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リアクション
*******
ある、一教室で。
「……、え」
結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)は、目の前の光景を見てしばし絶句する。
聖獣『深緑の賢梟クロエ』が、赤銅色の羽毛のヒナ鳥を抱いている。
……爆弾鳥だ。話が回ってきているので結和も知っている。
ふわふわした頭の羽をクロエの胸辺りに押しつけ、すやすやと寝ている様子だ。
そしてクロエは――そんなヒナの羽を繕うように優しく嘴でつついている。
どこかで孵化したヒナは、たまたまクロエを目にして、クロエを親だと思ってしまったようだ。
そして――逆刷り込みとでもいうのだろうか。情が湧いたのか。
クロエもまた、このヒナを自分の子供のように思ってしまっているらしい。
呆然とクロエを見る結和に、その心情を読み取っているかのような、そしてその上で心配はいらないとでもいうかのような瞳を向ける。
[大丈夫なのです。がんばるのです。わたしはこのこの母なのですから!]
そんな思いのこもった視線が。
この雛を自分が守るのだと心に決めてしまった様子だ。
そうと見て取り、結和はどうしていいのか分からなくなってしまった。
(…つぶらな瞳が辛い……!)
「あの……クロエ、爆弾鳥、っていうかその、擬似不死鳥のヒナの話……聞いていますよね」
自分と一緒にその話は聞いていたはずだとは思いながら、再確認する。
賢梟たるクロエは人語を解し、その内容も申し分なく理解しているはずである。
そしてやはりクロエの目を見ていると、理解していないはずがないのだと結和には分かった。
如何せん、クロエは結界能力を持つものだから、そこに活路を見出そうと考えているのかもしれない。
クロエの魔力結界は、その強度が大きさに反比例するものなので、雛だけを包み込む様に小さく凝縮すれば、とんでもない硬度を誇る。
もしかすると被害を出さずに済むかもしれない……
[だからわたしが育てます! こんなちっちゃいこを放ってはおけないのですっ]
「でも私の魔力は無限じゃ無いんですよー!」
(1、2回はいけるかもしれないけどずっとは無理!)
その結界の魔力の源となる結和は、頭を抱えてしまった。
何しろ、ずっと傍に置き続ければ約5分半間隔で爆発することになる。
クロエは雛を抱き続ける。事情を知らず、ただ見ているだけならそれは、心安らぐ温かな光景だ。
「……クロエ」
結和は、心を決めて語りかける。
悲しいけれど、その光景を破ってしまう、そのための説得を。
「今のままではやはり、雛は何も変わらぬまま、ただ生まれては成長する前に爆発する、を繰り返すしかないのです……」
「私も…勿論協力するつもりではあるけれど、限界があります。
そうなるとやはり爆発して、周りを傷つけてしまう――
一番近くに居る、母である、あなたを。
自分の力で、自分の意志と関わらず、親を愛してくれる人を傷つける……
いつか雛がそれを理解した時、どれ程に絶望するでしょう」
「だから今は。
この子達が、穏やかな生を謳歌することができるように……
その為に、研究所に戻すことが必要です」
結和の言葉に耳を傾けるクロエの庭水晶の瞳は、どこか澄んだ色をしている。
賢いがゆえにその悲しい言葉に反発する意味を見出せず、ゆえに静かに受け止めている、悲しげに澄んだ色の目を。
「私も医者として魔術師としてまだまだだけれど、きっと、必ず。
この子が一羽のただの雛として、あなたの子に戻れる様尽力します、から……」
静かに言い募る、結和の瞳も同じように、透徹した悲しげな色を宿して、ほんの少し、揺れた。
「お願いです……
私も、あなたやこの子が傷つき合うのを見たくはありません……!」
雛が目をさまし、クロエの顔を見上げて甘えるように嘴を向けた。
クロエも、まるで食餌を与える親鳥のように嘴を近付けた。
その数秒後、クロエは結界を張った。爆発はその中で封じられた。
硬質な強力な結界の中では、ほとんど音もしないほど、ごくごく小さな爆発に抑えられた。
クロエは、雛の代わりに現れた卵を一度、その羽で抱き寄せるようにした。
抱卵するという行為を一度だけなぞるというように。
それからそっと、羽を下ろして、結和の顔を見上げた。
[――お任せします]
結和は頷いて、卵を拾い上げた。
「きっとまた逢えます。必ず――」
結和は卵を【ブリザード】で凍結させると、クロエを連れて、研究チームがいるであろう隔離室へとそれを運んでいった。
*******
弾とアゾートの乗った小型飛空艇は、校舎内も外も縦横無尽に飛んでいく。
「爆発の後には卵があるはずだから、音のした方に行けば効率がいいね」
アゾートのその助言に従い、弾は飛空艇を操りながら聞こえてくる爆音を拾うよう聴覚にも意識を向けていた。
爆音が聞こえてきたらそちらに向かう。
卵は最短の場合爆発直後から30秒で孵化してしまう。急がないと、仮に孵化するところに行き合わせでもしたら最悪だ。
万が一そんなことになったら、【ホワイトアウト】か【スタンクラッシュ】で足止めして退避する。
卵を見つけたら弾は【絶零斬】で、アゾートは【氷術】で凍結させる。
「アゾートさん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
アゾートは弾に操縦を任せている分、自分で眼を張って卵やヒヨコなどがないか、注意深く探している様子だ。
「……アゾートさん、落ち着いてるね」
冷静な彼女の様子に、弾はふと、思ったことを口にした。
イルミンスールを守る以上に、何が何でも爆発から彼女を守らなくてはならないと気負っている弾ではあるが、アゾートは爆発をさほど恐れているようには見えない。無口な彼女のことだから、必要以上に騒ぎ立てようという気にならないだけかもしれないが。
「うん。
……こんな時に、こんなことを考えるのを不謹慎なのかもしれないけど」
「? アゾートさん?」
「……。こんな風に、非日常的な学校の中を、君と一緒に飛空艇で翔けるのは……
なんだか、わくわくしてしまう。楽しいような気さえしてしまうよ」
「!」
「もちろん、学校が滅茶苦茶になればいいなんて思ってないし、しっかり卵を回収するつもりだし、爆発で怪我をするのは御免蒙りたいけどね」
「……僕が守るよ! だから心配しないで」
アゾートの言葉に静かな感激を覚えた弾は思わず強く宣言していた。
「大変なことになっているな」
外からの騒がしさで異変を知って図書館を出たダリルは、騒動を知って、取り敢えずルカルカと合流するべく移動していた。
彼女が鷹勢やパレットのところに行っているのは知っていたので、向かう方向は分かっている。
「ヒャッハー!!」
突然、どこからか声が聞こえてきた。かと思うと、上から何か飛んでくるのが見えた。
反射的に身を低くして飛びのけると、飛んできた何かは爆発した。
爆風に煽られたが間一髪でダリルは避けることができた。
後に転がっているのは卵だ。
(何が起きているのは分からんが)
取り敢えずこんな状況下ではあるが苦も無く冷静さを取り戻したダリルは、機晶星辰銃『天破』に【氷縛牢獄】を乗せて発射し、卵を凍結させた。
顔を上げて辺りを見渡すと、そこは上階の見える吹き抜けのある場所だった。どうやら上階で何かあったらしい。
――「悪ぃ外した!」「何やってるんですか、下の人危ないじゃないですか!」「大丈夫だ次は必ず!」などといった声が微かに聞こえてくる。
「上で何かやっているようだが……」
駆けつけるか、当初の予定通りルカと合流するか。
考えた末に後者を取ることにしたダリルは、卵を拾って特殊施設のある方へと急いだ。
はぐれ魔道書達が、マイトを含めて立てた計画は次のようなものだった。
――ヒナを見つけたら、誰かに懐いて追い回しているにしろ親を探している途中にしろ、襲撃して一時的にでも人から引き離し、引き込む魔力を持つ魔道書のページに閉じ込める。
今のところ、キカミが1羽、ベスティが動物をある程度出した後に1羽、それに揺籃が黒い獣を出した後に1羽を引き受けると言い出し(「白紙はなくても俺の中身なんざ虚無感で満ちてるようなもんだ」)、どうしても自分も頑張りたいとお嬢が主張して1羽を担当。あとは爺さんが……何羽行けるか分からないが、限界まで。
ヒナを発見したら、マイトはそれを直ちにとらえて、高速で魔道書にパスする。魔道書は魔力全開でそれをページに引き込む――ページに入っている間はヒナの時間は止まるが、ヒナの方の力も強いので、あまり長い時間拘束は出来ないだろう。ベスティから出された動物と、揺籃の黒い獣が、ヒナを封じた魔道書を咥えて即座に、全速力で隔離室に運ぶ。部屋の入口で速やかにヒナを吐き出して閉じ込めれば完了、という手はずだ。隔離室には控えている研究員と手動の冷凍機能があるので、爆発後卵化した後自動的に凍結封印されるという。
その「襲撃して人から引き離し魔道書に引き渡す」役を、マイトが務めることになったわけだ。
高速移動を好むマイトには、ヒナのちょこまかした素早い動きにも付いていける機動力はある。だが、その勢いのまま、作業のスピード重視で魔道書に投げつけると間違いも出てくる。スタンバイしている魔道書は本の形態になっているので、他の仲間が手持ちで動かす以外には移動できないし、その仲間もマイトの速度にはついていけない。また爺さんは、本化するとそんじょそこらの辞書などは目ではない分厚さ、すなわち半端でない重量だ。持ってウロウロするのは大変なことで、必然的に、マイトにコントロールの精度を上げてもらうことを要求することになる。
さっきは大きくそれてしまい、爆発寸前のヒヨコが吹き抜けから下に落ち爆発してしまった。
「難しいとは思いますが……出来るだけ慎重に、確実にやりましょう」
リピカはそんな風に控えめな言い方をしたが、マイトに対して不安を感じているとは分かるので、
「すいませんすいません、ガサツで勢い任せで」
変わってマナがそんな風に謝る。
「いえ、そんなことは……爆発の危険に近付きながらの大変な役割ですし、冷静になるばかりでは務まらない役を押しつけて、こちらも申し訳なく思っています」
「あー……(本人はあんまりそういった類のプレッシャーって感じてないと思う……)」
そんな外野のやり取りは意に介さず、
「見つけた! 行くぜっ!!」
誰かを走っているヒヨコを見つけあっという間に飛びかかってそれを掠め取ると、マイトは反動で宙に跳ねたまま、ノーバウンドでヒヨコを魔道書に向かって投げつけた。
ズバン!!
ベスティ、収容完了。すぐにベスティの中から出された鷹が、書物状態のベスティを咥えて隔離室の方へ飛び去った。
「わ〜、ヒヨコがいるよ! かっわいい!
おいでおいでー、みんなおいでー♪」
校内中をルカルカが走り回っている。まるでルカルカが何人もいるかのようだ。
――実際、何人ものルカルカがいたのだが。
【多重影分身・現身の術】で、何人にも分かれたルカルカは、校内中を駆け回ってヒナ鳥を探していた。
爆弾鳥の話が行き渡って、何の備えもない人間は爆音の聞こえた方を避け、いきなり孵化したヒナに懐かれるのを持避けるように慎重に行動していたので、放っておかれたヒナはそこそこいて、そこにルカルカが来ると、皆ルカルカを親だと思って追いかけだした。
「可愛いな〜、爆発する運命なんて背負ってなかったら、このまま連れてって一緒に遊ぶのに」
そんなことを言いながら、ついてくるヒナを確認したルカルカは、時間を確認しながら元いた特殊施設の方へ向かっていく。
爆弾鳥の話を聞いた後、施設内の広間からパレット以外の魔道書達の姿が消えた。ルカルカが、分身で自分がヒヨコを集め、安全な場所で纏めて爆発させた後卵を凍結すると話をした時、パレットが、ここの、『灰の司書』が元いた部屋を使えばいいと言い出したのだ。
「校庭とか使っても、ほかに生徒がいたらやっぱり危ないし。
ここはもともと、司書がいた時にその力が暴走しても耐えられるように呪詛なんかで強化されてた部屋だし、人が来ることもめったにないから大丈夫だよ」
そう言ってパレットは、いったんは片付けられていた呪力の用具などを以前のように戻してスタンバイした。
「俺……ちょっと、皆が何やってるか心配だから、捜して来ていいかな」
パレットは準備を終えるとそう言った。
「わかった。こっちはこっちでやってるから。でも気を付けてね」
ルカルカはそう言って、パレットを送り出した。そして、行動に移ったのだった。
ルカルカが次々に、ヒナを連れて戻ってくる。
危険な目に遭わせたくないと言われて、鷹勢は施設の出入り口でスタンバイしていた。いざという時には扉を閉め、外部に危険を漏れ出さないようにするためだ。
白颯は、施設の周りを走っていた。施設まであと一歩のところでルカルカを見失ったりしてはぐれたヒナがいたら、追い立てて施設までの“正しい”ルートに戻すためだ。
ヒナは施設内の例のガラス張りの部屋にどんどん到着する。あまり誤差があると、まとめて爆発はさせられないし、ルカルカや鷹勢に被害が及ぶ可能性がある。タイミングが重要だった。それはルカルカが承知している以上は、大量のルカルカの分身も分かっているはずだった。
最後のルカルカが部屋に飛び込んできた。彼女についてきたヒナで、もう20羽を超えるヒナが部屋の中にいる。同じ数のルカルカが、ヒナを触って遊んでいた。意図して、なるべく扉から離れた部屋の奥に集めている。
「行くよっ」
その言葉で、すべての分身が纏まって元のひとりのルカルカに戻った。突然の現象にヒナが何が何だか分からず目を見開いてぽかんとしている間に、ルカルカは『聖獣:真スレイプニル』を出すと、それに乗って一足飛びに飛び去った。幸い部屋は広く、天井も高い。ヒナたちは一瞬のことでルカルカを見失い、再び追いかけようと目を向けた時には自分たちが自力で追える高さにはいなかった。
ルカルカが部屋を出た瞬間、鷹勢は扉を閉め、施錠した。
程なく、中で断続的に爆音が響いた。
それが静まってからブリザードですべて凍らせた。
「ヒャッハー!」
ズバン!!
キカミ、収容終了。豹が咥えて走り去る。
「ヒャッハー!」
ズバン!!
揺籃、収容終了。彼の黒い獣が咥えて走り去る。
「ひゃっはー……?」
「ひゃっはー……うん。ひゃっは〜って叫ぶと力でるのかなぁ? ひゃっはー!」
ヒナを投げ続けるマイトの姿をぽかんと見ながら不思議そうに呟いたお嬢に、マナも同調するように呟いて、ためしに叫んでみる。が、
「……よく分からないや!」
「そうなの……」
次にヒナが見つかったらお嬢が受けることになっているので、少し緊張しているのだ。
本化してもあまり大きくもないし重くもないので、マイトの勢いでヒヨコごと吹っ飛びそうな気がして気後れしているのかもしれない。
だが、収容役に自ら志願した以上、引くに引けない。
「大丈夫だよお嬢、何かあってもオイラが飛ばされないように受け止めるから」
リシが力づけるように言うと、マナもお嬢の顔を覗き込んで言った。
「ファイトだよ! きっと大丈夫」
お嬢は頷くと、本の姿になった。
「見つけたぜ! 次はそっちだな、行くぜ!!」
高速で動くマイトは、捕まえるとほぼ同時に、示された方に向かって投げる。
「ヒャッハー!!」
ズバン!!!
お嬢は何とか魔力を開放してヒナを捕え、己の中に収容した。だが、予想通り吹き飛ばされそうになる。リシがそれを受け止めるが、リシも小柄な少年の姿だ。そのまま、飛ばされそうになった。
「あっ!!」
マナが叫んだ時、誰かが駆け寄ってリシと、お嬢を掴んで壁に叩きつけられるのを引き留めた。
パレットだった。
「パレット!」
「なんて無茶なことやってるんだ……」
呆れたようにパレットが言っている間に、収容を完了したお嬢を、ベスティの狐が咥えて隔離室へと走っていった。
一方、特殊施設では緊急事態が起きていた。
「白颯……!」
鷹勢の叫び声を聞いて、隔離室に卵を運ぶ準備をしていたルカルカが施設の外に出ると。
「!」
ヒナが1羽、白颯の尻尾を追うように纏わりついている。
走り回っているうちに、知らないうちに刷り込みされてしまったのだ。
「ど、どうしよう、とりあえずあの部屋に……けど」
どのタイミングで爆発するか分からない。鷹勢はおろおろしている。
ヒナの動きが止まる。
「鷹勢、伏せて!」
そのタイミングを感じ取ったルカルカが叫んで駆け寄ろうとした、その時、
ドゥゴウゥン!
どこか小さな箱の中に押し込めたものが爆発したような音がした。
見ると、白颯の足元に卵が転がっていた。
「応用してみるもんだな」
その言葉と足音とともに、ダリルが現れた。
――この現状を見たダリルは、今まさに爆発しようとしているヒナに【トリプルアルファ】を発動したのだ。
本来なら核融合爆発まで至らせることのできるスキルだが、核融合までは進めず周囲の空間を歪めて立体バリアでヒナを包み、完全に隔離された空間を作ってその中で爆発させた。
「この能力は攻撃以外にも使えるんだ」
要は工夫だ、と平然と言って卵を拾い上げたダリルの姿に、全員ホッと息を吐いたのだった。
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