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リアクション
第3部 霊魂
「んぱー。んぱー」
「んぱ? んぱぱあ」
「んぱぱぱ。ぱあ」
「んぱんぱんぱんぱ!」
「んぱぱー!」
「んぱっ」
「んぱぱっぱっぱっぱ」
ここは、トコロテンだらけの用務員室。
1人だけ正常な人間がいた。リルハ・ルナティック(りるは・るなてぃっく)だ。
「あらまあ。なんてザマでしょう。物が散らばっちゃって……。脳みそは正常が一番ですね」
リルハは、まだ半分くらい残ってる瓶を手にした。そばには、「ドピース」と書いた紙も置いてある。
「これがドピースね。ふふふ」
他には、別の瓶としょうゆ入れがたくさん転がっている。
「こっちがイデスエルエね。これは私には必要ないわ。……あら。こんなところに……」
ちゃぶ台の下に落ちていた紙の切れ端に、気がついた。
『ドピースは何度でも使用可能。イデスエルエは一度使うと半日以上は使用不能。効果なし。又、』
紙はここで破れてしまっている。おそらく、続きはにゃん丸の服に付いていった部分だろう。
「まあ、仕方ありませんわね……」
ガララッ。
表から遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)が顔を出した。
「イレスレルレ、ありますかあ?」
「この瓶がイデスエルエじゃないかしら。あと、しょうゆ入れもだいたいそうだと思うわ」
「ありがとうー。これがないとラリラリ退治できないもんねー」
遊雲はイデスエルエをいっぱい鞄に詰めていく。
「この説明書きもよかったらどうぞ」
「わあ。これ大切なことだね。遊雲がみんなに言っとくね!」
「そう。……実は、こっちにもあるんだけど、もっと持って行く?」
「うん。持ってくー」
リルハはドピースの瓶から少し分けてやり、遊雲に持たせてやった。これで大混乱間違いなしね……。
「リルハちゃん。親切にありがとうー。ばいばーい!」
遊雲は何も疑わずに、出て行った。
リルハは残ったドピースの瓶を出して、うっとりと見つめた。
「遊雲さん。私も負けないわよ……」
「みんな〜。イレスレルレだよ〜」
遊雲は、野球場の売り子のようにイデスエルエを持って、校内を回る。
「イレスレルレだよ〜。ラリラリ退治に欠かせないよ〜」
「面白そうじゃん! へへっ! 1つもらうぜ!」
クライブ・アイザック(くらいぶ・あいざっく)だ。
「お嬢ちゃん。ラリラリがどこにいるか、わかる?」
「わかんない。みんなも困ってるもん」
「そっか……よし。オレが見つけるぜ!」
クライブは、考えた。ラリラリは人の集まるところに出没するという報告がある。ということは……そうだ! みんなが見に来て集まっちゃうような「変わった何か」があればいいのかな。
そして……
「よいしょっと」
クライブは、校庭の真ん中に変なカカシを差した。
「んぱ〜〜〜」
それはなんと、トコロテン・メガネを磔にした、“トコロテン・カカシ”だ。
「わあ。変なカカシ〜!」
さっそくやって来たのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。
「でも〜なんか足りないなあ!」
「それはどうかな。現に、このカカシを見に来たじゃないか。ラリラリも来てる気がするぜ」
「じゃあ、えいっ!」
ぴちょん。
詩穂は何の躊躇いもなく、イデスエルエを自分に注入した。
瞬きしないように瞼を押さえつつ、辺りをキョロキョロする。
「どうだ? いるか?」
「ラリラリいなーい。あ、でも、なんか霊がいるよ。馬? いや、あなたは……もしや! ペガサスさんですかあ?」
校庭には、何故かペガサスの霊がいた。
「なんだ? オレはペガサスのペガリーナ・ペガドロビッチ・ペガリシャスだが」
「うわあ。すっごーい。はじめまして。わたしは騎沙良詩穂です。詩穂でいいですよー」
「詩穂。……おまえ、かわいいな」
ペガリーナは詩穂を気に入ったようだ。ふわふわとトコロテン・カカシの上を浮きながら、詩穂に問う。
「おまえ、乗るか?」
「ええー! いいんですかあ?」
「あ。ダメだ。オレ霊だから、透過しちゃんだよな。乗せられないや。ちぇっ」
「あのお。すいません。そしたらお願いがあるんですけど……」
「なんだ?」
「ここらへんに、“スカイぼっとん”してもらってもいいですか?」
「スカイぼっとん? ああ、これのこと?」
ぼっとんぼっとん。透明な美しいスカイぼっとんが次々と産み落とされていく。
「まあ、きれい。りっぱ!」
遊雲は感激しているが、一度霊から離れたものは徐々に実体化していくようだ。そのため……
「うわ! なんだこれ! きったねえー!!!」
イデスエルエを使っていないクライブにも、トコロテン・カカシの頭にかかったぼっとんが見えた。
「んぱ……ぱ……」
詩穂はもう感激のあまり涙を流しながら、
「これはこれは見事なぼっとんです。ご主人様。本当にありが……あああああ!」
目を閉じてしまった……。
「クライブちゃん。代わりにペガリーナ様にお礼を言ってくださーい!」
「ああ、しょうがねえな。つーか、そんな名前だったのかよ。まあいいや。じゃあ」
ピチョッ。
「えっと、ペガリーナさん! どこですか? 詩穂ちゃん。いないぜ?」
「いませんか? おっかしいなあ」
「ああ、どこにも見当たらま……しほちゃん」
「はいい?」
「……」
「なんですか? ちゃんとペガリーナ様を捜してくださいですよ?」
「……だいすきっ!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
“ぼっとんカカシ”は注目を集め、どんどん人が集まっていた。
「うわっ。なんだこれ」
「きったねー」
汚いだけなので、すぐに立ち去ろうとするが……それはできなかった。
ぼっとんぼっとんぼっとん……。
たった今、調子に乗ったペガリーナが、ぼっとんカカシの周囲10メートルくらいにスカイぼっとんをしまくっていた。
イデスエルエをまだ入手してない者にとっては、突然何もない空間からぼっとんが落ちてくるわけで、この“スカイぼっとんサークル”から無理に出ることはできない。
サークルの中心、すなわちぼっとんカカシのそばにいるのが一番安全なのだ。
そして……その群衆の中に、リルハが混ざっていた。
「ちょうどいいですわ」
リルハは持っていたドピースの瓶をみんなの頭上に放り投げ……
バギャアアアアン!!!
アサルトカービンで撃ち抜いた。
「うおっ! 冷てえ!」
「なんだっ。これ」
スカイぼっとんを警戒して空を見上げていた者は、みんなドピースを食らってしまった……
「さあ。みなさん。ドピース祭りですよ〜!!!!」
ところが……
ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)とパートナーのマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)が目を合わせても……
「ベアはどう? いつも通り?」
「ああ。マナを見ても、いつも通りだ。それに、あそこにペガサスの霊が見えるぜ」
「ということは、これは……」
「ああ。間違いなく、イデスエルエだな」
振り向くと、ドドーン!
ただでさえノロマそうなカバが、ボケーッと立っていた。
「もしかして、これ、オレに憑いてる霊?」
カバはじろりとベアを睨むと、
「ふわ〜あ」
アクビをした。
「こんな奴がオレに憑いてるなんて……すみません。チェンジお願いします!」
しかし、ここは風俗店ではない。カバはチェンジと言われてますます不機嫌になり、悪態をついた。
「熊じゃなくて悪かったな」
「いや、別にそういう意味じゃねえんだよ。ただなんか……って、おい! アクビすんな。人の話聞いてんのかよ!」
憤って拗ねているベアを見て、マナは大笑いだ。
「わ、笑うなよ。よし、おい、カバ。お前、なんかご自慢の特技を見せろよ!」
しーん。
「特技だよ、特技!」
「しょうがねえな……ふわ〜〜〜〜〜〜あ」
カバが一段と大きなアクビをして……おしまい。
「……え? アクビ? アクビが特技だあ?!」
マナはもう笑いすぎてのたうち回っている。
ベアは、自らの意志で瞬きをした。それが最後の手段だったのだ。
怒りを通り越して抜け殻のようになったベアを、マナはただ慰めるしかなかった。
「よしよし」
「んあんあ……」
哀れ。ベアの脳みそは、ほとんどトコロテンになっていた……。
雨宮 夏希(あまみや・なつき)はシルバ・フォード(しるば・ふぉーど)の背後にいる霊を見て、すぐに目を背けた。
「もしかして、何か悪霊でも憑いてたのか?」
「……いえ。これはわたくしの口からは何も。ご自分でお願いします」
目を逸らした夏希の視界に、地面を撥ねる透明なカエルが入ってくる。
「あ、ども。オイラ、マグノリ阿太郎」
「カ、カエル……あなたが私の守護霊ですか?」
「守護霊とか、そういう言葉はよくわかんないケロ。人間が勝手に言ってるだけケロ。あ、でも、だいたいいつも一緒にいるケロよ」
「そう……だいたい……? いつも一緒……」
「それにしても、珍しいケロね。こっちの世界をのぞきに来るなんて。ケロロン」
「えっと、阿太郎さん……実は、訊きたいことがあるんです」
「何ケロ」
「……私は、なぜこの世に生まれたんですか?」
「そんなこと知らないケロ。それよりオイラが訊きたいケロ。オイラ、なんで霊界にいるケロ? バカだからわかんないケロ。ケロケロケーロ」
守護霊のアホッぷりにショックを受けた夏希は、静かに目を閉じた。
「あ。なんで行っちゃうケロ。おーい。なんでケロー?」
阿太郎はぴょーんと跳んで、シルバの頭上を越えていき、何かに乗っかった。
シルバが振り向くと……そこにはインド人のおっさんが阿太郎を肩に乗せて立っていた。しかも、シルバのことを睨みつけている。
「よく来たな」
「あ、ああ。お前、……インド人か?」
「俺のことをお前って言うな! それに俺には俺の名前があるんだ!」
「あ、ごめんごめん。なんて言うの?」
「お前なんかに言わねえ! それよりなあ、ずっと前からお前に言いたいことがあったんだよ」
「なんだなんだ。俺のことはお前って言うのかよ。ひでーな」
とは言いつつも、シルバは内心で期待していた。何か人生における重大な指針をくれるような気がしていたのだ。
「なんだ。なんでも言ってくれ」
「お前……辛いもの食べろよ!」
「そんなこと?」
霊は、辛いものが苦手なシルバに怒っていたのだ。
「克服しろ! 今日から毎日、カレー食え!!」
「……そんなことより、もっと人生訓的なことを聞かせてくれよ」
「ああ? 人生訓?」
「人生訓があれなら、もっと簡単なことでもいい。たとえば、俺はどんなことに気をつけて生きていけばいいのかな?」
「うん。そうだな……お前はよ、甘い話に気をつけなくちゃいけねえな」
意外と真剣に考えてくれて、シルバは少しホッとした。
「ああ、詐欺とか、そういうことか?」
「バカヤロウ! そんなことじゃねえ! 食べ物のことだよ! ケーキ食ってる暇があったら、カレー食えよ! カレー! カレー食えって! カレーだよ! カ、レー、を、食、え!」
カレーの話しかしない守護霊に、シルバの堪忍袋の緒が切れる。
「うるせえ! 勝手なことばっかり言ってんじゃねえよ! どっかいっちまえ! あばよ!!! 夏希、行こうぜ!」
パチン!
自ら瞬きをして、夏希の手を取った。
阿太郎が寂しそうに見つめていた。
「オイラ、なんでここにいるケロ……?」
声を荒げるシルバに、「静かにして」と注意したのは、向飛 雉里(むかひ・ちさと)だ。
雉里は、自分に憑いている霊と将棋を指していた。
「まったく、集中できないじゃない……ていうか、そこのカエル。あんた邪魔。盤に乗らない!」
「ケロ……」
雉里の霊は、“秋葉の殺し屋”と呼ばれた伝説の真剣師(賭け将棋指し)、大川軽暗だ。
「すみません。雉里さん。瞼を閉じて対局が終わってしまう前に、1つお願いがあるんですが」
「なんでしょう」
「この対局のお金、前払いにしてもらえないでしょうか」
「は? 勝つつもりでいるの?」
「はい。たまたま勝ってしまいそうなので、すみません……」
大川はこの世に借金をたくさん残していて、そのせいで成仏させてもらえない借金霊だった。この対局も、雉里に勝って借金返済に充てようという考えなのだ。
瞬きをこらえる雉里の目はピクピクと震えていた。たしかに、このままだと負けそうだ。でも……
「霊のくせにお金のことばっかり言って。信じられない。なんて守護霊なの……」
雉里の目は、乾いて涙がボロボロだった。元々近視なこともあり、もう盤上の駒が見えなくなっていた。
「あの、すみません。泣かないでください」
「泣いてるんじゃないの! でも、あなたみたいなお金にだらしない人が私の霊なんて……ほんとに泣きたいくらいよ!」
怒った拍子に、瞬きをしてしまった。
しかし、怒りながらも雉里は気がついていた。今の実力では、まだこの霊には勝てないということに。だから悔し涙も混ざっていたのかもしれない。
「ち、ちくしょう……バカあ……!」
阿太郎は、大きな声を聞いて顔を上げた。
「おいコラ。誰に言うとるんじゃボケ! 飛呂野組3代目、飛呂野昌造ゆうたら日本のこっち側で知らんもんはおらんのじゃ。ああ! わかっとるんか!」
「いや、あの、ここは日本じゃなくて――」
「じゃかああしい! ボケえ! わかっとるわ!」
「す、すみません……」
自分の守護霊に怒られているのは、大草 義純(おおくさ・よしずみ)だ。
彼は、ラリラリの霊を倒してほしいとお願いしたのだが、頼む相手が間違っていた。同じ極道の血を引いてるだけに、飛呂野昌造は厳しかった。
「ったく、甘ったれたこと抜かしやがって。……おいコラ! 瞬きすんな! ボケえ!」
バレていた。大草は、瞬きして平和な時間を取り戻そうと思ったが、甘かった。
「す、するわけないじゃないですかあ〜……ははは」
「いいか。大グソ」
「お、大草です……」
「瞬きしたら……いてまうぞ」
「ひっ。そ、そんな……」
大草が困り果てていると、突然昌造が手を挙げて叫んだ。
「おい! 昌太郎! 昌太郎やないか!」
「え?」
大草が振り向くと、そっくりのヤクザがいる。
「おう。久しぶりじゃのう。……兄貴!」
昌造の双子の弟、昌太郎である。
そして、そのすぐ後ろから、それはもうツラそうな表情で歩いてきたのは、ヤクザが全然似合わない椎名 真(しいな・まこと)であった。
「あ。大草君。君も瞬き禁止かな……」
「ええ。まさか椎名さんにこんな……僕はまあ身内があれなんで仕方ないけど、いやあ、まさか椎名さんにねえ」
「俺も驚いてるよ……。あんまり人に言わないでくれるね」
兄弟は再会を祝して、透明な杯をかわしている。
「おう。阿太郎じゃねえか。呑んでくか!」
「ケロ〜」
阿太郎は顔が広いらしい。
「ねえねえ。昌造親分。オイラ、なんでここにいるケロ?」
「いつも言うとるじゃろう……やり残したことがあったちうことじゃ」
「何かわかんないケロ〜」
「わかるまでは死ぬこともできないんじゃ……なあ、兄貴よお」
「そういうことじゃ」
真は勇気を出して、声をかける。
「あ、あの……おくつろぎのところ、すみません」
「なんじゃあ、ボケえ!」
「あ、いえ、いつもお世話になっております」
「ああ。見守っとるでえ。……くくく。スケベ番長さんよお!」
「あ、いや、それはちょっと……京子ちゃんの前でやめてくださいっ!」
「ったく、べっぴんさん連れ歩きやがってのお。このスケベ番長がっ!」
べっぴんさんの双葉 京子(ふたば・きょうこ)は、ずっとキョロキョロしていた。自分の守護霊が見当たらないのだ。
昌太郎は女にはやさしいようで、声のトーンを落として、
「べっぴんさんよお。あんたに憑いてる奴なら、……今日は来ねえよ。ちょっと用事があるんだとよ」
「そうですか……」
京子はふわふわ浮いている可愛いチューリップの霊が気にいって、見つめた。
「番長! なんか用かっ! ラリラリ倒せとかボケたこと抜かすんやないでえ! ボケがあ」
「あ。はい。あの……訊きたいことがありまして、えーっと……」
真はあまりの恐怖に頭が真っ白になり、用意していた質問項目がすっ飛んでいた。
しかし、こういうときにピュアな女は強いもの。チューリップを片手に立ち上がり、
「私、真君の小さい頃の話を聞きたいです!」
「ああ? こいつのガキの頃だあ?」
「はい。聞かせてください!」
「ちっ。明るく言いやがって。……まあ、よく泣いてたな。あんまり泣き虫だからコイツから離れようかとも思ったくらいじゃからのお」
「どうして離れなかったんですか?」
「うむ。……泣き虫のくせに、ダチを守るために楯になったことがあってな。泣きながらガキ大将に殴られとったわ。そんな奴を見捨てちゃ、飛呂野昌太郎の名が廃るからの」
昌造の目にはきらりと光るものが見えた。
「その話、何度聞いても泣けるのお……わしが憑いとるオオグソなんか、こっそり女の着替えをのぞこうとしたり、極道の風上にも置けねえ。とっとと消え失せろ!」
「あ。はい。失礼しましたあ〜」
パチン。大草はさすがに凹んでいた。
真と京子は、昌太郎に深々と礼をし、瞬きをした。
憑いてた人間が消え、昌太郎はチューリップにやさしく声をかける。
「もう、大丈夫だ」
「ありがとう……」
京子に憑いていたチューリップの霊は、今はまだ話せないことがあると正体を隠していたのだった。
「なんなんですか……このチンケな人情芝居は……!」
リルハは、イデスエルエを自分にも使って、この「茶番劇」を見ていた。想像していたドピース祭りと比べてのあまりのつまらなさに血管ブチ切れていた。
ふわふわ浮いているオワンクラゲがお気楽な調子で声をかけてくる。
「よおよお。そんなに怒るなって〜。気楽にいこうぜ〜」
「うるさい!」
「ら〜らら〜らららら〜ら〜ららら〜〜〜」
パチン!
リルハは目を閉じた……。
「つまらない……!」
「あ? なに? ヤバい? マジで? ってそれチョーウケるんですけど、マジで!」
友達の霊と霊帯電話で喋りながら大笑いしているのは、その昔日本の渋谷にいたというコギャルの霊、御神楽カンコだ。
クラーク 波音(くらーく・はのん)は、カンコの前に腰掛ける。
「せっかくだから、あたしと話してくれないかな」
「あ? あんたと? いいよ。別に。つーか、マジあんたのそのパツキン、ヤバくねえ? 触っていい? あ。ダメだ。カンコ、霊だから無理。って、マジウケる〜。あ、でもさ、ちょっと親友にはなれそうな気するよね」
「あ……うん。そだね。やったー」
波音は、なんとか受け入れようと必死だ。気を取り直して、
「ねぇねぇ。カンコちゃんは、普段あたしの後ろで何してるの?」
「聞きたい系? それ、マジ、聞きたい系?」
「うん。聞きたい系」
「じゃあ〜、スーパーミラクル全開でいっちゃうよ〜!」
「あ! うん、スーパーミラクル全開で。カモン!」
「キホン、オシャベリ。あんたと喋れれば一番いいんだけどお〜、無理じゃん。だから、カンコの親友と霊帯で喋ってる。アリコって言うんだけど、もうとんでもない放浪癖があって〜、今憑いてるのなんて、なんか改造してアリと人間が合体した奴とか言って、どこで見つけんだよ、そんなの! って感じじゃない?」
「……」
「そんで、そのアリコが憑いてる奴が、さっき脳みそトコロテンになったとか言ってんの! マジウケ――」
パチン!
波音は目を閉じた。あっという間だったが、すっかり体力を奪われたようでグッタリしている。
パートナーのアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)は、波音の苦悩を思い、声をかけられなかった。
そのアンナのもとに、上空から背中の羽が美しい瑠璃色をした鳥、オオルリがやってくる。
「こんにちは〜」
「はじめまして。アンナ・アシュボードと申します」
「いつも見てるから『はじめまして』なんておかしいけど、でも、はじめましてかな。ボク、オオルリの吉田です」
「吉田さん。いつもお世話になっております」
「いえいえ。ボクはただ見てるだけですから」
「さっそくですけど、透明なラリラリについて何かご存知ありませんか? もしかしたらそちらの世界の方だと思うんですが?」
「ラリラリですか〜。あの怒りっぽい奴ですよね。こっちの世界かどうかは知らないけど、たしかに最近見ました。ついさっきも怒ってたな〜」
波音は、アンナの服を引っ張って、
「まともに喋れてるの? まともにー?」
「ええ……。まともに」
「ふーん」
「すみません……」
と、そこで、瞬きしてしまった。
とはいえ、情報は確実に仕入れることができた。
「ラリラリは霊にも見える存在のようですから、やっぱり霊で間違いないんじゃないですかね……あれ」
波音の目つきに戸惑い、
「ど、どうしたんですか?」
「別に。チョー羨ましいって感じ」
そのころ校庭では、ペガサスはいなくなって、トコロテン・メガネも目を覚ましてどこかに行き、カカシもなくなっていた。
スカイぼっとンの恐怖がなくなったおかげで校庭を去る者もいたが、むしろ人は集まっていた。
波音とアンナが語る、ラリラリが霊だという話を聞きに来ている者が多かったが、ただみんなの様子を見学に来ている者もいた。
正門前にいたリカインと、キューだ。
「みんな霊を見てるみたいだから、ラリラリがいたらすぐわかるし、トコロテンにならずにすむよ」
「そうか〜?」
「大丈夫大丈夫」
キューは、なーんかイヤな予感がしていた。
「いやあ、空にはいっぱいいろんなもんが飛んでんだなあ」
赤月 速人(あかつき・はやと)とカミュ・フローライト(かみゅ・ふろーらいと)は、上を見ながら歩いている。
ゴーグルにイデスエルエを入れてずっと目に当てておけば長く保つ……という発想なのだが、量が少ないからずっと上を見てないといけないのだ。しかも、イデスエルエの効果持続時間は量とはまったく関係がなかった。
だから、一度でも瞬きすれば……
「あ。あれ? もう見えないよ」
カミュは、もう見られなくなってしまった。
「そうか。ゴーグル意味なかったな。俺は気をつけるぜ。……お、あれはなんだ?」
速人は、妙に縦長の猫を空に発見した。
猫は「うー、わんわんわん」と鳴きながら、空から降ってくる。
「わんわん。カミュ〜。カミュはどこやねん〜。わんわん」
不穏な空気を察した速人は警戒しながら訊いてみる。
「犬猫さん。カミュを捜して、どうするつもりだ?」
「カミュ〜。どこにおるんや〜。わんわん。この世界に来るのを待ってたんやで〜。そろそろ時間やで〜〜〜」
犬猫は背中から黒光りした大鎌をズズズーーッと出す。
「し、死神? ちくしょう。連れてかせやしねえぞ! カミュ。あれ出せ。あれ!」
「え?」
「ほら。トメさんにあげるつもりだった――」
「チョコあんぱんね! はい。どうぞ!」
速人は、チョコあんぱんを受け取ると、死神封印の呪いバッテン印を爪でつけて、思いっ切り投げつける!
「これでも食らえ!!!」
「わんわわん! ……ぱくっ!」
「食った!」
バッテン印が効いて、透過するはずのチョコあんぱんが霊界に入れたのだ。
もぐもぐもぐ……すると、どうしたことか、犬猫死神の尻尾がネズミに変化していく。
「あ! カミュだ! わんわん。わーん!」
ネズミの形をした自分の尻尾を追いかけ、空中でグルグル回り出す。
これで半永久的に回っているだろう。
速人は、カミュを死神から守ったのだ。
そして、安心して目を閉じた……。
しかし、目を開けて足下を見て、愕然とした。ずっと上を向いていたからだろう……ペガサスのぼっとんを踏みまくっていた。
守ってもらったカミュだが、後退りしていた。
「どこに行く。待てよっ」
「きゃあああ〜。やめて〜。来ないで〜」
「待てよ〜」
「きゃあああ。ははは。ははは」
まだしばらく2人でいられそうだ。が……
ドッカン!
カミュが何かにぶつかってすっ転んだ。
べちゃっ。
「やあああ。バカア! そんなとこに突っ立ってないでよー」
「うるさいッッッ!!! 遊んでる場合じゃないんだ!!!」
ぶつかったのは、パラミタ刑事・シャンバランの神代 正義(かみしろ・まさよし)だった。
「ラリラリは宇宙怪獣だ! 人類の危機なんだ!」
「あ、すみません……」
「こんなに人が集まっても、まだ誰もラリラリを発見できていないなんて、どうなってんだ。みんな、自分の霊なんか見て遊んでるからだ。勝手な行動を取っているからだ!」
シャンバランは、怒っていた。
「俺は、ちゃんとライラリを見つける。そして、退治するんだ! お前ら見てろ!」
ピチョッ。
イデスエルエを差して、真剣にラリラリを探し始めた。
真剣にラリラリを探している者は他にもいた。御凪 真人(みなぎ・まこと)だ。
真人は校内を巡回している。提灯のように持った蚊取り豚には、蚊取り線香がセットされている。そこから煙を漂わせ、ラリラリに襲われないようにしながら発見しようという考えだ。
校庭の近くまで来て、思わず立ち止まる。
「すごい人の数。これはラリラリがいそうですよ……」
ぴちょん。
イデスエルエを差して、ゆっくり慎重に近づいていく――
そのとき!
シャンバランが声を張り上げた。
「見ろ! ラリラリがいるぞ! ラリラリめえええ! 貴様を逮捕するううううう!!!!!」
ササッとお面を出し、かぶりながら、
「チャージアップ! パラミタ刑事シャンバラン! 超電子ダイナミックサイクロンモーーーーーード!!!!!! ……あ」
お面をかぶるとき、つい瞬きをしてしまった。
「み、見えな……んぱ」
ラリラリが鳴いた。
「んぱぱーーーーーっ」
「!」
それを少し離れて見ていた真人は、ハッとした。慌てて、何かメモを取る。
「これをみんなに伝えな……んぱんぱ。んぱぱ」
校庭にいたみんなの脳みそがトコロテンになっていった……。
絶対シラフでいる! と豪語していたリカインも、
「私は大丈……んぱぱー」
みーんな、トコロテンになってしまった。
そして……
トコロテンになった真人は、ダイイング・メッセージならぬトコロテン・メッセージを手に握ったまま、そのまま惰性で校内の巡回を再開した。
途中で、リアカーを引いているエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)がすれ違ったが……
「おっと。またトコロテンか。でももういっぱいだから、君はいいよ。さようなら」
真人はそのまま放置され、徘徊を続けることになった。
エメのリアカーには、たくさんのトコロテンが乗せられている。
眠っちゃって寝言で「んぱんぱ」言っている者もいれば、起きてはいて、もぞもぞもぞもぞ、絡み合っている。たまに落ちる者がいたり、引きずられる者がいたり、ちょっと悪趣味な光景だ。
エメは1人、今から起こる“お祭り”を思い、口元がゆるんでいた……。
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