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第二章 ゲームセンターへ行こう

 シャンバラ教導団の寮の外。
 そこで佐野 亮司(さの・りょうじ)は片思いの相手を待っていた。
「……来てくれるよな?」
 今までも関帝誕のお祭りやら花火など、いつもいつも一緒に行こうと思って行けなかった。
 だから「今回こそは」と佐野も気合が入っていたのだ。
「……来たであります」
 静かな声と共にクリスフォーリル・リ・ゼルベウォント(くりすふぉーりる・りぜるべるうぉんと)がやってきた。
 いつもと同じくはねっ毛が飛んだ髪だったが、今日は制服では無く、寒冷地用の白い服を着ていた。
 上着は黒いファーの付いた厚めのコートだが、下はひらっとした白いスカートになっていて、黒いニーソックスとの間に絶対領域が見えている可愛らしくもあり、色っぽくもあり、な服装だった。
「可愛いな、クリス」
 デートだから褒めようとしたというよりも、思わず口に出たという感じで、亮司はクリスフォーリルの服装を褒めた。
「ありがとう……であります」
 やや時間を置いて、クリスフォーリルが機械的にそう返事をした。
「それじゃ行こうか」
 亮司がバイクのサイドカーにクリスフォーリルを導き、彼女を乗せる。
 2人はそのままゲームセンターへと向かった。

「閑散としてるなあ」
 亮司はあまりに人がいないゲームセンターを見て、思わずそう呟いた。
 公園やショッピングセンターの賑わいとは対照的に、ゲームセンターはものすごく空いていた。
「……混んでいるより、いいであります」
 クリスフォーリルは無表情のまま、初めて来るゲームセンターとやらを眺めた。
「そうか、クリスがそう言ってくれるなら……」
「みんな公園とかショッピングセンターに行くと、言っていたでありますから……」
 仲の良い同じ教導団の仲間などがバタバタと用意する中、クリスフォーリルはそれほどのやる気もなく、何となく来たという感じの態度だった。
(そもそもなぜ……こんなことになってしまったんでしたっけ?)
 クリスフォーリルは心の中で自問するが、特に答えは出なかった。
 他の教導団の仲間たちのように好きな人と出かけたいとか仲のいい友達に誘われて、とかではなく、知り合いと何となく行くことになった、くらいしかクリスフォーリルに理由がないからだ。
「ゲーセン来るの初めてだよな、クリス」
「……はい」
 表情を変えぬまま、クリスフォーリルが少し間を置いて頷く。
「それじゃ、ガンシューティングゲームでもやろうか」
「シューティングゲームでありますか?」
 お互いソルジャーだしということで、亮司が誘ったのだが、クリスフォーリルはガンシューティングのゲーム台に触れ、ちょっと不思議そうな顔をした。
「銃身の重さやグリップの感じがおかしいであります……」
「ゲームだからな。実物そのまんまだと普通の人は扱いにくいだろ?」
「そういうもので……ありますか?」
 代々軍人の家系であるクリスフォーリルからすると、逆にこういう方が扱い辛いのだが……そう思いつつも、やるからには高得点を狙おうと思ったのか、クリスフォーリルはしっかりとゲームの説明を読み、お金を出した。
「……始められるであります」
「了解。そんじゃやろうか」
 2人はそれぞれにお金を入れて、シューティングゲームを開始した。
 最初のうちはこういったゲームに慣れている亮司のほうが上手く敵をさばいていった。
 時にはクリスフォーリルを助けたりして、協力して進んでいった。
 しかし、4面あたりからはクリスフォーリルが先んじて行った。
「反応が早いな、クリス」
 面と面の間に亮司がそう声をかけると、クリスフォーリルは画面に目線を向けたまま返事をした。
「出てくる位置がだいたい予測できるであります……」
「そうなのか。さすがだな」
 さすが教導団のソルジャーというべきか、2人は良いところまで進み、1回のお金でかなり楽しめた。
 ガンシューティングを終えると、クリスフォーリルはあるものに気づいて、指さした。
「……あれは、どうやって戦うものでありますか?」
「あれ? ああ、UFOキャッチャーか」
 ぬいぐるみがいっぱい入った透明な箱に、クリスフォーリルが寄って行く。
「これはあそこのでっかいもので挟んで取るんだよ」
「挟んで取るのでありますか?」
「うん、ちょっと見ててくれ」
 亮司はお金を入れると、UFOキャッチャーをやって見せてみた。
 小さなお菓子がアームにひっかかり、コロンと落ちてくる。
「……何か出てきたであります」
「ああ、ああやってアームが取って最後まで落とさずに持って来られたら、こうやってもらえるんだよ」
 亮司は説明しながら、取ったお菓子をクリスフォーリルの手に乗せた。
「佐野は……こういうのが得意なのでありますか?」
「パラミタに来る前にやっていたことがあったからね。何か欲しいものでもあるの?」
「…………」
 クリスフォーリルは黙ったまま、あるUFOキャッチャーに目を向けた。
 そこには大きなぬいぐるみがたくさん入っていた。
「ぬいぐるみが欲しいのか?」
「……多少の興味が、わいたであります……」
 普段は反応が薄いように見えるクリスフォーリルであるから、その言葉だけで亮司には十分だった。
「分かった、取ろうか。あのぬいぐるみの中でどれが欲しい?」
「特に指定は……」
「分かった。それじゃ、俺が決めちゃっていいか?」
「はい……」
 亮司はぬいぐるみの中からクリスフォーリルに似合いそうなものを探した。
 うさぎ、いぬ、パンダ、ネコ……いろいろといる。
 その中で亮司はキツネに目をつけた。
 クリスフォーリルの髪の色に似た大きなキツネのぬいぐるみ。
 ちょっと取りづらいところにあるが、それを狙ってみようと思ったのだ。
 アームが動いて、ぬいぐるみを少し動かす。
 次のアームが動いて、ぬいぐるみを取りやすい位置にずらす。
「……佐野……もし、取るのが大変なら……」
 クリスフォーリルがそう止めかけた3回目。
 アームにぬいぐるみの糸が引っかかり、見事に釣り上げた。
「うまくいったか」
 声に出す言葉よりもずっと緊張していたらしく、亮司がホッとアームを見つめる。
 ごろんごろんという音をさせて、取り出し口からキツネのぬいぐるみが出てきた。
「はい、クリス」
 亮司が渡すと、クリスフォーリルはそれを受けとって、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう……であります」
 お礼を言うクリスフォーリルは、いつもと変わらぬ表情であったが、その言葉に、亮司は幸せな気持ちになった。
「よし、それじゃ、プリクラでも取るか」
「ぷり……くら……?」
「簡単な写真シールみたいなものだよ」
「??」
 クリスフォーリルは意味が分からなかったが、百聞は一見にしかずと思ったのか、亮司と一緒にプリクラを撮った。
 ぎゅっとキツネのぬいぐるみを抱きしめたクリスフォーリルと、ちょっと遠慮がちにクリスフォーリルに寄りそう亮司。
 そんな感じの二人のプリクラが出来上がった。
 出てきた写真シールを見て、クリスフォーリルが不思議そうな顔をする。
「……これをどうするのでありますか?」
「携帯とか手帳に貼ったり、仲のいい友達同士で交換したり、だなあ」
「仲のいい友達と、でありますか?」
 少し気になったらしく、クリスフォーリルが違う疑問を口にする。
「プリクラというのは、仲のいい友達と撮るものなのでありますか?」
「そうだな。女の子なら良く撮るんじゃないか?」
「仲の良い女の子なら……良く撮る……」
 何か考え始めたクリスフォーリルを眺めつつ、亮司はプリクラを半分に切って、クリスフォーリルに渡した。
(これってもらってどうすればいいのでしょうか……?)
 そう思いつつ、クリスフォーリルは一応受け取った。
「暗くなってきたな。教導団の寮の門限になる前に帰るか」
 亮司はキツネのぬいぐるみを抱いたクリスフォーリルをバイクのサイドカーに乗せ、教導団へと戻っていった。

 バイクを駐車し、二人は教導団の寮へと向かった。
「…………」
 亮司は手を繋げるといいなと思ったが、それを拒否しているのか、それとも無意識なのか、クリスフォーリルは両手でぎゅっとキツネのぬいぐるみを抱いていて、手が空くことがなかった。
「……佐野」
「ん?」
「ぬいぐるみ……ありがとう、ございました……」
 クリスフォーリルの感謝の言葉に、亮司は微笑む。
「俺の方こそ付き合ってくれてありがとう、クリス。また遊びに行こうな?」
「……ん……」
 頷きとも返事ともとれぬ曖昧な言葉を返し、クリスフォーリルは自分の部屋へと向かっていった。
「次も一緒に出かけてくれるといいな……」
 佐野はそう願いながら、クリスフォーリルの背を見送るのだった。

                ★

 同じく空いたゲームセンターに瀬島 壮太(せじま・そうた)遠鳴 真希(とおなり・まき)がやってきていた。
「すごかったですー!」
 小型飛空挺を降りた真希は、興奮冷めやらぬ感じで、壮太に笑顔を見せた。
 最寄り駅まで壮太が迎えに来てくれて、二人で小型飛空挺に乗ったのだが、真希は小型飛空挺に乗るのが初めてだったので、かなりはしゃいだ。
 はしゃぎすぎて、スカートがめくれかけ、裾を抑えようとして落ちかけたほどだ。
 危ない、と叫んで手を取ってくれた壮太の背に慌ててぎゅっとしがみつき、そうやって密着したまま、二人でゲームセンターまで来たのだ。
「オレとしてもすごかったぜ」
「え?」
「真希の私服が可愛くって」
「あ……」
 壮太の褒め言葉に、真希が顔を赤くする。
「さ、それじゃ行こうぜ」
 照れる真希の手を取って、手を繋いで2人はゲームセンターに入った。

「2勝した方が勝ちの対決だ。オレが勝ったらほっぺにキスしてもらうからな!」
「ええっ」
 意地悪な笑みを浮かべて挑発する壮太に、真希が驚く。
 しかし、真希も負けじと元気な声で言った。
「あたしスポーツ得意だから、絶対負けないよっ!」
「おう、その心意気だぜ!」
「勝ったらちゃんとあたしの言うことも聞いてくれるよね?」
「男に二言はないぜ」
 壮太はそう約束し、二人はエアホッケー勝負を始めた。
 
 負けず嫌いな壮太とスポーツが大好きの真希なので、勝負は熱く進んだ。
「ふーっ、あついあつい。ちょっと待って」
 一試合目の後、真希は白の薄手パーカーを脱いだ。
 ちょうど、壮太が黒のジップアップパーカーなので、人目にはカップルでちょっとお揃いっぽい感じだった。
 パーカーを脱ぐと、真希が水色に白のドットキャミになり、薄着になった。
「おっと……ガキとはいえ、薄着すぎるのは危ないぜ。そういう趣味の奴もいるし」
「大丈夫だよ!」
 真希はそういうことはまったく気にしないらしく、元気に答えて、パーカーを置いた。
「よし、次は負けないよ!」
 白の裾フリルミニスカートを翻し、真希がリベンジを誓う。
 一試合目は壮太の勝ちだったのだ。
「望むところだ」
 2人は再び、エアホッケーを始めた。

「やったー、勝った!」
 三試合目が終わり、勝負は真希の勝ちとなった。
「くっそう〜……」
「えへへーんっ! だから言ったでしょ?」
 悔しがる壮太に、真希はVサインを見せて微笑む。
「勝ったら言うこと聞いてくれる約束だったよね?」
「ああ」
「じゃあさじゃあさ、あのぬいぐるみ取って」
 真希がUFOキャッチャーの中の猫のぬいぐるみを指差した。
「了解」
 壮太は約束通りそれを取ってあげて、二人はジュースを飲んで少し休憩をして、駅に向かった。

「今日はありがとうございました! ぬいぐるみも取ってもらっちゃったし、ジュースもゲームセンターのお金もみんな払ってもらっちゃって……」
「いいんだよ、ガキが気にすんな」
「が、ガキじゃないもん!」
 額をこつんとつつく壮太に、真希は抗議の声を上げる。
「ははは、そうだな。ガキはこういうのは似合わないか」
 壮太がすっと真希の髪にヘアピンを挿す。
 それは、壮太が内緒でゲームセンターでゲットしておいた、ひまわりのヘアピンだった。
「これは……」
「ま、そんな大したものじゃないが、プレゼントってやつだな」
「ありがとうございます!」
 ひまわりの花のような笑顔で、真希が感謝する。
「こちらこそ、ありがとうだ。すげえ楽しかった。またデートしようぜ」
 壮太はお礼を言い、真希の頭のてっぺんに軽くキスした。
「えっ!?」
 真っ赤になる真希を見て、いたずらが成功したかのように壮太は笑い、笑顔で手をふった。
「それじゃ、本当にまたな」
「は、はい……」
 しかし、そう言いながら、真希は去ろうとしない。
「どうした?」
「ちょ、ちょっとかがんで」
「あん?」
 壮太は不思議がりながら、膝を屈めた。
 すると、真希がその頬にちゅっとキスをした。
「今日楽しかった!ありがとねっ!」
 赤い顔のまま、真希はユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)の待つ百合園学園へ帰っていった。
 そんな真希の背を見送りつつ、壮太は「楽しんでくれたかな」と思った。
 壮太は真希が喜んでくれるために色々考えて行動していた。
 真希が恋話で盛り上がってる友人をうらやましがり、その友人の紹介で知り合った壮太との初対面デートだったのだが。
「さて、どう思ってくれたか」
 そう気にしながら帰途に着いた壮太だったが、壮太と別れた真希は舞い上がっていた。
「どうしよー。ねーユズ、どうしたらいいのっ!?」
 ユズィリスティラクスの元に帰るなり、真希はそう叫び、今日のデートをあれこれ話すのだった。