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リアクション
闇の発露(2)
「ひさしぶりだな、みんな」
水路を飛び越え、自分と同じフロアに立った者たちを見て、セテカはにこやかに言った。その穏やかな表情、声に、向けられた彼らはとまどった。彼は本当に闇へ堕ちてしまったのか。彼ほど心の強い人が、そんなに簡単に闇の声に屈してしまったのか。半信半疑だったのだ。
黒矢を受けた者は例外なくそうなるとは聞いていた。だが彼は目覚めた直後に失踪してしまい、「そう」なった姿をルカルカたち以外見ていなかったから、どうしても、信じられない心がどこかにあった。
「セテカ…」
バァルは親友の名を呼んだ。もしやとの期待を捨てきれない、渇望のこもった声に、それと見抜いたセテカの口元が歪む。
次の瞬間、セテカの剣が頭上から振り下ろされた。
不意を突かれたとはいえ、バアルの驚異的な身体能力をもってすれば楽にかわせる剣だった。だがバァルは避けようとも、己の剣で受け止めようともしない。まるで、セテカが途中でやめると信じているかのように…。
しかし白刃はそんな彼をあざ笑うかのように、勢いを止めることなく容赦なく迫った。
「危ない、バァルさん!!」
バァルが一切の反応を見せないのを見て、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)がかばい立とうとする。飛び出し、剣を受け止めたのは白波 理沙(しらなみ・りさ)だった。セテカを知らない分、他の者たちと違いためらいなく動けたのだ。
ガチッと鋼同士の噛み合う音がした直後、理沙はセテカの剣を横に擦り流した。大上段から振り下ろされたバスタードソードを受け止めるには、女王のソードブレイカーや理沙の腕力では無謀すぎる。
「セテカさん……あなたの境遇には、同情します。ですが、かといって加夜さんをあなたに殺させるわけにはいきません」
「ほう。なら、どうする? 俺を殺すか?」
「いいえ。あなたを止めてみせます。私たちの全力で」
宣言し、構える理沙に、セテカはやれやれと首を振った。
「きみもバァルも甘すぎる。手遅れになる前に、それと気づければいいが」
続く一連の攻撃を理沙はかわせる場合はかわし、剣で受ける場合も極力擦り流して、どうしてもという場合のみだけ受け止めた。
彼の繰り出す剣げきはすさまじく、重く、早い。
「セテカさん、正気に返ってください…!」
もしかして、と思っていた。
彼は芝居をしているのではないか。何か理由があって、こんなことをしているのではないかと、この瞬間まで、彼女は願っていた。
なぜなら、彼の心はまだ闇に染まりきってはいないはずだから。もしも完全に闇に屈してしまっていたら、心臓と同化した黒矢が元の姿に戻り、彼は死んでいるはず。
だが彼女の受け続けている攻撃は、そんな淡い期待を吹き飛ばす力がこもっていた。
目前、立ちはだかった彼女を斬り殺すことに何のためらいも持っていない、残忍な剣げき。
「あなたは、本当はこんなことをしたくないはずです! あなたはバァルさんの親友で――」
「きみは考え違いをしている。俺は正気だ、ずっとね。ただ、今までと違う視点でも見られるようになったというだけだ」
さらに数度剣を打ち合わせたセテカは、彼女が攻撃に消極的なことを見抜いていた。
彼を止めようとしながらも、彼を傷つけることにためらい、本気で踏み込んではいない。――とことん甘いやつだ。
セテカは剣を狙った。下から斬り上げて、理沙の剣先を跳ね上げる。
「あっ…」
流れるような動作で、彼の蹴りが理沙の右手に入った。しびれた手から、ソードブレイカーが飛んだ。
セテカはもう間合いに入っている。次の一撃はかわせない――冴えた青灰色の瞳が、ほんの少しだけ、彼女を哀れむように見た気がした。
己を深く切り裂く冷たい刃を覚悟した、瞬間。
カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)がバーストダッシュで割り入った。
乾坤一擲の剣で受け止め、セテカを蹴り飛ばす。
「カイル!」
「おまえの意を尊重して控えていたが、これ以上は駄目だ」
下がっていてくれ、そう続けようとしたが、果たせなかった。もうセテカの次の一撃がすぐそこに迫っていた。
「くっ…!」
近づけまいと、ツインスラッシュを放つ。剣圧を伴った斬撃はセテカをとらえたかに見えた。しかしその技を、セテカは全て剣で弾いた。横に振り切られた剣が、カイルごと理沙を薙ぎ払おうとする。
ギイィィンという刃と刃のぶつかり合う音が、間際で起きた。
「セテカ、もうよせ! 彼女たちはおまえを救うために来たんだ!!」
セテカの一撃を止めるため、床に突き刺していたバスタードソードを引き抜く。バァルの動きに合わせて、セテカも後方に跳んで距離を開けた。
「俺を救う? なら、そこの女を俺に斬らせればいい」
さもたいしたことではないように、加夜を剣で指した。
「ばかな!」
一顧だにせず即答した彼の言葉を、まるで小気味よいと言わんばかりに目を細めて。セテカは真っ向から彼に打ちかかった。
「バァルさん…っ」
「2人とも、下がってくれ」
彼の剣撃を、バァルは真正面から受け止めた。
そのまま右に左にと幾度となく剣を打ち合い、重い金属音を鳴らす。これまでの年月、数え切れないほど手合わせをしてきた。手の動き、足運び、癖や息継ぎのタイミングまでも熟知した2人の動きは、まるで剣舞であるかのようになめらかで途切れがない。しかし、びゅうと風切り音をたてて剣が通りすぎるたび、彼らのどこかに裂傷が生まれた。頬が切れ、髪が散り、血が流れ落ちる。
物心つく前からの親友、傍らにいなかったときの記憶などないくらい、2人は常に一緒だった。はっきりと口に出し合ったことはなかったが、互いが半身だということは事実として理解していた。まるで空気のように、その存在を感じ合ってきた者同士。
バァルとセテカ。同じ名を持つ2人が、今、本気で剣をまじえている…。
「こんなの見たくてここに来たんじゃないわ…」
苦々しく、ルカルカはつぶやいた。
「なぜ本気でこない?」
バァルの剣を剣で受け止め、つば迫り合いのさなか、セテカはつぶやいた。
「おまえの実力ならば、俺などほんの数秒で倒せるはずだ」
至近距離から彼の目を覗き込む。そこに宿る暗い光、苦悩を見て、ふうとセテカは息をついた。
「ばかなやつだ」
はねつけるように押しやって、距離をとらせるべく横に払う。
まだ今のままで彼を救えると思っている。懐に入れた人間にはとことん大甘なバァルの考えそうなことだと思った。
彼を救うには2つしか方法はないというのに。そしてそのどちらを選択しようとも、セテカの死は免れない。
(それを俺にさせるな、バァル)
「決断しろ、バァル。俺を取るか、彼女を取るかだ」
セテカは、さらにバァルの心を崖っぷちへと押しやるスイッチを入れた。
「2つともというのは存在しない」
究極の選択を迫られ、懊悩たる思いでためらうバァルに、再びセテカは剣をふるった。
「俺を殺せ」
「――っ…!」
その言葉に動揺した隙をつかれた。
ギィンと音がして、絡め取られたバァルの剣が弾け飛ぶ。
「終わりだ」
冷酷な宣言とともに、セテカの剣が上がった。バァルは先の攻撃で体勢を崩し、片膝をついている。かわしようがない。
「バァルさん!」
セテカの剣が振り下ろされるのを見て、遙遠が間に入った。とっさにバァルを胸に抱き込む。バァルと同じ、東カナンの全身甲冑が剣をすり流した。
ガツッ! と音をたてて剣先が横の床を砕く。同時に、遙遠の伸ばした手が、我は射す光の閃刃を発した。
出力を絞った攻撃だが、それでもセテカの胸甲を砕き、その下に三日月型の傷をつけた。
攻撃に押されるかたちでよろめきながら後退する。
「――これでは駄目だ…」
セテカはだれにも聞こえない声でつぶやいた。
「遙遠、無事か!?」
バァルは己の盾となった彼の背に、さっと手をすべらせて確認をとった。甲冑に傷が走ってはいたが、貫通はしていない。
ほっと息をついた彼を待っていたのは、いつになく冷淡な光を浮かべた遙遠の青い瞳だった。
「――バァルさん、下がっていてください。今のあなたでは足手まといです」
きっぱりと言い切る。
「……っ、だが、セテカをあのままには…!」
「思い出してください。あなたはここへ、何のために来たんですか? 何を望んでいるんです?」
そらすことを許さない視線、ごまかしを許さない声だった。もしそんなことをすれば、たちまち彼の軽蔑を買うことになるだろう。
ぐっと床についた手が、こぶしをつくった。
「わたしは………………セテカを……連れて帰りたい」
「そうです。その思いは遙遠たちも一緒です。そのために遙遠たちはここにいるんです。そこに生か死かなんて、二者択一はあり得ません。だったら迷うことなんて何もないじゃないですか」
そっと横から伸びた手が、バァルのこぶしに重なり、そこにこもった力を解くように開かせた。
「諦めては駄目です。諦めなければ、きっとバァルさんの思いは彼に届きます。絶対に、セテカさんも救い出しましょう」
紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)がやわらかな笑みでバァルを見ていた。
バァルの頬に走る傷に指をすべらせ、血をぬぐう。遥遠は慈悲のフラワシで彼を包み込み、癒した。
「ばかなことを考えるものだ」
胸の傷に触れ、手についた、決して少なくはない血を見ながらセテカがせせら嗤った。
「一撃で倒しておけば、これ以上の惨事は防げただろうに」
さもこれから起きることはおまえたちのせいだと言いたげに、セテカは剣を持ち上げ、見せつける。
バァルたちはまだ床に膝をついたままだ。剣を構え、斬り込んでいく彼の利き手に、じゃらりと重い音をたてて横から鎖が巻きついた。
直後、ぴんと張られた鎖を手繰り寄せるように引く者。それはファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)だった。
「セテカよ、そんな心配は無用じゃ。おぬしにもはやそれを成すことはできん」
「それはどうかな?」
持ち替えられたバスタードソードが振り切られ、凶刃の鎖が切断される。
そのまま彼女に向かおうとした一刹那、彼はぞくりとうなじの毛がそそけ立つような気配を感じ、本能的に身を沈めた。
直後、ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)のキレのいい回し蹴りがセテカの頭のあった位置を薙ぐ。
「……ちぇッ。相変わらず勘のいい男だねェ。そういうの、キライじゃないけどさァ」
残念がりながらもどこか楽しげな声で、ヒルデガルドはぺろりと唇を舐めた。
「はァい、元反乱軍の指揮官さん。おひさしぃよねェ。アンタが今日の相手だなんて、超ラッキー♪ あたし、あの会議室で初めて会ったときからアンタとは一度ヤッてみたいと思ってたんだァ」
「そうか?」
「アンタ、あっちもこっちも強そうだもんねェ。テクもありそーだしィ。だからサ、一緒に悦しもうよ、2人でさァ」
体の両脇にそって指をすべらし、身をくねらせる彼女のあからさまな誘いに、セテカは苦笑した。
「了解した。いつでも来い」
「オッケー」
ヒルデガルドは目を輝かせ、同時にこぶしで打ち込んだ。神速、軽身功を効かせ、数発連続して叩き込む。
初速にこそとまどったものの、高速攻撃はバァルで慣れていた。そしてバァルに比べれば、彼女の方がまだ遅い。従来の勘の良さも幸いして、セテカはヒルデガルドの猛攻を全て紙一重で避け、お返しとばかりに剣で薙いだ。
「おっと」
真上に跳んで避けたヒルデガルドの足が、さらに剣の腹を蹴って宙返りを果たす。頭を狙ってのかかと落とし。頭は避けられたが、肩にきまった。
肩の鎧が弾け飛び、ガランガラン床を転がって水路に落ちる。
「はっはぁー! いいねェ、その動き! アンタやっぱすごいじゃん! ここンとこ、もうゾクゾクしてきちゃった…!」
そう言う間にも、ヒルデガルドはこぶしと蹴りを連続技で繰り出していた。
セテカはブレイドガードを発動させ、可能な限り剣で受けたが、受け止めきれない。二段蹴りを腹に受けて後ろに滑った彼を見て、ヒルデガルドはこれぞ絶好のチャンスと思った。
新しく覚えた技を試すにピッタリだ。チャージブレイク発動、こぶしに力を集束させる。
「これでもくらいなぁッ!!」
バーストダッシュの勢いも乗せて、閻魔の掌を放つ。しかし彼女の攻撃を読んでいたセテカの回し蹴りが、いち早く決まった。
腕でガードしたものの、数々のスキル発動で防御力が下がっていた彼女はこれを防ぎきれず、吹っ飛んだ。
「うわあっ!」
「あほかーっ!! 相手の力量を考慮して判断せんかーッ! 体勢も崩れていない相手にカウンター食らいかねん大技を出してどーする!!」
ごろんごろん床を転がった彼女にファタの叱責が飛ぶ。
「ちくしょおォッ! 考えながらなんて、そんな頭使った戦い方できっかよォ!」
腕の力で跳ね起きた彼女に真っ先に見えたのは、肉迫したセテカが振り下ろすスタンクラッシュだった。
避ける暇はない。
「ヒルダ!」
恐怖をにじませた声で思わず名を叫んでしまったファタの前、ヒルデガルドはすばやく両腕を交差してそれを受け止めた。
彼女の肌は硬膚蟲によって常に高質化している。通常であれば腕を落とされ、頭から割られているこの攻撃も、床をも砕く衝撃と裂創ですんだ。
「ヒルダ! 無事かっ!?」
「あわてんな! ちょーっと骨まで切られたぐらいだ! ヒビくらいは入ったが落ちちゃいねェ!!」
すかさず足払いをかけようとしたヒルデガルドの動きを読んで、セテカは跳び退き距離をとる。
そこに、ファタの奈落の鉄鎖が飛んだ。
軸とした足に突然かかった負荷により、バランスを崩したセテカの体がぐらりと揺れる。
「ファタ!! 何ひとのお楽しみの邪魔してんだよォ! これからだったのに!」
すっかり熱くなっていたヒルデガルドが、猛烈な怒りを発した。
「のぼせたか、あほうが! 今はそういう時ではないじゃろうが!! そんなにヤりたかったら後日挑め!! それこそ殺し合いじゃろーがベッドでの真剣勝負じゃろーが、止めはせんわ!!」
ファタもまた、痛烈に罵り返す。
そんな彼女たちの前、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がダッシュローラーで飛び出した。
「セテカさん、ごめんなさいっ!!」
横から体当たりをかけ、セテカとともに床を転がる。
「……ッ…」
倒れる際、胸の傷を強打してしまったセテカは苦痛に顔を歪ませた。彼を仰向けにして覆いかぶさりながら、ルカルカはドラゴンアーツを発動させ、彼の手足を押さえ込む。
「何を…」
「私は決めてるの。一度握り合った友の手は、何があろうと絶対放したりしないって…!」
目と目を合わせ、真摯に訴えた。
「ばかなことを。俺の死は決定事項だ」
「そんなこと言わないで! なぜこれだけは信じてくれないの? 今までどんな苦しい戦いの中でも、あなたは私たちを信じてくれていたじゃない。あれは全部嘘だったと言うつもり? そんなこと言ったって信じないから! あなたがとんでもないうそつきだって、知ってるもの!
お願いセテカさん、どうか私たちを信じて! きっとあなたを救ってみせるから!」
そんな彼女たちの元へ、仲間たちがいっせいに駆け寄った。円になって彼を覗き込む顔の中にはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の顔もあった。
「セテカ君…」
「リカインか」
横につき、セテカの額にそっと触れた。汗ではりついた前髪は色が濃くなり、金というより元のこげ茶の色に近い。
リカインは腰に吊るしてあった袋を探り、彼の父親から借りてきた陶器製の小さな肖像画を、彼に見える位置に掲げてみせた。そこに描かれているのは、幼いころの彼の姿である。
「これ、何か分かる? 覚えてるかしら? セテカ君」
「……ああ。覚えている。まいったな…」
まさかこんな所で、こんな格好のとき、見せられるとは思いもしなかった。
「どこからそんな遺物を掘り起こしてきた? バァルか?」
「これ、あなたのお父さまが貸してくださったの。昔からずっと、荷物に入れていつも持ち歩いていたんですって。どんなに仕事が忙しくても、何日も帰れなくても、これを取り出さない日はなかったって…」
そっと、絵姿の輪郭をなぞった。何度もそうされたように、絵姿のそこだけ、色が薄まって剥げているところがある。
「ねぇセテカ君、闇ってそんなに居心地いい? ここにいて、あの魔物たちと一緒にいて、何かいいことあった? 心が満たされた? 私、これ以上のものなんてないと思うわ。これほどの愛情に勝るものなんて…」
肖像画を、傷のない、心臓の真上に置いた。そして、その上から手を被せ、額を押し当てる。
(ごめんねセテカ君、みんな。あれだけのことを言っておいて、私、結局同じことしようとしてる。
ただ、わずかな可能性でも、今の私にはそれが全てだから。たとえこの手が彼に届かなくても、みんなが最後まで戦う力を譲ることができるから…)
「もとのあなたに戻って、セテカ君…」
そして、どうか生きて…!
リカインは全身全霊の祈りを込めて、サクリファイスを放った。
自らを犠牲にして、その場にいる者全員の回復を行う魔法…。
穏やかな春にも似た、温もりに満ちた慈愛の光は全員にそそがれ、ヒルデガルドやセテカ、そしてモレクとの戦いに傷ついた者たちまでも癒した。
その引き換えに、リカインは瀕死状態となってセテカの上に倒れ伏す。
「リカイン…」
大きく深呼吸をし、セテカはため息をつくようにその名を呼んだ。
彼女が自分に何をしてくれたか、分かっている。
穏やかな声。手足から力が抜けている。
「セテカさん?」
元に戻ったか? だれもがそれを期待した。
リカインに触れたがっているのかもしれない――床に押さえつけていたルカルカの手が緩む。それが、とんでもない思い違いだったと気づいたときには遅かった。
「――俺を殺せと言ったのに」
「きゃあっっ」
「うわっ」
剣が一閃し、セテカは再び彼らから自由になった。
サクリファイスは回復魔法で、彼の体の傷は癒しても、心臓と同化している黒矢を払うことまではできなかったのだ。
「セテカ!」
バァルが、傷ついた彼らをかばって立った。
「なぜ殺さなかった? 殺せたはずだ」
「死なせたくないからだ! おまえが嫌がろうが関係ない! 引きずってでも、わたしたちはおまえを絶対に連れて帰る! 薬がなんだ! 薬が手に入らなくても、わたしたちがきっと治してみせる! その結果がたとえ今のままのおまえであろうと……それがどんなにおまえにとってつらいことであろうともだ!」
バァルの声からは、完全に迷いが払拭されていた。
彼を見つめる眼差しには、何がなんでもそうするという決意しかない。
「そうです、セテカさん! 僕らと一緒に帰りましょう!」
「お願いだから戻ってきて! セテカさんっ」
その背後に集まった者たちも、口々に彼を説得しようとし、だれ1人彼に剣を向けようとしていなかった。彼が殺そうとしていた加夜ですらも。
加夜の膝に抱き起こされたリカインを見る。彼女がその代表だ。彼女が何を思い、してくれたか、セテカは正確に理解していた。
誠実な彼女。迷いもなく他人のために身を投げ出す。その献身は、何物にも換えがたく、尊い。
ああ、そうだ。きっと彼らならそうするだろう。彼がいくら加夜を殺そうとしても、押さえつけ、捕らえようとしこそすれ、決して殺そうなどとは考えない。
セテカとしてはもう、笑うしかなかった。できることなら、これだけは選びたくなかったのに。
だが彼らから与えられた思いに応えるには、もはやこれしかない。
「――まったく……殺してくれればいいものを、俺にこんなことをさせるとは」
「セテカさん…?」
声の響きになんらかを感じ取った遥遠がつぶやく。その思いを伝えるように、隣の遙遠の袖を、きゅっと握り締めた。
全員が、大なり小なり不穏な予兆めいたものを感じていた。
ただ……苦笑するセテカが、あまりにも以前と同じ、優しい目をしていたから。
彼らに語りかけたその声が、あまりにも穏やかだったから。
ついに自分たちの思いが彼に通じたのだと、彼らは――――油断してしまったのだ。
「ひとつ貸しだぞ」
皮肉げなつぶやきのあと。
セテカは自らに剣を突き込んだ。
「セテカ!!」
「セテカさん!!」
「うそおっっ!!」
「そんな……やだぁ!!」
倒れるセテカの姿に、全員の口から悲鳴が上がった。
止める間はなかった。邪魔されることのないよう決意していたように、彼の動きはすばやかった。
長剣に貫かれたセテカは、地に倒れる前に死していた…。
同時に治療薬から光が放たれて、ゲームが終了したことを告げる。
『このフロアに最初に足を踏み入れた人間――』
「――ああ、そうきたか」
昏倒したダリルの傍らから立ち上がったモレクが、全てを理解してつぶやいた。
「頭の回るやつだ」