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リアクション
chapter.13 風と踊った空賊
蜜楽酒家。
ヨサークは、つい1時間ほど前の光景を思い出していた。それは、あのユーフォリアにフリューネがキスをしたシーン。いや、厳密には、その後のユーフォリアが石から女性へと姿を変えたシーンだ。
「ユーフォリアが生身の女と知ってりゃあ、わざわざこんなこと……!」
舌打ちをし、見るからに苛立っているヨサークの元へ、タイミング悪くやって来たのは島村 幸(しまむら・さち)だった。幸は前回島で大暴れした時の威勢はどこへやら、どこかしおらしい雰囲気だ。
「ヨ、ヨサークさん……」
名前を呼ばれ、視線だけ軽く幸の方に向けるヨサーク。幸はすると突然ジャンプし、膝を地面に擦るように勢い良く土下座した。
「申し訳ありませんでしたーーーーーっっ!!」
頭から突っ込んでくる幸を、ヨサークはイスから立ち上がってよける。すると運悪くイスの角に頭をぶつけた幸は、頭からどくどく血を流し、白目をむいた。ちょっとしたホラー映画である。ヨサークは「気持ちわりいな……」と短く呟くと、酒瓶を持って別なテーブルへと移った。幸はふらふらと立ち上がると、「次はフリューネさんのところへ……!」と血で顔を濡らしながら酒場を出て行った。どうやら彼女は前回のはしゃぎっぷりを謝りたかったようだが、肝心のヨサークには悲しいことにただの頭突きをしてきた生徒としてしか映らなかったようである。
テーブルを変えて飲み直しているヨサークのところへ次に現れたのは、中央の谷でヨサーク部隊と一戦交えていた静麻だった。先ほどまで敵だったということを考慮したのか、彼は丸腰でヨサークの向かいのイスに腰掛けた。もっとも、ヨサークは彼の姿をはっきり認識していなかったため、先ほどまで戦っていたフリューネ軍の生徒だとは気付かなかったが。
「なあ、ヨサーク。提案なんだが、民間の軍事兼警備会社を設立しないか?」
突然の静麻の進言に、持っていたコップをぴたりと止めたヨサーク。静麻は話を続けた。
「簡単に言ってしまえば、傭兵ギルドのようなものだ。希望する空賊を登録させ、モンスター退治などで発生するだろう依頼をこなしていけば、周りからの支持と支援も得られるだろう。それはきっと、貧しい農民を含んだ貧困層の救済にも繋がるはずだ」
彼の言いたいことをまとめると、空賊を取り込んだ組織の設立を図り、ユーフォリアがあってもなくてもこの先長いこと楽しい空が続くようにしようということらしかった。
一通り話を聞いたヨサークは、持っていたコップを置いて立ち上がると、静麻を見下ろして口を開いた。
「わりいな、一生懸命説明してくれたのはありがてえが、組織だの会社だのは性に合わねえんだ。それは俺の求めてる自由じゃねえ」
提案を断られた静麻だったが、その顔には大きな落胆も憤りもなかった。もしかしたら、駄目元で焼いたお節介程度の進言だったのかもしれない。その真偽は彼にしか分からないが。
◇
酒場を出たヨサークは、そこに見覚えのある少女の後ろ姿を見つけた。
「……クソボブ」
それが自分を呼ぶ名なのだともう分かっているさけは、ヨサークの方を振り向く。
「なんだおめえ、わざわざユーフォリアを逃した俺を馬鹿にしにきたのか? 女はそういうきたねえところがあるから……」
すっ、と。不意にさけが空を指差した。
「この空は、わたくしが解放してみせますわ」
出来るなら、その心もそうしてあげたい。けれど今の彼女が確実に出来るのは、理解と賛同だけ。さけは、ヨサークの願いを反復するように高らかに宣言した。
「でも、女ですし、いまいち頼りないですわよね?」
さけは少し悪戯な笑みを浮かべて、ヨサークに近付く。そして彼女は、その小さな手を彼に差し伸べた。
「だから、協力していただけません?」
ヨサークは、その手を握りはしない。さけの言葉に頷くことも。ただ彼は真っ直ぐその足を進めるとさけをそのまま追い越し、振り返ることなく空へと呟いた。
「この空を解放すんのは俺だ。だが、それは別に俺だけでやるっつってるわけじゃねえ」
本当に面倒な男ですわ。さけは心の中で、どこか嬉しそうにそんな返事をした。そのやり取りは、眼前に広がる空が不要な言葉を吸い込んでいるようにも思えた。空には、気持ちいい風が吹いていた。
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