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リアクション
第2章 24時間調査できますか? ――街中編――
ギィ、と小さく船体を軋ませて、ゴンドラの先が水面を切っていく。
「綺麗な街並みだな」
リブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)はゴンドラに設けられた客用の座席に腰掛け、流れる街並みを水路から眺めていた。
イタリアのヴェネツィアほどでは無いにしろ、街にはそれなりに水路が配されており、その水路を荷運びの船と観光用・移動用のゴンドラが行き交っている。
ゴンドラに乗って街を調査すれば、道に迷うこともなく、また観光客として極自然に街の文化や建物について案内人に質問することが出来た。
「あれは……?」
リブロの隣に座っていたレノア・レヴィスペンサー(れのあ・れう゛ぃすぺんさー)が建物切れ間から見えた、キリスト教会風の建物を指さす。
ゴンドラの舵を取っていた案内人が、柔らかく微笑み。
「あれは魔法協会の本部です。大きくて立派な建物でしょう? 他の街から来た方は皆驚かれます」
「魔法協会、か……」
リブロは、ふむ、と目を細めた。
一方――
「……パラミタに来て初の仕事がこれかよ」
百千 子龍(ももち・しりゅう)は古い道具屋通りに入り込んでいた。
そこは昼間だというのに、路地裏とは違う薄暗さがあった。
古い建物が連なって、そのあちこちから怪しげな煙突が生えている。
細い煙突たちは無造作に折り曲がっており、まるで突き上げられた老婆の腕のように見えた。
通りには変てこな匂いのする霧がかっており、その場の怪しさに拍車をかけていた。
見上げれば、魔女の帽子のようにてっぺんの捻れた屋根の端っこに、カラスやコウモリ、そして大きなフクロウの姿があった。
「…………お、お化けとか、でねぇよな……?」
と、呟いた子龍のそばを通り過ぎた男の下げていた袋が、ガサゴソソソソっと突然動いたので、子龍は「のぎゃぁっっ!?」と飛び退いて、ソロ・モデラート(そろ・もでらーと)に抱きついた。
「いや、お化けなんておらへんやろ?」
ソロが、いぶかしげに子龍の方を見やって言う。
「は、はは、そうだよな。そう。そうだよ、お化けなんていねぇし、つか、べ、別に怖くねぇし、お化けとか」
「子龍の足が激しく震えとる……これは――」
「『武者震い』?」
という聞き覚えのない声が唐突に聞こえて、子龍は再び「のぎゃぁっ!」と悲鳴を上げた。
声の主は、いつの間にかそばに居た星空 夜(ほしぞら・よる)で、小柄な彼は悲鳴を上げた子龍を不思議そうな顔で静かに見上げていた。
と。
「あ、居た居たー」
明るい声を弾ませた笑顔のセレナ・フェリアス(せれな・ふぇりあす)が駆け寄ってきて、のっしーん、と夜に体当たりするように抱きついた。
「まったく、探しちゃったよ〜。目を離すとすぐどっか行っちゃうんだからなぁ……と、あれ?」
そこでようやくセレナが子龍たちに気づいて。
「そっちも聞き込み組?」
「せや」
応えるソロを横に、子龍は呻いた。
「な、なんだよ……何かと思ったら、ただの迷子かよ。驚かせやがって」
「にゃはは〜、なんかよく分からないけど、せっかくだから一緒に聞き込みしようよ〜、ね?」
セレナの問いかけに夜が無言でこくんとうなずき、ソロが「かまわんよ」と返す。
「う……」
子龍は、いまいち何を考えているか分からない夜に若干の苦手意識を感じたものの、『大勢で居ればお化けなんて怖くない』という考えに負け、結局――
「ま、まあいいぜ。とりあえず、なんかあったらすぐに俺たちの後ろに回れよ。俺たちが守ってやるから」
プルプルと足を震わせながら、夜たちに言ってやったのだった。
場所は変わって、白い建物の並ぶ洒落た雰囲気のカフェストリートでは。
「んー、可愛い女の子はどこかなーっと」
夏木 千夏(なつき・ちか)が三上 灯(みかみ・あかり)と共にガールハント……もとい、情報収集に励んでいた。
「にしても、古げな街並みってやーっぱり私の肌には合わないのよねぇ。まあ、この辺りはまだ『そういうコンセプト』の場所だと思えるからいいけど――あ、可愛い子はっけーん!」
「千夏ちゃん、ちゃんと情報収集しないと駄目なんだよー?」
女の子の方へ駆けていく千夏の後ろを、灯がおだんご頭を揺らしながらパタパタと追っていく。
その向こうでは、白瀬 歩夢(しらせ・あゆむ)と白瀬 みこ(しらせ・みこ)が物珍しそうに周りを見回しながら歩いていた。
「ねえねえ、歩夢、見て。あそこのお店、ポットとカップが勝手にテーブルに向かってお茶を入れてるよ!」
「わ……ほんとだ。かわいい」
「ああいうのお土産で売ってないかなぁ?」
「私たち、この世界のお金持ってないよ?」
「歩夢が私を纏って道端で踊ったりしたら、お捻りがもらえるかもよ〜?」
「や、やだよぉ」
ふにゃ、と顔を崩した歩夢を見て、クスクスと楽しそうに笑うみこ。
そして、彼女たちとすれ違う水無瀬 愛華(みなせ・あいか)と美樹 辰丸(みき・たつまる)。
「愛華、疲れてはいまいか?」
辰丸の問いかけに、愛華が少し戸惑った様子を見せてから、ふるふると小さく首を振る。
辰丸が一つ息をついてから。
「遠慮などするな。あと一人への聞き込みを終えたら、いずれかの店に入って少し休むとしよう」
辰丸の言葉に、愛華は少しだけ嬉しそうな様子を見せながら彼を見上げ、それから彼女は俯くように、こく、とうなずいた。
「やれやれ……その引っ込み思案と口下手が少しずつでも改善されると良いのだがな」
辰丸は、そう困った様子というわけでもなく、軽く冗談めかすように言って微笑んだ。
そんな光景を――
ノア・レイユェイ(のあ・れいゆぇい)はカフェテラスの一席から眺めていた。
「やれ……面白いじゃないか」
ノアは煙管の縁を唇に置きながら、微笑んだ。
「ふぉっふぉっふぉ……観察する者を観察するのもオツなもの。情報の得方も十人十色よのぅ」
向かいに座っていた伊礼 權兵衛(いらい・ひょうのえ)がコーヒーカップをソーサーに置く。
明らかにこの世界の格好では無い二人は、周囲の目を気に留めることなくまったりとしていた。
ノアは、ふぅっと煙を吐いて。
「まあ、自分たちのように、こうしてダラリと眺めているだけというのも居るもんだしねぇ」
「何が見えたかのぅ」
「世の中には知らない世界がまだまだあるもんだってことかね」
「ふぉっふぉっ……そりゃあ大きな収穫じゃないか」
ノアは權兵衛に一つ笑みを返してやってから、足を組み換え、頬杖をついた。
中世的な街並み――その中を生きる人々の中で千夏が楽しそうに女の子をナンパしている。
そして、そのまま視線を流せば、噴水のある広場があった。