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片思いのリーダー

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 宴もたけなわの時だった。
「おまえがロチェッタ・クッタバットか」
 木樽に腰を掛けていた彼にそう切り出したのは、朝霧 垂(あさぎり・しづり)だった。
「何だ? ああ、酒か。この俺のために給仕までしてくれるたあ、驚いた。楽にしろよ」
「へえ、あんたシラフなんだ。どう、一杯やらないの」
 垂が手にしていたのは、酒豪も垂涎の純米吟醸だった。
「酒は事が成ってからのお楽しみだ。ハイナとふたりで酌み交わしたい」
「景気づけにパーッとやればいいじゃないか。お目当ての奉行は、かなりの酒豪だって話だし。ひょっとしておまえ、下戸じゃなかろう。酌の相手ぐらい出来ずにどうする」
 両手に提げていた酒瓶をどっかと置き、手近のグラスを取り上げる。
「随分とあけすけな女郎だな。冷やかしなら要らんぞ。俺は出発前に、一眠りしたいんだ」
 つっけんどんな印象ではないが、お愛想を向けるほどの余裕は残されていないらしい。
「じゃあひとつだけ確認したいことがあるんだ。おまえさん、ハイナのことをどれぐらい愛している?」
「酔ってんのか。そろそろ勘弁してもらえないか」
「こっちも手を貸す以上は、危険を伴うから。お前の本気度を知りたい」
 ふたりの間に鋭い視線が交錯した末に、ロチェッタは脚を組み替えてため息をついた。
「冗談半分で、葦原に乗り込むなんて事を考えるかよ。ネタにもなりゃしねえ。俺は、ハイナに惚れちまったんだ」
「彼女のどんなところに?」
「おいおい、それ以上聞くのは野暮ってもんだろ」
 目の前の垂が煙たいと感じたロチェッタが腰を上げた。
 バラック建てに引き上げるつもりなのだろう。
「意外と純情なんですかねえ。照れちゃうぐらい惚れてますって、感じだよねっ」
「あん?」
 腰を捻って関節を馴らすロチェッタの前を制したのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。両手でティーセットを抱えて、にっこりと微笑んでいる。
「こんばんは。空大の騎沙良 詩穂だよっ。お酒がダメなら、みんなでお茶でも飲もうよ。……ねっ」
 詩穂は垂へ目配せを送った。
「それじゃあ、俺ももらおうかな。ロチェッタさん、一杯ぐらい良いだろう?」
「分かった。だが、要らん詮索はしてくれるなよ」
「ああ。少なくとも俺はもういいから」
 そう言って垂は、詩穂へと目配せを返した。
 やけに準備のいい連中だとロチェッタは独りごちながら、詩穂の入れるお茶に口を付けた。
「ところでロチェッタちゃん、ラブレターはどれぐらい出したんですか?」
 唐突な詩穂の問いかけに、ロチェッタは盛大にお茶を噴き出した。
「そんな無駄なものを出すわけがないだろ。本人に届くわけがない」
「えーっ!? じゃあじゃあ、人目を盗んで密会とかしちゃってるんですかー? いいなあ、憧れちゃうよねー」
「パラ実である俺が、ハイナと直接対面できるわけがないだろう。てめえらやっぱり冷やかしか、やれやれ」
「ラブレターは送らなくちゃダメだよっ。ふふっ、こんなコトもあろうかと、可愛い便せんと封筒も、いーっぱい取りそろえてきちゃったもんっ」
 詩穂はラブレター御したためセットを握りしめていた。
 それを見たロチェッタは、目頭を押えてお茶の席を辞そうとする。
「俺は俺のやり方でやるつもりだ。それ以外に手段も無い。お前らもそれを承知して事に当たってくれ。だがもし俺の邪魔をするようであれば、容赦なく締めて放ってやるからな」
 これ以上の追求は不可能だと悟った垂と詩穂は苦笑いを浮かべるほか無かった。やがて彼がテントを抜けようとしたところで、躍りかかる少年の姿があった。
「はっはーっ。見つけたぞロチェッタ・クッタバットぉー。人さらいをしようとは笑止千万。俺様たち正義の仲間と、尋常に勝負だあ――ひっく」
 酔っ払いの醜態にハッとなったのは、垂や詩穂だけではなく、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)もそのひとりだった。
「こっちは本物の“できあがり”かあ……って、何をする気だアイツ」
「これでハッキリした――ぅぃっく――やはり総奉行ハイナ・ウィルソンを狙っているというのは本当だったんだなあー。さあ大人しく成敗されろー」
 パラ実の誰かがコッソリと持ち込んでいた酒を無理やり飲まされたご様子のアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)は、酔いの回った勢いで自らの目的を曝露していた。
 この異変に気づいた周りの奴らがアッシュとロチェッタを取り巻いていく。
 ウィザードであるアッシュは、あろう事か魔道士の杖を振りかざして火術を炸裂させた。
「こいつあ、冗談が過ぎるぜ。おい野郎ども、ドブネズミを始末しろ」
 ロチェッタの張り上げる命令を合図に、アッシュが致命的なことを口走った。
「今だっ、チャンスは俺様が作ったも同然だぜえ。ほら、エース、エオリア、坂田っ、派手にぶちかましてやろうぜえっ」
 俺様カッコイイを売るためか、詩穂や垂に向かってVサインまで決める。
 悠々と夕食にありつくフリをしながら敵情を視察していたメンバーが、一瞬にして矢面に立たされたようなものだ。
「よっしゃー、景気づけにぶちのめしてやるぜー。武器だあ、得物もってこーいっ」
 どこの誰かが叫んだそのひとことを皮切りに、宴は一瞬にしてケンカ道場へと変貌してしまった。
「へへ。あいつがロチェッタか」
 群衆に紛れて動向をうかがっていた国頭 武尊(くにがみ・たける)は、アッシュの呼びかけを華麗にスルーしながらロチェッタへと近づいた。
「なあ、このオレに付いてきな。ココから逃がしてやるぜ」
 食器や食料やそれ以外の有形無形のモノが飛び交い始めた中、武尊はロチェッタを先導してバラック街の奥へと紛れ混んだ。
「おい、どこへ連れて行く気だっ」
「君の大それた作戦を支援することにした。同じパラ実の同胞として、力になってやるよ」
 辺りの気配を察知した武尊は、とある着ぐるみを広げてロチェッタへくるまるよう指図する。
「コイツをかぶって身を潜めているんだ。移動手段はこっちで確保する。バイクかジープで迎えを寄越すから、それまでの辛抱だ」
 有無を言わせない武尊は、きびすを返して宴の会場へと走り去っていった。
「何だこれは……」
 白の特攻服は暗闇でも目立つため、彼は仕方なく〈ゆる族の抜け殻〉をすっぽりとかぶることにした。
「ん? なんだ、この匂いは……」
 ゆる族の抜け殻には、ひと束の薔薇が押し込まれていた。添えられたカードにはこう記されている。
 ――女を喜ばせるんなら、華ぐらい持っていけ。
 この時ロチェッタは、薔薇の華が高級ショーツで造られていることに気づけなかった。
 宴の会場ではいくつものテントが倒壊し、集っている者同士でケンカが始まっていた。
「ちょっと君、事もあろうに我らの主犯格をかばうとは、どう言う了見ですか。俺らを裏切ったのか?」
 武尊を見つけたエースが、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)と共に駆け寄っていった。
「裏切ったなんて人聞きが悪いねえ。そうじゃない。オレは君たちと、確かに“同行”した。そしてこの“宴に参加”した。だから、オレが誰の肩を持とうと、それは勝手だろう?」
 含みを持たせた武尊の言い分に、エオリアはクスクスと笑いながらヒプノシスを詠唱する。
「エース、とにかく、この騒ぎを収集した方が良さそうですよ。俺がみんなを眠らせますから、隙を突いてみんなで逃げましょう」
「ああ、エオリアの言うとおりかもな」
 エオリアの判断はもっとものようだが、エースはどうしてもロチェッタのことを追いたいようだ。
「ロチェッタの肩を持つっていうなら、たった今から敵同士と言うことになるな」
「オレはただ、人の恋路を邪魔することはないだろうって言いたいだけさ。愛の表現だって、色々とあるもんだろ? それこそ女性の下着のようにな」
 武尊のサングラスが不気味に輝いた。
「人の恋路を邪魔するのは、確かに趣味が悪いかも知れないが。だが、アイツのやろうとしているのは人さらいだ。そういうのを許すわけにはいかない」
 エースが正論を振りかざすと、エオリアが続いてフォローを入れる。
「僕ならまっ先に葦原明倫館に転校して、ハイナさんに近づくことから始めますけどね。そのほうが正攻法だし、総奉行と居並ぶためには色々と足りないものを補う必要もあるのだから」
「だがそいつぁ、理想論でしかない。清い交際でもってハイナと結ばれるには、どれだけ努力を重ねればいいのかわかりゃしないわな。どうするのかは本人が決めること。そしてロチェッタという男は、腕ずくでモノにするという選択を取ったワケだ」
 そう言い捨てた武尊は、両手を頭上に掲げるようにして格闘術の構えを取った。
 エースもそれに応じて、ティアマトの鱗を手にして身構える。
「おやおや、仲間割れかい」
 ため息をついた坂田 健吉(さかた・けんきち)は、物陰を上手く利用してテントを抜け出していた。
「せっかく上手く紛れ込めたと思ったのに。グロックのアホゥが自爆したお陰で、エラいコトになってきた。残念なリーダーを頭に持つと苦労するぜ」
 健吉はこのまま葦原の城下町へと向かうことにした。
「ロチェッタ一派の戦力は、半端ねえ。ここに集った奴らだけでも500人はくだらねえ。ちょっと大げさな情報を流して、新しい戦力を整えた方が良さそうだ」





 暗がりの中に佇む〈ゆる族〉――の抜け殻に身を包んだロチェッタ・クッタバット――は、近づいてくる二輪車と四輪車の駆動音に身構えた。
 目の前で停車した二輪車は恐らく斥候で、四輪車の方から何人かのパラ実生が降りてきた。
「ロ……ロチェッタさん、ですかい?」
 ゆる族が高級ショーツで造られた薔薇の花束を持って、暗がりにぽつねんと立ちすくんでいる。
 誰がどう見ても、その存在は恐らく脅威の対象だ。
「おう」
 ゆる族の体躯が腹を抱えるように前傾すると、その背後からロチェッタの上体がぬうっと現われた。
「遅かったじゃねーか」
「すいません、クッタバットの旦那。さあ、乗ってください。このまま葦原へひとっ飛びですよ」
「夜討ち朝駆け上等だ。ようし、遣ってもらろうか」
「承知ですわ、旦那。さすがノリが違うっ」
 彼を乗せた四輪車のエンジンが高らかに吠えると、真っ暗なバラック街の目抜き通りへと進み出た。
 すると大通りには、紫色の番傘をさしたひとりの少女が歩いていた。先行する二輪は彼女を大外に避けて停車し、四輪は急制動で地面にタイヤ痕の尾を引いた。
「てめー死ぬ気かっ?」
 口汚い物言いの野郎には目もくれないスウェル・アルト(すうぇる・あると)は、番傘を背中の方へ回してロチェッタを見上げた。
「総奉行に、なにか用事でも?」
「俺の嫁として迎えに上がるところだ。邪魔をするなら容赦しない」
「ロチェッタ、あなたは葦原一国を敵に回そうとしているの」
「そうなるな」
「本気?」
「少なくとも命がけだ」
 スウェルはしばらく黙した。
「ひとりで行ったらいいのに」
「俺が全能であれば、そうしただろうな」
「あなたが本気なのは、わかった」
 彼女が道を譲るに至ったところに、更なる追っ手が四輪車の行く手を阻んだ。黒い影が四輪車に降り立ち、運転手を手刀で打ち据える。
「こういう事は即刻、辞めてもらいます」
 漆黒の正体は紫月 唯斗(しづき・ゆいと)。何やら聞き取れぬほどの早口で呪術の詠唱を終えると、人差し指と中指をそろえて伸ばした手先を四輪車へと叩きつけた。
 重苦しい衝撃波を発した途端に、四輪車の車体が真ん中からひしゃげて中折れし、地面に押しつぶされてしまったではないか。
「グラビティ・コントロールか、面白え」
「御上に面倒が付きまとうと、その露払いとして命を受ける俺達までがとばっちりを被るんですよ。ご勘弁を願えませんか」
「断る」
 唯斗の胸ぐらをひっつかんで放ったロチェッタは、宙空で彼の黒装束がズルリと解けて、その身体が丸太に変わっていたのを認めた。
「クッタバットさんよお、2ケツで行きましょうや。もうじきみんな追っかけてきますんで……って、ほーら来たあっ!」
 警笛を鳴らして爆走する二輪車の他に、先ほどまで宴を満喫していたロチェッタの有志たちが駆け付けていた。
「よし、このまま葦原へ向かうっ。ハイナ、今征くぞっ」
 二輪車へと乗り換えたロチェッタに声を掛ける者がいた。
「ロチェッタ殿ー、俺も連れてってくれー。明倫館のことなら詳しいし、恋の邪魔をするヤツはブチ倒してやるぜ」
 そう息巻いたのはアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)だった。
「頼もしいな。ぜひともその手腕を振るって欲しい。目指すは、葦原明倫館だ。このオレに続けえーっ!」
 アッシュ・グロックが大失態を演じたため、ロチェッタ・クッタバット一派の行軍を許すことになってしまったようである。
 星明かりの照らす原野を、爆音を轟かせた二輪車が疾走していった。
「キミも、ロチェッタ・クッタバットを追うのか」
 二輪車の爆音に耳を伏せながら、アキラに話しかけたのは東 朱鷺(あずま・とき)だった。その傍には番傘をさすスウェルも佇んでいる。
「好きな女の人に告白できるって凄いコトじゃないか? しかも相手は葦原の総奉行。俺にはとてもそんな度胸なんてありゃしないよなあ……」
 ぽそっと独りごちたアキラの本音に、朱鷺が口を開き始めた。
「朱鷺にも、色恋沙汰はよく分かりません。ですが、そう言った度胸も必要になるときが来るのでしょう。……どうです、キミも朱鷺と一緒に、ロチェッタ・クッタバットという男の顛末を見守りに参りませんか。浮いた話ひとつないとウワサの総奉行の反応も気になりますしね」
「そうだなあ、付き合うとするよ。朱鷺殿」
 かくして、敵と味方はロチェッタ・クッタバットを中心に動き始めたのである。