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瘴気の霧の向こうから

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瘴気の霧の向こうから

リアクション


それぞれの戦端が開く!

「護衛の予定が変わっちゃったわね」
「けど、私たちがいる時でよかったわ」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)の二人は、言葉を交わしながらぐっと高度を上げ、村を視界に収めた。
 酷い状況だったが、それでも善戦していると言えた。即席の要塞のように張られたバリケードは、一度内側から開きでもしたのか、出入り口と思しき部分が崩壊し、敵の侵入を許していた。リネンはそこにまっしぐらに突撃していく一台の車両を見てとり、その進行方向に立ちふさがろうとしている敵を第一目標に定めた。
「リネンよりアイランド・イーリ、ポイントD-8に砲撃支援を要請する!」
 出撃してきた戦艦から、ほぼ間を置かずに斉射が行われた。空を震わせる轟音と共に、風を切り裂いて砲弾が飛ぶ。着弾した瞬間、正門から侵略していた敵は粉々に砕け散った。動揺して動きが鈍った個体がいる一方、空を仰いだ無傷の化け物が金切り声を上げる。わらわらと森から蟲や鳥などの異形が湧き出してきた!
「面倒ね……!」
 リネンは傍らのフェイミィに短く視線を送る。フェイミィは頷きで応えた。そして背後の飛兵隊に短く叫ぶ。
「続け!」
 応答を聞くよりも早く、リネンとフェイミィの二騎は武器を構え、雲霞のごとき敵の群れを突破すべく速度を上げた。



 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が目の前の敵をどうしようか思案していた時、突如蒼天から轟音が響き、爆音とともに目の前の敵を吹き飛ばした。どうも砲撃支援が来たらしいと見てとると、ローズは【ローライダー】のアクセルをぐっと踏み込んだ。
 繊細かつ大胆なハンドルさばきで敵の残骸を乗り越え、立ちふさがる異形を迂回し、時には弾き飛ばしながら砲撃支援によって開いた穴に突入する。左右から再び押し寄せてくる敵に取りつかれそうになった刹那、車両の両側を猛然と通過する銀と白の影が敵の上半分を刈り取って通過して行った。直後に背後から機関銃の支援砲火が届き、追いすがる巨大な獣が転倒する。有利を悟ってローズはアクセルを全開にしたまま村の中に突入した。
 村の中は戦場だった。手近にいた無数の腕を持つ大猿に急ブレーキをかけつつ一撃をぶちかます。ばごんっ、という嫌な音を立てて大猿が吹っ飛ぶ。甲高い悲鳴の後には、弓を構えたまま呆然とローズを見つめる女性がいるだけになった。
「助けに来ました」
 にっこり笑うローズを見て女性は我に返り、早口でまくし立てた。
「あ、ありがとう! 中央に怪我人を集めているんです。あそこに奴らを近づけないように、頼みます!」
 それだけ言うと女性は再び弓を手に次の標的へ走り込もうとするのを、慌ててローズが車両から降りて追う。
「危険ですよ!?」
「承知の上です! すみませんが、助力をください!」
 ローズはその勇ましい声に少し笑顔になると、すぐに顔を引き締め、女性と共に怪我人たちへ殺到する化け物の間に立ちふさがった。【紅王】を鞘から抜き、ぐっと腰を落として青眼に構える。
「わかりました。――この身は力を持たざる人たちのために!」



「待たせたな、騎兵隊の到着だ!」
 リネンが空から、ローザが地上から来る敵を抑え込んでいる間に、フェイミィはオルトリンデ少女遊撃隊と共に怪我人たちの元に到達していた。そこで呻いているのは重傷者たちばかりで、見れば傷ついた体の隣には各々の武具が返り血もそのままに転がっていた。
「救援……!? どなたかは知らないが、助かる! 重傷者を、早く!」
 そういった壮年の男は奇妙な方向に曲がった腕をかばいながら、自力で立ち上がることが出来ない負傷者たちに手を貸し始めた。遊撃隊の騎馬に乗せられるだけの重傷者を乗せたことを確認すると、フェイミィは号令した。
「さぁ脱出すんぞ、後に続け!」
 飛び立とうとするペガサスの前方に、再び空を飛ぶ敵が群がり始める。異形の羽音を聞きとがめてフェイミィが苦々しい顔をすると、その群れに無数の機銃弾が襲い掛かった!
 ばたばたと落ちる蟲や鳥どもの下には、巨大な機関銃を連射してペガサスの離脱を支援する大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)の姿があった。銃撃の間に力強い叫びが飛んでくる。
「支援する! 負傷者を拠点に! 医療班がいる!」
「わかった! 全騎、私に続け!」
 剛太郎が作り出した隙間を縫うように潜り抜け、フェイミィたちは負傷者を連れて離脱した。剛太郎は依然としてそのルートを再び埋めようとする敵を機関銃で叩き落し続ける。暴れる機関銃を強引に抑え込みながら、ほとんど精密射撃と言っていい精度でみるみるうちに空飛ぶ影を叩き落していく。紫の血煙を上げて巨大なハエがはじけ飛び、無数の目を持つ鳥が羽をもがれて落ちる。冷静に、冷徹に射撃を行う剛太郎に、瞬く間に距離を詰めてきた三つ目狼が牙を剥き迫ってきた! だがあえて剛太郎はぴくりとも動かなかった。
「こんな事もあろうかと〜って、違うか〜。あはははは!」
 ゆらりと剛太郎の陰から現れた大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)が手にした刃を雷鳴そのものの素早さで突き出し、狼の三つ目を貫き通していた。
「そぉれぃ!」
 悲鳴を上げる狼の頭を、再びの一刀でかち割り、返す刃で油断なく首を刎ねる。頭部が地に落ちた後も狼の体は飛びのき、跳びかかろうとする一瞬前の姿勢に体を固めた後、ぐったりと動かなくなった。
「助かったよ、じいちゃん」
 銃撃の手を緩めず剛太郎が礼を言う。藤右衛門は血振りをし、もう一度刀を構え直しながら笑った。
「あっはっは。なんのなんの。しかし剛太郎、この連中はやたらとしぶといぞ」
「わかってる。直撃させない限り向かってくるあたり、何かおかしい」
「わかっとるならいい……おぉっと。おいでなすったぞう」
 対空射撃を行う剛太郎を守るように藤右衛門が再び刀を振りかぶる。その姿に、三つ目狼の群れが襲い掛かった。

 ※

 村の門で戦端が開かれる一方、異形の化け物共は無数とも思える数で攻めてくる。こちらの一角でも、虎と狼の首が備わった双頭の獣、多腕の大猿などの獣たちが着実に村を目指していた。
 と、何かを感じたのか、双頭の一つが首を空にもたげる。口から唸り声が漏れた。
「あらあら、首が増えている方もいらっしゃるのですね……本当に、思いがけない幸運ですね」
 木々の間に無数に絡まる触手の群れ、その中央で、楽しそうに笑いながら藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は浮かんでいた。そして幸せに耐えられないとでも言うようにぶるっと震えると、唇をわななかせて息をついた。
「わぁいっ、創作意欲が刺激されますねっ♪」
 木に絡まっていた触手が一息に解ける。ふわりと落下する優梨子に大猿と双頭の獣が襲い掛かる!
 しかし落ちると見せて優梨子は再び宙に逃れる。双頭の獣が驚異的な跳躍を見せる。突如眼前まで迫った獣はしかし、その中心に割り込んだ触手に気付かなかった。高速で奔る触手は刃となり、獣を真っ二つに断ち割った。
「ひとつ、ふたつ」
 追撃する触手がぽん、ぽん、と虎と狼の首をワインの栓のように飛ばす。しかし乱れ飛ぶ触手を、大猿の無数の腕がしっかと掴んだ。一瞬動きの鈍った触手をかいくぐり、大猿が牙を剥く!「御嬢さんも遊撃かい? 助太刀するぜ!」
 声と共にどん、と猿の首元に降り立ったのは柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だ。猿は突然の衝撃に驚き、思わず触手を放して恭也に掴みかかろうとする。恭也が跳び、ぐんと伸びるカムツカを無造作に二回振ると無数の腕が束になって地に落ちた。絶叫する猿の背後の岩に、いつの間に間合いをつめたか、すとんと優梨子が降り立っていた。
「感謝いたしますわ――みっつ」
 ぞん、と疾駆する触手が刃のように猿の首を断ち落とす。最後の首を抱えて、優梨子はいとおしそうにそれを抱きしめる。恭也はそれを見て少し引きつった笑いを浮かべた。
「いやぁ、あんまりいい趣味には見えないなぁ」
「誰しもそう言われる趣味の一つや二つ、持っているものですよ」
 そうして再び優梨子が跳ぼうとしたとき、足元の岩が突如として隆起した! バランスを崩した優梨子はそのまま跳ね上げられ、間一髪木々に触手を絡ませて逃れる。岩としか思えなかったものが『目』を見開く。それは、巨大な岩ガエルだった!
「お任せしてよろしいかしら?」
「ちょっと待ってくれよあんただってやれるだろ?」
 恭也は引きつった笑いをそのままに、浮かぶ優梨子に呼びかける。
「こういう、首がよくわからないものはあまり趣味ではなくて」
「あんたがこうしてるのって、森に潜んでいる奴らをこっそりやっつけて楽にしてやろうって趣旨だろ?」
「さあ? わたくしはみしるしが欲しいだけで」
「まあ、そういうことに」
 しとこうか、という台詞は木々がなぎ倒される音にかき消された。木々をなぎ倒して現れたのは、どろどろと爛れた皮膚をまき散らす、巨大すぎるイノシシだった。恭也はきっと顔を引き締め、優梨子にもう一度声をかけた。
「倒さなくていい、ちょこっと押さえててくれないか? それで貸し借りなしだ」
「よろしくてよ」
 優梨子は笑みを絶やさぬまま頷くと、無数の触手を蠢かせて跳んだ。
「さぁて、そんじゃズッパシ行こうじゃないか」
 ぶうん、とカムツカをさらに引き伸ばして恭也が笑う。そして恭也を押しつぶさんと飛び上がった。だが、それよりさらに早く、恭也は空に『駆けあがった』。【浄土】が空に足場を築いたのだ。
「やっぱこういう戦闘の方が楽だなっ、と!」
 跳びあがった岩ガエルよりも尚高く跳んだ恭也はぐんとカムツカを振り下ろす。岩の皮膚の上で紫の刃が火花を散らし、岩ガエルの頭を断ち割った。



「ソーマ、何かいない?」
 激戦を繰り広げる遊撃者たちとは少し離れた森の中を、清泉 北都(いずみ・ほくと)ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が歩いていた。周囲を警戒していたソーマはところどころに散らばる首なしの獣やバラバラになった植物を見て首を振った。
「いや、こっちの敵は誰かが片付けてくれたみたいだ。代わりに、逃げた奴らの痕跡もあんまり見当たらないな」
 北都は顎に手を当てて考え込む。敵はいないのは助かるのだが、どうも戦闘痕で逃げた人たちの痕跡がほぼ消えかかっている。折れた枝や服の切れ端、血の匂いなど、ないではないが、戦闘痕とまぎれてわからなくなっているものの方が多かった。
「腐った血の匂いで鼻が曲がりそうだ……こいつらの血はなんかおかしい。ドブ川の臭いだってもうちょっとマシなはずだぜ」
「うん。僕でもちょっとしんどいもの。どこかに何かあればいいけど――ん」
 北都がぴたりと足を止め、足元の土をじっと凝視する。木々の間を縫うように足跡が続いている。今までのように獣特有のものではない、明らかに人間の靴による足跡で、それも走って逃げたと見える、多くの足跡だった。
 だが、その上を何かを引きずったような跡がついて回っている。さっと北都の顔に緊張が走り、ほぼ同時にソーマから声がかかった。
「北都、子供の声だ」
 返事をするよりも早く北斗は走り出していた。その後ろにソーマが続く。木の根を蹴って駆け走る二人の耳に、だんだんと子供の叫びが聞こえてきた。そして戦闘の音。木々が蠢き折れる音や、何かが巨木を殴打する音。そして、魔力を練る気配。
 幾つ目かの木を越えた時、北都たちの目に飛び込んできたのは、怯えて固まる子供たちと、それを守るように囲む何人かの老戦士たち。そして、それを追い詰める巨木の化け物だった。
「伏せて!」
 北都が叫んだ時には、ソーマが既に詠唱を始めている。雷霆ケラウノスを掲げ、短く文言を唱えた。
「汝天駆ける光、蜷局巻く竜にして、魔を焼き滅ぼす不滅の槍……今その威光を示せ!」
 どん、と白く輝く雷光が巨木を打つ。一瞬で焼け焦げた巨木が苦悶の痙攣を始める。その火が広がる前に、北都の詠唱が終わった。
「其は水にして風、光にして刃、我が敵に死をもたらす、凍れる吐息!」
 北都の冷却呪法が延焼を防ぐ。ぶすぶすと燻る木の化け物を尻目に、二人は老戦士たちと子供たちに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「おお、どなたかは知りませぬが助かりました。どうにか死者はおりませぬ」
 木の化け物と真正面から相対し、最も衰弱が激しい老人が答えた。深緑のローブに身を包んだ白髭の老人は、杖を支えにやっとのことで立っていた。よろめきそうになるその体を、すんでのところで北都が支えた。
「じさま!」
 泣きそうになりながら子供が駆け寄る。どうやら、この老人が皆のまとめ役のようだった。
 ソーマが北都の元に駆け戻って北都の支える老人を見る。老人が「皆は」と問うと、ソーマは少し苦々しい顔で答えた。
「なんとか治癒できるところまではやったが応急でやれるのはここまでだ。体力や衰弱まではどうにもならない。早く拠点へ……」
 しかし老人は首を振った。ソーマが何か言おうとするのを遮って、老人は強い口調で言った。
「石を探さねば。あれを壊さねば、奴らは死なぬはず」
「石?」
 北都が聞き返す。老人は深く頷いた。
「あちら側からもたらされ、忌まわしい死の世界をここにもたらすもの。我らが、長く闘ってきたものです」