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リアクション
第6部 世界
暗い教室で、ウィルネストはイデスエルエとドピースを混ぜていた。
「これを使ったらどうなるか。楽しみだぜ〜。まずは誰かを騙して実験実験♪」
と、突然ドアが開いた。
「ウィルネストだな。……見てたぜ!」
「え?」
ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)とアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)が立っていた。
「は、はーい。こちらでイデスエルエ配布中だよ〜♪」
「おいおい、俺たちはずーっと見てたんだぜ。しらばっくれんじゃねえよ」
ウィルネストは横を向いて吐き捨てるように言った。
「ちっ……バレちゃったか」
「それはイデスエルエとドピースの混合薬なんだろ?」
「そうですけど〜、なにか?」
怒られて没収されると思ったウィルネストは、落胆の色を隠せない。
が、意外!
ラルクが言いたいことはそんなことじゃなかった。
「ったく。そんな面白そうなもん独り占めしようとしやがって。俺に試させろよ!」
「え? 試させろ?」
「なんだよ。ダメなの? 確かに両方入手したウィルネストに権利はあると思うぜ。でもよお、少しくらいいいじゃねえか。なっ? 頼むよ〜」
「あ……そう……いいよ。じゃあ。うん。いいよ。先にやってみてくれよ」
ラルクは感激して、ウィルネストの手を両手でがっしり握手して、
「ウィルネスト……いい奴だな! なあ、アイン」
アインは少し心配そうだ。
「ラルク。大丈夫なのか……?」
「平気平気。薬が効きすぎたら瞬きしたり寝ちまったりすりゃいいんだろ?」
「まあ、そうだけど……」
両薬を混ぜると、通称“カスワヤア”という危険な薬になるのだが、『混ぜるな危険!』と書かれたメモ書きは荒巻さけが持っていた。さけは、まさか混ぜるバカはいないと思って、この点についてはまったく対処していなかった。
トメさんはもちろんカスワヤアの危険を理解していて、みんなにも説明するつもりだったんだが、その前に美羽に惚れてしまったのだ。今も、相変わらず美羽を追いかけて校内のどこかを走っている。
何も知らないラルクは、カスワヤアを手に、最初に誰を見ようかと吟味を始めた。
この教室の窓の外は、すぐ中庭だ……。
中庭は、まだ昼間だというのに、すっかり暗くなっていた。
太陽が雲に隠れると、校舎に囲まれたここは影になり、ジメジメとした陰気な空気が漂いはじめる。健康的な芝生ですら、深い緑色をした苔のように見える。
脳みそがトコロテンになった中庭の住人たちは、夢遊病者のように、芝生エリアを一定のゆるいスピードでグルグルとまわっていた。
その異様な光景を見て、中庭に入ってきた赤城 仁(あかぎ・じん)は確信を持つ。
「彼らは渦を巻いている。これは、ラリラリを倒すチャンスだ」
特注の巨大蚊取り線香の真ん中に指を突っ込むと、ぐるんぐるんと回し始めた。
「煙が苦手なのではない。渦巻きが苦手なのだ。きっと……」
ぐるんぐるん。ぐるんぐるん……。
しかし、いつの間にか中庭の住人に混ざって、自分自身も周回していた。中庭の全体の不思議な磁場に吸い込まれてしまったのだ。
陽太と彩とイグテシアは、花壇に来ていた。
「俺、ラリラリが何か毒でも食べちゃったんじゃないかと思うんです……」
と毒花がないかチェックしていた。
「君はどう思いますか……あれ?」
彩とイグテシアは、いつの間にか磁場に引き込まれ、中庭を周回していた……。
「うーん……おかしいですね」
そして、陽太も周り始めた……
イルミンスールのいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)は、中庭の光景に圧倒された。
円環の中心地に立ってみたいという欲求にかられ、回遊の波を抜けようとする。
「ちょっとごめんなさい。はい、ここ通りますよ」
その途中で、
「イデスエルエを持ってませんか?」
あーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)に声をかけられた。
「胃です。ええ。ええ? なんのことでしょう?」
ぽに夫は、この学校で起きている騒動を何も知らなかった。
グルグルの中心の朝礼台に立ったぽに夫は、腕を組んで考えた。
「胃です。ええ。ええ。とは何の暗号だろう。そもそも、みんな何をやってるんでしょう。この学校は、どうかしちゃったのでしょうか……」
教室のラルクは、窓越しに中庭を見ながらカスワヤアを差した。
ピチョチョン……
「ラルク。どう?」
「うん。まだわからねえよ。効き過ぎたのかな。ぼやけて誰も見えないし……」
「なんか俺までぼやけてきたな」
ウィルネストも目をこすりこすり。
ラルクは目を細めて、
「お。おやおや。あれはなんだ。真ん中にドデカいドラゴンがいるな。なんか喋ってるぜ」
芝生の真ん中でドラゴンはゆっくり口を開いた。
「胃です。ええ。ええ。胃です。ええ。ええ」
「なんだこりゃあ。あ、あれ? おかしいな。中庭ってこんな広かったっけ?」
ラルクがふらふらと歩き出す。
それにつられて、アインとウィルネストも後ろからついていく。
芝生の真ん中まで来ると、ちょろちょろちょろ……小川が流れている。
ガタンガタン。ガタンガタン……。
ここは本当に中庭なのか、近くを電車が通る音が聞こえる。
「えーん。えーん。えーん」
小川の側には、うずくまって泣いている男の子と女の子がいる。
ラルクが声をかけてみる。
「どうしたんだい」
子供たちは涙ながらに話し始める。
「やっと……やっと見つけたんです……なのに……」
アインはやさしく子供たちの背中を撫でてやり、声をかける。
「泣かないで。……何を見つけたの?」
男の子は泣きながら、「二郎です……」と答えた。
「二郎?」
女の子は「メダカの二郎だよ〜」と、つづける。
「ここで見つけたメダカを飼ってたんだけど〜、ここが汚かったからかな〜、もう弱ってて〜、すぐ死んじゃったの〜」
たしかに小川は真っ黒な泥のようで、とてもメダカが生きていけそうな状態ではない。
子供たちは手頃な石を墓石とし、献花し、線香の代わりに蚊取り線香を焚いていた。
それにしても、周囲には校舎がなく、野原と山が広がっている。ここは、中庭ではないのか……?
この異常な現象に、ラルクたちは動揺していたが、徐々に疑ったり考えたりする気持ちがなくなっていく。
ウィルネストは可愛い子供たちにほだされ、すぐ後ろにしゃがんで、
「俺たちも二郎を弔おう」
「そうだな」
「ええ」
その気持ちが嬉しかったのか、子供たちは笑顔で振り向き、はじめてその顔を見せた。
「な! 誰だお前は!」
ラルクは腰を抜かした。
子供はしっかりと挨拶する。
「志位 大地(しい・だいち)です」
体は子供なのに、顔だけが大人だ。
大地の隣には、やはり顔だけ大人のシーラ・カンス(しーら・かんす)もいる。
「ありがとう。これできっとラリラリも成仏してくれるでしょう」
「ラリラリ? メダカじゃねえのかよ……ていうか、なにやってんだよっ……!」
「おかしな人ですね。ラリラリですよ。今、ラリラリの死骸を見つけたんで、供養してるんです」
「あ、ほら。供養したからかしら、川もきれいになったわ」
小川は清流に早変わりした。
「それでは、ここで一曲歌って頂きましょう」
転がっていた段ボール箱がバカッと開いて、筐子がマイクを持って飛び出した。
「歌って頂くのはあ〜、……キミだっ!」
どどどどど……。
地面から特設ミニステージがせり出してきて、アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)がマイクを向けられた。
大地もシーラも精一杯の拍手を捧げる。
パチパチパチパチ!
ラルクたちは、よくわからない展開に戸惑いながらも、一緒に拍手する。
パチ……パチ……パチパチ……。
アイリスはウェーブのかかった長い髪をたなびかせながら、歌い始めた。
「♪ あのとき、わたしは振り込んだ。手術のお金を振り込んだ。
それがわたしの運命を変えた。
段ボールに囲まれ、ロケット花火を食らう〜。
(台詞)でも……泣いたりしちゃダメッ!
♪ 先生。お願い。わたしを愛して。
先生。お願い。めげないわたしを愛して。おねがい〜」
筐子は感動して泣いていた。
「これは、ワタシの歌だわ! アイリス〜!!!」
が、アイリスはマイクを放り投げ、筐子に背を向ける。
「アントゥルース先生!」
腕が引きちぎれんばかりにぶんぶん手を振る。
視線の先には広大な山々が広がっているが、その中にポツンと1つだけ窓が浮いていた。
しかし、窓から見ているのは、アントゥルース先生ではない。国頭 武尊(くにがみ・たける)だ。
「ありゃあ何だ。中庭で楽しそうなことやってるぜ!」
教室にいた武尊は窓から見た異様な光景に怯えるどころか、ワクワクしている。窓を飛び越えて中庭に行こうとして、シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)に止められた。
「やめてください。あそこの人達、正気じゃないですよ」
「おいおい。ふざけてるだけだろ。……常識的に考えて。行くぞっ」
シーリルの手を取り、窓から顔を出した。
すると……
武尊とシーリルは窓枠を持ったまま小川を流れていた。
「ひゃっほー!!!」
小川はグルグル回って、一向に中心地に辿り着けない。
シーリルは空を見て、
「スピーカーが空を飛んでます」
「お前、正気かよ?」
見上げると、本当にスピーカーが飛んでいる。
「うげっ!」
スピーカーは武尊の目の前まできて、鳴り響く。
『ナンジノショウタイ、ミヤブッタリ。ナンジノゼンセ……ピーーーーー』
「ああ、俺、おかしいのかな。こんな謎の声の続きが気になってしょうがねえよ。ちくしょう!」
「ここは、おかしいです。これ以上は危険。これでなんとかしましょう」
シーリルは、キュアポイゾンで武尊を正気に戻す。
「あ!」
「流れた」
小川が回転をやめ、まっすぐのびてメダカの二郎の墓まで辿り着いた。
「よかった〜。これでもう大丈夫ですね」
「ああ、助かったぜ」
流れ着いた武尊たちを、筐子が出迎えた。
「眼帯は如何ですかぁ〜。カッコいい海賊のアイパッチに、とってもキュートなカラーリングパッチ!夏の思い出に、あの子とお揃いのペアパッチはいかがですか〜」
「よし、1つもらっとくぜ!」
「ではまず。私が見本を見せます!」
筐子は何故かアイパッチを両目に装着して、前が見えない。
「この指、止ぉまれぇぇぇぇ」
と言いながら武尊たちを通り過ぎていった。
「すげえな。彼女、天才だ」
本気で感心してる武尊に、シーリルがメイスを振る。
「目を覚ましてください! これはまだ現実ではありません!」
ガッッッッッッツン!!!!
「あれ? ご、ごめんなさい!」
ぶん殴られたのは、如月 陽平(きさらぎ・ようへい)だった。
「うう……」
陽平は気をつけの姿勢のまま倒れ、血を垂らしながらも眠り続けた。
「よーしよしよし……」
と寝言を言っている。
大地とシーラは陽平の顔に白い布をかぶせ、手を合わせた。
「お願いします。イデスエルエを分けてください」
「お願いします」
大地は陽平に土下座し、シーラも慌てて土下座する。
すると……
ポツポツポツ。
天から雨が降ってくる。
そして、ラリラリもふわふわと降ってきた。
ラリラリは陽平のそばまで来て、耳元で囁く。
「キメキメパッツン?」
と、突然!
陽平がガバッと生き返り、叫ぶ。
「イエーイ!!!」
ラリラリは、またふわふわと浮いている。
みんな、ラリラリに注目している。
ラリラリは、わけのわかないことを言って消えていく。
「ヨーシヨシヨシと言うのだ。ヨーシヨシヨシだぞ〜」
「ローゴツムさまあぁぁぁぁ!」
陽平は走り出し、ラリラリを追いかけるが、もう姿はなかった。
しかし、感動のあまり涙をボロボロ流しながらビシッと礼をする。
「ありがとうございましたッ!」
と、雨と一緒に、マグノリ阿太郎とその仲間たちも降ってきた。
どん。どん。どんどん。
「ケロケロ〜。世の中どうなってるケロ〜」
現実世界の中庭では、相変わらず大勢が周回していた。みんな「んぱんぱ」言いながら、どこを見るともなく見ながらグルグル回っていた。
ラルクだけが、瞬きもせずに瞳孔開きっぱなしで、ぽに夫を見つめていた。
ぽに夫は、いつも通りで、朝礼台で何か考え事をしているだけだった。
つまり……
ラルクがカスワヤアを差して最初に見たのが、ぽに夫なのだ。ラルクは、ぽに夫の背後霊ならぬ“背後原風景”を見ているのだ。
そして、カスワヤアの効果により、その場にいた者が原風景の中に引っ張られていた。
やはり、カスワヤアは安易に使ってはいけない大変な薬だった。薬は用法用量を守って正しく使わなくてはいけない。『混ぜたら危険!!!』なのだ。
そして、カスワヤアの恐ろしい効果は、さらなる段階に進もうとしていた。
みんなが回れば回るほど、カスワヤアによる背後原風景のパワーは強くなり、現実世界との境界を歪ませているのだ。
そのおかげで、現実の中庭にも本当にカエルが降りはじめている。
さらに、人間までもが降り始めた。美羽も、トメさんも、真人も、にゃん丸も、荘太も、降ってきた。
みんな、ふわっと着地しては、周回する群れに加わっていく。止めようとする者が近づいても、引き込まれてしまう。どんどん人が増え、増えればますます風景のパワーが増していく。
世界の終わりに向けて、カウントダウンがはじまったのだ。
と、そのとき!
――奇蹟が起きた。
降ってきた人間の1人、遠鳴真希が、しょうゆ入れを1つ落っことしたのだ。
中に入っていたドピースが飛んでって……
ピピピッ!
「あっ!」
ぽに夫の目にかかった。
その瞬間、ぽに夫の背後原風景で異変が起きる――
世界が薄いピンク色に染まって、ファンシーなハートがいっぱい舞っている。
墓石も、窓枠も、みんなハート型になる。
武尊も、陽平も、筐子も、みんな目がハートになる。
アインは、目がハートになりながらも、空気にヒビが入っていくことに気がついた。
ぽに夫に似合わないピンクやハートな世界観が、ぽに夫の背後原風景と衝突しているのだ。
「はっ!」
亀裂が入ったおかげで、現実世界のアインがかすかだが意識を取り戻した。
「こ、これは……」
慌てて、目の前を歩いている元凶のラルクを――
ガガガッツン!!!!!!!!!!
今度こそラルクを昏倒させ、ようやく背後原風景は消えた。
「……あれ。あたし、何してるのかしら」
「……拙者。どうしでここにいるでござるかな」
「なんだったんだ、今のは……」
みんなも目が覚めて、救われた。
真希の落としたドピースと、アインのメイスが、世界を救った。
何も気づいていないぽに夫は、妙な疲労感に首を傾げつつ、座り込んでいた。
「はあ……」
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