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二日目 前編


 次の日は市内の観光だ。
 案内役の九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)たちがワゴン車でバスを先導し、いろいろな場所へと案内することになっている。
「よろしくね、ロゼさん」
 夏來 香菜(なつき・かな)は一応主催者ということで、ロゼのワゴン車に同乗している。 
「任せておくれよ。とりあえず、今日のルートはこんな感じだ」
 ロゼは手作りのマップを香菜に見せる。
 美味しいもの巡りと、有名なお菓子の工場見学など、様々だ。
「ふうん……なかなかボリュームのある旅になりそうね」
 香菜は感心して言う。
「まあ、市内だけだと行くとこも限られるから、これが限界ってとこかな」
 えへんと胸を張りつつも、ロゼはそう控えめに言う。
「よし。で、まずはどこに行くんだ?」
 シンが助手席から振り返って言う。
「まずは、市場だよ!」
 ロゼは前を指さして言った。


「いろいろあるなあ……」
「すごいです……なにを買えばいいか迷いますね」
 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)が感心して口にした。
 最初にたどり着いた市場も非常に広い市場で、海山物にお土産用のものに、と、様々なものが並んでいた。
「師匠! なにを買うの!?」
 フィリス・レギオン(ふぃりす・れぎおん)がぴょんぴょんと飛び跳ねながら言う。
「そうだな、お土産に、ウチ用にもいくつか、せっかくだから買っていくか」
「わーい!」
 フィリスが嬉しそうに言って、あれ買って! と子供のようにはしゃぐ。
「この独特の匂い、ちょっと苦手だわぁ」
「ま、市場だからな」
 シェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)朝霧 垂(あさぎり・しづり)と並んでいた。
「しかし安いな……やはり、地元で採れたものを並べているのか」
 垂は顎に手をやって食材を眺めている。
「姉ちゃん、食べてみるかい?」
 店員が二人にお土産用の乾燥ホタテを勧める。
「いいのか?」
 垂が聞くと、店員は頷いた。二人が一つずつ手にとって、口に含む。
「……あら」
「美味いな!」
「あっはっは! そうだろそうだろ」
 店員のおっちゃんはゲラゲラと笑って、小さな袋を一つずつ、彼女たちに持たせた。
「せっかく来たんだからよお、ゆっくりしてけや!」
 豪快に言うおっちゃんに、二人は礼を言った。



 昼はジンギスカン鍋を食べることに。
「初めからタレにつけてあるのがオススメ。鍋にお肉と、玉ねぎともやしとか。あとうどんもそのタレで煮込むととても美味しいんだよ。タレがお湯や具材の出汁で薄まったら御飯にかけるのもあり」
 ロゼがそう解説する。
 羊の肉が初めて、という人も多かったが、食べてみるとクセもなく、脂っこくもなくて美味しいと評判だった。
「お母さん、すっごく美味しいね!」
 佐野 悠里(さの・ゆうり)が言う。
「ほら悠里ちゃん、ほっぺほっぺ」
 佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)は悠里の頬を紙で拭いてあげた。
「それにしても、これ、食べても太らないって本当なの?」
 すでに相当な量を食しているセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は聞く。
「『羊の肉は代謝を促す成分が多く含まれています』って書いてあるわね。食べても脂肪がつきにくいんだって」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がメニューに書いてあった解説を見て言う。
「おかわり!」
 それを聞いてセレンは皿を掲げた。セレアナが「もう」と息を吐く。
「カーリー」
「なに、マリー」
 同じくジンギスカンを食べていたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)に話しかける。
「……脂肪がつきにくくなるってことは、あんまり食べないほうがいい?」
「まだ気にしてたの」
 ふう、とゆかりは息を吐く。
「なんでも満遍なく食べるのが大事ですよ。好き嫌いしないで」
 言って、ゆかりはマリエッタがあまり口をつけてない野菜を目の前に持ってくる。
「うう……はい」
 マリエッタは素直に野菜を食べ始めた。


 昼のあとは、街の中心部をおのおの探索することになった。
「現在私は、札幌中心部、大通り公園に来ています!」
 五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は街の中央にある公園で撮影をしている。
「見てください、ハトです! 野生のハトでしょうか、ずいぶんいっぱい飛んでますね」
 公園にいるハトにカメラを向け、それからまた公園の様子を映す。
「噴水もいくつもあります! 有名な都市の中心部だとは思えないですね!」
 少し興奮気味に、カメラに向かって言う。


「あ、あの!」
 地元の高校生らしき女の子に話しかけられたのは、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)だ。
「SAYUMINさんですよね! 私、大ファンなんです!」
「あはは……ありがと」
 あんまり大声で言わないで、と人差し指を立てて言う。周りでは言葉が聞こえたのか、見回す人もいた。さゆみは被っていた帽子を少し深めにする。
「えっと、その……サイン、いただけないでしょうか!?」
 女の子は目をキュッとつむってノートを取り出してさゆみに向けた。
「もう……あんまりこういうことしないんだけどなあ」
 さゆみはそう言いつつも、サラサラと彼女のノートにサインを書いた。女の子が嬉しそうに、笑みを浮かべる。
「はーい。これからもよろしくね」
 そして最後に彼女の手を取った。女の子は嬉しそうに、「はい!」と頷いた。
「おい見ろよ、あれSAYUMINじゃねーか?」
「ん? あれか? なんでこんなところに……」
「やば」
 周りが少し騒がしくなっていた。
「さゆみ」
 アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がビルの影から手招きする。二人はビルの影にあった入口から地下街へと入り、そのまま人混みに紛れた。
「ふう……サンキュ、アディ」
 帽子を被り直して言う。
「わたくしも先ほど追いかけられました。有名人は大変ですね」
「そうね。ちょっとげんなり」
 さゆみは息を吐いて言う。しかし、先ほどの少女の嬉しそうな顔を思い浮かべると、ほんの少しだけ、頬を緩めた。
「悪い気はしないけどね」
「同感ですわ」
 言って、笑う。
 そのまま二人で並んで、なんともなしに歩く。
 すれ違う人がその都度振り返っていたが、しばらくは気にしないで、二人はそのまま、歩いていた。



「ん、このキャラ見たことあるなあ」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、ツインテールの女の子の書かれたイラストに反応した。
「見覚えあるな。なんだったっけ」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が言う。15年ほど前にインターネットを中心に流行した、音楽製作ソフトのキャラクターだ。
「ああ、これな。これも札幌出身なんだぜ。札幌の企業が作ったソフトなんだよ」
「そうなんだ。札幌って結構いろいろなものがあるんだなあ」
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が言うと、涼介が感心したように言う。
「おにいちゃーん! 見て、キャラメル!」
 クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は近くにあったお店を指さす。
「ああ、そんなのもあったなあ」
 ハイコドが懐かしそうに言った。
「せっかくだから食べてみようよ!」
「おいしそうですわ」
 ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)も言う。クレアに引っ張られ、涼介は店へと入っていった。


 お土産屋というか、観光客用のお店を見て回っている者たちもいた。
「パパ、見てこれ!」
 ユウキ・ブルーウォーター(ゆうき・ぶるーうぉーたー)はタオルを指さす。
「KUMA?」
「なんですかぁ、これ?」
 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)はそれを見て笑う。
 とある有名なスポーツメーカーのロゴを真似した、熊のイラストの入ったグッズだった。
「熊カレーなんていうのもある。熊が入ってるのかなあ?」
 ユウキは近くにあった缶を手に取り言った。
「熊って食べれるの?」
「うーん……どうなんでしょうねぇ」
 三人で缶を眺める。原材料には『熊』とは書いてない。
 そんな感じで三人は、ちょっと不思議なグッズを見て回っていた。


「ほら、紫苑、これなーんだ?」
 神崎 優(かんざき・ゆう)たちもそういうお店に来ていた。熊のぬいぐるみのようなものを神崎 紫苑(かんざき・しおん)の眼前に向けると、きゃっきゃと紫苑がはしゃぎだす。
 優はそのぬいぐるみの尻尾の紐を引いた。すると、人形の手足が動き出した。
「あ、いけね」
 たちまち、紫苑はぎゃー、と泣き出してしまう。
「あらあら、驚かすから。よちよち」
 神崎 零(かんざき・れい)は紫苑を揺らして、あやす。少ししたら紫苑は泣き止んで、優は紐を引かないようにぬいぐるみを向けた。きゃきゃ、と、紫苑は再び笑った。
 


 そのあとは有名なお菓子工場の見学をした。長いレーンにクリームをはさんだお菓子が流れていく様子を見るだけでなく、写真を撮影してオリジナルパッケージを作れることもできた。
「羽純くん、できた!」
「へえ、すごいな」
 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)のツーショットが、パッケージの中心のハートマークに入っている。
「食べるのもったいないね」
「そうだな……賞味期限ぎりぎりまでとっておくか」
 笑いながら言う。
「クナイ、どお?」
「あははは、恥ずかしいですね」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)もオリジナルの缶を作った。
 少しだけはにかんだ笑顔のクナイと、にっこり笑っている北都。
「もうちょっと、うまく笑えばよかったです」
 出来上がったパッケージを見て、クナイはそう笑った。




 そんな感じでいろいろと回っている中、ロゼはいろいろなものを買って車の中で食べていた。
「スープカリーとかもいいよね。カレー、じゃなくて、カリー、って言うのがポイントだよ」
 解説しながらミニサイズのスープかリーを香菜に。
「ふうん……スパイシーでおいしいわ」
 昼にたくさん食べたこともあってミニサイズではあるが、ロゼはそうやって、いろいろなお勧め料理を皆に紹介していた。
 お菓子工場でもオススメのお菓子をたくさん買う。ホテルに戻ったら配るとか。
「ジンギスカンにカニしゃぶ……いくら丼。どれも美味いってか上等な食べもんじゃねぇか。ロゼってここにいた頃は毎日のように食ってたわけか、ズルいな」
 シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が歩きながら言う。
「毛ガニは一杯三千円程度、いくら地元でも毎日は食べられないよ……でも、まあ……小さい頃は海に潜ってウニとかとってたなあ、今はもう駄目だろうけど」
 ロゼも歩きながら答えた。
「そうなのか……じゃあ、ラベンダーアイスとか生キャラメルは?」
「観光地用のお土産だね。地元の人は滅多に食べないんじゃないかな」
「なんだ……あ、でも帰ってからも食えるように沢山買っとくか。銀鮭、ホッケにじゃがいも…冷蔵庫に入りきらないくらいの食材を買い溜めてやるぜ」
「いいねいいね、せっかくだからいっぱい買おう」
 そう言って、ワゴン車のドアを開こうとする。が、がちゃがちゃと音が鳴るだけで、一向に開く気配がない。
「………………」
「ん? ロゼ? どうした?」
 エンジンはかかっていた。しかし……ドアは開かなかった。




「えー、さて、それでは残る予定はホテルに帰るだけとなりました」
 シンが冬月 学人(ふゆつき・がくと)と並び、戻ってきた香菜と斑目 カンナ(まだらめ・かんな)、そして、何事かと集まったメンバーの前で話し始めた。
「そうだね、じゃあ、帰ろうか」
「ああ」
 言い、シンはドアを開こうとする。
 が、開かない。学人は反対側のドアや別のドアを開けようとするが、開かない。
「おい……これは……」
 カンナが言う。エンジンはかかっているのに、運転席も助手席も開かない。
インキーしちまってるんじゃあないのか?」


・インキー 

 自動車の車内にキーを差し込んだままドアの鍵を閉める、またはオートロックの室内に鍵を置いたまま外に出るなどして、開けられない状態になること。



「えー、紹介します。ミス・インキーのローズさんです」
 学人が後ろを示す。
「……すいませんでした」
 そこにはロゼが土下座していた。
「あんた免許とって何年目だよっ」
 カンナが叫ぶ。
「まあまあ、本人も落ち込んでるんだから」
 学人が言うが、
「そりゃ落ち込むだろうよ、インキーしちゃったんだから」
「わー! ごめんってばー」
 ロゼが泣きながら叫ぶ。
「まことにすいませんでした……ロードサービス呼んでもらいます」
「だったら早く!」
 カンナが叫んで、ロゼは慌てて電話を取り出す。
「……と、いうわけだ、悪い、香菜はバスで先に帰ってくれ」
 香菜は息を吐いて、
「残るわよ……今日のことを任せたのは私なんだから」
 そう言った。
「香菜さん……ありがとう!」
 ロゼが香菜の手を取って言う。
「と、言うわけだから……先に戻っててくれる?」
 バスのメンバーにそう言うと、メンバーはバスに乗り込んで、そのまま出発した。

 
 しかし、さすがに市だけあって、ロードサービスはすぐ来て、それほど時間をかけずに出発できたとか。
 みなさん、旅行の際には気をつけてね!





「はは……変わんねえな」

 ハイコドはバスに乗らず、ちょっと、寄り道をしていく、と言って一人で出かけた。
 札幌から出て、田舎の道を、一人で進んでゆく。
 やがて、見覚えのある木の根元を叩いて、牧草と、牛の匂いのする場所へとやってきた。
 古びた牛舎に、錆び付いた道具。昔よく走り回って遊んだことを思い出しながら、ハイコドは奥へ奥へと進む。
 そして、そこに頭巾を被って牛の世話をしている、一人の女性がいた。ハイコドは大きく息を吐き、その女性へと近づく。
 女性も気づいたのか、ハイコドのほうへと顔を向けた。
「……や、ばあちゃん。元気にしてたか?」
 ハイコドがそう話しかけると、女性はハイコドの思い出の中にあったのと同じ、優しい笑みを浮かべた。