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ハロウィン・ホリデー

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ハロウィン・ホリデー

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「エース、ハーブティーを用意したまえ」
 ホールの片隅に優雅に腰掛けたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、パートナーのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)に偉そうに告げた。机の上にはパンプキン・パイ。確かに紅茶でも欲しいところで、またメシエがエースの淹れるハーブティーを求めること自体は珍しいことではないので、エースは渋々ティーセットを借りて給仕している。
 尻尾と羽、それから猫耳を付けたエースはさながら、使い魔の猫、といった雰囲気だ。神父の格好をしているメシエとは少々アンマッチだけれど、それはそれでなんだか雰囲気がある。
「ほら」
 エースはぶっきらぼうに言って、ハーブティーの入ったカップをメシエの前に置いた。ちゃぷ、と透き通った色の液体がカップの中で揺れる。
 パーティーに来ること自体はノリノリだったエースだが(お嬢さん……ののからの招待を、エースが無碍に出来る訳がない)、しかしこうしてメシエとふたりきりになると、どうしても不機嫌が顔を覗かせる。
 メシエが悪いわけではない、そう、理性では解っているから、努めて普通に振る舞っているつもり、なのだけれど。
「エース、いい加減に機嫌を直してくれないかな」
 ハーブティーを一口飲んだメシエが、組んだ指の上に顎を載せてエースの顔を見上げる。
「別に、機嫌が悪い訳じゃ……」
 口籠もるエースに、メシエは小さく笑って、パンプキン・パイを一口、口に運んだ。わざとゆっくりそれを飲み込んで、勿体付けてハーブティーを飲み、それから再びエースの顔を見詰める。
「私の中で一番優先される人物がエースじゃ無かった。それで拗ねたんだろ?」
 原因など分かりきっている。メシエはその、原因であろう以前の事件の事を引っ張ってきて問い詰める。
 エースもエースで、自分が拗ねているだけだと言うことには薄々気づいて居た。しかし、こうして直球で言われると、自分がだだをこねている子どもの様に思えてきて、どうにも矜持が素直になることを邪魔してしまう。
「悪かった」
 しかし、メシエの方があっさりと折れ、頭を下げるものだから、エースは思わず気が抜けてしまう。
 はあ、とため息を吐いてみせて、結局、そうですよそうですよ、と投げやりに肩を竦めた。
「二度とあんな失態犯さない、って約束するなら、許してやる」
 そっぽを向いたままそう告げると、メシエは満足したように微笑んだ。そして、身を乗り出すとエースの顎を捕まえて、そのまま引き寄せ、唇を重ねた。エースは抵抗しない。そのまま、深く深く。
 たっぷりと時間を掛けた仲直りのキスのあと、漸く我に返ったエースは、「公衆の面前ではやめろっ」と取り繕いながら慌てて身を引いた。
 勿論メシエが、「なら、二人きりになろうか」と微笑んだのは言うまでもない。

●○●○●

「あのぉ、ちょっとこれ、丈が短くないですかぁ?」
 うう、とエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は身につけているスカートの裾をぐいっと引っ張った。
 黒とオレンジ、ハロウィンカラーを基調とした、魔女風の衣装――というより、魔法少女の衣装だ。作ってきたのは神代 明日香(かみしろ・あすか)。明日香自身もお揃いの魔女服に身を包んでいる。
「そんなことないですよぅ。ちゃーんと採寸して作ったんですから」
 確かにサイズに合わせて作ってあるだけあって、胸囲やウエスト、袖丈などはぴったりだ。スカートが多少短いのも、可愛らしさをアピールするための仕様なのだけど、どうやらエリザベート本人は気になってしまうらしい。
「ほらエリザベートちゃん、お菓子美味しそうですよ」
 明日香はスカート丈の話からエリザベートの気を逸らそうと、机の上に並んだお菓子の山を指差す。
 すると、エリザベートはスカートの後ろに片手をやりながらも、ちょこちょこと机の上のお菓子を検分して回り始めた。そうしているうち、明日香のもくろみ通りにスカートの事など忘れてしまったようで、気がつけば両手一杯にお菓子の載った皿を抱えていた。
 テーブルを一つ借りて、二人並んでお菓子を広げる。ケーキにタルト、パイ、クッキー、キャンディー、キャラメル、マカロンなどなど。お皿の上に並んだ色とりどりのお菓子を、次から次へ口に運ぶ。
 そうしているうちに、エリザベートの口元には生クリームがぺっとり付いていた。よほど熱心に食べたのだろう。
 明日香はクスリ、と笑うと、エリザベートの頬をつんつん突く。
「どうしたですかぁ?」
「ちょっと、動かないでね」
 振り向いたエリザベートを制すると、顔を近づけ、口元のクリームをぺろりと舐め取る。エリザベートはくすぐったそうに笑って身をよじる。するとその拍子に、足下がすっとしたのか、慌ててスカートの裾を引っ張る。
「やっぱりこれ、丈短いですぅ」
 むー、と不満そうに唇を尖らせるエリザベート。明日香はちょっと残念そうな顔をしてから、そうだ、と手を打ち合わせる。
「じゃあ、人の来ないところで一休みしましょう?」
 更衣室に使った個室は、パーティー中は開いているはずだ。誰も来なければ恥ずかしく無いだろう。
 明日香はエリザベートの手を取って、そっとホールを抜け出した。お菓子のたっぷり乗ったお皿を持っていくのは忘れずに。

●○●○●

――やっぱりフィル君は格好良いなぁ……
 と、ぽーっとした視線を、隣を歩いている恋人、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)に向けているのはフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)だ。
 フィリップは狼の耳と尻尾、それからちょっぴりラフな服装で狼男に、フレデリカは赤いスカーフを頭に巻き、白いミニワンピとボレロで少し大人の赤ずきん風に変身している。
「どうかしましたか?」
 そんなフレデリカの視線に気付いたか、フィリップが不思議そうな顔でフレデリカの顔を覗き込む。フレデリカはきゃ、と少し顔を赤くしてから、フィリップの姿をじっと見て微笑む。
「その仮装、良く似合ってるなって……あ、フィル君が狼男で、私が赤ずきんちゃん、なんだね……」
 申し合わせてきたわけではないので、フィリップ扮する狼男は童話に出てくるような可愛らしい狼男というにはちょっとワイルドな印象なのだけれど、童顔が手伝ってどうにも可愛らしさが抜けない。しかし、フレデリカの赤ずきんも童話の少女というには少々色っぽすぎる。二人並べば丁度良くバランスが取れている。
 フレデリカの言葉に、フィリップもそのことに思い当たったらしい。ちょっと悪戯っぽい笑顔を浮かべて、フレデリカの額にこつんと自分の額を合わせた。
「じゃあ、食べちゃってもいいですか?」
「たべっ……?! や、やだフィル君、変なこと言わないでよ……!」
 途端にぽん、と耳の先まで赤くするフレデリカに、フィリップは慌てて顔を離して、両手を振って弁解の姿勢を示す。
「あっ、いや、あの、変なこと、って意味じゃ……」
 その言葉に、フレデリカも自分の早とちりに気がついてぱたぱたと両手を顔の前で振ってみせる。
「あっ、ち、違うの! 嫌なんじゃないの! フィル君にだったら私……」
 そこまで一気に言ってしまってから、しかしとんでもないことを言ったと気付いてフレデリカは口を噤んで俯く。かぁ、と頭から湯気でも出しそうな程に赤くなっているフレデリカの姿に、フィリップはごくり、と唾を飲み込むと、一歩近づいて、そっとその頬に手を添え、前を向かせた。そして、ゆっくりと触れるだけのキスをする。
「良いんですか?」
 いつもの頼りなさそうな表情は影を潜め、真剣な眼差しがフレデリカを正面から捉えている。フレデリカは暫く口をぱくぱくさせて居たけれど、やがて小さく頷いた。
「……覚悟、しておいてくださいね」
 長いような短いような沈黙の後、フィリップはそう囁いて、もう一度フレデリカに口づけた。