空京

校長室

重層世界のフェアリーテイル

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第4章 24時間調査できますか? ――酒場編――

 昼時の酒場。
 香ばしく焼き上げられた肉や魚の匂いに混じって漂う酒の匂い。
 窓からの明かりと魔法の光によって照明が得られた店内では多くの者がヒュ昼食と酒を楽しんでいた。
 人々のざわめきと食器の鳴る音の中を歩み、カール・イェーガー(かーる・いぇーがー)はカウンターでグラスを拭いていたマスターを呼んだ。
「マスター」
「注文は?」
「水だ」
「……そっちの方は?」
 マスターの半眼がカールの後ろについていたアレックス・ジーン(あれっくす・じーん)の方へ向けられる。
「俺は……そうだな、この店で一番いい――水だ」
 ズッ、とマスターは若干、体をコケさせた気配を見せたが、それでも彼は水差しの水を注いだグラスを二つ、二人の前へと置いた。
「ありがとう」
「しかし、お前たちも変わった格好をしているな。あそこに居る連中の仲間か?」
 マスターが、店の隅でアクセサリーの販売を行なっているマリリン・フリート(まりりん・ふりーと)プリスカ・シックルズ(ぷりすか・しっくるず)を目で示す。
「似たようなもんだ。俺たちは、共に遠い国から来た」
 言って、カールはグラスを口元に傾けてから、自身のリュートを軽く掲げてみせた。
「一曲演らせてもらってもいいか?」

 カールの奏でるリュートの音に、彼が持っていた携帯の音楽プレイヤーのリズムパーカッションが絡む。
 その伴奏に合わせ、アレックスが「大いなるもの」のお伽話を語り謡うのが聞こえていた。
「んー、ちょっと伝承を誇張し過ぎじゃねぇか?」
 自作のアクセサリーを並べた床の前で胡座を掻いていたマリリンは、二人の方を見ながら笑った。
「ま、そんくらいの方が食いつきがいいってもんか」
「ちょっと! なにボーっとしてるのよ!」
「って!?」
 プリスカに耳を引っ張られ、マリリンはうっすらと涙を瞼で噛みながら彼女の方を向いた。
「別にボーっとしてたわけじゃねぇんだけど」
「してたわよ! してた!」
 プリスカは小さな頬を膨らませて目尻を吊り上げ、マリリンを睨み。
「花妖精たちのお茶会に行きたかった私を無理やり引っ張ってきたくせに、お店は私に任せっきりで、自分はジュースを飲みながら音楽鑑賞だなんて――どこの王様のつもり!? いえ、女王様のつもり!?」
「はは。ジュースが飲みたかったんなら早く言えよ」
 マリリンは笑って、プリスカに押し付けるように自分の持っていたジュースを渡した。
「ちょっ、私が言いたいのはそういう事じゃ――あ、これ美味しい」
 二人はアクセサリーを販売し、その対価として情報を得ることで情報収集を行なっていた。
 本当は魔力を込めたアクセサリーというのが理想だったが、今回は必要な術も物も無かったために、ドクロをあしらったただのアクセサリーを売ることにした。
 それでも物珍しいのか、それなりに手応えはあった。
「だけど、情報の方はからっきしだなぁ」
 やれやれと自分の膝に肘を置いて頬杖をつく。
「古の四賢者について、少なくとも一般市民は誰も何も知らなそうって事くらいか」 
「……みたいだな」
 と、いつの間にか横にしゃがみ込んでいたジルヴェール・ローレン(じるべーる・ろーれん)が言う。
 彼はパスタらしき物がこんもりと盛られた皿を持っていた。
 ガーリックや香草の良い匂いがした。
 くるくるっとフォークで巻き上げたそれを口に含んだジルヴェールを見やりながら、マリリンは小首を傾げた。
「そっちも特に収穫無しか?」
「ん? あー……なんつーか……まあ」
 もっちもっちとパスタを咀嚼しながら、ジルはやたら面倒くさそうな目でダルそうに酒場を見やっていた。
 と。
「……ジル、食べながら、人様に話をするのは……失礼です」
 とん、とジルヴェールの傍らの床にグラスが置かれ、彼の隣にしゃがみ込んだシャルル・フェニキリオス(しゃるる・ふぇにきりおす)の仏頂面がジルヴェールを覗き込む。
 ジルヴェールはそれを気にした風でも無く、相変わらずのゆったりとした速度で口の中のパスタを処理してから、その左目をのったりとマリリンの方へ向けた。
「一応、俺たちもそれなりに聞き込みをしてみたが、まあ……今のところ大した情報は無い。あー……分かったことといえば、この世界の魔法の起源について知る一般人は居ないみたいだってことだな」
 と――店内に起こる疎らな拍手。
 いつの間にか酒場に流れていた曲は終わったようだった。
 客の反応は余りかんばしく無い様子だった。
 異国の珍しい歌を期待していた客たちにとって、どうやら「大いなるもの」の伝承は当たり前の話だったらしい
 だが、それならば、彼らはもっと詳しい情報も持っているかもしれない。
 そう期待したマリリンらの方へ戻ってきたカール達は肩をすくめて見せた。
「伝承の続きや『封印』に関して、知っている者や噂はゼロだ」
「多少の稼ぎはあったけどな」
 アレックスが演奏と語りで得たわずかばかりの報酬を手の中で遊ばせながら言う。
 ジルヴェールが「ご苦労さん」と、のったり言ってから。
「……今んとこは、この辺りが限界かね」
「後は図書館なんかに向かった連中に期待しよう。何か分かると面白いんだが」
 カールの言葉にアレックスが心底から楽しそうに笑む。
「しかし、心躍るな。古き伝承が今、新しい物語を紡ごうとしている。例えそれが、封印の綻びに端を発するものだとしても、興味を抑えることは出来無いな」
「どうせなら、その新しい物語はハッピーエンドにしてぇよな。そのために、あたいらはここに来た……んだか何なんだか」
 マリリンは売り物のアクセサリーを指先でクルクルと回しながら笑った。