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タベルト・ボナパルトを味で抹殺せよッ!

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タベルト・ボナパルトを味で抹殺せよッ!

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第五章 激突 −壱−

 ――翌日。
 ついにタベルト・ボナパルトが戦場に姿を現した。
 蒼空学園内に作られた特設会議場の真ん中に座ったのはもちろん奴である。
 多人数VSタベルト。
 一見、不利にも見えるこの状況で彼は笑っていた。
 白髪混じりの金髪のオールバック。
 威圧感のある大きな身体に刻み込まれたシワ。
 高級感の溢れる着物は彼のトレードマークとも言えよう。
「ガハハハッ、チンケなラーメン屋の後ろにこんな大きな獲物がいるとは……思っても見なかったわい」
 タベルトは最初、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の電話を信じる事が出来なかったようだ。
 まさか、あのような小さな店と環菜が結びつくとは……世の中は狭いものである。
「よし、では味見をしてみる事にしようか? ワシは料理に関しては紳士だからのぉ」
 顎をゆっくりと撫ぜながらタベルトは生徒達を値踏みするように言い放った。

「では、まずは私の番ですね」
 麺を使うという性質上、順番はクジ引きで決まっていた。
 一番手はイルミンスール魔法学校の本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)だ。
「ほう、醤油ラーメンか……どれ?」
 タベルトはレンゲでスープをすくうと口に運ぶ。
「ベースは鶏がら、豚がら、香味野菜、昆布……、麺もスープも自家製か……」
(!!?)
 一口でスープの成分を当てられてしまった涼介は眉をひそめる。
「それにたっぷりと時間をかけて作られておるようだな。この味玉はなかなかのものだ……ムッ!?」
 それまで、手を進めていたタベルトは箸を止め、立ち上がった。
「おのれ、若造! このタベルトを試そうと言うのか!?」
(何っ!? まさか、わかったのか!? 秘中の秘が……)
 涼介はタベルトを試すべく、罠を仕掛けておいたのだ。
 だが、タベルトの舌をごまかす事は出来なかった。
「この僅かに舌を触る人工的な味は化学調味料っ!? しかも、耳掻き一杯程度とは……しかし、残念だな。もう少し、料理の腕が良ければ騙されていたかもしれん」
「……クッ、どうやら、私の負けのようですね」
 涼介はその瞬間敗北を悟った。
 確かに彼はタベルトの舌を試そうとした。
 同時に自らの料理の腕の限界も知っていたらしい。

 次の料理の前にウェイターの葉 風恒(しょう・ふうこう)がお茶を持ってきた。
 その際にタベルトに声をかける。
「あなたはこんな話を知っていますか?」
「ムッ?」
「古の皇帝が賊に追われた時、料理人が都の料理を作ったのに対して『今の屈辱を忘れてはならん』と言って、ビンロウジを噛んだ故事にちなみ、『何事にもほだされない覚悟』を示すため、料理対決の前にはビンロウジを噛むのが中国のしきたりなんですよね。まぁ、食通なら当然の知識でしょうが?」
 そう言って、風恒は台湾名物のビンロウジを差し出す。
 しかし、タベルトは腕を組んだまま微動だにせず、笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「フハハハッ、勉強不足でその故事は聞いた事がないが、噛みタバコに近いビンロウジを食事前に噛むのは同意できんな」
「うっ……」
 風恒の動きが止まった。
(この男、ただの詐欺師ではない!)
 心が腐っても、『太邊流斗倶楽部』のオーナーだけはある。
 風恒の正義感プラス若干のイタズラ心から、もしも、タベルトに知識がないようであれば、ビンロウジで味覚が麻痺させてやろうかと思ったが、どうやら、彼の材料に関する知識も豊富らしい。
(チェッ、せっかく、嘘八百の故事を考えたのに無駄になっちゃったな……そうだ、帰りにあいつに使うか)
 風恒はクスリと笑うとそのイタズラ心の矛先を変えたのだ。

 やはり、タベルト・ボナパルトは料理に関しては只者ではなかった。
「やれやれだぜ」
 神城 乾(かみしろ・けん)はサングラスを僅かに縦に動かすと、皿に盛った自らのメニューを運び、テーブルの上に置いた。
「むぅっ、汁がない!?」
「食べてみろよ。いや、それは敬語じゃないな……まぁ、どっちでもいいや。これが俺のとんこつ風焼きラーメンだ。どうぞ」
 ざわざわと周りがざわめく。
 それは他とは違うスープのないラーメンだった。
 一見、ソースのかかってない焼きそばにも見えるそのラーメンには半熟ゆで卵、チャーシュ、メンマがのっている。
(フフッ、どうやら、俺と同じ考えの奴はいなかったようだな)
 確かに彼と同じくスープの入ってないラーメンを選んだ者はいなかった。
 みんなとは一味違うラーメンを作る事に成功した彼は少しニヤニヤとしていたが、しかし……
「ふむ、これは中国の『ばん麺』と言ったところか。どれ、食べてみるか?」
「何っ!?」
 中国四千年、恐るべし。
 そして、タベルトはズズッと音を立てながら食していく。
「ふむ、なかなか面白い味だ。麺に柑橘系……ゆずが練りこんであるとは、とんこつのコッテリした味にさっぱりした味が実にいい」
 だが、タベルトはここで箸を置いた。
「……しかしながら、やはり技術だな。ワシを唸らせるにはもっと技量を磨くが良い」
「クッ、舐めるなよ、タベルト。これはただのお遊び。挨拶代わりだぜ!!」
「ガハハハッ、では、次に会える日を楽しみにしておるぞ!!!」
「食い終わった皿はよこしやがれ。後片付けしないと俺は気が済まないんだ!!」
 悪態はついたが、後片付けはちゃんとする乾。
 相手が相手とはいえ、客として接するところ、実は真面目な男なのかも知れない。

 トレードマークは煙草とグレートソード――
 しかし、今日の彼はそのトレードマークを捨てていた。
 選んだ獲物はシルバートレイとホワイトハリセン(?)。
(うぅ、タバコが吸いたいですね)
 彼こそは、あの有名な【キリン隊・副隊長】の橘 恭司(たちばな・きょうじ)だった。
 大量の料理を運ぶのは酷だし、料理の『リョ』の字も知らない彼が選んだのはウェイターだ。
 ラーメン屋なのにウェイター(?)とはこれ如何に!?
『スパンッ!!』
 自らを戒めるようにハリセンを奮う恭司。
「ふぅ、何とか完成しました」
 ……と、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が言えば。
「なんでやねん!! スパンッ!!!」
 と言う、よくわからないツッコミを入れ、
「陰陽ラーメン、食ったりやー!!」
「うくっ……く、黒と白やないかい!! スパンッ!!!」
 テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が言い、言葉に詰まると色に対してツッコむ。
 まるで、あの夏のコンビのように爽やかな男であった。


 ☆     ☆     ☆


(思ったよりもやりますねぇ……タベルト)
 その謎の料理人Sは深海のように深い青色のマントに身を包み、仮面をつけて手際よく炎を操っていた。
 ただ、仮面が半分なので正体はバレバレだ。
(思ったよりもやりますね……タベルト)
 そう、彼こそはいつもは『のほほん』としている佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)なのである。
 やはり、それは【1つ星シェフ】と名乗る彼の意地だろうか?
 それとも、タベルトの力を認めたのか、とても真剣だ。
「うんうん、のほほんだけじゃないんだよね。佐々木は……」
 隣には彼のパートナーで【2つ星シェフ】の真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が嬉しそうにスープを作っている。
 佐々木サイド『森の鼓動』のワンタン麺。
 ワンタンは僅かに赤みを帯び、噛むとジュワと肉汁スープが広がり、花札の坊主をイメージした盛り付けは見た目も鮮やかだ。
 西園寺サイド『海の胎動』の塩味のスープ。
 ウェストガーデン家に伝わる秘伝レシピ帖に書かれた温度80℃でキープされたスープ。
 また食べる人の健康やコストを考え、昆布、乾燥貝柱、煮干、鰹節がベースとなっている。
 この二つの味がミックスされた時に新しい味が生まれる。
 そして、最後に西園寺がスープをふり注ぐとついに『森と海の激動』は完成したのだ。
「フフフッ、ようやく完成したようだね!」
「だ、誰だ!!?」
 佐々木はその不気味な声がした方を振り返る。

 すると、そこにはあの一部では有名な変熊 仮面(へんくま・かめん)が立っていたのだ。
 マントの中の全裸姿を光学迷彩で透明にしているのは、この場を壊さない為の配慮であろうか?
「世の仲の不条痢、裏不尽により心の病鬼を患ってしまった、怒りの玉子。ここに犬惨(けんざん)!」
 七文字ほど突っ込みどころが見つかったが、それを突っ込んでしまうとラーメンがノビてしまう。
 仕方がなく、変熊は佐々木のラーメンと水をキャッチすると走り出した。
「ここは、俺様の出番であろう!! いやっほ〜ぅっ!! さっき、道端で京都と書かれた紙を拾ったのだよ!」
 ブオンッ! ブロロロロロー! テケテケテケテケ! パカラッ、パカラッ! ギニヤーーーッ!?
 どんな走り方をしているのか誰にも理解不能だ。
 言うなればこの場は変熊ワールドに支配されていた。
「やれやれ、今度はワンタン麺か……若造が……」
 だが、そんな世界をタベルト・ボナパルトは切り裂いていく。
 恐るべしはボナパルト。
 しかし、変熊は中身とは裏腹に直立不動で紳士的なウェイターぶりを発揮している。
「ふふっ、なかなかの味だ。それでいて、胃に優しい素材が……ムッ!?」
 一瞬、タベルトの表情が曇った。
「何だ、この僅かに香る隠し味は……!? キサマ、ワシの知らぬ特殊な素材を使ったであろう!!!」
 タベルトは立ち上がり、佐々木を睨んだが、彼は『?』な表情を浮かべている。
「では、キサマかっ!!?」
「フフッ、それよりも二杯目はいかがですか? タベルト・ボナパルト氏」
 その時、SPが尽きたのか故意かは定かではないが、変熊の光学迷彩が解かれ、彼の全裸が現れた。
 そして、なんと、二杯目のラーメンスープの中に突っ込まれているのは変熊の局部ではないか!!?
「フフフフフッ、ここで問題です。一杯目にも俺様の『デザートイーグル』は入っていたのでしょーうか?」
「ぐ、ぐほぅ……ま、ま、まさか!?」
 本日、初めてうろたえるタベルトを見て、ニヤリと笑う変熊。
「タベルト、私を見ているなっ! ならばじっくりと見てもらおうか!!!」
 勝った……変熊は両手と『デザートイーグル』を高々とそびえ立たせ、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の方を振り向いたのだ……