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第4章 作業後も大忙しの『クロシェ』

 一通りの作業を終えた『クロシェ』では、早くも生徒達が編み物やプレゼント交換を始めている。
 ファーナやルツキンだけでなく、『クロシェ』の人達が総出で教えてくれている編み物教室も大盛況だ。

「お疲れではありませんか」
「……少し疲れました。でも……嬉しい」
 身を案じるサイアスに、できあがった糸を抱き締めたままで破顔するクエスティーナ。
 初めての労働で感じた達成感は、クエスティーナを一歩、成長させたことだろう。
 そうして綺麗好きなクエスティーナは、サイアスとともに作業場を掃除する。
「奇麗になりました」
 機械も床も、細部までぴかぴかに仕上げたクエスティーナは、満足そうに微笑んだ。
(作業の後にちゃんと掃除までするとは、なかなかよく気が回る娘ではあるね)
「相手によっては一緒に行動するのも悪くはない、ですね」
 クエスティーナの様子を、遠巻きに見ていたメシエ。
 少しだけ、クエスティーナのこと、地球人のことを見直したようである。
「よく頑張りましたね、これはご褒美です」
 ファーナからもらった帽子を、サイアスはクエスティーナへとかぶせた。
 すると、クエスティーナもサイアスの頭へと手を伸ばす。
「ありがたくいただきます」
 腰をかがめて、サイアスはクエスティーナの初めての労働の対価を受け取った。
「作業後のケアが肝心ですよ」
 帽子のかぶせあいが終わったところで、エオリアはクエスティーナとサイアスに声をかける。
 持参していたハンドクリームを、2人の両手の甲へたっぷりと載せて。
「エースとファーナさんにも……せっかくですからお薦めハンドクリームを、いろいろ教えてもらったお礼に置いて行きましょう」
 と、2人を探して去っていくエオリアであった。

「私にも教えていただきたいのですぅ。プロが持つコツというのも知れば今まで以上に素敵なものが作れそうですからぁ」
 毛糸をもらったものの編み方が分からない生徒達のために開かれた編み物教室、メイベルは帽子を編むつもりだ。
 おばあさんの手元を必死に覗き込み、技術を倣う。
「……紗月のために……帽子を編んであげたい……から」
 精一杯の勇気でファーナへと告げた朔、斜め下とファーナの間で視線を泳がせながら毛糸を受け取った。
「あー、あと余ってたら赤い毛糸も少し欲しいんだけど」
 言葉を切ると紗月は、ルツキンの耳元に寄って小声で話し始める。
「……結構恥ずかしいけど……鬼崎さんと俺の小指に結んで、『運命の赤い糸』とかやってみたいんだ」
 その考えに笑顔で頷いたルツキン、できあがったばかりの赤い糸を少しだけ分けてくれた。
「……自分はこういう作業は専門外で……うまくできるか不安だ。帽子は……星柄の帽子が作りたいなぁ……ちゃんと超感覚で生える狐耳もカバーできる物がいい……紗月、喜んでくれるといいな」
 それぞれ毛糸を受け取ると、朔と紗月は編み物教室の門をくぐる。
「報酬でもらった毛糸は……せっかくだし鬼崎さんのパートナーのカリンちゃんに帽子でも作ってあげようかな。仲良くなりたいしね」
 凪沙も、朔と紗月の後を追って隣のお部屋へ。
 相手に喜んでもらえるように、できあがるまでは試行錯誤だ。
「疲れたが、まあ追いかけて、怪我してボロボロの奴らより、マシか。ん、翡翠?」
 片付けまでを終えると、どっと疲れが押し寄せる。
 その場に座り込むレイスだが、パートナーの姿が見えないことに気が付いた。
「皆さん、嬉しそうですねえ……上手くいくと良いのですが。あ、ここはこう……そうです」
 編み物教室を見学していた翡翠、自身も請われて、教えてあげているよう。
「お前の方が器用だと思うんだが、編むのは大変そうだな?」
 部屋の壁に背を預けているレイスの隣に、戻ってきた翡翠が腰を下ろす。
「編み物は根気のいる作業ですので、できあがるまで大変なんですよね? まあ、気になっている人のことを考えながらでしょうから、苦にはなりませんよね」
 休む間もなく、先程とは違う生徒が教えて欲しいと申し出た。
 微笑みながらつぶやく編み物経験者は、皆にとって頼れる存在となったのである。
「ふわふわだなぁ……この毛糸で出来たのはとってもぽかぽかしそうですねーそう言えば大地さん、クリスマスに頂いたマフラーってここの毛糸なんですか?」
 ティエリーティアは、もらった毛糸でマフラーの編み方のこつを覚えようとしていた。
 クリスマスに大地からマフラーをもらったため、そのお返しをしたいのだ。
「えぇ、そうですよ」
 にっこり笑顔を返した大地も、ティエリーティアにミトンを編んであげようと考えている。
 だが今は、ティエリーティアにマフラーの編み方を教えるので手一杯。
 バレンタイン辺りにでも交換できればいいなと、うっとりしていた。
「これはまだ本人には秘密なんだけど……」
 いったん言葉を切ると、ハーボクラテスはささやき声で話し始める。
「僕を拾って育ててくれているパートナーのクハブスに手作りのミトンを送りたいんだ。でもちょうどミスドでお茶をしていたときに、毛糸の在庫があまりないって聞いて。山羊の毛の採集、手伝おうかなって思ったんだよ」
 ファーナに編み方を教わりながら、ミトンを編み上げていくハーボクラテス。
 パートナーのクハプスは、編み物をしない者達とともに『クロシェ』の主人が出してくれたお茶を飲んでいる。
「しかし報酬はミトンか帽子の完成品だと思ったら毛糸ですか……誰かにプレゼントするつもりなのでしょうね、相手には嫉妬してしまいます」
(ハーポが編み物を教わっている人物から、彼が誰にプレゼントするつもりかを聞いてソイツに嫌がらせをしてやりましょう)
 にやりと、クハプスは心中で笑う。
 しかしこの作戦はもちろん、編み終わったハーボクラテスがクハプスへとミトンを差し出したことによって未遂に終わるのであった。

「黒のシンプルな奴♪ カライラに似合うんじゃないかしら?」
 そう言ってファーナから受け取ってきたのは、完成品の帽子。
 弾む足取りで戻ってくると、躊躇無く差し出した。
「はいカライラ♪ そろそろ誕生日でしょ?」
「誕生日? これを僕に?」
「おめでとう♪ これあんたにあげ……」
「……僕の誕生日は11月だ。1月じゃない、11月だ!!」
「え、11月? 確か1月の終りの……間違ってた? あは、ドンマイ☆」
「どうやったら桁ごと間違えるんだよ……まあ、完全に忘れてなかったことだけは、感謝しますよ」
 部屋の片隅では、麗しき姉弟喧嘩……漫才が繰り広げられていた。
 ツンデレとブラコンな2人はしかし、言い合っていても幸せそう。
「報酬は、僕はいいです……姉さんがくれたのがありますから」
 遠慮するカライラの表情は、とても嬉しそうににやけていた。

「ちー、帽子好きやったろ? ほれ、俺からのプレゼントやで♪」
「ありがとう、すっごく嬉しいんだよ! 被ってみる〜」
 受け取った帽子を手に、千尋は隣の部屋へと隠れて。
「……ど、どうかな?」
「おぉ、バッチリやで!」
 帽子の似合いっぷりに、社は心から満足した。
「あの、やー兄。これ、ちーちゃんからもぷれぜんと!」
「ほんまかぁ、嬉しいな〜ピッタリやわ! ありがとうな」
 今度は千尋から社へ、手作りミトンが贈呈される。
 教わりながら作ったミトンは、初めてにしてはなかなかの出来栄え。
 ミトンを着けた手で社は、千尋をしっかりと抱き締めた。

「実用品というより記念品だね。左手を永久に、右手をマルグリットに……」
「私も……右手を悠姫と、左手を永久と交換するんだもん」
「じゃあ俺は、左手分を悠姫、右手分をマルグリットに渡せばいいんだよねぇ」
 こちらでは、悠姫とマルグリットと永久がミトンをくるくると交換している。
 永久とマルグリットの頭を、悠姫は2人と交換したミトンをはめた手で優しく撫でた。

「パートナーに随分と遅いクリスマスプレゼントをと思ってな。無理を承知で2つ頼みたいのだが」
「差し上げたいのはやまやまなのですが……済みません」
 涼の願いは、他のメンバーとの公平性を考えた『クロシェ』の人達の判断により、断られてしまった。
 その考えに納得した涼は結局、できあがった帽子を1つ受け取った。