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鋼鉄の船と君の歌

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鋼鉄の船と君の歌

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「あ。始まったみたい」
 ブリッジオペレーターを務めるマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)はどこか羨ましげにつぶやいた。
 窓から外を覗くと、甲板上の熱気が伝わってくる。
「職務中ですよ、マリー?」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)に咎められ、マリーはつまらなそうに口を噤んだ。
「カーリーだって、気になっているのでしょう?」
「それは、まぁ……。こほん。マリー、艦内に異常は?」
「艦内各ブロック、異常なし。機関各部正常。当艦は速度を保ったまま定刻通りに予定航路を通過」
「このまま、何事もなければ良いのですけれど」
 マリーは内心、何も起らないわけがないと予想していた。
 無闇にゆかりの不安を煽る必要もないので、余計な事は言わないでいるが。
 今回の遊覧航行には、不可解な点が多すぎた。
 第一に、艦内の警戒が厳重すぎる事。
 たかだかテロリストに対する備えにしては、人員の配備が行き届き過ぎている。
 これでは、「何者かが襲ってくる事が予定されている」かのようだ。
 第二に、仮にテロリストの襲撃が事実だとしても、目的が不明瞭な点。
 よしんばこの新造戦艦の破壊、あるいは略奪が達成された所で、その先が見えない。
 確かに最新鋭の装備が整った優秀な艦ではあるが、たかが一隻の戦略的な価値などさほど高くはない。
 テロリストが多大な犠牲を払ってまで達成する目的とは、思えない。
 だとすれば、考えられる可能性は大きく二つ。
 相手が、テロリストなんかじゃない場合。あるいは、
「目的は艦そのものではない可能性、か」
 自分の考えを読み取られたかのようなつぶやき声に、マリーはぎょっとして視線を泳がせた。
 すると視線の先では、同僚のダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がモニターを見つめながら、ひとり物思いに耽っていた。
 マリーの視線に気づき、ダリルはふっと微笑んだ。
「君も同じ考えなのだろう、マリエッタ?」
 マリーはさり気なく一瞬、ゆかりに視線を向ける。ゆかりは艦長と、なにやら相談事をしていた。
 それを確認してから、マリーは艦内プライベートチャットを開き、モニター上でダリルと通信する。
「あなたはどう思っているの、ダリー?」
「パーティー参加者の中に、暗殺対象となる可能性の極めて高い人物は四名」
「当然、凄腕の契約者をボディーカードに抱えている」
「暗殺の成功確率は、限りなくゼロだな」
「だったらいっそ、船ごと沈めてしまったほうが容易なのじゃないかしら」
「自殺行為だ。テロリストにそんな気概があるとも思えないがね」
 そう。相手がただのテロリストならば、損得勘定で行動を読みきることもできる。
 しかしマリーは、今回の任務に関する情報を整理するうちに、ひとつの疑念に囚われていた。
「ダリー、あなたは……」
 その時、マリーの担当するモニター上に緊急警報が鳴り響いた。
「っ! 艦長! 機関室より入電、緊急事態発生!」
「なんですって!?」
 ブリッジに緊張が走る。


 ――時間は、少し遡る。
 長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)は艦内機関部の巡回に訪れていた。
「よう、調子はどうだい」
「あ、長曽禰さん!」
 機関室の警備に当たっていた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は長曽禰と顔を合わせると、緩やかに微笑んだ。
「元気そうだな、九条」
「長曽禰さんこそ。えへへ、会えてよかったです」
「うん?」
「い、いいえ! こっちの話です。ところで長曽禰さん、ちょっとお伺いしたいんですけど」
 長曽禰はチラリと左手の腕時計を確認した。
 それを見て九条は、質問を手短にまとめることにした。
「今回の、その。うわさ話についてなんですけど」
「あー……。なんか、色々尾ひれがついて回ってるらしいな」
「お宝が眠っている……可能性がある戦艦で、開催されるパーティーを襲撃って、何か違和感を覚えます。宝を狙って戦艦を襲撃、ならわかるんですが」
「あん? ……なんだ、そういう事になってるのか」
「え?」
「誰が流したか知らんが、この艦にお宝が眠ってるなんざ、根も葉もない噂だ。そんな噂に釣られる賊なんざ、よっぽどのマヌケくらいだろ」
「そう、なんですか?」
「今回の人員増強は、要人警護とクルーの訓練を兼ねた特例措置だ。就任するクルーは、新人も多いからな。万が一の事態に対応できず、他校に恥を晒すわけにもいかねぇ」
「それじゃあ、テロリストの噂って……」
「諜報部からのタレコミがあったのも事実だがな。名目としては、さほど重要でもない」
「なぁんだ」
 九条はほっと胸を撫でおろした。
「あ、おやっさん!」
「おやっさんって呼ぶなっつってんだろ、ヴェーゼル!」
 長曽禰と同じくツナギ姿のハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は、長曽禰に怒鳴られて肩を怯ませた。
「す、すんません!」
「ったく。それで、なんだ?」
「はい、格納庫の担当から連絡があって、長曽禰中佐を呼んで欲しいと」
「……解った。ヴェーゼル、機関部の点検は任せた。あとで報告をくれ」
「了解です!」
「じゃ、頑張れよ九条」
「はい!」
 機関室をあとにする長曽禰の背中を見送ると、九条はどことなく残念そうな表情を見せた。
 それを見て、ヴェーゼルは全てを悟ったかのように頷いた。
「おやっさんも罪な男だねぇ」
「……ふぇ!? そ、そんなんじゃ、ないんだよ? 私は別に、長曽禰さんのことっ」
「はいはい、ごちそうさま。さぁて、お仕事お仕事……っ」
「もう、ヴェーゼルさん!」
 その時。
 機関室の扉の外からけたたましい銃声が鳴り響いた。
「っ!? なんだ?」
「て、敵襲! てきっ、ぐあっ!」
「きゃあぁ!」
 九条が悲鳴を上げた。窓の外を見ると、機関部と機関室の周りを取り囲むかのように、死霊型モンスター・グールが次々と姿を現す。
 その数は見る見るうちに増え続ける。まるで地面から生えるように、一体、また一体。
「九条! ブリッジに連絡しろ! 緊急事態だ! なんだってんだ、一体!?」
「は、はい!」
「ヴオォォォォオオォッ!!!!!」
 グールの攻撃により、機関室のガラスに大きなヒビが入る。
 このままでは、機関室に雪崩込まれるのも時間の問題だ。

「ミカエラ! テノーリオ!」

 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)のテレパシーを乗せた号令が響くと同時に、グールの群れが血しぶきを上げながら破砕する。
 機関部周辺の通路を巡回していたミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)の活躍により、周囲を取り囲んでいたグールの群れは次々と撃破されていった。
「くそっ! こいつら一体、どこから湧いてきやがった!?」
「無駄口を叩かないでテノーリオ。こいつら、召喚獣よ」
「召喚術だとっ!?」
「来るわよ!」
 通路を埋め尽くすように、召喚型魔法陣が次々と浮かび上がる。
 その中心から湧き出るのは、死をも恐れぬ悪鬼の群れだ。
「私たちの警戒に掛からないだなんて、敵は何者なの……?」
「テノーリオは他の兵と協力し、機関室を防衛しろ。ミカエラ、機関部まで降りて、魯粛と合流。エンジンにグールを近づけるな!」
「おうよ!」「了解しました」
 トマスの命令を受け、ミカエラとテノーリオは迅速に行動を開始する。
「まさか、こんな力技で来るだなんて。死に物狂いだな、文字通り」
「こんな時に冗句とは、余裕がお有りですなトマス?」
「君たちを信頼しているんだよ魯粛。そして、我が同士たちもな。他の同士が召喚術の大本を叩くまで、なんとしてもここを死守するんだ」
「心得た!」
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)の剣閃が、近づく悪鬼共を一凪の閃光にて斬り伏せる。
 神速の歩みで機関部を走りぬけ、疾風の如き太刀筋を振るう。
 吹き散る血しぶきが宙を舞い、さながら桜吹雪のようであった。