さを利用して、思いっきりリンゴに突き立てる。
 少し間抜けな格好になってしまったが、しかし思いの外早くリンゴを捕まえる事ができた。
 よし、と顔を上げて、ナナの方を振り向いて得意げな顔をする。本当は、できましたよ、とか言いたいのだけれど、口にはリンゴが挟まっているので何も言えない。
 リンゴを外そうとしたその瞬間、ナナがすっとルースの前に立った。おや、と思う間もなく、ナナはルースが咥えたままのリンゴを、反対側から一口ぱくり、と囓る。
「ご褒美です」
 それはまるでリンゴ越しのキス。
 ルースが期待していたキスとは少し違う形だったけれど、でも、そう言って笑うナナはとても愛らしくて、愛おしい。ルースは幸せそうに頬を緩ませて、牙に刺さったままのリンゴを取り外す。
 そして、ナナが囓った後に軽く口付けて見せた。